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【母視点】
しおりを挟む僕は神話の時代から生きている。
何万年。何億年。気の遠くなるような時間を、産んだ卵を守って生きてきた。いくつもの文明が滅び、国が滅び、生き物たちが滅び、神が変わっていった。
僕はニンゲンだ。《ふるきものども》が《虫》と呼ぶ、ちっぽけな生き物。それでも僕は、彼の方の御子を孕んだ。彼の方が消滅した戦いに脆弱な僕は参加できず、ただただ、卵を守って生きろと命じられた。生きてくれ、と抱きしめられた。
僕は彼の方の御子を守って生きていく。僕と彼の方の子を守って生きていく。
深い深い山の奥。何も食べずとも死なないことに気付いたのはすぐだった。歳をとらない事に気付いたのはしばらく経ってからだった。少しずつ卵が大きくなっているのに気付くのに数千年かかった。僕は生かされた。擬似的な《聖龍》の力を与えられて。ずっとずっと、気が遠くなるほどずっと、生きていた。
今から3千年くらい前に、この国は『スライグ竜王国』になったらしい。スライグ…スライグ……うん、聞き覚えがない。本当に《龍人族》かどうかも疑わしい。
その王になった男は、僕に妃になれと言った。馬鹿なんだろうか。僕はここから動かない。真紅だった卵が灰色の、ただの石の色になっても。もしもこの子が生まれてこなくても。僕はここから動かない。男は僕の周りに祭壇を作った。街を作った。自分が訪れる屋敷を作った。男は僕に無理強いはしなかった。
男は今から千年くらい前に死んだ。王が訪れないこの街は、やがて廃墟になって森に戻った。
この頃からだ。どんどん僕の『護り』が消えていった。最初に気付いたのは顔だ。水鏡に映った僕の顔はゆっくりと老けていった。空腹を覚えるようになった。幸い森の恵みには困らなかった。
廃墟にいつしか住み着き始めた者たちが居た。彼らは僕を『神官』と呼び、廃墟の森に村を作っていった。僕に衣服を与え、食事を供した。卵のことは『御子の石』と呼んで、大事にしてくれた。
僕の『護り』が薄くなっていく。きっと僕はもう、ニンゲンだった頃と変わらない。
僕が居なくなっても、きっと村人たちが卵を守ってくれる。そう思い始めた時に、
卵が ーーー 割れた。
その時の気持ちをなんて言ったらいいだろう。
彼の方と僕の子に会えた嬉しさと、やっと終わったという寂しさ、やっと終われるという歓喜。
ああ、逝こう。彼の方のもとに。
ああ、やっと僕は死ねる ーーー !!
愛してる愛してる愛してる死ねる愛してる愛してる死ねる死ねる愛してる愛してる愛してる死ねる愛してる死のう愛してる死にたい愛してる彼の方のもとに愛してる死のう愛してる死ぬ愛してる死にたい愛してる死のう愛してる死のう早く死のう愛してる早く早く死のう死のう死のう死のう死のう死のう死のう死のう死のう早く早く早く早く早く死んで愛してた彼の方の愛しあいああ早く死のう死のう死死死死死死死死のう死のう死のう死のう死のう死のう死を死死死死死死のう死のう死のう死のう死のう死のう死んで死のう死のうあい、して………
僕はもう狂っていたんだ。
その時
あの子が、僕の手を握ったんだ。
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