上 下
18 / 118
北の地へ

13 神の御使い(隠密護衛D視点)

しおりを挟む


全部捨ててと殿下が言い出した時は、ああ、この人とうとう頭が湧いた…と思った。

オデッサは雪と氷に閉ざされた北限だ。小便が凍り息が凍り、果てには言葉まで凍ると言うのは笑い話だ。


けれどそれは笑い話でなかったことを俺たちは思い知る。


まずどんな魔法も通さないはずの防御壁魔法が全く効かない。いや、多少は効いていたのかもしれないが、業火も凍てつく竜のブレスでさえ防ぐ魔法を常時展開していても無駄だった。

霙混じりの雨が雪に変わり、見る間に積もっていく。状態異常無効の付与魔法をした鐵の鎧がみるみる凍りはじめる。念のためとチェインメイルと鎧の間に仕込んだ綿も無駄だった。手足といった末端が寒さで千切れる程の痛みを訴え鼻も凍った。手足の……いや、全身の感覚が鈍くなり、耳や指が腫れ上がって破け、染み出した体液さえ凍った。

意識が朦朧とする。寒い。眠い。いや、駄目だ。寒い。息ができない。眠い。ああ、誰かが呼んでいる。懐かしい声。そんなものはない。誰も居ない。眠い。もういい。いや良くない……


これはまずい。死ぬ。


だがついて来なければ良かった…と言うものは不思議と居なかった。馬たちも脱落せずによく耐えてくれた。


だから。


目の前が急に開けて。緑の草原の中にノア様が立っていた時は、とうとう俺たちは天へ召されたのだと思った。

なん、だ、ここは……。

ノア様が殿下に駆け寄っていくのが見える。


「おーおーおー…!氷柱も滴る良い男じゃん」


いつのまにか目の前にAが立っていて、俺のバシネットに下がっていた氷柱を折った。


「待ってろ。お湯沸かしてやるわ」


ヘタリ…と腰が抜けた。


助かっ…た……?


ぬるま湯で鎧を温め、外していく。

ああ……もう、この腕は駄目だ。

足の指と左腕が肘の上まで真っ黒に変色していた。

今から行くオデッサは義手など望めない。それどころか医療もない。終わった。人生終わった。もう俺は ーーー 足手纏いでしかない。


その時だ。


信じられないことが起こった。

何事か話していた殿下とノア様の足元に色彩が散った。あれは……『花』、か?

南国の、管理された場所にしか咲けない『花』。俺も冒険者時代に何度か依頼人の屋敷で樹脂加工されたものを見たことはあったが……。

真っ赤になったノア様に、殿下が顔を寄せる。待て、あんたも死にかけてるのに何やってんだクソが。

ぼろり…と殿下の耳が落ちた。ほら、言わんこっちゃねえ………え…?

凍傷で死んだ肉を押し上げるように、盛り上がっていっていた。それは形になり、血色の良さそうな耳になった。

…………は?


「え……な、……なに、あれ…………」

「副隊長が言ってたんだけどさ。ノア様が全部治してくれるって。いやー、俺もノア様を信じてたけどさあ……聖女ってとんでもなくねぇ?」

「治す…って……はあ!?」

「治癒魔法、ってやつ。あれってお伽話だよな?すげえな聖女。半端ねえ」


はあああああああああああ!!??


規格外だ。いや、そうじゃない。【聖女】は……本当に、【聖女】は………







「神の、御使みつかい ーーー なのか……」
















しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!

棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

ハイスペックストーカーに追われています

たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!! と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。 完結しました。

平民男子と騎士団長の行く末

きわ
BL
 平民のエリオットは貴族で騎士団長でもあるジェラルドと体だけの関係を持っていた。  ある日ジェラルドの見合い話を聞き、彼のためにも離れたほうがいいと決意する。  好きだという気持ちを隠したまま。  過去の出来事から貴族などの権力者が実は嫌いなエリオットと、エリオットのことが好きすぎて表からでは分からないように手を回す隠れ執着ジェラルドのお話です。  第十一回BL大賞参加作品です。

【完結】乙女ゲーの悪役モブに転生しました〜処刑は嫌なので真面目に生きてたら何故か公爵令息様に溺愛されてます〜

百日紅
BL
目が覚めたら、そこは乙女ゲームの世界でしたーー。 最後は処刑される運命の悪役モブ“サミール”に転生した主人公。 死亡ルートを回避するため学園の隅で日陰者ライフを送っていたのに、何故か攻略キャラの一人“ギルバート”に好意を寄せられる。 ※毎日18:30投稿予定

【完結】もふもふ獣人転生

  *  
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。 ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。 本編完結しました! おまけをちょこちょこ更新しています。 第12回BL大賞、奨励賞をいただきました、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです、ほんとうにありがとうございました!

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 独自設定、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

処理中です...