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第13話

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スー スー スー

穏やかな寝息が室内に広がる。


「もう寝た。」

「そうね、相変わらず寝つきが良いわね。」


お弁当を食べ終えた私達はすぐ様向かい側のソファで横になっている彼、遥希くんの側へと近づいた。

躊躇う事なく彼の栗毛色の髪を丁寧に梳く。
彼はピクリとも反応せず変わらず一定の寝息を繰り返している。

「ふふっ」とどちらともなく息が漏れる。

早苗は彼の頭を持ち上げ空いたスペースに身体を滑り込ませ自身の腿に頭を静かにのせた。所謂膝枕だ。
そのまま優しく頭を撫で始める。

私はソファの縁に腰を下ろし彼の手に指を絡める。大きくて少し骨張った手の温もりについ口許が綻ぶ。

この二週間こうやって遥希くんの側に寄り添うことが日課となっていた。
遥希くんは当初『人が近くに居ると熟睡出来ない』と公言していたのだが、、、現状この通りだ。

最初こそ彼の邪魔をしない様に『近付かない』と心決めて居たのだが呆気なくその思いは消えて去ってしまった。

そもそもの始まりはパスケースを返却した日まで遡る。
その前日まで赤みを帯びていた彼の頬(元カノ達に殴られた跡)が気になっていた早苗が、寝ている事も気にせず無遠慮に触れたのだ。
当然私は慌てて止めようと動いた。
なんせ遥希くんに『邪魔は絶対にしない』と約束をしていたからだ。ここでそれを反故にすれば彼はきっともうここに寄り付かなくなってしまうだろう。

だが予想とは違い彼は触れた事に何も反応を示さず、起きる気配も無くそのまま何事もなく寝続けた。

その事に密かにほっと胸を撫で下ろし『ダメでしょ』と早苗を視線で諌め、おでこを軽く小突いた。


「うっ、んーーー。遥希の頬ぬくかったしスベスベだった。」


自身のおでこを撫でながらも率直な感想を述べる様子に全くと言っていい程反省は見られなかった。

『まったく、可愛い仕方がないんだから。』

そう苦笑いしつつ彼女の手を引き遥希くんから引き剥がす。そして身体を抱き寄せその細く白い首筋に顔を埋める。早苗も遥希くんから私に意識を戻し、私の耳にキスを落とした。
こうしていつもの通り互いの温もりを分かち合う。

口付けを挟みながらじゃれ合い、互いを満たしている時間が幾分か過ぎた頃。
不意に声が聞こえた。

その方向へと目を遣ると遥希くんがうなされ呻き声をあげていた。
苦しそうに顔を歪める彼をこのままにしておくことも出来ず、すぐに起こそうと動き出す。
だが私が動くより早く早苗は遥希くんに寄り添い、彼の手を握り締めその手を自身の頬にすり寄せていた。
こういう時の早苗の素早さには目を見張る。


「遥希、大丈夫。」


そう早苗が呟くと強張っていた口許が解れ、また一定のリズムで寝息が聞こえてきた。


「遥希くん、どうしたのかしらね。」


落ち付いた彼に安堵しながらも疑問を口にする。


「遥希はいつも何か不安、恐れがあるみたいだけど頑なに隠そうとしている。
それずっと気になってた。これ見て。あまり睡眠を取っていないと思う。」


そう言って彼の目元にそっと触れる早苗。
私も近寄りその顔を覗きこむ。
確かによく見ると彼の目元には薄らと隈が出ており顔色も良くない。

私は遥希くんの優しさの一旦には触れさせて貰った。だけれどもそれ以外の事を全くと言っていい程知らない。
だから彼が何に不安を持っているのか、何故魘されているか、全く見当もつかない。
それでも。それでも彼の為に、ーーいや違う。彼の為と言いながらもその実、私の為なのだろう。
そんな自己満足でもいいから何かしてあげたいと思った。心を救いあげてくれた彼だからこそ、今度は私達が助けになりたい。
そんな私の感情を感じ取ったのか早苗が私の目を真っ直ぐ見つめ手を取った。


