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キマイラ

29話 『勝負化粧の、ラメ入りピンクのリップ!』

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「すぅ、は~……。すぅ、は~……」
 メーシャは深呼吸をふたつして、うるさい鼓動を少し沈め、ゆっくりと歩き出す。
「……っし!」
 キマイラの動きを警戒しつつ、距離を詰めていく。
「グルルル……」
 先程のこん棒での攻撃以来メーシャを警戒しているのか、キマイラもメーシャの次の動きを観察している。
「あーし待ちってわけね。後攻になってもイイことないだろし、あーしから行くよ!」
 メーシャはまっすぐに走り出した。
「ガルルルラァ!」
 向かって来るメーシャに、キマイラは炎のブレスで迎撃する。
 しかし、メーシャは炎が当たる前に先程設置した、一部溶けた岩の陰に行って回避。足を止めることなくそのまま岩を回収しつつ、もうひとつ残っていた岩にダッシュで駆けこんだ。
「重さって、“奪い”過ぎたらどうなんだろ……? それと、逆に増やしたらどうなんだ……?」
 メーシャは息を整えながら考えを巡らせる。しかし、その間もブレスは止まることなく岩を溶かしていく。
「とりま、やってみるしかないや!」
 メーシャは意を決して、岩を回収しながら陰から飛び出し、炎を“奪って”ガードしながらキマイラの元に走り出す。
「メエー!」
 今度はヤギの頭で鳴き、衝撃波を起こしてメーシャを吹き飛ばそうとする。
「はっ!」
 メーシャは能力で“奪う”ため、手を前にかざす。だが、
「えっ、ウソ!? 奪いきれないの!?」
『実力っつうか、キマイラのあの衝撃波を奪うには、お前の技量が少し足りてないみてえだな』
 せっかく近づいたのに、メーシャはどんどん押し戻されて、少しでも気を抜けば今にも飛ばされてしまいそうだ。
「……じゃあ、どうすりゃいいの?!」
『諦めて衝撃波は回避に徹するか、戦闘中に成長するしかねえな。ま、俺様にできるアドバイスはこれくらいしかねえよ。がんばれ』
「ぐぬぬ……!」
 いよいよメーシャはデウスに返事をする余裕も無くなり、歯を食いしばるしかできないようになる。
「メエー!!」
 キマイラはまたもや衝撃波を放って、メーシャに追撃をする。
「やば! ふぐっ!」
 メーシャは体が浮いてしまい、体勢を崩して後続の衝撃波を諸に食らってしまう。
「────きゃー!」
 このままでは先程と同様に、壁に打ち付けられてしまう。
「勇者どの!」
 リッチが思わず魔法でそれを防ごうとするが、メーシャはそれに気付いて、ジェスチャーで待ったをかけた。
 そして、身体に手をかざして自身のを奪って、反対の手で地面の方向に少し“奪えた”衝撃波を放つ。
「うりゃあ!」
 メーシャは自身が出した衝撃波の勢いで高く舞い上がり、キマイラの衝撃波から逃れた。
「メエ!!」
 だがキマイラはそんな無防備になっているメーシャに向かって、床を砕きながら凄い勢いで猛突進を食らわせる。
「がぁっ!?」
 メーシャは体が軽くなっているので、吹き飛ばされやすくなる代わりにダメージは受けにくくなるはずなのだ。しかし、キマイラは知ってか知らずか、角で突くように攻撃して確実にメーシャにダメージを与えた。
 メーシャは咄嗟に腕でガードして致命傷は避けるものの、依然として無防備には変わらず、腕を強打して感覚が無くなってしまう。
「メエ!」
 キマイラは流れるように踵を返して背を向けると、今度は後ろ脚でメーシャを蹴り上げる。
 流石にこれを受ければ危ないと思ったメーシャは体を捻って体勢を整え、足の裏を相手の蹄に来るよう調整して、
「はぁ!」
 膝のバネを利用して、ジャンプするように衝撃をいなした。
「かはっ!」
 とは言っても、急ごしらえの対応なのでいなし切れるわけでもなく、致命傷を受けるのだけ避けて、そのまま地面に落下してしまった。
「メエ!」
 落下したメーシャを見て、キマイラが踏みつぶさんと跳躍する。これで終わらせる気だ。
「……負けるか!」
 メーシャは腕のダメージを能力で“奪って”回復しつつ、岩を設置して自身に蹄が届くまでの時間を稼ぐ。そして足を直すと、岩を回収しながら衝撃波を起こして、大きく後ろに回避した。
「やっば! 予想以上に強いんですけど!」
 メーシャは全体に残る傷を治す。
『もしかすっと、封印されている間に魔力を吸って強くなったのかもしれねえ。さっきリッチが『強くなっている』って言ってたからな』
「じゃあ、よけいここで倒さないとだね」
 メーシャは頬を流れる汗を袖で拭う。
『いけるか? 何なら一旦封印して、もう少し強くなって挑んでもいいんだぜ? それに、戦車でドカンとやっちまってもいい。何にしても、一番大事なのはお前の命だからな』
「あんがと。でも、まだからさ。それに、あーしはピンチの時こそ成長すんの。だから、最後まで黙って見ててよ、デウス」
 メーシャは、ふっと笑って見せた。
『……おう。イイな、そういうの。熱いぜ』
「ガルルァ!!」
 キマイラが灼熱の炎を吐きつつ、メーシャの元に走って来る。
「今までを“奪って”たけどさ、ならどうなん、の!」
 メーシャは目を光らせ、手をかざして能力を発動する。
 すると炎は消え、逆に空気が凍って氷の粒がいくつも出来上がる。
「お! これはいただきだ!」
 メーシャはサイドステップで位置をずらしつつ、氷の粒を回収する。
「メエ!」
 攻撃を避けられたキマイラは、横回転をして勢いを殺さずに後ろ脚で蹴り上げる。
 ────ヒュ!!
