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スペリオン、とぶ
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とある山、木々の葉は青々と茂り、風は涼しい空気を運んでくる。
『ドワァアアアアアアア!!』
そんなところへ巨体の影が降ってくる。
『いってぇちくしょうめ・・・。』
(空を飛ぶ相手はやはり辛いな。)
スペリオンである。
敵対しているのは、雲海怪鳥『イリューガル』である。繁殖期を迎えると南方はサウリアからやってくる、極彩色の羽に彩られる渡り鳥の一種であるが、今襲い掛かってきている個体はまさしく鳶色の、地味なカラーリングだ。そしてまた通常の個体に比べてでっかいのである。
何故無駄にデカいのか?突然変異である。
そして体が大きくなった分、食欲も旺盛になってしまった。今日のご飯は、それはそれは大きな亀と、その背中の人間たちの予定だ。
『チュンチュン!』
「うぉおおお食われてたまるかぁ!」
「あっちいけぇ!」
巣では今年の春に孵ったばかりのヒナたちが、腹を空かせて待っている。これも巨大で、人間の背丈ほどもある。それらの猛攻を、ドロシーたちは必死にしのいでいるところである。レオナルドは手足を引っ込めて防御している。
『グワー!』
(ええい、鬱陶しいやつめ。お前も空を飛んで対抗しろ!)
『飛ぼうと思って飛べたら苦労しない!』
強襲してくる爪を躱して、逆に飛び掛かってみせるが、イリューガルには難なく逃げられてしまう。相手は1km先の獲物をも瞬時に見分けられる動体視力と、的確に獲物を追い詰める俊敏さを兼ね揃え保持したまま、巨大な姿へと変貌しているのだ。鳥に空を飛ばれてしまっては、さしものスペリオンにも分が悪い。
『対空対空・・・熱烈クラム!』
スペリオンが手を振ると、小さな戦輪が飛び出してイリューガルを狙う。が、その程度のカトンボに捉えられるものでなく、チャクラムは空を切った。
『地上に降りてくるタイミングを狙うしかないか・・・。』
(アイツのスタミナと、こっちの体力どっちが先に尽きるか。)
そしてイリューガルは本来渡り鳥である。何千キロという距離を飛び続ける猛禽を相手に、地上しか動けないヒーローが勝てる道理はない。
(退くしかないだろう。)
『アイツを見捨てるのかよ!』
(そんなわけないだろう。だが、今俺たちが倒れたら、一体誰がヤツを倒すんだ?)
それが理解できないほどアキラも幼稚ではない。
『こうなりゃ・・・タッチダウンだ!』
(あっ、バカッ!)
アキラの口が判断を仰ぐよりも早く、体はイリューガルの巣のある山頂へ向かって走り出した。
『キシャアアアア!!』
突然の行動に驚いたのはイリュ-ガルもそうだ。すぐにその意図を理解し、巣を守るために急いで急降下する。
『追ってきたな、それでいい!熱烈クラム!!』
体を反転させて地面を背中で滑りながら、再びチャクラムを投げる。
『ギャアアアアアア!!』
起死回生の一手は、突撃態勢に入っていたイリューガルの片翼を焼き切った。しかしイリューガルは止まらない。そのまま墜落する勢いで、スペリオンの胸に爪を突き立てた。
『ぐぅうううう・・・なんつー馬力だ・・・振りほどけねえ!』
(ナイスプレーだったが、このままでは心臓を引っこ抜かれるぞ!)
『・・・一旦撤退する。』
(それがいい。)
顔の前で腕を交差すると、スペリオンの体は光の繊維が解けるように消えていく。
「スペリオンが消えた!」
「やられたのか?うわっ!」
「気を抜くなよ!」
ヒナの空腹はもう限界だ。ドロシーたちへのついばみ攻撃は苛烈さを増した。
「どうする、教室に逃げ込むか?」
「レオナルドは平気かもしれないけど、これ以上前線を下げていいのか?守り切れなくなるぞ!」
「みんなふせろ!『エアーボルト』!」
その声が聞こえた瞬間、突風が人間と鳥類の間に壁を作った。
「ケイ!」
「バリアを張る。みんな逃げこめ!」
レオナルドの周囲を風の障壁が覆い、ヒナを寄せ付けなくなる。
「助かった・・・。」
「これで1日は大丈夫だ。」
「すごい力だな。」
「そういえば、ガイとアキラがおらへんけど?」
「あの2人は山の麓にいる。」
ケイは机に腰かけると、ローブの裾についた泥を払う。
「待って、一日しか持たないの?それまでにどうしろって言うんだよ?」
「一日もありゃ体力も回復するだろ。それまでリラックスしてればいい。」
『チュンチュン!チュンチュンチュン!」
「リラックスできるかよこんな状況で!」
「少なくとも親鳥はまだ帰ってこない。あの傷じゃ、山を登ってくるにも一苦労だろうし。」
「それまでに、ガイたちがなんとか策を弄してくれるのを祈るか・・・。」
「アタシたちも何か作戦を立てたほうがいいわね。レオナルドをこの山から降ろす方法を考えておかないと。」
「その前にやることがあるだろう?」
「それは?」
「メシだ!俺たち朝から何も食べてないぞ!」
「たしかに。」
☆
「くそぉ・・・今一歩のところで。」
「まあ落ち着けよ。犠牲フライでイーブンに持ち込めたってところだろ。」
「得点はリード以外認めない。」
「そうか。」
一方、元の姿に戻った二人も休息をとっていた。保存食の干し肉を齧りながら、火を囲んで相対する。
「今ならヤツも傷を負っている。すぐに変身してトドメを刺しに行くべきじゃないか?」
「それは出来ない。健康のためにも12時間はインターバルを開けておきたいからな。」
日はすっかり暮れている。時折森の向こうから巨体が蠢く音が聞こえてくるが、飛立とうという気配はない。回復しきるタイミングは同じとみていいだろう。
「それにしても、あんなデカい鳥までいるなんて。ここは怪獣惑星だったのか。」
「あれは本来の生態ではない。外的因子による変異だろう。」
「なんでわかる?」
「これが原因だ。」
ガイは黒い結晶体を取り出して、焚火にかざす。
「なんだそれは?ケイも調べていたが。」
「『ダークマター』の結晶、とでも言うべきか。」
「ダークマターってなんだ?」
「これ自体にエネルギーがあるわけじゃない。これがレンズのような役割を働いて、虚無の空間からエネルギーを三次元に汲みだしているんだ。」
いわば、空間という『天井』に空いた『穴』なのだ。砂時計のように、もう一つの空間からエネルギーが、その穴を通してこちら側の世界にこぼれてきているのだ。
「もっとわかりやすく。」
「これが生物巨大化の原因。」
「なるほど。でもなんでそんなものがあの鳥に集まってるんだ?」
「おそらく、生物濃縮の一環だと思う。
「また新しい単語が出てきた。」
「この世界の土壌には、わずかながらこの結晶が含まれているんだ。それが、食物連鎖の上位者に行くほど、体内で濃縮されていって、突然変異を起こしてるんだ。」
「なるほど。」
(ホントにわかったのかよ?)