「できるよ。由紀も触れる。そうすれば遥希は安心する。」


確信しているかのようにそう言う早苗に疑う事なく従った。
早苗はとても勘が鋭い。だから早苗がそう言えばそうなのだろう。
早苗が握っている手と逆側を握りその手の甲を指でゆっくりと撫でる。
心なしか彼の表情がより柔らかくなった。
そんな彼の顔を見て頬が緩んだ。
なんだろう、この温かな気持ちは。早苗と寄り添う時と同じ心地良さを感じる。

つまりはきっと、そういう事・・・・・なのだろう。


その後も遥希はすぐに寝入っては魘される、といったことを数日繰り返していた。
だからその度にこうして触れていた訳だが、もちろんそんな私達の行動を彼は一切知らないままである。

あれから10日程経った頃には魘されることは無くなった。
だから本来であればもう触れ合う必要性は無いのだが、、、あの温かさに慣れてしまった私達はやめる事が出来なかった。
更には『もっともっと』と貪欲に温もりを求めるのはもはや必然で、あれこれ試すうちに最終的には膝枕をする事へと落ち着いた。


そして今現在、その定番化した膝枕をしながら早苗は幸せそうに遥希くんの頭を撫でていた。
当然遥希くんは一人しか居ないのでどちらかが膝枕を諦めなければならないのだが、、、


「ーーーねぇ早苗。そういえば今日は私の番じゃなかったかしら?」


休み前は早苗がしていたので、土日を挟んだ本日は私の番のはずだった。
だからそう言ったのだが、早苗は気不味げな顔で視線を逸らしフーフーと口笛を吹くマネをしながら『そう?』と惚けている。
そんな分かりやすい素振りに呆れながらも愛しさが溢れる。


「ふふっ、悪い子ね。じゃあ次は連続で私の番よね?」

「ううー、、分かった。」


しぶしぶといった形で同意をした早苗と視線が交わる。
そのまま微笑みを浮かべていると早苗が顔を近付け私の唇に優しく触れる。
そのまま軽く唇を啄んでいると早苗の舌が口内へと侵入し私の舌を絡め取る。歯列を丁寧に舐められ最後には唾液を余す事なく啜られた。
ジュルッジュッ、ジュジュッ。
水音が部屋に響いた。

口を離すと艶かしく唾液の糸が伸びプツリと消えた。
互いに見つめあった後、視線を下に向け何も知らない無防備な寝顔を見ながらつい微笑む。


「遥希くんに触れながらキスしちゃったわね。彼がもしここで起きたらどうなったかしら?逃げちゃうかも知れないわね。」

「遥希も混ぜれば良い。」

「彼は想いが通じ合わないとダメって言っていたわよ?」

「ーーー遥希の憂いを取り除けば絶対堕ちる。私達のモノ。」

「早苗が言うならそうなのね。じゃあ彼の事もっと知らなくちゃいけないわね。
遥希くんはいつもはぐらかすから困ったモノだわ。」

「遥希は私達のこと見縊みくびってる。」

「耳が痛いわね。二週間前の私達じゃない。ーーーでも、それなら尚更頑張らないとね。」

「んっ。」

そんな会話をしながらも彼へのスキンシップは止まらない。
既に私達の幸せの時間は三人じゃないと成立しなくなっている。
二人で身体を重ねても、もう一つ新たなに覚えた温もりがない事に寂しさを覚える。


今ある至福の時間を永遠に留めたい。


そう思う私達に容赦なく終わりを告げるチャイムが響く。


「ん゛ーー、鳴っちゃった。」

「本当ね。。さあ、切り替えましょ。体勢を戻して彼を起こさないとね。」

「分かった。。。ーーー時間もっと欲しい。だから今度遥希家に呼びたい。」

「良いわね。じゃあ頑張って交渉しないとね。」

「頑張る。」


話をしながら彼が寝る前の状態へと戻していく。
準備が完了し早苗が彼にしがみつく。


「遥希、時間。起きる。ぎゅーーー」


そうわざとらしく抱き付くと彼は慌てて飛び起きた。

ーーーーーーー


この幸福な一時はまだ彼にはヒミツ。












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