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ヴィヴィアンの婚約
ヴィヴィアンはお弁当をこしらえた
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ヴィヴィアンが目覚めた時、朝食にふさわしい時間帯はすでに過ぎ去り、そろそろお昼ご飯を用意する頃合いとなっていた。
「まずい。スカーレットが来ちゃう」
寝台から飛び出して洗面室に駆け込み、じゃぶじゃぶと顔を洗うと、すっきりと目が覚めた。
それから寝室に戻ってクローゼットを開き、服を選んだ。
「今日は光の日だから、仕事着じゃないほうがいいよね」
ヴィヴィアンの世界の一週間は、光の日から始まり、闇の日で終わる。通常、この二日間は、休日とされている。
王都病院のサポゲニン病院長のように、休日を無視する人間も少なくはないけれども、ヴィヴィアンは、休みの日には休むべきだと思っている。
「ちゃんと休まないと、楽しい気持ちが減っていくもの。楽しくないと、仕事もうまくいかなくなるし」
かつて、ヴィヴィアンの魔術の才能に目をつけた人間が、休みなしにヴィヴィアンを働かせようとしたことがあった。
当時まだ幼かったヴィヴィアンは、保護者の立場に近かったその人間の私欲のために、夜も寝ずに働き続け、壊れかけた。
ヴィヴィアンの様子がおかしいことに気づいた周囲の者たちが、その人間を排除しなかったら、王都は最悪、ヴィヴィアンの魔力暴走に巻き込まれて消えていたかもしれない。
ヴィヴィアンは、その時のことをほとんど覚えていないけれど、働きすぎれば悪いことがたくさん起きるというイメージが、無意識の領域に刷り込まれているようだった。
「『働きすぎたる者は、食うに及ばざるがごとし』だったよね。あんまり働きすぎると、かえってご飯をたべられなくなっちゃうんだ……異世界の格言って、深いなあ」
ヴィヴィアンは、休日用の外出着の中から、ガーゼ地のふんわりとした白ブラウスと、暗褐色の地に紫色の不気味な目玉が散らばったスカートを選んで着替えた。
「クジャクチョウ模様のスカート、私の作った服の中では、出色の無難な出来だと思う」
愛用の黒縁メガネを装着して、姿見の前で服を整えてから、ヴィヴィアンは台所へ移動した。
「外のお仕事だから、お弁当が必要だよね。昨日みたいに食べられなかったら、お腹すいて困るもの。スカーレットの分も用意しとこう」
食卓の鍋は、あいかわらず紫色の湯気を吹き上げている。
ヴィヴィアンは、楕円型の弁当箱とサンドイッチボックスを二つずつ、食器棚から取り出した。
「シチュー弁当でいいかな。曲げワッパーにシチューを入れて、チーズと野菜を挟んだパンも作ろう」
曲げワッパーとは、ヴィヴィアンが開発した木製の食品保管容器で、密閉性が高く、食品の腐敗を抑える性質が付与されている製品だ。
もともとは、ヴィヴィアンが自分で使うために、拾った木屑を材料にして、適当に魔術で作ったものだった。
ところが性能の高さに驚いた周囲の人々の勧めで商品化した途端、ヴィヴィアンに注文が殺到し、納品を強要する狼藉者まで現れて、かなりの騒動になってしまった。
何度目かの誘拐未遂犯人を撃退したあと、ヴィヴィアンは、魔術を使えない職人にも曲げワッパーが作れるように、手作業と魔導機械を併用する方式を考案した。
その後、工場での量産化にも成功し、いまでは「ワッパーウェア」として、王国内外で広く使われるようになっている。
その売り上げの一部が、ヴィヴィアンの資産を日々増やし続けているのは、言うまでもない。
鍋の蓋を開けて、ヴィヴィアンは料理を注文した。
「元気の出る、こってりシチューを二人分」
びちゃり、びちゃり。
二個の曲げワッパーに、紫色のゲル状物体が落下し、ふんわりと湯気の立つシチューに変わった。
「あ、今回は白いシチューになってる。いいかも」
曲げワッパーに素早く蓋をすると、今度はサンドイッチボックスを手に持ち、きりりとした顔で鍋に告げた。