身近なもので言えば生ガキの食中毒がそれにあたる。
「しかし、お前は何でそんなに難しいことに詳しいんだ?」
「詳しいわけじゃない、見ただけで理解できてしまうってだけだ。」
「見ただけで?」
「それになにより、ツバサの書いた本に書いてあった。」
「ツバサが本を?」
「この世界に来たツバサの日記だ。」
ツバサ、アキラの弟分だった男。アキラやガイのような特別な力のない、ごくごく普通の人間だった。
「そんな本があったとは・・・後で読みたい。」
「たしか教室に置きっぱなしだ。まだ読んでる最中だったから図書館に返すの忘れてた。」
「たしかにモノづくりが好きなやつだったけど。」
それどころか子供まで作っている。その人生は波瀾万丈なものだったと記されている。
「まあ、俺は疲れたから寝るぞ。ぐぅ。」
「おう、おやすみ。」
ごろんとガイは横になり、アキラも目を閉じる。
「・・・結構キツいな。」
「・・・やっぱり、キズを負っていたのはお前もだったのか。」
「気づいていたのならもうちょっといたわれ。」
「見せてみろ、手当してやる。」
上着を脱いだガイの胸は、血で汚れていた。明らかにイリューガルの爪にやられた形の傷であった。
「でももう治り始めてるな。」
「ほっといても治ると思ったから、言わなかっただけだ。」
「感染症にでもなったらどうすんだよ。薬も満足に無いんだぞ。」
「どうやって応急処置するつもりだったんだ。」
「焼く。」
「そっちの方がよっぽど痕残るわ。」
しょうがないのでアキラは傷口を水で洗って、包帯代わりの端切れを巻いてやった。
「体が傷つくのは俺だけだったからな。」
「やっぱりか。戦闘で体が傷ついても、俺は全然平気だったから変だと思ってた。そういう時は相談ぐらいしろ。」
「今度からそうする。」
「なんというかお前も、人間なんだよな。」
「いきなりなんだよ。」
手当てを終えて、一眠りしてから目が覚めた。日が昇るまでもう少し時間があるが、ガイの傷は治りきっていない。そんな折、アキラは突然話を切り出してきた。
「変わったやつだと思ってたよ。変に冷めてるし、突然確信めいた話をしだすし。なによりスペリオンだし。」
「そうだな。」
「けど、そういう面以外にも、人間らしいところがあるんだなと思って。」
「お前が言えた口かそれ。」
「ズレてるって自覚はあったさ、子供のころからな。けどお前の場合はそれ以上だ、多分。宇宙人と話してる気分になる。」
「けど、お前は人を気遣ったりできるだろ?だから宇宙人とかとは違うって思うんだ。」
「最初から持っていたわけじゃない。教えられたようなものだ。」
「・・・お前の世界の、俺か?」
「ひどいうぬぼれだな。半分はそうだが。」
「もう半分は、ハルカとか?」
「そうだな。他にも色々いた。」
「そのころの話が聞きたい。」
「そうだな、一つ昔話をしよう。今回と似たような翼獣と戦った時の話だ。」
☆
「ガイはまだ目覚めないのか?」
「はい・・・。」
アキラの訪れた鷹山家のある一室。部屋の明かりは落とされているが、カーテンから昼光が漏れてきている。部屋の真ん中には布団が敷かれて、そこにガイは横たわり、その傍らで鷹山家長女で長い黒髪の少女、ミキが顔を覗き込んでいる。
「その、あまり無理はさせないほうがよろしいのでは?ガイも深く傷ついています。」
「そうも言ってられん。次の襲来があるかもわからん。早く目覚めてくれないと困る。」
「・・・アキラも無理をなさらないように。」
目を閉じているガイを一瞥してアキラは上着を羽織り、廊下に置いていたバッグを拾い上げる。
「・・・行ったか。」
「行きました。」
揺れる度にガチャガチャ鳴るのが、遠くに行ったのを確かめてガイは目を覚ます。いや、最初から眠ってなどいなかったというのが正しい。狸寝入りである。
「傷はもう治ったんですね。」
「ああ、もう痛くない。」
「ではガイも急ぎ戦闘の準備をするべきでは?」
「嫌。」
「なにゆえ?」
「だって、俺もう負けたじゃん。」
ピッと枕元のリモコンのスイッチを押すと、パッとテレビが薄暗い部屋に灯る。
『昨晩出現した巨大生物による被害は、依然として全容がわかっておらず・・・』
ニュース映像に映される市街地の景色は、あちこちから煙が上がっている惨憺たるものであった。
『巨大生物は突然姿を消し、市民には不安が広がっています。』
「でも追い返すことはできたじゃないですか。」
「だが、それもこのザマだ。」
「もう治ってるじゃないですか。」
実質的にガイは見逃されたようなものだった。空を飛ぶ怪鳥にいいように弄ばれ、それが何故か急に気が変わったように姿を消したのだ。
「俺が出て行ったところで無駄だと、俺は思い始めた。」
臆面もなくガイはそう言い切った。その瞳の奥に、ミキは別なものを見た。
「怖いのですか?負けることが。」
「別に怖くねえよ。ただ・・・。」
言葉に詰まる。この先の言葉に詰まった身勝手さを、ミキにぶつける気にはなれなかった。
「とにかく、これ以上俺に何ができる?それともアキラがなんとかしてくれるのを見ているか。」
「・・・アキラは死ぬつもりかもしれません。」
「勝手に死ねばいい。」
「死んで刺し違えられるならそうするさ。」
「アキラ、行ったのでは?」
「携帯忘れた。」
扉に手をかけたアキラがそこには立っていた。腕や額に巻かれた包帯が痛々しいが、その表情は氷のように冷たい。
「聞いてたんならわかるだろ。俺はもう戦わん。臆病者と言われようが。」
「自分の情けなさを誇るやつがあるか。」
「情けないのはどっちだ。俺がいなければどうせ勝てもしないくせに。」
「言ってろ。最初っから逃げ腰のお前にはどだい期待してすらいないわ。」
「まるで死にに行くのが賢いみたいな言い方だな。そういうのをニッポンじゃ犬死って言うんだよ。」
「じゃあお前は負け犬だな。」
あまりに子供じみた低レベルな言い合い。だがそれがガイの心の琴線に触れた。
「ああそうかい、いいよなお前は。俺が死にそうに戦ってる中でも、『見てるだけ』でいいんだからな!そんなに死にたきゃ、お前がスペリオンになればいいだろ!」
「・・・まだ痛めつけられたいか!」
「やめてください2人とも!」
まさに殴り合いに発展しそうなほど、冷ややかにヒートアップしていた。ミキがいなければそうなっていたかもしれない。
「ああ、もしもし?ツバサか。」
着信を振動で感じたアキラは、握った拳をほどいて携帯を開きながらその場を後にする。その背中はをミキは半歩身を乗り出して見送った。
「・・・私も準備します。ガイは?」
「俺はいかない。」
ガイは逃避を決め込んだ。全てを拒絶するように布団に包まってテコでも動かなくなった。
「それでも、待ってますから。」
ミキもそれ以上何も言わなかった。
戸が閉じられ、部屋には静寂が還った。
「俺は何すればいいんだよ。」
顔を出したガイの問いかけには誰も答えない。
☆
『それでガイをほったらかしにしてきたわけ?』
「体使って解決しなきゃいけない問題を、口と頭で逃げてる奴なんか役には立たん。」
『でもスペリオンなしじゃ飛車角落ちなんてものじゃないよ。』
「歩兵だってひっくり返せば金になる。」
『金になれるほどの手がある?』
インカム越しに聞こえてくるのは、可愛く頼もしい弟分、ツバサの声。昨晩の戦場となった瓦礫の街を、アキラは軽口を飛ばしながら探索する。背の高いビルのない地域であるから、遠巻きには鉄塔が折れ曲がっているのが見える。
間違いなく昨日の敵は再び襲来してくる。その対策となる情報をかき集めるため足を使ってフィールドワークがアキラの仕事。それらを受信して椅子に座りながら分析するのがツバサの仕事というわけだ。
『何か見つかった?』
「全然だ。ツメの欠片や体液の一滴も落ちてない。」
『ガイの攻撃がヒットしていたなら、僅かでも落ちているハズなのにな・・・。』
アキラがその手にしたハンドスキャナで巨大生物の体組織を調べれば、ツバサが分析出来るというただそれだけのことなのに、その捜査は目下難航していた。
相手は今までに戦ったことのない飛行型。前例がないだけに少しでも手掛かりをつかみ、対策を練る必要がある。現状あるのは、ガイの戦闘中にアキラが撮影した映像だけだ。
『この映像だけじゃなあ。暗くて何が起こってるのかよく見えないし。』
「アイツの攻撃が当たったかと思った瞬間には、敵の姿は消えていた。まるで空を切っているようだった。」
『それ、空ぶってるのどう違うの?』
「間違いなく『当たって』はいたんだよ。」
頭部には蛾の触覚のように羽を戴き、風にたなびくボロボロのマントやローブを纏っているかのような姿の敵。その裾の下からは怖気の走るような鋭い針や鎌が見え隠れしている。
しかも相手はただ空を飛んでいるだけではない。まるで煙や幽霊を殴っているかのように、全く攻撃が効いてないのである。カメラの中でそれを相手にしているスペリオンは狼狽えている。
『他に特徴は?』
「・・・そういえば、馬鹿にあっさりと消えたな。活動する限界があったのか知らないが、戦いの途中で急に居なくなりやがった。」
『それって、日の出とか?』
「いいや、まだ深夜だった。」
『そうだった。おかげで寝不足だよ・・・。』
「電波の調子悪くってお前はリアルタイムでは見てなかったな。」
目的が全く見えてこない。突然現れたかと思ったら、幻だったかのように消えた。
「今までのパターンで言えば、破壊が目的なら居座るものだと思ってたが。」
『途中で帰ったってことは、スペリオンが目的でもない。となると・・・。』
「となると?」
『生物的にもっと根本的な目的。食事か縄張り。』
口があるようにも見えなかった。
『気象データやらなにから洗ってみる。』
「頼む、俺はまだ探索を続ける。」
『気を付けて。』
通話を終了させる間際、ツバサが小さく呟いた。
『・・・ガイのところに姉さんが行ったよ。』
「そうか。」
アキラも最小限に答えて通信を切った。
(お前がスペリオンになればいいだろ!)
