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ヴィヴィアンの婚約

ヴィヴィアンは夢から覚めた

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「す、すかーれっと医師よ、つ、妻の同席というのは、ととと唐突、にすぎない、のではなかろうか」

 サポゲニン病院長は、なぜか裏返った声でたどたどしく反論を試みるものの、スカーレットは耳を貸さない。

「あら、イルザお姉様のことですもの、今回の事態は当然把握しておられるでしょうし、もしかしたら、もうこちらに向かっていらっしゃるかも」

「話は聞いたわ!」

 バーン、という大きな音とともに会議室のドアが全開し、イルザお姉様こと、サポゲニン夫人が、夜会を抜け出してきたかのような、漆黒のドレス姿で現れた。

「お姉様、やはりいらしたのね!」

「私の大切なスカーレットと、可愛いヴィヴィアンのためだもの、あの人との結婚記念日など、どうでもいいわ!」 

 サポゲニン病院長が、「どうでもよかった、のか?」と弱々しく問い返すけれども、イルザからの返事はなかった。

 その横ではシャルマン隊長が、世界の存在自体に疑いを抱いたような顔で、低くつぶやいていた。

「あれが、可愛い…だと? ありえるのか?」

「あら、シャルマン隊長、ヴィヴィアンが『とても可愛い』幼女だったことを、あなた、よーく知ってるはずじゃないの」

 サポゲニン病院長は、妻が自分を完全に無視してシャルマンに話しかけたことに衝撃を受けて、椅子から崩れ落ちそうになっていたけれども、気にする者はいなかった。

「ことばを覚える前の子どもが可愛いのは、自然の摂理だろう!」

「喋るヴィヴィアンは、可愛くないとでも言うの?」

「可愛い以前に、あれは災厄ではないか! 私は何度も殺されかけたぞ!」

「そして何度もあの子に命を救われているわよね」

「それは……単なる成り行きだ!」

 シャルマン隊長のトラウマは理解できるし、同情の余地があるのも確かだが、このまま憤激し続ける彼に喋らせていては、終わる仕事も終わらないと判断したスカーレットは、速攻で退場させることにした。

「ああ、私としたことが、すっかり忘れていましたわ。あの黒い虫には、ごく僅かではありますが、取り憑いた人間から生命力を吸い取り、弱毒を与える作用を持っていた可能性がありますの。ほとんどの健康な人にとっては無害だったでしょうけれど、日々の心労が重なっているような方ですと、突然体調を崩したり、時間がたってから、突発的に気絶するなどといった、強い後遺症に見舞われる場合も考えられますのよ」

「心労で、後遺症? 気絶だと?」

「ええ、シャルマン隊長も、騒動の最中に意識を失われていましたでしょ。重篤な後遺症の疑いがありますわ。被害にあった王都民の健康診断なども、視野に入れていく必要がありますわね」

 シャルマン隊長の気絶の原因はともかく、黒い虫について、スカーレットの言っていることは事実だった。

 一方、イルザと一刻も早く穏便に和解したいサポゲニン病院長は、スカーレットの意図を察し、ここで絶妙なアシストを見せた。

「シャルマン隊長、今夜はこのまま入院して、経過観察することを強く勧める。今現在から数日かけて、魔導検査および精密検査のオーダーを入れておくので、すべて受けてもらいたい。検査結果は、警察部隊として今回の事件報告をまとめる上でも、重要なデータとなるだろう」

 そう言われてしまっては、シャルマン隊長も断りにくくなる。

「そういうことであれば……いやしかし、部隊の責任者として中座するわけには」

 往生際の悪いシャルマン隊長に引導を渡したのは、昼間スカーレットたちを裏口に案内した若い隊員だった。

「殺されたって死なない隊長が、任務中に泡吹いて気絶だなんて、ただ事じゃないっすよ」

「泡だと!?」

「自己管理は基本中の基本だって、隊長いっつも五月蝿く言ってるのに、自分で破ってたら、部下に示しがつかないっしょ」

「ぐぬぬ」

「あとのことは我々でやっとくんで、この際休暇だと思ってのんびりしてくださいよ」

 やけにがたいのいい男性看護師が素早く用意した車椅子に、有無を言わさず座らされたシャルマン隊長は、会議室から慌ただしく運び出されていった。


 隊長を見送ったスカーレットは、通信用の小型魔具を起動して、ヴィヴィアンに連絡を入れた。

(日付が変わるころに、そちらに行くわ。起きていてね)

 ヴィヴィアンは、自宅で甘いパンを頬張ろうとした瞬間、通信用魔具の呼び出し音で、夢から覚めた。

「もう一口、食べたかった…」


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