「白いシチューに合う感じの、チーズと野菜のサンドイッチ、二人分」
べちゃり、べちゃり。
「うん、チーズたっぷり。スカーレットが喜びそう」
飲み物も用意しようかと考えたところで、玄関の呼び鈴が鳴った。
「おはようヴィヴィアン。ちゃんと眠った?」
「うん、よく寝た」
「すぐ出ようと思うけど、大丈夫かしら」
「いいよ。お弁当も出来てる。スカーレットの分もあるよ」
「あら、ありがと。もしかして『鍋料理』で?」
「うん。詠唱より早いから。ホワイトシチューと、チーズのサンドイッチ。お茶も入れて持っていこうか?」
「そうね。お願いするわ」
ヴィヴィアンは、筒状のワッパーウェアの蓋を開けて鍋の前で構えた。
「あったかいお茶、二人分」
びちゃびちゃっ。
「醗酵茶っぽいけど、茶葉は何かしらね」
「飲んでみれば、わかるかも」
「じゃ、あとのお楽しみね」
ヴィヴィアンは鍋に蓋をしてから、帆布カバンに二人分の弁当とお茶の入った水筒を入れて、肩にかけた。
「魔術で直接病院に飛ぶ?」
「いえ、歩くわ。街の様子も気になるし、ちょっと寄りたい家もあるの」
「どこ?」
「ユアン・グリッドの自宅。呪いを発動したのは自宅の中だろうし、事前に試行した可能性もあるから、周辺におかしな影響が残ってるかもしれないでしょ」
「なるほど」
「警察部隊が家宅捜索してるとは思うけど、念のためにね。ユアン・グリッドの呪いはもう残ってないはずだけど、なーんか、もやっとするのよ」
こういう時のスカーレットの勘の良さを、ヴィヴィアンはよく知っていた。
「何か、見つかるかもしれないね」
「たぶんね。なんとなく、ヴィヴィアンにも手伝ってもらうことになるような気がする」
「魔術とゲンコツで、頑張る」
「頼もしいわ」
スカーレットと一緒に家の外に出ると、ヴィヴィアンは扉に施錠の魔術をかけた。
「我にとって、常に好ましきもののみ通す扉であれ」
「ねえ、今のって、鍵をかけたことになるの?」
「微妙。でも今までこれで困ったことはないし、普通に暮らせてるよ」
「問題ないならいいわ。じゃ、行きましょうか」
「うん!」
「まずい。スカーレットが来ちゃう」
寝台から飛び出して洗面室に駆け込み、じゃぶじゃぶと顔を洗うと、すっきりと目が覚めた。
それから寝室に戻ってクローゼットを開き、服を選んだ。
「今日は光の日だから、仕事着じゃないほうがいいよね」
ヴィヴィアンの世界の一週間は、光の日から始まり、闇の日で終わる。通常、この二日間は、休日とされている。
王都病院のサポゲニン病院長のように、休日を無視する人間も少なくはないけれども、ヴィヴィアンは、休みの日には休むべきだと思っている。
「ちゃんと休まないと、楽しい気持ちが減っていくもの。楽しくないと、仕事もうまくいかなくなるし」
かつて、ヴィヴィアンの魔術の才能に目をつけた人間が、休みなしにヴィヴィアンを働かせようとしたことがあった。
当時まだ幼かったヴィヴィアンは、保護者の立場に近かったその人間の私欲のために、夜も寝ずに働き続け、壊れかけた。
ヴィヴィアンの様子がおかしいことに気づいた周囲の者たちが、その人間を排除しなかったら、王都は最悪、ヴィヴィアンの魔力暴走に巻き込まれて消えていたかもしれない。
ヴィヴィアンは、その時のことをほとんど覚えていないけれど、働きすぎれば悪いことがたくさん起きるというイメージが、無意識の領域に刷り込まれているようだった。
「『働きすぎたる者は、食うに及ばざるがごとし』だったよね。あんまり働きすぎると、かえってご飯をたべられなくなっちゃうんだ……異世界の格言って、深いなあ」
ヴィヴィアンは、休日用の外出着の中から、ガーゼ地のふんわりとした白ブラウスと、暗褐色の地に紫色の不気味な目玉が散らばったスカートを選んで着替えた。
「クジャクチョウ模様のスカート、私の作った服の中では、出色の無難な出来だと思う」
愛用の黒縁メガネを装着して、姿見の前で服を整えてから、ヴィヴィアンは台所へ移動した。
