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焔禍の兆し おわり

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 それから1日経って、2日経って、3日経った。


 「設置完了ー、ケイどう?」

 「今計ってる。心拍数、血圧共に変化なし。」


 とりあえずは、とレオナルドの健康診断が日課となった。ボートで近づいて、甲羅の上に乗ってもレオナルドは暴れたりしない。それどころか鼻先を撫でてやれば喜んでいた。大きくなる前と、やはり気性は変わらないようだ。エサは食べなくなったけど。


 湖に浮かぶ小山のようなレオナルドの甲羅の上で、ガイとケイは調査を進める。甲羅の上に突き立てられたケイの杖が、データを採集して表示している。情報によると、甲羅だけじゃなく、全身の肉質なんかも変化しているようだ。


 「仮にこのまま進化を続けたら、どこまで行くと思う?」

 「もうすでに火は吹いてるし、空ぐらい飛べるんじゃないかな。」

 「亀が空飛ぶなんてありえんだろ。」

 「人間だって道具を使えば空を飛べるんだ。道具を使うのは人間の能力の範疇じゃない?」

 「まあたしかに。ところでこの杖はすこぶる便利だが。」

 「元々の機能ではないんだけどね。制御コンピューターの容量が余ってるから、こうしてタブレットにしてるだけ。」


 現代のスマホよろしく、世界中の地形や気象のデータが閲覧できる。さすがにニュースサイトなどは無いが。


 「この情報はどこから?」

 「まだ生きてる人工衛星から。」

 「まだ生きとるのか?」

 「整備するAIが積まれてるし、エネルギーは太陽光や太陽風で賄ってる。」

 「はーっ。衛星レーザー砲とかついてないのか?」

 「兵器としての役目はもう終えた身なんだ。」

 「そうか。」


 ケイは空を見上げて、やや強めの口調でぴしゃりと言い放った。寝てる子を起こしてやる必要もないと、ガイも引き下がった。


 「レオナルド、どこか苦しくありませんか?」


 『グゥ。』


 「・・・なんとか助けてやれないか?」

 「僕には無理だ。キミたち次第。」

 「そうか・・・。」


 事実、今こうして体調測定などやっているのも、手持無沙汰なのをお茶を濁しているに過ぎない。根本的な解決にはなりえないのだ。それでも何かやらずにはいられないのは、やることを見つけておかないと、シャロンが勝手にどこかへ行きそうだからだ。


 こうして毎日の習慣が出来てから、クラスメイトたちの生活にも張りが出てきた。慣れとは恐ろしいもので、3日前には大騒ぎで、人々もギスギスとしていたのに、今ではすっかり角が取れて丸くなってしまった。


 「はい、息吸って・・・吐く。」

 「スー・・・ハー。」

 「背中に意識を集中させて・・・。」


 湖畔のキャンプではアキラのヨガ教室が行われている。その参加人数は、騎士団やヴィクトールの人間まで加わって毎日徐々に増え続けている。曰く、毎朝これをするとよく眼が冴えるとのこと。じんわりと体温が上がり、胃が栄養を求めて活動をするのだ。


 「それに、ゼノンには能力向上の効果も期待できるんだから言う事無しね。」

 「アキラ、ゼノンの指導官になったら?」

 「いやいや、俺の腕なんてまだまだだ。それにスタンドプレーが得意だし。」


 アキラ自身の言う通り、どちらかと言うと裏方向きな性能をしている。それでもゼノンの騎士が目を剥くほどの弓の腕前を見せるのだから、何度かスカウトの声がかかっていた。


 「ただいまー。」

 「おうおかえり。どうだった?」

 「異常なし。」

 「そっか。先が長くなりそうだな。」


 ここをキャンプ地とすると決めた時は『マジ?』という空気が流れたものだが、これも慣れというものだ。騎士団とヴィクトール私兵も、なんだかんだ仲良くしている。これも慣れだ。


