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ヴィヴィアンの恋と革命

(5)地下工房、生まれる

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「で、この部屋、なんにもないけど、これから家具とか作るのか?」

 工房になる予定の部屋は、天井がかなり高く、食堂が四つは入りそうなほどの広さがあった。

「うん。工房兼倉庫にするつもり。地下五階、襲撃や情報漏洩防止に最適な位置だと思う」

──私が終日監視いたします。

「ありがとう、リラ。侵入者はまずないと思うけど、外から魔力探知とか、思考盗聴の術式とかが飛んでくることがあるだろうから、何か感じたら教えてね」

──心得ました。

 それからヴィヴィアンは、帆布カバンから山ほどの名状し難い物品──世間では廃棄物と呼ばれそうな物たちを取り出し、自分の背丈よりも高く床に積み上げた。

「そのカバン、すげえな…」

「うん、すごい子だよ。部屋を一気に作るから、ノラゴは巻き込まれないように、私のすぐ近くにいてね」

「分かった」

 ヴィヴィアンは、物品の山の前に立って、詠唱した。

「無用となじられ路傍に棄てられし、我が愛しきともがらに、切に願い望む、我がものづくりのための心地よき部屋となりて、末長く我と共にあらんことを」

 殺風景だった空き部屋が、一瞬で設備の整った工房へと生まれ変わった。

 広いスペースは三つに区切られ、作業室、倉庫、休憩室となった。

 どの部屋も、壁や天井が暖かな色合いに代わり、必要な家具や道具がきっちり揃っている。

「うん、いい工房になった」

──お館様、こちらのお部屋の名前は、どういたしましょう。

 ヴィヴィアンに名前をもらって歓喜したリラは、各部屋の名付けにも、こだわりたくなったらしい。

 ヴィヴィアンは、「地下」という意味の古代語を思い出し、それを名前に使うことにした。

「第一地下工房ヒュポゲウム」

──了解いたしました。良き名をありがとうございます。

 びょーんびょーんと、リラが嬉しそうな音を立てた。たぶん名札を作って貼ってくれたのだろう。

「さて、お仕事する。今日はピンク壺二十個まで」

 大きな作業台の上に、壺の材料を並べていった。

 それを見ていたノラゴが、真剣な顔で言った。

「なああるじ、俺にも何か手伝える作業とかないか?」

「ノラゴが一緒にいてくれるだけで、すごくありがたいよ。安心だし、元気も出るから」

 ずっと一人っきりで働いていたヴィヴィアンにとって、それは本心からの言葉だったけれども、ノラゴはそれでは不満な様子だった。

「どうせなら、あるじの仕事の役にも立ちたいんだ。何も知らねえから、出来ることなんて少ないかもだけど」

 ノラゴの強い決意を感じたヴィヴィアンは、その思いに答えるために、自分の希望を口にしてみることにした。

「やってみてほいしことなら、たくさんあるよ。頼んでいいかな」

「いいに決まってる!」

「ノラゴ、物を作ったことって、ある?」

「ん……あんまりねえな。自分の巣穴の寝床くらいだな」

「それって、ユアン・グリッドの家の地下?」

「ああ。毎日腹減ってたから、あんまり力も出なかったけど、他にやることもなくて退屈でさ。部屋広げたり、壁をちょっと飾ったりしてたな」

「どんな飾りを作ったの?」

前羽まえばね飾りだな。俺ら埋葬虫は、自分の前羽が一番の自慢なんだ。俺はまだ幼体だから羽がないけど、オヤジたちのツヤツヤしてカッコいい羽に憧れて、似たような色の石を拾ってきて、磨いて飾りにしてたんだ」

「いいね、それ。素敵だな」

 ヴィヴィアンは、親父虫たちの青鈍色の前羽を思い出して、うっとりした。

「あの色は、すごくいいと思う」

「あるじにも、作ろうか?」

「うん、ぜひ!」

 ヴィヴィアンは、幼い頃からの夢を現実するための言葉を口にした。

「ノラゴ、私と一緒に、物作りしよう」

「おう!」



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