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ヴィヴィアンの婚約

ヴィヴィアンは恋を予感した

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「スカーレット、ワインのお分かりする?」

 一通りの話が済んで、空になったワイングラスをぼーっと見つめているスカーレットに、ヴィヴィアンは声をかけた。

「いいえ、これ以上飲んだら、ここで寝ちゃいそうよ」

「このまま泊まっていけばいいのに」

「一度帰るわ。着替えもしたいしね」

「服なら作るよ。無難な感じになっちゃうけど」

 ヴィヴィアンの生み出す服が、無難にまとまるはずがないのを知っているスカーレットは、笑いながら首を横に振った。

「ちょっと心惹かれるけど、また今度お願いするわ」

「わかった」

 スカーレットは立ち上がって帰ろうとしたところで、「あっ」と言って動きをとめた。

「ごめん、一つ、言い忘れてたことがあった」

「なに?」

「メアリーに作ってあげた蛇と同じくらいの性能の治療器って、どれくらいのペースで作成可能かしら」

「んー、患者さんからお話を聞いたりするし、詠唱のあとも、ちょっと消耗する感じもあったから、多くても、一日に十個くらいでやめておくつもり」

 ヴィヴィアンは、魔力の保有量は多いけれども、対人ストレスに極端に弱いところがある。会話もあまり得意ではないから、多くの患者と話をするのは難しいだろう。

「ねえヴィヴィアン、簡易型の治療器だったら、量産できないかしら。蛇鞭より効果が弱くてもいいから」

「一個ずつ、患者さんに合わせて作るんじゃなくてもいい?」

「そうね。メアリーより軽症の患者向けに。早い時期から病気の進行を抑えられれば、助かる人が大幅に増えるから」

 ヴィヴィアンは考え込んだ。

 蛇鞭は、自分の内側で暴れる魔力に打ち勝って従わせるための、言わば精神の武装のようなものだ。

 自分にしっくりくる武装でなければ、魔力不全を解消する効果が薄くなってしまう。ヴィヴィアンがメアリーに、どんなタイプの武器が好みか聞いたのは、そのためだった。

 けれども、武装という概念でなくても、内なる敵に負けない力を与えることは、可能かもしれない。

「んー、持ってるだけで心を強くできる、汎用性のあるものって、なんだろう」

「そうね、いろいろありそうだけど、女性だったら恋かしら」

「恋?」

「そう、恋。あと美貌」

「ビボー…」

「それと、お気に入りの服や装飾品、化粧なんかは、女性にとっての武装とも言われるわね」

 スカーレットの話を聞いて、ヴィヴィアンはさらに考え込んだ。

 服や化粧など、人によって好みが大きく違ってくるものを心の武装とするなら、蛇鞭と同じように、患者一人一人の好みを聞く必要がありそうだ。それだと量産はむずかしい。

 もっと、持っているだけで、誰もが心を強くできるものがあるとすれば……

「となると、恋か」

 ヴィヴィアンは、異世界格言集に載っていた言葉を一つ思い出した。

「『人間は、恋で革命をしばくために生まれた生き物である』」

「それもイルザお姉様の御本から?」

「うん。よくわかんないけど、反社会的行為に走るヤツを、恋で調伏するってことだと思う。よくない魔力を調教するイメージとも重なるよね。うん、量産型は恋で行く」

 何にでものめり込んでしまいがちなヴィヴィアンを心配して、スカーレットは軽く歯止めの言葉をかけた。

「急がなくてもいいわ。まずは重篤な患者を死の淵から遠ざけるのが先だから」

「わかった。ほどほどに頑張る」

「そう、ほどほどよ。じゃ、帰るわ。お昼ごろには迎えにくるから、一緒に王都病院に行きましょう」

 翌日には、「ほどほど」に急いだヴィヴィアンが、とんでもない試作品を大量に生み出すのだけれど、会議の疲労とワインの酔いで勘の鈍ったスカーレットは、未来の危機を察知することなく帰宅していったのだった。

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