 メーシャは咄嗟に体を低くして髪の毛一本分で攻撃を避ける。
「シュア!!」
 キマイラは蛇の頭を使って、弾丸のようなスピードでメーシャを襲う。
「よっ! 食らえ!」
 前転してそれを避け、振り向きざまに奪っておいた氷の粒を尖らせて連続で発射。蛇の頭を攻撃する。
「シャァ!?」
 鱗が硬くひとつひとつは大きなダメージにはならないが、連続して同じようなところを攻撃できれば話は別。いくつか鱗を弾き、ダメージを与える事ができた。
「ガルルァ!」
 メーシャが蛇の方を向いている隙にキマイラは自身の足元に炎のブレスを発射する。
「はっ。くぅ、あっつい!」
 攻撃に気付いたメーシャは、振り向いて手をかざして炎を防ぐものの、行動が一瞬遅れたせいで一部の炎を浴びてしまった。
 メーシャは腕を火傷してしまったが、キマイラは炎に耐性があるのか毛の一本すら燃えていない。
「シャア!」
 蛇の頭は諦めておらず、炎と挟み撃ちの形で逃げ場を塞ぎ、メーシャに噛み付いた。
「あがっ!?」
 毒は普通、効果が出るまでに時間がかかるが、キマイラの身体が大きいために毒の分泌量が多く、それに強力な毒であるために、人くらいなら殆どラグ無しで全身を麻痺させることができる。
「メエー!」
 メーシャに毒が効いたのを見て、キマイラは間髪おかずに踏みつける。
「ぐふっ!?」
 弱らせるためか、急な足掻きをさせないためか、ここで止めとはならなかったが、メーシャは大ダメージを受けて満身創痍だ。
「メエ!!」
 虫の息のメーシャに止めを刺すべく、足を上げようとするキマイラだが、
「メエ!?」
 何故か足が地面から離れず困惑する。
「────! っし!」
 その間にメーシャは毒を“奪いとり”、傷も治して足元から離脱した。
「ガルルァ!」
 キマイラの足は、メーシャがを“奪い”凍らせたことで、床に引っ付いてしまっていたのだ。それに気付いたキマイラは、炎を吐いて一瞬で氷を解かす。
「────出て来て!」
 しかし、その一瞬でも隙は隙。メーシャは氷を纏わせた岩をキマイラの上に出現させ、
「重さマシマシだ、食らえー!!」
 普段から“奪って”ストックしていた自身のと、できる範囲で周囲の重力を乗せて、しかもキマイラの衝撃波で勢いを増して、キマイラの頭上から降り下ろした。
「ガッ、ルアアァ!?」
 キマイラは氷が降ってきたと思って咄嗟に炎を吐こうとするものの、足元に気を取られていたので間に合わず、岩はライオンの頭に直撃した。
 キマイラのライオンの頭はダメージが入り、気を失ったのかダランとして動かなくなった。
「どんなもんだ!」
 メーシャはガッツポーズをして喜ぶ。だが、
「メエ~!!!」
「えっ、ちょっと待って!」
 ヤギの頭が大きな声で鳴くと、ライオンの頭のダメージが徐々に回復していく。
「強いのに回復まで使えるから、昔の人はキマイラを倒せなかったのか。気合い入れ直さないとだね……!」
 メーシャはニヤリと笑って口元をハンカチで拭う。そして、いつも使っているものより高級な、ラメ入りのピンクのリップをポケットから取り出して塗り直した。
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