 「あいつらもまあいいやつらだよ。」

 「組織の思想やらはどうこうとして、個人でなら仲良くできそうだよな。」

 「人間そんなもんだ。」

 「でもレオナルドの背中を爆破したのは許せませんわ!」

 「そうだなー、もうちょっとわだかまりがあるもんだと思ったんだけど。」


 先日教会で出会った、ツバサの日記を持っていた青年・ジュールともガイはよく話をする。話してみればなんだかんだ人の好さそうな人間である。


 「あいつは英雄譚が好きらしい。たしかにツバサの来歴は、劇的なものであるけど・・・。」

 「ツバサって、エリーゼのじいちゃんのことだよな?昔話は何回も聞いたけど、そんなすごい話聞いたことねえぞ?」

 「本に書いてあることも、口伝されることも、どちらか片方だけが全てというわけじゃないんだろ。というか、お前は一回も読んだことないのかよこの本。」

 「オレ本読むとすぐ頭痛くなるんだもんなぁ。」


 具体的にこの伝記に綴られているのは、ツバサがアルティマに来てから訳あってキャニッシュ領主に婿入りするまでの出来事であるが、それらはすべてツバサの主観で書かれており、ツバサの知るところでない話や、あえて書かなかった部分については当然わからない。


 かといって、当時を知る人間というものももうこの世には残っていないという。エリーゼの祖母、つまりツバサの奥さんも割とつい最近亡くなったそうだし。


 とすると、ツバサという人間を生で知っている人間は本当にごくごく限られている。なぜなら領主に婿入りするときには、訳あって『ダイス』という偽りの名を名乗り、身分を隠していたというのだから。その事実を知っていた人物には、お付きのメイドさんやら、参謀やらがいたそうだが、それらも本の中にしか出てこない。


 唯一例外なのは、頻繁に昔話を聞いて、『遺産』を手渡しされていたエリーゼだけであろう。ガイはもっと話を聞きたかった。


 「そんなこと言って、どうせエリーゼに会いたいってだけだろガイの場合は。」

 「やっかましいわい。」


 そういえばすっかり忘れていたが、街に着いてから経過報告を兼ねての通話をしていなかった。出来ることなら、今すぐにでも通話ボックスに突っ込みたい。


 「その必要はない。私がもう報告は済ませてきた。」

 「オイオーイ。」

 「そりゃねーよなセンセ?」

 「別に俺はもういいよ。」

 「ああガイ、お前には朗報だな。」

 「何が?」

 「いずれわかる。」


 その日の午後。キャンプ場に一台の馬車がやってきた。なんだか見覚えのあるエンブレムが掲げられている。


 「おっ、来たようだな。」

 「誰が?」

 「ドロシー!みなさん、お変わりない?」

 「エリーゼ?!なんでここに?」

 「もう近くに来ていたというから、迎えに来たんですのよ!」


 長いブロンドの髪を後ろで束ねた、ドロシーには見慣れた従姉妹のエリーゼが現れた。普段の女性用制服ではなく、動きやすそうなパンツルックだが、二つの指輪を嵌めて、首から金色のキーパーツを下げているのは変わらない。