「出来るなら最初からそうしている。」
ガイの言葉がアキラの脳内でリフレインする。それこそ無理な話だ。
どれだけ鍛えようと、結局普通の人間の延長でしかない。もっと自分だけの『特別』を欲した。
無力感や嫉妬心、その他色々な感情がアキラの中で渦巻く。
☆
「ガイ、お邪魔するわよ。」
「んあ?ハルカか。」
「はい、これお見舞い。」
ミキが出て行ってから間もなくして、入れ替わりにハルカがガイのいる部屋へとやってきた。
「花か。」
「お菓子の方がよかった?」
「なんでもない。」
ガイは受け取った花束をしばし見つめ、傍らに置いた。
「それで、なんか用?」
「別に、お見舞いに来ただけよ。」
「そうか。てっきりアキラから代わりに泣きついてくるように頼まれたのかと思った。」
「どうしてアキラが泣きついてくるの?そんなことをさせたいの?」
「いや、別にそういうんじゃない。」
ガイの零した皮肉から、ハルカは的確に真相を突いて来る。
ガイも別に困らせたかったわけじゃない。けれど言わずにはいられなかった。
「何故戦うのか、何のために戦うのかわからなくなった?」
「・・・言われるままに戦うのに疑問を感じていた。」
アキラのように『信念』を持って戦えることが羨ましかった。
「隣の花は赤いものよ。」
「赤?この花はどう見ても白だろう?」
「そうじゃなくてことわざよ。他人が持っているものはなんでも羨ましく見えるものなのよ。」
「あなたに必要なのはきっと『勇気』ね。信念は責任感をくれるけど、勇気はくれないわ。」
「じゃあどうすれば勇気を持てる?」
「それはきっと、守るためね。」
「守るため?」
敵を倒すのは、あくまで手段でしかない。その先の目的が、守ること。
「そう、今まで守るために戦うんだって、考えたことある?」
「ない。ただ生きるのに必死だった。」
「あなたは、アキラのこと好き?」
「・・・嫌いではない。」
「ツバサや、ミキのことは?」
「嫌いじゃない。」
「じゃあこうしましょ。私たちは、あなたたちが守ってくれた毎日をしっかり生きて、帰ってくる場所を守るから。これで持ちつ持たれつでしょ?」
「持ちつ持たれつ?」
「うん、私たちにそれしかできないから・・・。」
「だからこれはお願い。みんなのために戦って。それでアキラのことも、守ってあげてほしい。」
いつになく真剣な目でハルカは言った。
「ハルカは、アキラのことが好きなんだな。」
「うん、大好き。けどよく不安になる、いつか手が届かなくなるんじゃないかって。」
「なら、守りたいものがどうとかじゃなくて、最初っから『アキラのことをお願い』って言えばよかったんじゃない?周りっくどい言い方しなくても。」
「ギクッ。だって、まともに聞いてくれると思ってなかったし・・・。」
「まあ、いいよ。おかげでちょっと目が覚めたみたいだし。」
「ホント?さすが私!」
ガイはもったいぶるように重い腰を上げると、照れくさそうに頬を掻いた。
「ああいうのが『お母さん』みたいなものなのかなって思ったよ。」
「んもー、私そこまで年取ってないよ?」
「でもアキラとツバサの保護者役なんだろ?」
「それはそうだけど!」
「わかったわかった、お母さんの言いつけは守るよ。」
「んもー!」
脱ぎ捨ててあった上着をとると、廊下へと飛び出していく。
「じゃ、行ってくる。」
「うん、いってらっしゃい。」
背中にかかる声を、強く握った拳で受け止める。そして天にまでとどきそうなほど強く地面を蹴って駆けだすのだ。
☆
「で、それから俺はお前と合流してだな・・・。」
「すぴー。」
「寝てんじゃねえよボケ!」
「どあっ!スマン、あまりに長くって・・・。それで、どうなったんだ?」
「敵の正体は、電波を吸収してエネルギーにするやつだった。ローブのような外殻は、クーロン力で纏わりついた塵だった。ツバサの分析からそれを知ったお前が、電波攪乱して、俺がトドメを刺した。終わり。」
「おお、ナイスコンビネーションじゃないか。でもなんで概要だけ?」
「話す気力が失せたんだよ!どっかの誰かが居眠りこくから!」
「ひどいやつがいたもんだな。」
「殺されたいか。」
「スマンスマン。」
舞台は戻って、焚火を囲む森の中。
「もう仕舞いにしよう。明日に備えて寝るぞ。」
「はいはい、それにしても、なんか違うな。」
「何が?」
「俺の性格。なんかひょうきんさが足りない。」
「お前はむしろおしゃべり過ぎる。世界が違うせいで、性格も少し違うんだろう。」
「となると気になることが一つ。それは本当に俺なのか?」
「・・・間違いなくお前だよ。根っこが同じだ。」
「そういうもんか。じゃおやすみ。ぐー。」
「はぁ・・・その切り替えの早さとかな。」
ごろん、とガイも横になる。視界に入ってくる満天の夜空は、話の中で見た、市街地での夜空とはまた違う。アキラの性格と同じように。
「・・・なぁ。」
「なんだ?」
「いや・・・一緒に戦ってくれてありがとよ。守ってくれてさ。」
「そうか。」
「そうだ。そんだけ。おやすみ。」
最後に少しだけ互いに声だけで会話した。
☆
一晩明けて。穏やかな小鳥のさえずりとは異なる轟音にガイは起こされる。正確には眠くもならないのだが、とにかく意識がこの世に呼び戻された。
「準備はいいか!」
「まだ回復しきってない。」
「ああ、昨日の戦いで奪った敵の機動力はまだ戻ってないだろうな。」
「ちげえよ、俺がだよ。」
野宿をしたせいで節々が痛む体をのっそりと立ててガイは呻く。一方アキラは素手で倒した丸太を担いで無駄に元気でいる。
「なんだよ、なら二手に分かれるか?」
「ああ、俺は皆のところへ行く。お前は・・・どうするつもりだその丸太。」
「ぶつけてやる。」
「そうか、がんばれ。」
「おう、お前こそ命を大事にしろよ!」
「お前が言うか。」
そのあまりに無謀としか言いようのないアキラの姿には、わんこそばよりも早く命が投げ捨てられていくように見える。だがそのワンマンアーミーぷりの一面を知るガイは特に気にも留めない。
「さて、皆を探しに行かないと。」
ガイは傷を押さえながら、禿げ上がって木の生えていない山頂を目指す。こちらの世界に来てから、傷の治りが悪くなっていることが気がかりだった。明らかに力の衰えを感じる。今は考えていてもしょうがないので、必死に足を動かすが。
山の登るのに疲れない歩き方という物があるが、ガイはそれを無視して疾走し、駆けあがる。それを可能にする体力がガイには、スペリオンにはあった。
「ふぅ!結構キツいな。けどもう見えてきたぞ。」
ノンストップで走り続けること3時間ほど。斜面の森を抜けて山頂が見えてきた。
キョエー・・・と遠くに力ない鳴き声が響いてくる。この声は昨晩から続いていたが、恐らくその主は今日の昼には全力を取り戻すだろう。それほどまでに、ダークマターの力はすごい。それに丸太だけで喧嘩を売りに行ったアキラはすごいというかイカれてる。
「前のアイツだったら絶対しなかった・・・とも言えないか。」
昨日の話の結末を鑑みれば、やはり同じ人間だと思わせられる。体力と膂力に任せた力業こそが、アキラの本質と言えるのかもしれない。
さて、そんな考え事をしているうちに、目的地が見えてくる。皆無事であればいいが。
「助けに来たぞー!って。」
「さーみんな、次はおうたのじかんですわよ♪」
『クワー!』『クワー!!』『クワー!!!』
「おっ、ガイ遅かったわね。」
「なんで芸をさせてんだ?」
「エサをあげて笛を吹けば簡単ですわ♪」
心配するガイをよそに、そこには最近めっきり動物使いに目覚めたお嬢様によって調教され切った渡り鳥のヒナ(XXLサイズ)がいた。
「ガイ、今までどこに居たんだよ?」
「アキラはどこ行ったん?」
「コーンばっかりじゃ飽きるから、肉が欲しいし。」
「やっぱり生きてる鳥ってニオイがあるわねー。お風呂に入りたいわー。」
「うるさーい、全員一辺に喋るなー!それよりも、先生はどこ行ったんだ?」
「センセなら、ケイと一緒に外を見に行ったで。」
「ケイと?」
「調査がどうこう。それよりもご飯を持ってきてほしい。」
「お前らまでヒナドリになってどうする。」
まあ全員怪我も無くてよかった。腹を空かせた鳥たちについばまれてなくて。ヒナドリたちも整列してちょこんとならんでいる。
「それよりもだ、早くここを離れるぞ、じきに親鳥も帰ってくるし。」
「レオナルドがケガをしていて動けないんですのよー!」
「なんだとー?」
生憎、ガイ含めたここにいる全員には治療魔法といったものは使えない。
「ケイの野郎、治してから出ていけばよかったものを。」
「なんとかならないのか、ガイ?」
「・・・ダークマターを使ってみるか。」
「ダークマターって?」
少々危険かもしれないが、ダークマターを投与すれば治癒力を強化させることが出来るかもしれない。副作用が怖いが、今は四の五の言ってられないだろう。ガイは昨日採取したダークマターの黒いかけらを取り出す。
「それがダークマターなのか?」
「そうだ、この鳥たちが巨大化したのもこれが原因だが、少しだけなら影響は少ないはずだ。レオナルドは元からデカいし。」
青い血がにじむレオナルドの後ろ足に、砕かれて砂のようになった結晶をまぶした布を押し当ててやる。
『グルルルル・・・。』
ちょっと我慢してろよ、と血が完全に止まるまで押さえつけると、すぐにレオナルドは元気を取り戻したようだった。