「外のお仕事だから、お弁当が必要だよね。昨日みたいに食べられなかったら、お腹すいて困るもの。スカーレットの分も用意しとこう」
食卓の鍋は、あいかわらず紫色の湯気を吹き上げている。
ヴィヴィアンは、楕円型の弁当箱とサンドイッチボックスを二つずつ、食器棚から取り出した。
「シチュー弁当でいいかな。曲げワッパーにシチューを入れて、チーズと野菜を挟んだパンも作ろう」
曲げワッパーとは、ヴィヴィアンが開発した木製の食品保管容器で、密閉性が高く、食品の腐敗を抑える性質が付与されている製品だ。
もともとは、ヴィヴィアンが自分で使うために、拾った木屑を材料にして、適当に魔術で作ったものだった。
ところが性能の高さに驚いた周囲の人々の勧めで商品化した途端、ヴィヴィアンに注文が殺到し、納品を強要する狼藉者まで現れて、かなりの騒動になってしまった。
何度目かの誘拐未遂犯人を撃退したあと、ヴィヴィアンは、魔術を使えない職人にも曲げワッパーが作れるように、手作業と魔導機械を併用する方式を考案した。
その後、工場での量産化にも成功し、いまでは「ワッパーウェア」として、王国内外で広く使われるようになっている。
その売り上げの一部が、ヴィヴィアンの資産を日々増やし続けているのは、言うまでもない。
鍋の蓋を開けて、ヴィヴィアンは料理を注文した。
「元気の出る、こってりシチューを二人分」
びちゃり、びちゃり。
二個の曲げワッパーに、紫色のゲル状物体が落下し、ふんわりと湯気の立つシチューに変わった。
「あ、今回は白いシチューになってる。いいかも」
曲げワッパーに素早く蓋をすると、今度はサンドイッチボックスを手に持ち、きりりとした顔で鍋に告げた。
「白いシチューに合う感じの、チーズと野菜のサンドイッチ、二人分」
べちゃり、べちゃり。
「うん、チーズたっぷり。スカーレットが喜びそう」
飲み物も用意しようかと考えたところで、玄関の呼び鈴が鳴った。
「おはようヴィヴィアン。ちゃんと眠った?」
「うん、よく寝た」
「すぐ出ようと思うけど、大丈夫かしら」
「いいよ。お弁当も出来てる。スカーレットの分もあるよ」
「あら、ありがと。もしかして『鍋料理』で?」
「うん。詠唱より早いから。ホワイトシチューと、チーズのサンドイッチ。お茶も入れて持っていこうか?」
「そうね。お願いするわ」
ヴィヴィアンは、筒状のワッパーウェアの蓋を開けて鍋の前で構えた。
「あったかいお茶、二人分」
びちゃびちゃっ。
「醗酵茶っぽいけど、茶葉は何かしらね」
「飲んでみれば、わかるかも」
「じゃ、あとのお楽しみね」
ヴィヴィアンは鍋に蓋をしてから、帆布カバンに二人分の弁当とお茶の入った水筒を入れて、肩にかけた。
「魔術で直接病院に飛ぶ?」
「いえ、歩くわ。街の様子も気になるし、ちょっと寄りたい家もあるの」
「どこ?」
「ユアン・グリッドの自宅。呪いを発動したのは自宅の中だろうし、事前に試行した可能性もあるから、周辺におかしな影響が残ってるかもしれないでしょ」
「なるほど」
「警察部隊が家宅捜索してるとは思うけど、念のためにね。ユアン・グリッドの呪いはもう残ってないはずだけど、なーんか、もやっとするのよ」
こういう時のスカーレットの勘の良さを、ヴィヴィアンはよく知っていた。
「何か、見つかるかもしれないね」
「たぶんね。なんとなく、ヴィヴィアンにも手伝ってもらうことになるような気がする」
「魔術とゲンコツで、頑張る」
「頼もしいわ」
スカーレットと一緒に家の外に出ると、ヴィヴィアンは扉に施錠の魔術をかけた。
「我にとって、常に好ましきもののみ通す扉であれ」
「ねえ、今のって、鍵をかけたことになるの?」
「微妙。でも今までこれで困ったことはないし、普通に暮らせてるよ」
「問題ないならいいわ。じゃ、行きましょうか」
「うん!」
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