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ヴィヴィアンの婚約

ヴィヴィアンは恋を推した

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「無理しないことを頑張る必要が、なかった」

 結果的に、ヴィヴィアンの仕事は、ほとんど残っていなかった。
 
 昨日までのメアリーのように、余命いくばくもないとされていた患者たちは、ほとんどが軽症化していたのだ。

「重症だった患者のほとんどがスキンヘッドになっちゃってたけど、毛と一緒に病気の原因も抜け落ちたってことかしらね」

 『禿げの功名』という言葉がヴィヴィアンの心に浮かんだが、格言としての汎用性に乏しい気がしたので、心の中の箴言メモ帳に書き込むのは、いったん保留にした。

 三名だけ、比較的症状の重い患者が残っていたので、ヴィヴィアンは個別に聞き取り調査をして、本人が使いやすい形の治療器を生成した。

 三名は、メアリーの実演指導のもと、あっという間に寛解した。

「それにしても、三人とも鋼鉄の布団叩きになるとは思わなかったわ」

「アイドル看護師さんの愛用アイテムだから、自分たちも欲しかったんだって、いってたね」

「たしかに、とても素敵な……歴戦の老戦士のような方だったわ」

 メアリーと一緒に看護師の詰め所に行ったスカーレットは、看護部長に引き合わされて、彼女の布団叩きのコレクションから、秘蔵品を二本、譲ってもらったのだった。

「あの布団叩きには、名のある刀工とうこう業物わざものの如き風格があった」

「特注品だとは聞いたわ。魔導医師の解呪の補助に使うことも多いそうよ」

「トンチキ壺の魂の波長にも、すごく合ってたみたいだった」

「そこが不思議なのよね。解呪される側なのに」

「一番解呪したがってたのは、トンチキ本人だったからかも」

「そっか……」

 呪いの元凶だと思われた薬壺も、呪いに苦しむ者だった。

 魔導医師として、呪いの絡んだ病気に関わることの多いスカーレットは、その救いのなさを見るたびに、やりきれない思いにかられるのだった。

「人を呪ったって、呪った相手と同じくらい不幸になるだけなのにね。ほんと、バカみたいだわ」

「病気も呪いもしばき倒して、皆んなで元気になればいいと思う」


「そうね…ねえヴィヴィアン、量産型の治療器も、布団叩きでいってみたら?」

「そこは、もう少し考えてみる」

「そうなの?」

「うん。布団叩きを貰った世間一般の人たちの心に、もれなく恋の思いが生まれて強くなるっていう状況が、うまく想定できない」

 ヴィヴィアンとしては、量産型治療器には、恋の要素が必要だと考えていた。

 メアリーのために創り出した蛇鞭は、メアリーがユアン・グリッドを思う気持ちに強く反応したために、高性能の治療器として生まれてきている。

 恋というものの揺るぎない強さを目の当たりにしたヴィヴィアンは、死病に打ち勝つ特効薬として、今後とも恋を強く推していこうと決めたのだった。

 もっとも、ヴィヴィアン自身は、恋とは何かをまるで知らないし、知る見込みも当面なさそうではあるけれども、特に気にしてもいなかった。

「そういえば、今日の三人は老人男性だったわね。三人とも、やけに嬉しそうだったけど、もしかして、あの看護部長さんに憧れてたのかしら」

「そうだと思う。『死相を帯びし老いらくの、恋が恐るるやまいなどなし』だね」

「ふふ、そうかもね」


 

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