19 / 89
ヴィヴィアンの婚約
ヴィヴィアンは夢から覚めた
しおりを挟む
「す、すかーれっと医師よ、つ、妻の同席というのは、ととと唐突、にすぎない、のではなかろうか」
サポゲニン病院長は、なぜか裏返った声でたどたどしく反論を試みるものの、スカーレットは耳を貸さない。
「あら、イルザお姉様のことですもの、今回の事態は当然把握しておられるでしょうし、もしかしたら、もうこちらに向かっていらっしゃるかも」
「話は聞いたわ!」
バーン、という大きな音とともに会議室のドアが全開し、イルザお姉様こと、サポゲニン夫人が、夜会を抜け出してきたかのような、漆黒のドレス姿で現れた。
「お姉様、やはりいらしたのね!」
「私の大切なスカーレットと、可愛いヴィヴィアンのためだもの、あの人との結婚記念日など、どうでもいいわ!」
サポゲニン病院長が、「どうでもよかった、のか?」と弱々しく問い返すけれども、イルザからの返事はなかった。
その横ではシャルマン隊長が、世界の存在自体に疑いを抱いたような顔で、低くつぶやいていた。
「あれが、可愛い…だと? ありえるのか?」
「あら、シャルマン隊長、ヴィヴィアンが『とても可愛い』幼女だったことを、あなた、よーく知ってるはずじゃないの」
サポゲニン病院長は、妻が自分を完全に無視してシャルマンに話しかけたことに衝撃を受けて、椅子から崩れ落ちそうになっていたけれども、気にする者はいなかった。
「ことばを覚える前の子どもが可愛いのは、自然の摂理だろう!」
「喋るヴィヴィアンは、可愛くないとでも言うの?」
「可愛い以前に、あれは災厄ではないか! 私は何度も殺されかけたぞ!」
「そして何度もあの子に命を救われているわよね」
「それは……単なる成り行きだ!」
シャルマン隊長のトラウマは理解できるし、同情の余地があるのも確かだが、このまま憤激し続ける彼に喋らせていては、終わる仕事も終わらないと判断したスカーレットは、速攻で退場させることにした。
「ああ、私としたことが、すっかり忘れていましたわ。あの黒い虫には、ごく僅かではありますが、取り憑いた人間から生命力を吸い取り、弱毒を与える作用を持っていた可能性がありますの。ほとんどの健康な人にとっては無害だったでしょうけれど、日々の心労が重なっているような方ですと、突然体調を崩したり、時間がたってから、突発的に気絶するなどといった、強い後遺症に見舞われる場合も考えられますのよ」
「心労で、後遺症? 気絶だと?」
「ええ、シャルマン隊長も、騒動の最中に意識を失われていましたでしょ。重篤な後遺症の疑いがありますわ。被害にあった王都民の健康診断なども、視野に入れていく必要がありますわね」
シャルマン隊長の気絶の原因はともかく、黒い虫について、スカーレットの言っていることは事実だった。
一方、イルザと一刻も早く穏便に和解したいサポゲニン病院長は、スカーレットの意図を察し、ここで絶妙なアシストを見せた。
「シャルマン隊長、今夜はこのまま入院して、経過観察することを強く勧める。今現在から数日かけて、魔導検査および精密検査のオーダーを入れておくので、すべて受けてもらいたい。検査結果は、警察部隊として今回の事件報告をまとめる上でも、重要なデータとなるだろう」
そう言われてしまっては、シャルマン隊長も断りにくくなる。
「そういうことであれば……いやしかし、部隊の責任者として中座するわけには」
往生際の悪いシャルマン隊長に引導を渡したのは、昼間スカーレットたちを裏口に案内した若い隊員だった。
「殺されたって死なない隊長が、任務中に泡吹いて気絶だなんて、ただ事じゃないっすよ」
「泡だと!?」
「自己管理は基本中の基本だって、隊長いっつも五月蝿く言ってるのに、自分で破ってたら、部下に示しがつかないっしょ」
「ぐぬぬ」
「あとのことは我々でやっとくんで、この際休暇だと思ってのんびりしてくださいよ」
やけにがたいのいい男性看護師が素早く用意した車椅子に、有無を言わさず座らされたシャルマン隊長は、会議室から慌ただしく運び出されていった。
隊長を見送ったスカーレットは、通信用の小型魔具を起動して、ヴィヴィアンに連絡を入れた。
(日付が変わるころに、そちらに行くわ。起きていてね)
ヴィヴィアンは、自宅で甘いパンを頬張ろうとした瞬間、通信用魔具の呼び出し音で、夢から覚めた。
「もう一口、食べたかった…」
サポゲニン病院長は、なぜか裏返った声でたどたどしく反論を試みるものの、スカーレットは耳を貸さない。
「あら、イルザお姉様のことですもの、今回の事態は当然把握しておられるでしょうし、もしかしたら、もうこちらに向かっていらっしゃるかも」
「話は聞いたわ!」
バーン、という大きな音とともに会議室のドアが全開し、イルザお姉様こと、サポゲニン夫人が、夜会を抜け出してきたかのような、漆黒のドレス姿で現れた。
「お姉様、やはりいらしたのね!」
「私の大切なスカーレットと、可愛いヴィヴィアンのためだもの、あの人との結婚記念日など、どうでもいいわ!」
サポゲニン病院長が、「どうでもよかった、のか?」と弱々しく問い返すけれども、イルザからの返事はなかった。
その横ではシャルマン隊長が、世界の存在自体に疑いを抱いたような顔で、低くつぶやいていた。
「あれが、可愛い…だと? ありえるのか?」
「あら、シャルマン隊長、ヴィヴィアンが『とても可愛い』幼女だったことを、あなた、よーく知ってるはずじゃないの」
サポゲニン病院長は、妻が自分を完全に無視してシャルマンに話しかけたことに衝撃を受けて、椅子から崩れ落ちそうになっていたけれども、気にする者はいなかった。
「ことばを覚える前の子どもが可愛いのは、自然の摂理だろう!」
「喋るヴィヴィアンは、可愛くないとでも言うの?」
「可愛い以前に、あれは災厄ではないか! 私は何度も殺されかけたぞ!」