 「皆さん息災のようで安心しましたわ。」

 「今はな。なんやかんやあったんだけど。」

 「何度も危険に晒されたと聞くたびに、背筋がゾワッとしてましたわ・・・。」

 「まあその度にスペリオンに助けられてたけどな。」

 「そう!光の人!今日は来ていらっしゃらないんですの?」

 「スペリオンはアイドルかなんかなのか。」

 「ああ、はやく会いたいですわ・・・。」

 「オレたちよりも、スペリオンが目的なのか?」 


 「あれがエリーゼか。たしかに可愛いかも。で、ちょっと思ったんだけどさ。」

 「その提案は却下されるだろう。」

 「そうか。お前がスペリオンだって言っちゃえば、彼女とくっつけるんじゃないのか?一応聞いておくけど。」

 「それだと俺個人はどうなる。彼女が憧れているのは、スペリオンそのものじゃなく、スペリオンの伝説なんだぞ。」

 「この本にも後半の方で出てくる光の人のことね。」


 あまり詳しく書き記されてはいないけれど、たしかに一見すると光の人=スペリオンぽくはある。と言うか十中八九そうであろう。


 実際のところ、ガイからすれば偶像として崇められ、奉られるのは不本意なところである。贅沢な悩みかもしれんが。


 「で、その彼女がこっちに向かってきてるわけだが。」

 「えっ、どうしよ。」

 「散々会いたがってた癖にこんな土壇場でビビるなよ。」

 「ホラッ、さっさと告っちまえ!」

 「ヒューヒュー!」

 「お前ら中学生か!」

 「なんの話ですの?」


 近づいた途端謎の盛り上がりを見せられるのはエリーゼにも腑に落ちんだろう。ガイは指を組んでエリーゼに向き直る。


 「その、久しぶり。元気・・・は元気そうだな。見ればわかる。」

 「お久しぶりですわね、そちらもお元気そうで何よりですわ。」

 「そうだな・・・あっ、服似合ってる。うん、すごく魅力的だと思う。」

 「それはよかったですわ。別に殿方に見せることを意識していたというわけではありませんが、褒められると嬉しいですわ。」

 「そうか、そうだろうな。うん。」


 「うわっ、予想以上にしおらしくなりやがった。キモイ!」 

 「女々しいやつめ。」

 「殺されてえか。」

 「あのー、そちらの方々は一体?」

 「俺はアキラ。ツバサの友達だ。」

 「僕はケイ。学者やってる。」

 「えっ、学者だったのお前。」

 「他に言いようがないんだよ。」

 「・・・エリザベス・キャニッシュですわ。どうぞお見知りおきを。ツバサ・・・おじい様のことですわね。」

 「知っていたのか。まあ何の因果か50年以上離れた時代に来てしまったわけだけど。」

 「勇猛果敢なお兄さんのことを、よく話してくれたのを覚えていますわ。」

 「そうか・・・なんか照れる。あでっ。」


 期せずして、美少女に賞賛の言葉をかけられてアキラも赤くなる。その尻をガイは面白くなさそうに抓る。


 「・・・ところでエリザベス。その首から下げている物はなんだい?」

 「これですの?これはおじいさまから貰ったキーパーツですわ。何に使うものなのかはわかりませんが。ケイさんならわかりますか?」

 「うーん、ちょっと貸して。」


 金色の円筒をしばし眺め、一瞬はっとした表情を浮かべると、ケイは手にしている杖上部に刺さっているボルトを緩め始めた。


 「・・・ダメだ、合わないや。もしやと思ったんだけど。」

 「それ外れるんだ。」

 「そりゃ外れるさ、機械なんだから。何かのパーツであるのは確かだね

キーとつくからには、起動装置なんだろうけど。」

 「そうですの・・・その辺りはガイさんと同じ見識ですわね。」

 「ふっ。」

 「むっ。」


 ガイの口角がちょっと上がったのを見て、今度はケイがちょっと不愉快そうにして付け加えた。


 「中には多分、これと同じようなボルトが入ってる。機械の本体も、この杖より大きいものだと推測できる。」

 「根拠は?」

 「このタイプの機械には、同じようにボルトで駆動するから。」

 「この時代にして、ロストテクノロジーと化した遺物?」

 「そうなる。昔話に、そういうの出てこない?あるいは、この本に載ってない?」

 「あっ、その本学外への持ち出し禁止じゃありませんの?」

 「そういえばそうだった。」

 「しかもあやうく焼失までするところだったじゃないか。」

 「焼失?!」

 「あー、これには深いワケが・・・。」