「よし、これでいいか。乗り込めみんな。」
「クリン、なにボーッとしてんだ。」
「・・・ああ。」
「よーしよし、歩けるなレオナルド?」
「あなたたちー!強く生きるんですのよー!」
パイルが手綱を握ると、レオナルドはのっしのっしと歩み始め、シャロンはヒナドリたちにバイバイをする。
レオナルドが立ち直る様子を見て、クリンは自身のポケットをまさぐると、そこに硬くて変に冷たい感触が返ってくる。先ほどガイが持っていたダークマターと、よく似た物をクリンは以前拾っていたのだ。そしてその効能を今見た。
☆
他方、問題の怪鳥のいる現場はというと。
「どぉおおおおっせぇえええええええい!」
『キョエエエエエエエエエエ!!』
アキラは丸太で奮闘していた。片方の翼から血をにじませる怪鳥・イリューガルは、怒りの叫び声をあげながら目の前の虫を踏みつぶそうと地団太を踏んでいる。
「なんという戦いだ・・・これほどの大立ち回りを長年旅をしてきたがみたことがないぞ!」
「そりゃいないだろうな、こんな大ボケ野郎は。」
その様子を遠巻きにケイとデュラン先生は見ていた。下手に近づくと巻き込まれると判断したため、手が出しようがない。
「ええいさっさとくたばれぇえ!!」
『グェエエエ!』
豪快に振るわれた丸太のフルスイングが、イリューガルの横っ面をひっぱたく。
『クェエエエ!!』
「おーっ!なんという風だ!」
「感心してる場合か!『エアーボルト』!」
仕返しに、イリューガルは羽ばたいて突風を巻きおこす。周囲の木が根こそぎ折れて飛んでいくが、アキラの前に舞って出たケイの振るう杖が、自身にかかる風を打ち消す。
「おおケイ、久しぶりだな。」
「遊んでないでそろそろ逃げるよ!さっき山頂で花火があがった!」
「あっちの方は上手くいったみたいだな。」
ひょっとしなくても、それは合図の狼煙というやつだ。この場に親鳥を引き留めることで、巣から逃げる時間を稼げたというわけだ。
「さて、この場はもう撤退して良いわけだけど・・・。」
「まだ何かするつもり?」
「スペリオンにしか出来ないことがある。」
「そういういことだ。」
バッと空に影が映えると、それは地上に降り立って人の姿を見せる。ガイである。
「ガイ、お前いま・・・どこから飛んできたんだ?」
「気にするところはそこじゃないんとちゃうんセンセ?」
「そうだな、すぐ生徒のところに戻らなくてはな。」
「先に行っててくれ、俺たちはまだやることがある。」
「そう、じゃあ行こうぜセンセ。」
「おう、2人とも気をつけてな!」
デュランの背中を叩いて、ケイが去っていく。
「で、アキラ。これ以上何するつもりなんだ?」
「こいつをこのまま野放しにしていちゃ、人にも迷惑かかる。放っては置けない。」
「殺すのか?」
「殺しはしない、けど『無力化』の必要がある。スペリオンには出来るか?」
「お前が望むならな。」
イリューガルが睨みを利かせる。鬱陶しい虫ケラが二匹に増えている。もう許さんとばかりに痛む翼を広げて飛び掛かる。
「行くぞ、ガイ!」
「ああ、『スペルクロス』!」
その掛け声を合図に、2人が拳をぶつける。走る電光の中、アキラは構える。
ガイは光の繊維となってアキラを包み込み、光の金属『ウル』の体を作り上げていく。
「見ろ!スペリオンだ!」
光のヴェールの向こうから、巨大な姿を現した!さあ戦いだ!
☆
初戦においては煮え湯を飲まされたスペリオンだったが、今回はちと状況が違う。イリューガルの片翼は、アキラの最後っ屁によって大きく傷つけられていたからだ。これでは自由に飛び回ることは出来まい。
『いっつつ、でもこっちもまだ完全に回復はしていないぞ。』
「速攻でケリつけてやる!」
スペリオンは胸を押さえる。巨大化した分傷も大きくなったのだ。痛みを感じているのはガイの意識だけだが、アキラもあまり負担はかけさせまいと集中する。
『キョエエエエエエエエ!』
「また風か!」
『しっかり踏ん張らなきゃ吹き飛ばされるぞ!』
それほどまでに強力だ。スペリオンは姿勢を低くして耐えるが、その隙をついてイリューガルはジャンプして爪を立ててくる。
『いだだだだ!しっかりしろよ!』
「くそっ、まだこんなに元気があったとは!」
逆に足を掴み返して、ハンマー投げの要領で振り回して投げた。空中で回転しながら、イリューガルはバランスを取り戻して向き直る。
「今度はこっちの番だ!とうっ!」
避けようとする先を読んで、スペリオンは掴みかかってチョップを浴びせる。バサバサと宙に浮きあがりながら、やがてバランスを失ったように錐もみになって墜落すると、羽に土が付く。
『グェエエエエエ・・・』
『まだやるか鳥畜生め。手負いの獣はやはり手強いな。』
(どうする、やはり殺すまでやるのか?)
『他に方法はないのか?元の大きさに戻してやるとか。』
(今のお前では無理だな。)
『そうか。』
ふらふらとイリューガルは立ち上がる。傷つき泥にまみれたその姿には
哀愁すら感じられる。
それでも止まろうとしない。理由は言わずもがなだ。
「スペリオン様ー!!」
『様?』
(あっ、シャロンか。みんなも無事なんだな。)
「ヒナたちの親を殺さないであげてくださいましー!」
「なんとか助けてやれないか!」
(だとよ。)
『できんのかよ?』
(お前が想像できるかだ。)
『そうか、ならやってみる!』
口元に指を当てて、エネルギーを吹きかける。
「『リーディングマーチ』!」
「これは、笛の音?」
指笛によって音波として発せられるエネルギー波が、動物の脳へ指令を伝える。
それを聞いたイリューガルは不思議そうにしながら大人しくなった。
『まずは怪我を治してやらないとな。』
(自分でやっといてよく言う。)
『うっさい!こうすればいい、か?『ヒールフロー』!』
血行をよくして傷の治りを早める呼吸ヨガを、アキラは指先から放出するイメージを唱える。そうすればスペリオンは回復光線をイリューガルの翼へ浴びせるのだ。
(次は?)
『ち、小さくするイメージなんて浮かばないぞ・・・。』
(体内のダークマターを排除してやればいい。そうすればじきに元に戻るだろう。)
『そ、そうか。』
アキラは脳内に黒い結晶の姿を思い浮かべる。見るからに禍々しい、異物の存在。
「『ライトオペレーション』!」
異物切除の術式開始だ。と言っても、光線が自動的に体内の残留ダークマターだけを破壊してくれるので、ただ照射を続けるだけでいいのだが。
『これで・・・終わりか。』
(お疲れだな。)
イリューガルはすっかりしおらしくなり、凶暴さとは違う元気を取り戻し始めていた。
「やったぜ!」
「すごいんだな、スペリオン!」
シャロンやドロシーたちの黄色い声を浴びながら、役目を終えたスペリオンは姿を消した。
「本当になんでも出来るんだな、スペリオンってやつは。」
「まあな。ヒトの『願い』を背負うのがスペリオンだからな。」
話しながら歩いていると、前方に見覚えのある大亀の姿が見えてきた。
「おーい!」
「ガイ!アキラ!」
「うーん、不思議なもんだな。」
「何が?」
「今こうして俺がスッキリした気分でいられるのは、あいつらの『願い』があったおかげなわけで、それに遠回しにだけど『俺は俺に』諭されたわけだなって。」
「正確にはハルカにな。」
「ったく、かなわねえやつだな。」
「だろうな。」
近くて遠い、幼馴染に思いを馳せる。
「二人とも生きてたのか!」
「生きてるよ。その証拠に腹減ったぜ。」
「そうね、お昼にしましょう!」
「肉か?」
「鶏肉ではないですわよ!」
ともかく一件落着。一行の頭上を回復したイリューガルは飛んでいき、この一帯の森にも平和が戻った。
「なあ、ガイの世界のハルカはどうしてるんだ?」
「ん、元気してるよ。」
「そうか・・・。」
「そっちの世界では、どうなんだよ?」
「元気・・・さ。」
アキラの言葉には、暗いものがあり、ガイも何かを察してそれ以上は聞かなかった。
「お前がいてくれたらな・・・。」
「俺にも何でも出来るわけじゃないけどな。」
「スペリオンには不可能なんてないんじゃないのか?」
「お前が諦めなければな。」
それは、小さな楔だった。完全であるはずのスペリオンに生まれた、わずかな綻び。
『ドワァアアアアアアア!!』
そんなところへ巨体の影が降ってくる。
『いってぇちくしょうめ・・・。』
(空を飛ぶ相手はやはり辛いな。)
スペリオンである。
敵対しているのは、雲海怪鳥『イリューガル』である。繁殖期を迎えると南方はサウリアからやってくる、極彩色の羽に彩られる渡り鳥の一種であるが、今襲い掛かってきている個体はまさしく鳶色の、地味なカラーリングだ。そしてまた通常の個体に比べてでっかいのである。
何故無駄にデカいのか?突然変異である。
そして体が大きくなった分、食欲も旺盛になってしまった。今日のご飯は、それはそれは大きな亀と、その背中の人間たちの予定だ。
『チュンチュン!』
「うぉおおお食われてたまるかぁ!」
「あっちいけぇ!」
巣では今年の春に孵ったばかりのヒナたちが、腹を空かせて待っている。これも巨大で、人間の背丈ほどもある。それらの猛攻を、ドロシーたちは必死にしのいでいるところである。レオナルドは手足を引っ込めて防御している。
『グワー!』
(ええい、鬱陶しいやつめ。お前も空を飛んで対抗しろ!)
