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ヴィヴィアンの恋と革命

(21)もう一つの籠城開始

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 イルザ・サポゲニンは、ヴィヴィアン邸の食堂から、王都病院の夫の執務室へと飛んだ。

「イルザ、ウィステリア嬢は無事か?」

「あの子は無事だけど、厄介なことになったわ。例の薬壺がもう一つ現れて、グリッド家の薬壺を復活させるために動き始めているの」

 コンラート・サポゲニンの顔に、青みが増した。

「薬壺自体に、呪いの補修機能があるというのか…」

「ええ。しかも連携を取れるみたい。二個目の薬壺は、マルド商会に取り憑いているそうよ」

「納品の不正で切った商会か。となると、病院内の事情にも詳しいはずだな。すぐにグリッド家を病院外で保護せねば危ないか」

 コンラート・サポゲニンは執務机を離れ、コート掛けから上着を取った。

「彼らの保護先は、我が家にするの?」

「それが一番安全だろう。私が事情を説明して送り届ける。君はこのあと現場に飛ぶのか?」

「ええ。マルド商会でスカーレットちゃんと合流して解呪するつもりだけど、今度のは肉蠅ニクバエ付きらしいから、少し苦戦しそうだわ」

「私も後から行く。君たちの盾くらいにはなれるだろう」

「あなたを盾になどしないわ。でも待ってる」

 イルザ・サポゲニンは、無詠唱で防御の魔術を施しながら、最愛の夫の頬に軽く口付けた。

「防御が必要なのは、君だろう」

「あなたが無事でいることが、私の最大の防御なのよ。そろそろ分かってちょうだい」

 コンラート・サポゲニンの青い顔に、ごく微量の赤みがさした。

「分かった……では現地で」

「ええ」

 二人の姿が、執務室から同時に消えた。



 グリッド一家は、家族も宿泊できる特別室に移動して、昨夜はそこで過ごしていた。

 サポゲニン病院長が事の次第を告げても、彼らは冷静に受け止めていた。

「なんとなくだが、あれで全てが終わらないような気はしていたから、驚きはない」

 家長のアーチバル・グリッドの言葉に、長男のギル・グリッドも同意した。

「そうだね。他にも薬壺があるというのは、薄々感じていたし」

「だけど、取り憑かれるのは二度と御免だね。僕にはもう抜ける毛もないんだから」

 セイモア・グリッドは、少しばかりやさぐれた表情で、チューリップのような形の青い帽子を深めにかぶっていた。

「またすぐ生えるよ、セイ兄さん」

「脱毛以外の解呪方法はいくらでもある」

 弟と父親に慰められて、セイモア・グリッドは、ちょっとだけ困ったような、くすぐったそうな顔をした。

「いや、頭のことを気にしてるわけじゃないんだ。ちょっと涼しいなとは思うけど。それよりも、僕らは避難すべきなんですよね」

「事が済むまで、我が家に滞在してもらいたいのだが」

「サポゲニン病院長のご自宅って、まさか、ヴラド・ドラクル城?」

「え!? 入ったら二度と出られないっていう噂の?!」

 グリッド家の次男と三男が、うわずった声で反応したけれども、サポゲニン病院は慣れているらしく、淡々と答えた。

「いささか閉鎖性は高いが、出られないなどということは全くない。安全性は保証する」

「ご迷惑でなければ、ぜひお願いしたい」

 アーチバル・グリッドの言葉に頷くと、サポゲニン病院長は詠唱して、転移魔術を発動した。

「我が妻の育みし城に願う、この部屋を地下シェルターに隣接させ、外界からの全ての敵意を遮断せんことを」

 部屋が一瞬だけ真っ暗になった。

 詠唱を終えたサポゲニン病院長が、病室のドアを開けると、そこにあったはずの病院の廊下が消えて、別の部屋が見えた。

 部屋には、黒いマントを羽織った男女が六名立っていた。男性は帯剣しているが、女性はマントの下に侍女らしいお仕着せを着ている。

「食事は運ばせよう。その他、生活に必要なものは、こちらの部屋にだいたい揃っているはずだが、不足があれば家の者に伝えてほしい」

「もしかして、ドラクル騎士団?」

「かっこいい…」

 心が踊っているのを隠しきれなくなっている弟たちを見て、長男のギル・グリッドは苦笑した。

「セイモアもユアンも、小さい頃からドラクル城に憧れてたからなあ」

「退屈しないようであれば、なによりだ」

 アーチバル・グリッドは、サポゲニン病院長に思いを伝えた。

「薬壺との危険な戦いをお任せせねばならぬのが、どうにも心苦しいのだが…」

「今度のことが無事に片付いたら、薬壺対策で、ご一門に協力していただくことになるだろうから、それまでご養生いただきたい」

「承知した。必ずや、恩に報いる働きをしよう」

 グリッド一家と騎士団員に見送られて、サポゲニン病院長は妻の元へと転移した。



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