 さすがにこの事実には怒ったエリーゼが、しばらくの間ガイをぷんすかと叱りつけていた。その後ろでほくそえみながらアキラとケイは拳を合わせた。



 ☆



 時間はさらに進むこと、夜。エリーゼは自分の歓迎パーティーもそこそこに、早く寝るよう指示をしてしまって大顰蹙を買っていた。


 「レオナルド・・・。」


 その一方で、シャロンは輪から外れて1人湖畔に佇んでいた。


 「女の子一人で出歩くのは、あまり推奨しないぞ?」

 「ガイさん・・・。1人じゃないですわ。レオナルドがいますわ。」

 「確かに。怒らせると怖いからな。」


 湖面には月と星に照らされているだけだが、威圧感すら醸し出している物体がただそこにあった。それはシャロンの呼びかけだけには、わずかに身を震わせて応えていた。


 「こうして大人しくしている分には、本当に可愛いもんだよな、レオナルド。」

 「レオナルドは近づいても可愛いですわ!鼻先を撫でてあげると、とても喜ぶんですのよ!」

 「そうだな。足も速くて、レオナルドがいなければ、ここまで早くにたどり着けなかっただろうな。」

 「本当によくできた子ですわ!」


 言葉遣いはエリーゼと似ているけど、シャロンは語気に勢いがある。けれど、その強さも段々と失せて来ていた。


 「レオナルド・・・どうにかして助けてあげられないのですか?」

 「・・・難しいな。あるいはスペリオンなら。」

 「でもスペリオンも負けましたわ。」

 「それは痛いな。」

 「スペリオンに無理だったことが、私たちに出来るはずありませんわ。」

 「それは・・・そうだな。だけどな、」


 結局ガイの中に答えはない。


 「お前に何ができるかはわからない。けど、レオナルドの事を想ってやれるのは、お前にしかできない。」

 「私にしか、出来ない?」

 「レオナルドについては、一番詳しいんだろ?あいつが何を考えてるのか、すぐにわかるじゃないか。」


 それでもガイは精一杯威勢を張って見せた。スペリオンが負けたからと言って、ガイまで負けるわけにはいかないのだ。


 「成程、いい言葉だな。感動的だよ。」

 「!?」

 「何者だ?!」

 「私だよ。と言っても、そちらのお嬢さんとは初対面だがな。」

 「お前、ベノム!」


 鋭い悪寒を覚えた2人のすぐ後ろに、黒いフードの男がいた。暗闇の中、さらに目深に被ったフードの下には、赤い眼光が見え隠れしている。


 『グゥウウウウウウウウウン!!』


 「今度はなんだ?!」

 「レオナルド、どうしましたの!」

 「うーん、タイミングとしては上々だな。」

 「お前、何しやがった?」

 「別に私は何もやってないよ。ただもう考える時間はおしまいだと言いに来たのさ。」

 「おしまい?」

 「タイムリミットさ。あの亀の理性のな。」


 突然、レオナルドは呻き声をあげ、苦しみだした。水面が大きく揺れ、熱風が吹きよせてくる。


 「ベノム!」

 「ようケイ。お前がいたのに随分のんびりとしていたものだな。」

 「今朝の測定ではレオナルドは正常だった。」

 「その正常こそが異常だったんだよ、きみはじつにばかだなぁ。」

 「なんだと?」


 その騒ぎに気付いたのか、あちこちのキャンプにも灯が灯る。


 「ま、あとは若いもんががんばってくれたまへ。」

 「待て!」

 「待ちません。」


 ベノムは一瞬のうちに暗闇に消えていった。ケイは舌打ちすると、湖へ向き直る。レオナルドの体内のフォブナモは再稼働を始め、同時にレオナルドの発熱現象も始まった。


 「おーい!」

 「あれは、ジュール?」


 湖の反対側のヴィクトールのキャンプから、1人の人間が走ってやってくる。優男のジュールである。


 「大変だ、レオナルドが動き出した!」

 「見りゃわかる。」

 「もうすぐ反対側から砲撃が来る!逃げるんだ!」

 「砲撃?どういうことだ。」

 「ヴィクトールは、次に大亀が暴れ出した時には迷わず攻撃すると、前々から準備していたんだ。もうすぐ攻撃が始まるぞ!」

 「なんだって!」

 「その伝令にしては、随分早いな。」

 「俺はたまたまこっちに向かっていたんだ。」

 「そうか。とにかく、このことを早くゼノン騎士団にも伝えてくれ。」


 対岸に光が灯ると、巨大な砲塔が照らされて姿を見せた。どうやら、あれがヴィクトールの切り札らしい。あの程度の威力で、レオナルドの装甲を貫けるとは思えないが、レオナルドによる被害が無暗に広がるのは確かだろう。