『飛ぼうと思って飛べたら苦労しない!』
強襲してくる爪を躱して、逆に飛び掛かってみせるが、イリューガルには難なく逃げられてしまう。相手は1km先の獲物をも瞬時に見分けられる動体視力と、的確に獲物を追い詰める俊敏さを兼ね揃え保持したまま、巨大な姿へと変貌しているのだ。鳥に空を飛ばれてしまっては、さしものスペリオンにも分が悪い。
『対空対空・・・熱烈クラム!』
スペリオンが手を振ると、小さな戦輪が飛び出してイリューガルを狙う。が、その程度のカトンボに捉えられるものでなく、チャクラムは空を切った。
『地上に降りてくるタイミングを狙うしかないか・・・。』
(アイツのスタミナと、こっちの体力どっちが先に尽きるか。)
そしてイリューガルは本来渡り鳥である。何千キロという距離を飛び続ける猛禽を相手に、地上しか動けないヒーローが勝てる道理はない。
(退くしかないだろう。)
『アイツを見捨てるのかよ!』
(そんなわけないだろう。だが、今俺たちが倒れたら、一体誰がヤツを倒すんだ?)
それが理解できないほどアキラも幼稚ではない。
『こうなりゃ・・・タッチダウンだ!』
(あっ、バカッ!)
アキラの口が判断を仰ぐよりも早く、体はイリューガルの巣のある山頂へ向かって走り出した。
『キシャアアアア!!』
突然の行動に驚いたのはイリュ-ガルもそうだ。すぐにその意図を理解し、巣を守るために急いで急降下する。
『追ってきたな、それでいい!熱烈クラム!!』
体を反転させて地面を背中で滑りながら、再びチャクラムを投げる。
『ギャアアアアアア!!』
起死回生の一手は、突撃態勢に入っていたイリューガルの片翼を焼き切った。しかしイリューガルは止まらない。そのまま墜落する勢いで、スペリオンの胸に爪を突き立てた。
『ぐぅうううう・・・なんつー馬力だ・・・振りほどけねえ!』
(ナイスプレーだったが、このままでは心臓を引っこ抜かれるぞ!)
『・・・一旦撤退する。』
(それがいい。)
顔の前で腕を交差すると、スペリオンの体は光の繊維が解けるように消えていく。
「スペリオンが消えた!」
「やられたのか?うわっ!」
「気を抜くなよ!」
ヒナの空腹はもう限界だ。ドロシーたちへのついばみ攻撃は苛烈さを増した。
「どうする、教室に逃げ込むか?」
「レオナルドは平気かもしれないけど、これ以上前線を下げていいのか?守り切れなくなるぞ!」
「みんなふせろ!『エアーボルト』!」
その声が聞こえた瞬間、突風が人間と鳥類の間に壁を作った。
「ケイ!」
「バリアを張る。みんな逃げこめ!」
レオナルドの周囲を風の障壁が覆い、ヒナを寄せ付けなくなる。
「助かった・・・。」
「これで1日は大丈夫だ。」
「すごい力だな。」
「そういえば、ガイとアキラがおらへんけど?」
「あの2人は山の麓にいる。」
ケイは机に腰かけると、ローブの裾についた泥を払う。
「待って、一日しか持たないの?それまでにどうしろって言うんだよ?」
「一日もありゃ体力も回復するだろ。それまでリラックスしてればいい。」
『チュンチュン!チュンチュンチュン!」
「リラックスできるかよこんな状況で!」
「少なくとも親鳥はまだ帰ってこない。あの傷じゃ、山を登ってくるにも一苦労だろうし。」
「それまでに、ガイたちがなんとか策を弄してくれるのを祈るか・・・。」
「アタシたちも何か作戦を立てたほうがいいわね。レオナルドをこの山から降ろす方法を考えておかないと。」
「その前にやることがあるだろう?」
「それは?」
「メシだ!俺たち朝から何も食べてないぞ!」
「たしかに。」
☆
「くそぉ・・・今一歩のところで。」
「まあ落ち着けよ。犠牲フライでイーブンに持ち込めたってところだろ。」
「得点はリード以外認めない。」
「そうか。」
一方、元の姿に戻った二人も休息をとっていた。保存食の干し肉を齧りながら、火を囲んで相対する。
「今ならヤツも傷を負っている。すぐに変身してトドメを刺しに行くべきじゃないか?」
「それは出来ない。健康のためにも12時間はインターバルを開けておきたいからな。」
日はすっかり暮れている。時折森の向こうから巨体が蠢く音が聞こえてくるが、飛立とうという気配はない。回復しきるタイミングは同じとみていいだろう。
「それにしても、あんなデカい鳥までいるなんて。ここは怪獣惑星だったのか。」
「あれは本来の生態ではない。外的因子による変異だろう。」
「なんでわかる?」
「これが原因だ。」
ガイは黒い結晶体を取り出して、焚火にかざす。
「なんだそれは?ケイも調べていたが。」
「『ダークマター』の結晶、とでも言うべきか。」
「ダークマターってなんだ?」
「これ自体にエネルギーがあるわけじゃない。これがレンズのような役割を働いて、虚無の空間からエネルギーを三次元に汲みだしているんだ。」
いわば、空間という『天井』に空いた『穴』なのだ。砂時計のように、もう一つの空間からエネルギーが、その穴を通してこちら側の世界にこぼれてきているのだ。
「もっとわかりやすく。」
「これが生物巨大化の原因。」
「なるほど。でもなんでそんなものがあの鳥に集まってるんだ?」
「おそらく、生物濃縮の一環だと思う。
「また新しい単語が出てきた。」
「この世界の土壌には、わずかながらこの結晶が含まれているんだ。それが、食物連鎖の上位者に行くほど、体内で濃縮されていって、突然変異を起こしてるんだ。」
「なるほど。」
(ホントにわかったのかよ?)