「そして何度もあの子に命を救われているわよね」
「それは……単なる成り行きだ!」
シャルマン隊長のトラウマは理解できるし、同情の余地があるのも確かだが、このまま憤激し続ける彼に喋らせていては、終わる仕事も終わらないと判断したスカーレットは、速攻で退場させることにした。
「ああ、私としたことが、すっかり忘れていましたわ。あの黒い虫には、ごく僅かではありますが、取り憑いた人間から生命力を吸い取り、弱毒を与える作用を持っていた可能性がありますの。ほとんどの健康な人にとっては無害だったでしょうけれど、日々の心労が重なっているような方ですと、突然体調を崩したり、時間がたってから、突発的に気絶するなどといった、強い後遺症に見舞われる場合も考えられますのよ」
「心労で、後遺症? 気絶だと?」
「ええ、シャルマン隊長も、騒動の最中に意識を失われていましたでしょ。重篤な後遺症の疑いがありますわ。被害にあった王都民の健康診断なども、視野に入れていく必要がありますわね」
シャルマン隊長の気絶の原因はともかく、黒い虫について、スカーレットの言っていることは事実だった。
一方、イルザと一刻も早く穏便に和解したいサポゲニン病院長は、スカーレットの意図を察し、ここで絶妙なアシストを見せた。
「シャルマン隊長、今夜はこのまま入院して、経過観察することを強く勧める。今現在から数日かけて、魔導検査および精密検査のオーダーを入れておくので、すべて受けてもらいたい。検査結果は、警察部隊として今回の事件報告をまとめる上でも、重要なデータとなるだろう」
そう言われてしまっては、シャルマン隊長も断りにくくなる。
「そういうことであれば……いやしかし、部隊の責任者として中座するわけには」
往生際の悪いシャルマン隊長に引導を渡したのは、昼間スカーレットたちを裏口に案内した若い隊員だった。
「殺されたって死なない隊長が、任務中に泡吹いて気絶だなんて、ただ事じゃないっすよ」
「泡だと!?」
「自己管理は基本中の基本だって、隊長いっつも五月蝿く言ってるのに、自分で破ってたら、部下に示しがつかないっしょ」
「ぐぬぬ」
「あとのことは我々でやっとくんで、この際休暇だと思ってのんびりしてくださいよ」
やけにがたいのいい男性看護師が素早く用意した車椅子に、有無を言わさず座らされたシャルマン隊長は、会議室から慌ただしく運び出されていった。
隊長を見送ったスカーレットは、通信用の小型魔具を起動して、ヴィヴィアンに連絡を入れた。
(日付が変わるころに、そちらに行くわ。起きていてね)
ヴィヴィアンは、自宅で甘いパンを頬張ろうとした瞬間、通信用魔具の呼び出し音で、夢から覚めた。
「もう一口、食べたかった…」
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。
せいめ
恋愛
メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。
頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。
ご都合主義です。誤字脱字お許しください。
【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。
曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」
「分かったわ」
「えっ……」
男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。
毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。
裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。
何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……?
★小説家になろう様で先行更新中
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます
冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。
そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。
しかも相手は妹のレナ。
最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。
夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。
最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。
それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。
「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」
確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。
言われるがままに、隣国へ向かった私。
その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。
ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。
※ざまぁパートは第16話〜です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる