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ヴィヴィアンの恋と革命

(11)肉蠅の影

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 ノラヨは、『マルド商会』で見た一部始終を、皆に話した。

 セイモア・グリッドが持っていたのと同じ薬壺の存在と、家族の女性たちが消えているという情報が、工房に集まっていたヴィヴィアンと仲間たちの心を、どんよりと暗くした。

「なあ、そのマルドって家の女の人たち、タバサみたいに壺に閉じ込められてるんじゃねえのか?」

「ノラゴ様、オラもそう思うだよ。たぶん、その人らは、もう……」

 ヴィヴィアンは、ふと気になることを思いだした。

「アーチバル・グリッドは、トンチキ壺についてた肉蠅ニクバエを倒しそこねたせいで、奥さんを失ったって言ってたよね。ということは、『マルド商会』のトンチキ壺にも、手下の肉蠅がついてるのかな」

 ノラヨは、商会の天井から見ていた部屋の様子を注意深く思い返しながら言った。

「おそらく、何匹かついておるじゃろうな」

「気配があったの?」

「いや、肉蠅の気配も姿もなかったが、ほかの虫どもや、ネズミなどの気配も、まるでなかったんですじゃ」

「そりゃあ、肉蠅に食われて消えたのかもしれんのう。ノラヨよ、襲われずに済んで、よかったの」

「うむ。一対一ならば負けはせんが、数が多いと、ちとキツい相手じゃからな。あやつらとやり合うなら、クロシデムシ一門総出でらねばなるまいて」

 ヴィヴィアンは、ノラヨが危ない橋を渡ってきたと知って、ずしんと気持ちが落ち込んだ。

「みんな、ごめん。私がトンチキ壺に狙われてるせいで、危ない目に合わせてしまう…」

 けれども。ヴィヴィアンの謝罪の言葉を受け取ろうとする仲間はいなかった。

「姫様が謝る必要なんぞ、どこにもありませぬぞ。むしろわしらは姫様に救われて、ここに居るのじゃから」

「そうだぜ。悪いのは壺の野郎だ!」

「んだ。それに、ビビ様とオラたちがいれば、ハンニバルなんぞ、空の果てまでぶっとばせるだよ」

 部屋にいた大蛇も深く共感しているらしく、大きく頷くように、鎌首を縦に揺らした。

 それを見たノラヨが、素朴な疑問を口にした。

「そういえば、この蛇殿はなんなのじゃ?」

「あー、清掃班の案件でな、壺の話ほど緊急かどうかは微妙じゃが、放置もできんのでな、ご相談に参ったのじゃ」

「もしや、この蛇、おジジ殿の作か?」

 ノラヨに聞かれて、ノラジがばつの悪そうな顔で説明を始めた。

「うむ。地下四階の廊下に、枯れた毒麦が山ほど降ってきてな、ほうきでは掃ききれんし、毒性があるかもしれんということで、わしの物作りの魔術で無害な形にまとめ上げて、拵えたんじゃが…」

 ヴィヴィアンは、ノラジが作ったという毒麦の蛇を、じっと見つめた。

「うん、かわいい。それに、おいしそう」

 
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