身近なもので言えば生ガキの食中毒がそれにあたる。
「しかし、お前は何でそんなに難しいことに詳しいんだ?」
「詳しいわけじゃない、見ただけで理解できてしまうってだけだ。」
「見ただけで?」
「それになにより、ツバサの書いた本に書いてあった。」
「ツバサが本を?」
「この世界に来たツバサの日記だ。」
ツバサ、アキラの弟分だった男。アキラやガイのような特別な力のない、ごくごく普通の人間だった。
「そんな本があったとは・・・後で読みたい。」
「たしか教室に置きっぱなしだ。まだ読んでる最中だったから図書館に返すの忘れてた。」
「たしかにモノづくりが好きなやつだったけど。」
それどころか子供まで作っている。その人生は波瀾万丈なものだったと記されている。
「まあ、俺は疲れたから寝るぞ。ぐぅ。」
「おう、おやすみ。」
ごろんとガイは横になり、アキラも目を閉じる。
「・・・結構キツいな。」
「・・・やっぱり、キズを負っていたのはお前もだったのか。」
「気づいていたのならもうちょっといたわれ。」
「見せてみろ、手当してやる。」
上着を脱いだガイの胸は、血で汚れていた。明らかにイリューガルの爪にやられた形の傷であった。
「でももう治り始めてるな。」
「ほっといても治ると思ったから、言わなかっただけだ。」
「感染症にでもなったらどうすんだよ。薬も満足に無いんだぞ。」
「どうやって応急処置するつもりだったんだ。」
「焼く。」
「そっちの方がよっぽど痕残るわ。」
しょうがないのでアキラは傷口を水で洗って、包帯代わりの端切れを巻いてやった。
「体が傷つくのは俺だけだったからな。」
「やっぱりか。戦闘で体が傷ついても、俺は全然平気だったから変だと思ってた。そういう時は相談ぐらいしろ。」
「今度からそうする。」
「なんというかお前も、人間なんだよな。」
「いきなりなんだよ。」
手当てを終えて、一眠りしてから目が覚めた。日が昇るまでもう少し時間があるが、ガイの傷は治りきっていない。そんな折、アキラは突然話を切り出してきた。
「変わったやつだと思ってたよ。変に冷めてるし、突然確信めいた話をしだすし。なによりスペリオンだし。」
「そうだな。」
「けど、そういう面以外にも、人間らしいところがあるんだなと思って。」
「お前が言えた口かそれ。」
「ズレてるって自覚はあったさ、子供のころからな。けどお前の場合はそれ以上だ、多分。宇宙人と話してる気分になる。」
「けど、お前は人を気遣ったりできるだろ?だから宇宙人とかとは違うって思うんだ。」
「最初から持っていたわけじゃない。教えられたようなものだ。」
「・・・お前の世界の、俺か?」
「ひどいうぬぼれだな。半分はそうだが。」
「もう半分は、ハルカとか?」
「そうだな。他にも色々いた。」
「そのころの話が聞きたい。」
「そうだな、一つ昔話をしよう。今回と似たような翼獣と戦った時の話だ。」
☆
「ガイはまだ目覚めないのか?」
「はい・・・。」
アキラの訪れた鷹山家のある一室。部屋の明かりは落とされているが、カーテンから昼光が漏れてきている。部屋の真ん中には布団が敷かれて、そこにガイは横たわり、その傍らで鷹山家長女で長い黒髪の少女、ミキが顔を覗き込んでいる。
「その、あまり無理はさせないほうがよろしいのでは?ガイも深く傷ついています。」
「そうも言ってられん。次の襲来があるかもわからん。早く目覚めてくれないと困る。」
「・・・アキラも無理をなさらないように。」
目を閉じているガイを一瞥してアキラは上着を羽織り、廊下に置いていたバッグを拾い上げる。
「・・・行ったか。」
「行きました。」
揺れる度にガチャガチャ鳴るのが、遠くに行ったのを確かめてガイは目を覚ます。いや、最初から眠ってなどいなかったというのが正しい。狸寝入りである。
「傷はもう治ったんですね。」
「ああ、もう痛くない。」
「ではガイも急ぎ戦闘の準備をするべきでは?」
「嫌。」
「なにゆえ?」
「だって、俺もう負けたじゃん。」
ピッと枕元のリモコンのスイッチを押すと、パッとテレビが薄暗い部屋に灯る。
『昨晩出現した巨大生物による被害は、依然として全容がわかっておらず・・・』
ニュース映像に映される市街地の景色は、あちこちから煙が上がっている惨憺たるものであった。
『巨大生物は突然姿を消し、市民には不安が広がっています。』
「でも追い返すことはできたじゃないですか。」
「だが、それもこのザマだ。」
「もう治ってるじゃないですか。」
実質的にガイは見逃されたようなものだった。空を飛ぶ怪鳥にいいように弄ばれ、それが何故か急に気が変わったように姿を消したのだ。
「俺が出て行ったところで無駄だと、俺は思い始めた。」
臆面もなくガイはそう言い切った。その瞳の奥に、ミキは別なものを見た。
「怖いのですか?負けることが。」
「別に怖くねえよ。ただ・・・。」
言葉に詰まる。この先の言葉に詰まった身勝手さを、ミキにぶつける気にはなれなかった。
「とにかく、これ以上俺に何ができる?それともアキラがなんとかしてくれるのを見ているか。」
「・・・アキラは死ぬつもりかもしれません。」
「勝手に死ねばいい。」
「死んで刺し違えられるならそうするさ。」
「アキラ、行ったのでは?」
「携帯忘れた。」
扉に手をかけたアキラがそこには立っていた。腕や額に巻かれた包帯が痛々しいが、その表情は氷のように冷たい。
「聞いてたんならわかるだろ。俺はもう戦わん。臆病者と言われようが。」
「自分の情けなさを誇るやつがあるか。」
「情けないのはどっちだ。俺がいなければどうせ勝てもしないくせに。」
「言ってろ。最初っから逃げ腰のお前にはどだい期待してすらいないわ。」
「まるで死にに行くのが賢いみたいな言い方だな。そういうのをニッポンじゃ犬死って言うんだよ。」
「じゃあお前は負け犬だな。」
あまりに子供じみた低レベルな言い合い。だがそれがガイの心の琴線に触れた。
「ああそうかい、いいよなお前は。俺が死にそうに戦ってる中でも、『見てるだけ』でいいんだからな!そんなに死にたきゃ、お前がスペリオンになればいいだろ!」
「・・・まだ痛めつけられたいか!」
「やめてください2人とも!」
まさに殴り合いに発展しそうなほど、冷ややかにヒートアップしていた。ミキがいなければそうなっていたかもしれない。
「ああ、もしもし?ツバサか。」
着信を振動で感じたアキラは、握った拳をほどいて携帯を開きながらその場を後にする。その背中はをミキは半歩身を乗り出して見送った。
「・・・私も準備します。ガイは?」
「俺はいかない。」
ガイは逃避を決め込んだ。全てを拒絶するように布団に包まってテコでも動かなくなった。
「それでも、待ってますから。」
ミキもそれ以上何も言わなかった。
戸が閉じられ、部屋には静寂が還った。
「俺は何すればいいんだよ。」
顔を出したガイの問いかけには誰も答えない。
☆
『それでガイをほったらかしにしてきたわけ?』
「体使って解決しなきゃいけない問題を、口と頭で逃げてる奴なんか役には立たん。」
『でもスペリオンなしじゃ飛車角落ちなんてものじゃないよ。』
「歩兵だってひっくり返せば金になる。」
『金になれるほどの手がある?』
インカム越しに聞こえてくるのは、可愛く頼もしい弟分、ツバサの声。昨晩の戦場となった瓦礫の街を、アキラは軽口を飛ばしながら探索する。背の高いビルのない地域であるから、遠巻きには鉄塔が折れ曲がっているのが見える。
間違いなく昨日の敵は再び襲来してくる。その対策となる情報をかき集めるため足を使ってフィールドワークがアキラの仕事。それらを受信して椅子に座りながら分析するのがツバサの仕事というわけだ。
『何か見つかった?』
「全然だ。ツメの欠片や体液の一滴も落ちてない。」
『ガイの攻撃がヒットしていたなら、僅かでも落ちているハズなのにな・・・。』
アキラがその手にしたハンドスキャナで巨大生物の体組織を調べれば、ツバサが分析出来るというただそれだけのことなのに、その捜査は目下難航していた。
相手は今までに戦ったことのない飛行型。前例がないだけに少しでも手掛かりをつかみ、対策を練る必要がある。現状あるのは、ガイの戦闘中にアキラが撮影した映像だけだ。
『この映像だけじゃなあ。暗くて何が起こってるのかよく見えないし。』
「アイツの攻撃が当たったかと思った瞬間には、敵の姿は消えていた。まるで空を切っているようだった。」
『それ、空ぶってるのどう違うの?』
「間違いなく『当たって』はいたんだよ。」
頭部には蛾の触覚のように羽を戴き、風にたなびくボロボロのマントやローブを纏っているかのような姿の敵。その裾の下からは怖気の走るような鋭い針や鎌が見え隠れしている。
しかも相手はただ空を飛んでいるだけではない。まるで煙や幽霊を殴っているかのように、全く攻撃が効いてないのである。カメラの中でそれを相手にしているスペリオンは狼狽えている。
『他に特徴は?』
「・・・そういえば、馬鹿にあっさりと消えたな。活動する限界があったのか知らないが、戦いの途中で急に居なくなりやがった。」
『それって、日の出とか?』
「いいや、まだ深夜だった。」
『そうだった。おかげで寝不足だよ・・・。』
「電波の調子悪くってお前はリアルタイムでは見てなかったな。」
目的が全く見えてこない。突然現れたかと思ったら、幻だったかのように消えた。
「今までのパターンで言えば、破壊が目的なら居座るものだと思ってたが。」
『途中で帰ったってことは、スペリオンが目的でもない。となると・・・。』
「となると?」
『生物的にもっと根本的な目的。食事か縄張り。』
口があるようにも見えなかった。
『気象データやらなにから洗ってみる。』
「頼む、俺はまだ探索を続ける。」
『気を付けて。』
通話を終了させる間際、ツバサが小さく呟いた。
『・・・ガイのところに姉さんが行ったよ。』
「そうか。」
アキラも最小限に答えて通信を切った。
(お前がスペリオンになればいいだろ!)