 「ガイ!シャロン!」

 「おお、みんな。ここから退避するんだ!」

 「私は・・・退きません!」

 「シャロン?!何言ってるんだ!」


 レオナルドは立ち上がって咆哮をあげた。それに呼応するように甲羅が発光し、夜の湖を赤く染め上げた。


 「さっきガイさんに言われましたわ!私は私にしかできないことを・・・レオナルドの最後を見届けるのほあ、私の役目ですわ!」

 「おいガイ、何吹き込んでるんだよ!」

 「すまん、よもやこんなことになるとは。」


 そうこうしている間に、巨塔が火を噴き砲撃が始まった。炸薬がレオナルドの表皮で炸裂するが、一向に効いている気配はない。


 「シャロン、逃げないとあなたの身が危ないのよ!」

 「逃げませんわ!どうしてもというなら、私を・・・。」

 「担いで逃げられたわ。」

 「おろしなさーい!」

 「あべべべべ!だからなんで俺にばっかり!」


 ゲイルはシャロンを小脇に抱えるが、シャロンは抵抗にとショックボルトを放つと、とばっちりの火花がガイを焼く。


 「あっ、危ない!」

 「砲弾がこっちにまで!」


 とうとう流れ弾が飛んできた。そのうちの一発が、ガイたちのいる場所めがけて飛んでくる。


 「ガイさん!」

 「エリーゼ!離れてろ!」


 しかし、その砲撃で傷ついたものは一人もいなかった。


 「レオナルド・・・。」

 「俺たちを守ってくれたのか・・・。」


 偶然ではない。レオナルドは自らの身を挺して、シャロンたちを守ったのだった。


 「シャロン、やはり退け。」

 「なにもここで見守る必要はないでしょう?」

 「・・・はい。」

 「先に行っててくれ。あとで行く。」

 「ガイさん?・・・わかりました、あとで。」

 「ああ。」


 ようやく騎士団がやってきて、皆は保護された。けれど、ガイとアキラにはまだやることがあった。


 「もう一回聞くけど、俺たちに出来ることってあるか?」

 「ある。」

 「なら行くか。」

 「ただ、覚悟しておけ。死ぬほど辛いぞ。」

 「いつも通りってことだな。」

 「バカ言え、もっとだよ。」


 二人は拳をかち合い、叫んだ。


 「「『スペルクロス』!」



 ☆



 「撃てー!間髪入れずに撃ち続けるのだー!」


 対岸では、ヴィクトール私兵が怒号をあげていた。この新式砲台を実戦に持ち出すのは初めてのことであった。それも、その威力を知っている者は絶対の信頼を寄せているほどのものだ。


 それがどうだ、化け物亀にはてんで効いている様子もない。それを見ても撃ち続けるのを止めようとしないのは、与えられた命令に背くわけにもいかないという傭兵としての性と、目の前の現実を受け入れられない悲しさからだ。


 『グォオオオオオオオ・・・!』


 「ひっ・・・。」

 「に、逃げろぉおおお!!」


 その内の一発が、怒りを買った。明確な敵意を持った目で、大亀は咆哮する。それに怖気づかずにいられる人間はいない。誰もが我先にと逃げ出すか、腰を抜かして動けないでいる。


 怒りの籠った炎が、大口から放たれる。



 『ゼァッ!!!』


 それを遮って、巨大な人影が舞い降りた。スペリオンの登場だ!


 『クッ・・・ぉおおおお・・・。』

 (押せ押せ!)


 スペリオンは、手を交差して光の壁を張り、熱線の勢いを押し返す。


 「あれが、スペリオン・・・光の人・・・。」


 エリーゼは繰り広げられる大一番に目を奪われていた。


 熱線の収まったその口元は、焼け焦げて煙が上がっている。


 『ムッ、あいつ自分の攻撃で傷ついているのか。』

 (抑えが利いてないのか。どちらいにしろ、放置すると危険だな。今のあいつは、突発的な破壊衝動に駆られているに過ぎない。)


 これ以上レオナルドが無暗に活動して、フォブナモによって寿命を削られてしまっては意味がない。必ず助けると、約束したのだ。


 『助けるったってどうする?引導を渡してやって楽にしてやるのか?』 (そうしたいか?)

 『いいや。可能性が1%でもあるんなら、それに賭けるぞ!』

 (ならばフォブナモをなんとしても取り除く。それしかない!)


 甲羅の中に解け込んでいってしまったフォブナモを探すには、残酷だがまずは甲羅を切開せねばならない。


 『はぁああ・・・斬!』

 (ダメだ、キズひとつつかんとは!)

 『硬すぎる!』


 相手は山のように重く硬い。まともな手では太刀打ちはできない。


 『グォオオオオオン!』


 『あっちぃ!これは・・・口で言うよりも大変だぞ!』

 (口を動かすより手を動かせ。)

 『そっちこそ頭使えよ!』

 (今やってる・・・。腹側ならどうだ?)

 『この猛攻の中、腹を掻っ捌けと?』

 (言っとくが殺すんじゃないぞ?)

