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ヴィヴィアンの婚約
ヴィヴィアンはさらに夢の続きを見ていた
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「ユアン・グリッドは、余命僅かなメアリー夫人のために禁術を行おうとしたわけですが、それを知ったヴィヴィアンは、その場で自己魔力不全を根本から解消するための治療器を制作して、夫人に持たせましたの」
既に人生を諦めたサポニゲン病院長は、スカーレットの話を聞いて、誇りある医療従事者としての最後の仕事を、粛々と執り行う覚悟を固めた。
「ビンフィル医師、ではまず、その治療器の仕様と、自己魔力不全を治癒するメカニズムについて、簡潔に語っていただきたい」
「信じていただけますの?」
「魔導医療に関して、あなたが真実以外を語るはずがないことを、我々はよく知っている」
スカーレットが、医学の正しい発展のためであれば、いかなる危険を顧みることなく真実を求め、歪めることなく守ろうとする魔導医師であるというのは、疑いのないところである。
ただし、患者とヴィヴィアンに不利益をもたらす可能性がある時だけは、恣意的に加工した真実を語ることもあるのだが、本人はそれを必要悪と割り切っている。
「重い信頼をいただき、光栄に存じますわ」
他の者たちより早く動揺から抜け出していたユアン・グリッドの父親が発言した。
「病院長、私もこのまま話をうかがっても構わないだろうか。身内として、息子の嫁の病状を詳しく知っておきたい」
「もちろん構わない」
「どなたか、病棟にいるメアリー夫人を呼んできてくださいな。治療器の効果を実際に見ていただいたほうが早いでしょうから」
会議に同席していた病棟の看護師が、一礼して会議室を出て行った。
メアリーの担当である彼女は、この数分後、病室で喋る蛇鞭に遭遇し、絶叫することになる。
「ここにいる事務員は、特許申請と、医療機器の認可を得るために必要な聞き取りが終了したら、手分けをして直ちに申請書類と添付資料を作成し、今日か、明日中にも、王城に提出するように」
今日、のところで声を強めたサポニゲン病院長は、無意識の領域では、まだ人生への未練を捨てきれていなかったらしい。
もっとも王城の窓口は、週末につき、正午をもって営業を終了しているのだが。
一方スカーレットは、サポゲニン病院長が早く帰りたがっていることを、その理由も含めて察していた。
(この時期に病院長が交替するのは、まずいわね。いい加減な人間が後釜に座ると、余計な仕事と厄介ごとが増えるだけだわ)
スカーレットは懐中時計を胸元から取り出して、まだ日付が変わっていないこと確認してから言った。
「ところで病院長、この度の件について、イルザお姉様のご協力をいただくことは可能でしょうか」
病院長を含む数名が、ぴたりと身体の動きを止めた。
「え、あ、な……」
完全に挙動不審となった病院長に構わずに、スカーレットは話を続けた。
「イルザお姉様は、ヴィヴィアンの固有魔法の特性をよくご存知ですし、魔導医学にも通じておられますので、特許申請だけでなく、治療機器の改良と普及手段においても、ご助言いただけると思いますわ。できれば今日にでもお会いして、ご相談したいのですけれど…あ、そういえば」
満を持して、スカーレットは特大の爆弾を会議室に投下した。
「今日って、サポゲニンご夫妻の結婚記念日じゃありませんでしたかしら」
生きながら死を迎えたかのような顔のサポゲニン病院長と、声なき悲鳴を上げる病院の事務員や看護師たちを眺めながら、スカーレットは思った。
(なんとか今日には帰れそうだわね)
そのころヴィヴィアンは、甘いパンをテイクアウトして、スキップしながら家に帰る夢を見ていた。
既に人生を諦めたサポニゲン病院長は、スカーレットの話を聞いて、誇りある医療従事者としての最後の仕事を、粛々と執り行う覚悟を固めた。
「ビンフィル医師、ではまず、その治療器の仕様と、自己魔力不全を治癒するメカニズムについて、簡潔に語っていただきたい」
「信じていただけますの?」
「魔導医療に関して、あなたが真実以外を語るはずがないことを、我々はよく知っている」
スカーレットが、医学の正しい発展のためであれば、いかなる危険を顧みることなく真実を求め、歪めることなく守ろうとする魔導医師であるというのは、疑いのないところである。
ただし、患者とヴィヴィアンに不利益をもたらす可能性がある時だけは、恣意的に加工した真実を語ることもあるのだが、本人はそれを必要悪と割り切っている。
「重い信頼をいただき、光栄に存じますわ」
他の者たちより早く動揺から抜け出していたユアン・グリッドの父親が発言した。
「病院長、私もこのまま話をうかがっても構わないだろうか。身内として、息子の嫁の病状を詳しく知っておきたい」
「もちろん構わない」
「どなたか、病棟にいるメアリー夫人を呼んできてくださいな。治療器の効果を実際に見ていただいたほうが早いでしょうから」
会議に同席していた病棟の看護師が、一礼して会議室を出て行った。
メアリーの担当である彼女は、この数分後、病室で喋る蛇鞭に遭遇し、絶叫することになる。
「ここにいる事務員は、特許申請と、医療機器の認可を得るために必要な聞き取りが終了したら、手分けをして直ちに申請書類と添付資料を作成し、今日か、明日中にも、王城に提出するように」
今日、のところで声を強めたサポニゲン病院長は、無意識の領域では、まだ人生への未練を捨てきれていなかったらしい。
もっとも王城の窓口は、週末につき、正午をもって営業を終了しているのだが。
一方スカーレットは、サポゲニン病院長が早く帰りたがっていることを、その理由も含めて察していた。
(この時期に病院長が交替するのは、まずいわね。いい加減な人間が後釜に座ると、余計な仕事と厄介ごとが増えるだけだわ)
スカーレットは懐中時計を胸元から取り出して、まだ日付が変わっていないこと確認してから言った。
「ところで病院長、この度の件について、イルザお姉様のご協力をいただくことは可能でしょうか」
病院長を含む数名が、ぴたりと身体の動きを止めた。
「え、あ、な……」
完全に挙動不審となった病院長に構わずに、スカーレットは話を続けた。
「イルザお姉様は、ヴィヴィアンの固有魔法の特性をよくご存知ですし、魔導医学にも通じておられますので、特許申請だけでなく、治療機器の改良と普及手段においても、ご助言いただけると思いますわ。できれば今日にでもお会いして、ご相談したいのですけれど…あ、そういえば」
満を持して、スカーレットは特大の爆弾を会議室に投下した。
「今日って、サポゲニンご夫妻の結婚記念日じゃありませんでしたかしら」
生きながら死を迎えたかのような顔のサポゲニン病院長と、声なき悲鳴を上げる病院の事務員や看護師たちを眺めながら、スカーレットは思った。
(なんとか今日には帰れそうだわね)
そのころヴィヴィアンは、甘いパンをテイクアウトして、スキップしながら家に帰る夢を見ていた。
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