「出来るなら最初からそうしている。」
ガイの言葉がアキラの脳内でリフレインする。それこそ無理な話だ。
どれだけ鍛えようと、結局普通の人間の延長でしかない。もっと自分だけの『特別』を欲した。
無力感や嫉妬心、その他色々な感情がアキラの中で渦巻く。
☆
「ガイ、お邪魔するわよ。」
「んあ?ハルカか。」
「はい、これお見舞い。」
ミキが出て行ってから間もなくして、入れ替わりにハルカがガイのいる部屋へとやってきた。
「花か。」
「お菓子の方がよかった?」
「なんでもない。」
ガイは受け取った花束をしばし見つめ、傍らに置いた。
「それで、なんか用?」
「別に、お見舞いに来ただけよ。」
「そうか。てっきりアキラから代わりに泣きついてくるように頼まれたのかと思った。」
「どうしてアキラが泣きついてくるの?そんなことをさせたいの?」
「いや、別にそういうんじゃない。」
ガイの零した皮肉から、ハルカは的確に真相を突いて来る。
ガイも別に困らせたかったわけじゃない。けれど言わずにはいられなかった。
「何故戦うのか、何のために戦うのかわからなくなった?」
「・・・言われるままに戦うのに疑問を感じていた。」
アキラのように『信念』を持って戦えることが羨ましかった。
「隣の花は赤いものよ。」
「赤?この花はどう見ても白だろう?」
「そうじゃなくてことわざよ。他人が持っているものはなんでも羨ましく見えるものなのよ。」
「あなたに必要なのはきっと『勇気』ね。信念は責任感をくれるけど、勇気はくれないわ。」
「じゃあどうすれば勇気を持てる?」
「それはきっと、守るためね。」
「守るため?」
敵を倒すのは、あくまで手段でしかない。その先の目的が、守ること。
「そう、今まで守るために戦うんだって、考えたことある?」
「ない。ただ生きるのに必死だった。」
「あなたは、アキラのこと好き?」
「・・・嫌いではない。」
「ツバサや、ミキのことは?」
「嫌いじゃない。」
「じゃあこうしましょ。私たちは、あなたたちが守ってくれた毎日をしっかり生きて、帰ってくる場所を守るから。これで持ちつ持たれつでしょ?」
「持ちつ持たれつ?」
「うん、私たちにそれしかできないから・・・。」
「だからこれはお願い。みんなのために戦って。それでアキラのことも、守ってあげてほしい。」
いつになく真剣な目でハルカは言った。
「ハルカは、アキラのことが好きなんだな。」
「うん、大好き。けどよく不安になる、いつか手が届かなくなるんじゃないかって。」
「なら、守りたいものがどうとかじゃなくて、最初っから『アキラのことをお願い』って言えばよかったんじゃない?周りっくどい言い方しなくても。」
「ギクッ。だって、まともに聞いてくれると思ってなかったし・・・。」
「まあ、いいよ。おかげでちょっと目が覚めたみたいだし。」
「ホント?さすが私!」
ガイはもったいぶるように重い腰を上げると、照れくさそうに頬を掻いた。
「ああいうのが『お母さん』みたいなものなのかなって思ったよ。」
「んもー、私そこまで年取ってないよ?」
「でもアキラとツバサの保護者役なんだろ?」
「それはそうだけど!」
「わかったわかった、お母さんの言いつけは守るよ。」
「んもー!」
脱ぎ捨ててあった上着をとると、廊下へと飛び出していく。
「じゃ、行ってくる。」
「うん、いってらっしゃい。」
背中にかかる声を、強く握った拳で受け止める。そして天にまでとどきそうなほど強く地面を蹴って駆けだすのだ。
☆
「で、それから俺はお前と合流してだな・・・。」
「すぴー。」
「寝てんじゃねえよボケ!」
「どあっ!スマン、あまりに長くって・・・。それで、どうなったんだ?」
「敵の正体は、電波を吸収してエネルギーにするやつだった。ローブのような外殻は、クーロン力で纏わりついた塵だった。ツバサの分析からそれを知ったお前が、電波攪乱して、俺がトドメを刺した。終わり。」
「おお、ナイスコンビネーションじゃないか。でもなんで概要だけ?」
「話す気力が失せたんだよ!どっかの誰かが居眠りこくから!」
「ひどいやつがいたもんだな。」
「殺されたいか。」
「スマンスマン。」
舞台は戻って、焚火を囲む森の中。
「もう仕舞いにしよう。明日に備えて寝るぞ。」
「はいはい、それにしても、なんか違うな。」
「何が?」
「俺の性格。なんかひょうきんさが足りない。」
「お前はむしろおしゃべり過ぎる。世界が違うせいで、性格も少し違うんだろう。」
「となると気になることが一つ。それは本当に俺なのか?」
「・・・間違いなくお前だよ。根っこが同じだ。」
「そういうもんか。じゃおやすみ。ぐー。」
「はぁ・・・その切り替えの早さとかな。」
ごろん、とガイも横になる。視界に入ってくる満天の夜空は、話の中で見た、市街地での夜空とはまた違う。アキラの性格と同じように。
「・・・なぁ。」
「なんだ?」
「いや・・・一緒に戦ってくれてありがとよ。守ってくれてさ。」
「そうか。」
「そうだ。そんだけ。おやすみ。」
最後に少しだけ互いに声だけで会話した。
☆
一晩明けて。穏やかな小鳥のさえずりとは異なる轟音にガイは起こされる。正確には眠くもならないのだが、とにかく意識がこの世に呼び戻された。
「準備はいいか!」
「まだ回復しきってない。」
「ああ、昨日の戦いで奪った敵の機動力はまだ戻ってないだろうな。」
「ちげえよ、俺がだよ。」
野宿をしたせいで節々が痛む体をのっそりと立ててガイは呻く。一方アキラは素手で倒した丸太を担いで無駄に元気でいる。
「なんだよ、なら二手に分かれるか?」
「ああ、俺は皆のところへ行く。お前は・・・どうするつもりだその丸太。」
「ぶつけてやる。」
「そうか、がんばれ。」
「おう、お前こそ命を大事にしろよ!」
「お前が言うか。」
そのあまりに無謀としか言いようのないアキラの姿には、わんこそばよりも早く命が投げ捨てられていくように見える。だがそのワンマンアーミーぷりの一面を知るガイは特に気にも留めない。
「さて、皆を探しに行かないと。」
ガイは傷を押さえながら、禿げ上がって木の生えていない山頂を目指す。こちらの世界に来てから、傷の治りが悪くなっていることが気がかりだった。明らかに力の衰えを感じる。今は考えていてもしょうがないので、必死に足を動かすが。
山の登るのに疲れない歩き方という物があるが、ガイはそれを無視して疾走し、駆けあがる。それを可能にする体力がガイには、スペリオンにはあった。
「ふぅ!結構キツいな。けどもう見えてきたぞ。」
ノンストップで走り続けること3時間ほど。斜面の森を抜けて山頂が見えてきた。
キョエー・・・と遠くに力ない鳴き声が響いてくる。この声は昨晩から続いていたが、恐らくその主は今日の昼には全力を取り戻すだろう。それほどまでに、ダークマターの力はすごい。それに丸太だけで喧嘩を売りに行ったアキラはすごいというかイカれてる。
「前のアイツだったら絶対しなかった・・・とも言えないか。」
昨日の話の結末を鑑みれば、やはり同じ人間だと思わせられる。体力と膂力に任せた力業こそが、アキラの本質と言えるのかもしれない。
さて、そんな考え事をしているうちに、目的地が見えてくる。皆無事であればいいが。
「助けに来たぞー!って。」
「さーみんな、次はおうたのじかんですわよ♪」
『クワー!』『クワー!!』『クワー!!!』
「おっ、ガイ遅かったわね。」
「なんで芸をさせてんだ?」
「エサをあげて笛を吹けば簡単ですわ♪」
心配するガイをよそに、そこには最近めっきり動物使いに目覚めたお嬢様によって調教され切った渡り鳥のヒナ(XXLサイズ)がいた。
「ガイ、今までどこに居たんだよ?」
「アキラはどこ行ったん?」
「コーンばっかりじゃ飽きるから、肉が欲しいし。」
「やっぱり生きてる鳥ってニオイがあるわねー。お風呂に入りたいわー。」
「うるさーい、全員一辺に喋るなー!それよりも、先生はどこ行ったんだ?」
「センセなら、ケイと一緒に外を見に行ったで。」
「ケイと?」
「調査がどうこう。それよりもご飯を持ってきてほしい。」
「お前らまでヒナドリになってどうする。」
まあ全員怪我も無くてよかった。腹を空かせた鳥たちについばまれてなくて。ヒナドリたちも整列してちょこんとならんでいる。
「それよりもだ、早くここを離れるぞ、じきに親鳥も帰ってくるし。」
「レオナルドがケガをしていて動けないんですのよー!」
「なんだとー?」
生憎、ガイ含めたここにいる全員には治療魔法といったものは使えない。
「ケイの野郎、治してから出ていけばよかったものを。」
「なんとかならないのか、ガイ?」
「・・・ダークマターを使ってみるか。」
「ダークマターって?」
少々危険かもしれないが、ダークマターを投与すれば治癒力を強化させることが出来るかもしれない。副作用が怖いが、今は四の五の言ってられないだろう。ガイは昨日採取したダークマターの黒いかけらを取り出す。
