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閑話:生存者とモブ2
しおりを挟むその光景をなんと言えばいいのか。
《聖者》の周りを無数の光の粒がクルクルと回る。
生存者(おれ)たちの脚に、腰に、腕に、首に縋り付いていた黒い靄が、ゆっくりと透明になっていく。
『………… ーーー 』
彼女が俺の名前を呼んだ。
だいすきよ。ごめんね。だいすき…
ああ…マリエラ。君はそう言っていたのか。黒い靄になってしまった君たちの言葉は呪詛などではなかった。愛を囁いていたのか。残していく謝罪を伝えようとしていたのか。
マリエラ。愛しい娘。哀れな娘。悲しい娘。あいしていたよ、マリエラ。
金色の光となった故郷の人たちは、青空に舞い上がる。
その直後に、《聖者》は倒れた。
後に神父が教えてくれる。
オズワルド様は元々お体が弱く、家督争いで毒を盛られてから床に伏せがちであったのを押して慰問の旅をしてくださったのだと。あの《浄化》を、大侵攻で傷付いた村や街、そしてセルビア国境の戦場後でも行っていたのだと。
今回の見舞金も、《聖者》の伝手でエルトリアの交渉係を招いてセルビアやカガン、ロタリンギアから毟り取ったと言うのだから。
ああ…。
ああ、あの人は…。
お綺麗な貴族なんかじゃない。物語で語られる《聖者》や《死神》などではない。
お人好しだと笑ってしまうほどの。優しい、一人の人間なのだ。
見舞金で壊れた建物を撤去して。新しい家と安定した食事が行き渡る。
やっとみんなに笑顔が戻ってきた頃に、国軍が新たに魔獣専門の討伐団を立ち上げる噂を聞く。トップに立つのは《聖者》 ーーー オズワルド・ヴァッサロ騎竜隊上級大将。
俺は一も二もなく飛びついた。
《面接》では、明かに俺より強いであろうAランク相当の応募者が落とされたり、捕縛されたりと混乱があった。他国の間者を即座に見抜くのか《聖者》は…。
何故かCランクや、戦闘能力皆無の村人が合格した。しかも俺が【殲赤鬼】の副官だ。解せぬ。
まあ……それからの訓練が地獄の言葉に尽きる。俺がSランク相当、村人だったアホがAランク相当まで半年で引き上げられたと言えば異常さがわかるだろうか。
そして訓練施設でのオズワルド様は、俺が想像する『貴族』とはかけ離れていた。
神竜をアゴで使う。元SSSランク冒険者をしばき倒す。教会の子供たちと泥だらけで畑をいじる。経理の者と手をインクだらけにして書類を作る。女性たちに混じって料理をする。……信じられない。
あの人の周りはいつでも穏やかな時間が流れていた。
あの人が笑っているだけで、なぜか『大丈夫』な気がした。
美しくて、穏やかで、芯は通っていて。それでいて時折、何をしでかすかわからない。たまに訓練施設に顔を出す彼の夫に見せる、はにかんだような甘やかな笑顔。
それは守るべき、『幸せな日常』。
恋や愛などという単純なものではない。彼は『居場所』だ。帰るべき、守るべき、唯一の居場所。
まあ時折、この目の前で隊長にしばき倒されてるアホのように、オズワルド様に劣情を抱くアホもいるが。
「うう~…、どっかにいないかなあ…オズワルドさんみたいに美人でエロい体つきで可愛くて飯がうまくてエッチな子…」
「ばっかやろう。そんなんいたらとっくにオレが嫁にしてるわ」
「ええ~、隊長がライバル?!無理じゃん…」
無理、だろうなあ…。
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