上 下
1 / 89

ヴィヴィアンの一年間

しおりを挟む
 一年の最後の日の朝のこと。
 ヴィヴィアン・ウィステリアは、居間の壁に貼った手製の大きな暦の前で、小さな唸り声をあげた。

「ううううう」

 窓よりも大きな暦には、この一年の日々が、月ごとに並んでいる。

 一週間は、十日。
 一か月は四十日。
 一年は、四百八十日。

 どこかの世界とは、少し違う暦法が使われていて、一年がずいぶんと長いのだけど、ヴィヴィアンには知る由もないことだ。

「普通の日が、少なすぎる」

 ヴィヴィアンが唸りながら気にしているのは、日付の周りに自分でつけた、しるしの色だ。

 虹色の丸は、仕事を頑張った日。
 黄色い丸は、とても楽しいことのあった日。
 赤い丸は、何らかの事件に遭遇した日。
 黒い丸は……覚えていられないほど酷い何かが起きた日。

「どうして、赤と黒で埋まってる日が、こんなに多いのかな」

 月の半分は、日にちの数字の周りに、赤と黒の丸がたくさんついている。それは、複数のトラブルに巻き込まれ、記憶がたくさん飛んだということを表している。

「仕事は、ほぼ毎日できてる。楽しいことは、そこそこあった」

 仕事を頑張った週の終わりには、ヴィヴィアンは、自分にご褒美をあげることにしている。
 ヴィヴィアンにとっての楽しいことのほとんどは、週末にカフェテラスでランチを食べることだった。

「曜日替わりの特製ランチ。闇の日のは、ちょっとお高いけど、甘いお茶と、すごく甘いケーキがつく」

 ヴィヴィアンの世界の一週間は、光の日から始まる。

 そのあと、太陽の日、星の日、炎の日、水の日、風の日、草の日、木の日、土の日と続き、十日目の闇の日で終わる。

 長くて忙しい一週間を、一人っきりで乗り切るためには、闇の日のケーキの甘さが欠かせない。

 そして今日は、一年最後の「大闇おおやみの日」だった。

「今日だけは、二人前のランチを食べてもいいかもしれない。そのあとケーキとお茶だけ、おかわりしても許されると思う。私が許す」

 赤丸と黒丸に圧倒され尽くしたカレンダーを眺めながら、ヴィヴィアンは、ケーキ食べ放題という結論を出した。

「だって、頑張ったもの。頑張ったんだよね、きっと。黒い丸の日は、あまり覚えてないけど」

 一年の始まりの日に、普通に暮らす日を増やすために頑張ると心に誓ったヴィヴィアンだったけれども、その抱負は新年に持ち越すことにした。

「来年こそ、カレンダーを普通の日々で、埋め尽くす!」

 ずごごごごごごご。

 ヴィヴィアンの強い決意と魔力のたぎりに応じるかのように、遠雷とも地鳴りともつかない異様な音が響いてきたけれども、こぶしを握りしめてカレンダーを睨むヴィヴィアンは気づかない。

 街では、怪音現象に恐れをなした人々が右往左往し、ヴィヴィアンの行きつけのカフェテラスも、開店早々閉店の札を立てて店仕舞いをしたけれども、そのことをヴィヴィアンが知って激しく落胆するのは、数時間後のことになる。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

貴方といると、お茶が不味い

わらびもち
恋愛
貴方の婚約者は私。 なのに貴方は私との逢瀬に別の女性を同伴する。 王太子殿下の婚約者である令嬢を―――。

【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。

曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」 「分かったわ」 「えっ……」 男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。 毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。 裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。 何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……? ★小説家になろう様で先行更新中

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます

冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。 そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。 しかも相手は妹のレナ。 最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。 夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。 最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。 それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。 「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」 確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。 言われるがままに、隣国へ向かった私。 その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。 ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。 ※ざまぁパートは第16話〜です

処理中です...