 『どの口が言う!』


 多分、その程度の傷では死なないと思われる。なにせ、フォブナモの無限大のエネルギーの供給を受けながら、DNAは進化を促している。時間はスペリオンに味方してくれない。


 動く山の如きレオナルドの猛突が迫る。


 『山を崩すなら、大地の力を借りる・・・。』

 (四股?まさか相撲でもするのか。)

 『そのまさかだよ。』


 腰を落として、右足を天へと掲げて、振り下ろす。


 『発気揚揚・・・。』


 スペリオンは拳を地に着けて、気を高める。


 『のこったぁ!』


 突っ込んでくるレオナルドをがっぷり四つで掴む。普通なら吹き飛ばされるような衝撃も、大地に根を張るように大樹のように足を踏みしめたスペリオンの前には、勢いを殺される。


 『そぉおおおっれ!!』

 (お見事ぉ!)


 スペリオンは上から覆いかぶさると、後ろへ倒れ込む。俵投げと言うよりもブレーンバスターのような威力だ。


 『足元がお留守だ!』

 (柔道じゃないか。)


 『グゥウウウウウン・・・!』


 柔道の大外刈りでレオナルドを後ろへ転倒させる。湖面への衝突が、飛沫をスコールに変えて人々に降り注ぐ。


 大きくなっても亀ならば、ひっくり返ればそう簡単に起き上がれないというわけだ。


 そう高を括るっていると手痛い反撃にあうのも常というわけだ。


 レオナルドは再び熱線を吐いた。それはまるで明後日の方向に飛んでいくが、甲羅が独楽のように回転しはじめる。それはそのまま熱線のスプリンクラーのような拡散に繋がる。


 「きゃー!!」


 『うぉおおお、なんという弾幕!』

 (一挙一挙が攻撃に変わるのは本当に厄介だな。)


 こちらはまともに攻撃をしてもてんでダメージを与えられないばかりか、殺さないように手加減しなければならない。にもかかわらず、レオナルドの攻撃は、一発一発が致命傷になりかねないほど強力だというのに。


 回転の勢いでうまくレオナルドは立ち上がる。一介の動物がするには不自然なほどに、その動きはスマートだった。


 (これが生物の防衛本能が成せる技か・・・。)

 『感心しとる場合かい!このままじゃ一帯が壊滅するぞ!』

 (みんなも巻き込まれるしな。)


 今のところ、誰かが犠牲になったという声は超聴覚には聞こえない。


 「スペリオーン!聞いてくださいましー!」


 (聞こう。)

 『おつけい。』


 「レオナルドをいじめないであげてくださいましー!怯えているんですのー!」


 (そうか。てっきり怒り狂って理性がないものだと思ったもんだが。)

 『餅は餅屋だな。』

 (正常こそが異常、つまりはレオナルドはずっと自分の変化を押し殺していたんだ。)

 『そうか、レオナルドはずっと抗っていたんだな・・・。』


 代わりにシャロンの訴えが耳に入ってきた。その情報が正しければ、無暗に戦う必要もなかったとわかる。


 「鼻先を撫でてあげると、大人しくなりますのよー!」


 『そうだったな。よし。』

 (手を出すと危ないぞ。)

 『ぎぇーっ!噛まれたー!』

 (ほれみろ。)

 『なんの、ムツゴロウさんの精神で痛くない怖くない・・・。』


 『クルルル・・・。』


 (よしよし、落ち着いたようだな。)

 『それでどうするんだ?どうやって戻してやるんだ。』

 (前やったのと同じ。ダークマターを取り除くのと、元の大きさに戻してやるのに、フォブナモの無力化が加わるだけだ。)

 『無力化はどうすれば?』

 (マイナスの波動を当てて中和させる。そう難しくもないだろう。)


 フォブナモを稼働させる磁場から切り離してしまえば、そいつはもう自己を動かすことも出来ないガラクタにすぎなくなる。そうしてやれば、この場はもう収まるだろう。


 「はてさて、そううまくいくかな?」

 「ベノム!何を企んでやがるんだ!」

 「ここはカルデラ。『元』火山のあった場所だ。しかも大地震を起こしてくれたおかげで、地底は大いに乱れている。そんなところで、磁場からエネルギーを得ているフォブナモをつつけばどうなるかな?」

 「どうなるかわからんだろう!」

 「何を引くかわからないから、クジ引きは楽しいんだろう?」


 変化はすぐに起きた。ミシミシと地鳴りが聞こえたかと思うと、やがてそれが真下で起こっていると気が付いた。


 「地震?!」

 「いや、この揺れは地震じゃないぞ。まるで何かが・・・。」

 「あつい!地面が熱いぞ!」


 「どうやら当たりを引いたようだな。」


 にわかに湖面が泡立ち始め、同時にそれと地面が裂けてガスが噴出しだした。


 『何が起こってる?!』

 (わからん・・・が、湖底が熱くなり出している。ということはまさか?)