「それがダークマターなのか?」
「そうだ、この鳥たちが巨大化したのもこれが原因だが、少しだけなら影響は少ないはずだ。レオナルドは元からデカいし。」
青い血がにじむレオナルドの後ろ足に、砕かれて砂のようになった結晶をまぶした布を押し当ててやる。
『グルルルル・・・。』
ちょっと我慢してろよ、と血が完全に止まるまで押さえつけると、すぐにレオナルドは元気を取り戻したようだった。
「よし、これでいいか。乗り込めみんな。」
「クリン、なにボーッとしてんだ。」
「・・・ああ。」
「よーしよし、歩けるなレオナルド?」
「あなたたちー!強く生きるんですのよー!」
パイルが手綱を握ると、レオナルドはのっしのっしと歩み始め、シャロンはヒナドリたちにバイバイをする。
レオナルドが立ち直る様子を見て、クリンは自身のポケットをまさぐると、そこに硬くて変に冷たい感触が返ってくる。先ほどガイが持っていたダークマターと、よく似た物をクリンは以前拾っていたのだ。そしてその効能を今見た。
☆
他方、問題の怪鳥のいる現場はというと。
「どぉおおおおっせぇえええええええい!」
『キョエエエエエエエエエエ!!』
アキラは丸太で奮闘していた。片方の翼から血をにじませる怪鳥・イリューガルは、怒りの叫び声をあげながら目の前の虫を踏みつぶそうと地団太を踏んでいる。
「なんという戦いだ・・・これほどの大立ち回りを長年旅をしてきたがみたことがないぞ!」
「そりゃいないだろうな、こんな大ボケ野郎は。」
その様子を遠巻きにケイとデュラン先生は見ていた。下手に近づくと巻き込まれると判断したため、手が出しようがない。
「ええいさっさとくたばれぇえ!!」
『グェエエエ!』
豪快に振るわれた丸太のフルスイングが、イリューガルの横っ面をひっぱたく。
『クェエエエ!!』
「おーっ!なんという風だ!」
「感心してる場合か!『エアーボルト』!」
仕返しに、イリューガルは羽ばたいて突風を巻きおこす。周囲の木が根こそぎ折れて飛んでいくが、アキラの前に舞って出たケイの振るう杖が、自身にかかる風を打ち消す。
「おおケイ、久しぶりだな。」
「遊んでないでそろそろ逃げるよ!さっき山頂で花火があがった!」
「あっちの方は上手くいったみたいだな。」
ひょっとしなくても、それは合図の狼煙というやつだ。この場に親鳥を引き留めることで、巣から逃げる時間を稼げたというわけだ。
「さて、この場はもう撤退して良いわけだけど・・・。」
「まだ何かするつもり?」
「スペリオンにしか出来ないことがある。」
「そういういことだ。」
バッと空に影が映えると、それは地上に降り立って人の姿を見せる。ガイである。
「ガイ、お前いま・・・どこから飛んできたんだ?」
「気にするところはそこじゃないんとちゃうんセンセ?」
「そうだな、すぐ生徒のところに戻らなくてはな。」
「先に行っててくれ、俺たちはまだやることがある。」
「そう、じゃあ行こうぜセンセ。」
「おう、2人とも気をつけてな!」
デュランの背中を叩いて、ケイが去っていく。
「で、アキラ。これ以上何するつもりなんだ?」
「こいつをこのまま野放しにしていちゃ、人にも迷惑かかる。放っては置けない。」
「殺すのか?」
「殺しはしない、けど『無力化』の必要がある。スペリオンには出来るか?」
「お前が望むならな。」
イリューガルが睨みを利かせる。鬱陶しい虫ケラが二匹に増えている。もう許さんとばかりに痛む翼を広げて飛び掛かる。
「行くぞ、ガイ!」
「ああ、『スペルクロス』!」
その掛け声を合図に、2人が拳をぶつける。走る電光の中、アキラは構える。
ガイは光の繊維となってアキラを包み込み、光の金属『ウル』の体を作り上げていく。
「見ろ!スペリオンだ!」
光のヴェールの向こうから、巨大な姿を現した!さあ戦いだ!
☆
初戦においては煮え湯を飲まされたスペリオンだったが、今回はちと状況が違う。イリューガルの片翼は、アキラの最後っ屁によって大きく傷つけられていたからだ。これでは自由に飛び回ることは出来まい。
『いっつつ、でもこっちもまだ完全に回復はしていないぞ。』
「速攻でケリつけてやる!」
スペリオンは胸を押さえる。巨大化した分傷も大きくなったのだ。痛みを感じているのはガイの意識だけだが、アキラもあまり負担はかけさせまいと集中する。
『キョエエエエエエエエ!』
「また風か!」
『しっかり踏ん張らなきゃ吹き飛ばされるぞ!』
それほどまでに強力だ。スペリオンは姿勢を低くして耐えるが、その隙をついてイリューガルはジャンプして爪を立ててくる。
『いだだだだ!しっかりしろよ!』
「くそっ、まだこんなに元気があったとは!」
逆に足を掴み返して、ハンマー投げの要領で振り回して投げた。空中で回転しながら、イリューガルはバランスを取り戻して向き直る。
「今度はこっちの番だ!とうっ!」
避けようとする先を読んで、スペリオンは掴みかかってチョップを浴びせる。バサバサと宙に浮きあがりながら、やがてバランスを失ったように錐もみになって墜落すると、羽に土が付く。
『グェエエエエエ・・・』
『まだやるか鳥畜生め。手負いの獣はやはり手強いな。』
(どうする、やはり殺すまでやるのか?)
『他に方法はないのか?元の大きさに戻してやるとか。』
(今のお前では無理だな。)
『そうか。』
ふらふらとイリューガルは立ち上がる。傷つき泥にまみれたその姿には
哀愁すら感じられる。
それでも止まろうとしない。理由は言わずもがなだ。
「スペリオン様ー!!」
『様?』
(あっ、シャロンか。みんなも無事なんだな。)
「ヒナたちの親を殺さないであげてくださいましー!」
「なんとか助けてやれないか!」
(だとよ。)
『できんのかよ?』
(お前が想像できるかだ。)
『そうか、ならやってみる!』
口元に指を当てて、エネルギーを吹きかける。
「『リーディングマーチ』!」
「これは、笛の音?」
指笛によって音波として発せられるエネルギー波が、動物の脳へ指令を伝える。
それを聞いたイリューガルは不思議そうにしながら大人しくなった。
『まずは怪我を治してやらないとな。』
(自分でやっといてよく言う。)
『うっさい!こうすればいい、か?『ヒールフロー』!』
血行をよくして傷の治りを早める呼吸ヨガを、アキラは指先から放出するイメージを唱える。そうすればスペリオンは回復光線をイリューガルの翼へ浴びせるのだ。
(次は?)
『ち、小さくするイメージなんて浮かばないぞ・・・。』
(体内のダークマターを排除してやればいい。そうすればじきに元に戻るだろう。)
『そ、そうか。』
アキラは脳内に黒い結晶の姿を思い浮かべる。見るからに禍々しい、異物の存在。
「『ライトオペレーション』!」
異物切除の術式開始だ。と言っても、光線が自動的に体内の残留ダークマターだけを破壊してくれるので、ただ照射を続けるだけでいいのだが。
『これで・・・終わりか。』
(お疲れだな。)
イリューガルはすっかりしおらしくなり、凶暴さとは違う元気を取り戻し始めていた。
「やったぜ!」
「すごいんだな、スペリオン!」
シャロンやドロシーたちの黄色い声を浴びながら、役目を終えたスペリオンは姿を消した。
「本当になんでも出来るんだな、スペリオンってやつは。」
「まあな。ヒトの『願い』を背負うのがスペリオンだからな。」
話しながら歩いていると、前方に見覚えのある大亀の姿が見えてきた。
「おーい!」
「ガイ!アキラ!」
「うーん、不思議なもんだな。」
「何が?」
「今こうして俺がスッキリした気分でいられるのは、あいつらの『願い』があったおかげなわけで、それに遠回しにだけど『俺は俺に』諭されたわけだなって。」
「正確にはハルカにな。」
「ったく、かなわねえやつだな。」
「だろうな。」
近くて遠い、幼馴染に思いを馳せる。
「二人とも生きてたのか!」
「生きてるよ。その証拠に腹減ったぜ。」
「そうね、お昼にしましょう!」
「肉か?」
「鶏肉ではないですわよ!」
ともかく一件落着。一行の頭上を回復したイリューガルは飛んでいき、この一帯の森にも平和が戻った。
「なあ、ガイの世界のハルカはどうしてるんだ?」
「ん、元気してるよ。」
「そうか・・・。」
「そっちの世界では、どうなんだよ?」
「元気・・・さ。」
アキラの言葉には、暗いものがあり、ガイも何かを察してそれ以上は聞かなかった。
「お前がいてくれたらな・・・。」
「俺にも何でも出来るわけじゃないけどな。」
「スペリオンには不可能なんてないんじゃないのか?」
「お前が諦めなければな。」
それは、小さな楔だった。完全であるはずのスペリオンに生まれた、わずかな綻び。
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