 フォブナモを無力化させたその反動は、地底にあるマグマだまりを引き寄せるという結果をもたらした。湖は火にかけられた鍋のように、沸騰を始める。


 その破滅的事実に気づけたものがこの場にはどれだけいるだろうか。


 「さて、見物見物。」

 「待て!いや、それよりも・・・どうする?大地を凍らせるか?いや、蓋をするのは逆効果になるかも・・・。」


 ケイにはお手上げに近かった。となると、頼りになるのはスペリオンだけ。


 『グルルルル!』


 『あっ、レオナルドが地面に?』


 それよりも早く、何かを察したレオナルドが手で地面を掘り始めた。それに飽き足らず、熱線を吐いて地面を溶かして潜りこんだ。


 (まさか、自力でマグマを止めるつもりなのか?!)

 『そんなことができるのかよ!?』

 (出来るはずがないだろ!)

 『じゃあどうすんだよ!』

 (一かバチか、光波熱線でガス抜きをさせる!)


 穴を開けることで、大爆発の衝撃を最小限に抑えさせる。その手しか考え付かなかった。


 『ほぉおお・・・気功、バスター!』


 「うわぁ、巨人が暴れ出したぞ!」

 「逃げろー!」


 傍からはスペリオンが乱心したかのように見える状況が、この場合は好意的に働いた。あまりの光景に目を奪われていた人々も、この事態にはたまらず逃げ出し始めた。


 「オレたちも逃げなきゃヤバいぞ!」

 「でも、レオナルドが!」

 「もうワタシたちがどうなる問題じゃないわよ!逃げるしかないのよ!」

 「レオナルドー!」


 『どうだ・・・これで・・・?』


 気が付けば湖は完全に干上がり、あとにはスペリオンが空けた穴ぼこだけが残っている。


 (あとは・・・バリアを張って被害を最小限に食い止める。ケイ!)

 「なんとかしてみる・・・!」

 『けど、レオナルドは?』

 (・・・あれはもう、助けられない。)

 『そんな・・・バカヤロー!!』


 噴火はもう目の前にまで迫っている。助け出す猶予もない。


 (来るぞ!)



 急激に湖底が盛り上がったかと思うと、猛烈な熱と光が放たれる。炎とと岩と、灰の雨が降る。


 「解放を阻害させないように、けど噴煙を下に下とさせないように、『すり鉢状』に!」

 (アキラ!)

 『ちっくしょおおおおおおおおお!!!』


 アキラの怒りが、噴水のようにヴェールを作り出す。それは空を覆うオーロラのような輝きとなって、遠く離れた場所からも見えた。


 やがて揺れも収まり、夜の静寂が帰ってくる。しかしてそこいらに命の囁きは無い。


 「終わった・・・のか?」

 「まるで、この世の終わりのようだった・・・。」

 「あっ、あれ!」

 「ガイ、アキラ!」


 まだ熱の籠る灰がしんしんと降り注ぐ中、アキラと、アキラに肩を担がれたガイが皆のところへ帰ってくる。


 「二人とも!大丈夫か!?」

 「ガイさん、レオナルドは?!」


 ガイは、黙って首を横に振った。シャロンは、自分が誰に何を聞いているのかを自分でもよくわかっていなかったが、帰ってきた事実だけは受け入れてしまった。


 「そんな・・・そんなの・・・。」

 「すまない・・・すまない・・・。」

 「そんなのって・・・。」


 いや、十分わかっていたことだった。ただ彼なら、なんとかしてくれるんじゃないかという期待を勝手に抱いていた。勝手に抱いて、勝手に裏切られた。それだけのことだというのに、シャロンは恨み言を吐かずにはいられなかった。


 「そんなのってないわぁあああああ!!!」


 頬を伝う涙が、灰を伴って黒くなっていった。






 一方、地獄の窯が開いた火口では。


 「なかなか見ものだったが・・・。」


 ひときわ大きな岩塊を見て、大きく裂けた口をニヤリとゆがめる。


 「ふむ、まだ後夜祭があるようだな。」


 本当に楽しませてくれる。ただの人間よりも、力のあるものほど、本当に大きな花火を打ち上げてくれると。
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