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【兄独白】

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瑞樹春人は、世間一般で言うと『可哀想な子供』だった。

春人が13歳の時に両親揃って事故に遭い帰らぬ人になった。春人に残されたたった一人の兄は ーーー まあ、その……多感な年頃で、いわゆるヤンキーで、ヤンチャばかりしてた。……うん、俺だよ。バカやってたのは。

携帯電話なんかない時代だ。連絡なんかつきゃしねえ。女の家を泊まり歩いて、帰ったら葬式も終わって初七日の最中だったよ。喪主をやってくれた叔父にぶん殴られた。帰ってきた俺に縋って、ぐずぐずに泣いてる春人を見て、もう過去の自分をぶち殺したいくらいショックだったよ。春人はさ、俺までいなくなったと思ってたんだろうなあ。

俺は高校を辞めて調理師専門学校に入った。元々惰性で通ってた、試験で名前さえ書けば合格する高校だ。未練なんかない。それより春人に飯を作ってやりたかった。叔父夫婦は一緒に住もうって言ってくれてたけど、遺産と保険金がたんまりあったし、こうやって春人の世話をするのは俺の贖罪だった。

俺の作った料理を春人がおいしいって言ってくれるのも嬉しかったけど、料理ってのは化学で、俺はめちゃくちゃ料理にハマったよ。いつか外国に行って店を持ちたい……とか、そう言うことを思ってた。そんな時だ。料理学校卒業したら外国の、よく雑誌で見る店で働いてみないかと言われたのは。

おかしいと思わなかった俺がバカだったよ。世間知らずのガキだったんだよなあ。浮かれまくって自分のことだけしか考えてなかった。春人が承諾してくれて、喜んでくれて。俺は春人を叔父夫婦に預けてイタリアに行った。


それがの罠だったとも知らずに。


イタリアのリストランテでは、そりゃもう馬車馬みたいに働いたよ。春人と叔父夫婦からの手紙で、春人が高校を卒業して作家になったのを知った。昔っから本ばっか見てて大人しい子だったけど、まさか作家先生になるたぁな。送ってもらったサイン入りの本は、まあ…なんだ。俺にはちょっと難しくて、一応2~3回読み返したんだけど半分もわかんなかった。

春人と叔父夫婦からの幸せそうな近況報告を鵜呑みにして。俺は一度も大日本帝国に帰らなかった。

俺がイタリアに渡って19年。やっと自分の店が持てた。親父とお袋の墓前に報告するために、叔父夫婦に報告と感謝と謝罪をするために、そしてに会いに。俺が旅券を取った直後だった。


春人が死んだ。


そう電話をくれたのは、大日本帝国の警察だった。

痴情の縺れからの刺殺事件。容疑者は逃走中らしかった。容疑者の名前は ーーー 竜胆璃妃。春人に一度だけ紹介された、春人の恋人。なんで?どうして?だって手紙には……。

イタリアまで迎えにきてくれた日本国の警官が事件の概要を語る。俺はぼんやりとそれを聞いていた。

叔父夫婦は俺がイタリアに渡ってすぐに死んでいたこと。

春人が作家になったのは本当だが、作品は売れずに竜胆璃妃のヒモのような生活をしていたこと。

竜胆璃妃のが、一人の少年の失踪によって明るみになったこと。


ああ…それじゃあ……。


俺は最初から騙されてたのか。あの幸せそうな手紙も、あのサインも、春人のものじゃない。俺の就職先がイタリアだったのも仕組まれていたんだ。叔父夫婦の訃報も、俺に届く前に職場で握りつぶされて、俺は一体…なんで……なんの、ために………。


也多なりた空港に着いて、警官が「ここで待っていてください」と俺のそばから離れた。行き交う人々を、俺はぼんやりと見ていた。

俺はいつも間に合わない。

両親の葬式も、叔父夫婦の葬式も、春人の死にも ーーー 。

騙された俺が悪いのか。騙した奴が悪いのか。わかるのは、春人は悪くないと言うことだけだった。

旅行者、ビジネスマン、いろんな人達が行き交う空港で。

俺は見た。

見つけてしまった。璃妃を。

目深に被ったつばひろ帽子と大きめのサングラス。なんでわかったか、自分でもわからない。そして何故、俺の手荷物の中の包丁が見逃されたとか。

ああでも、これが悪魔の仕業でも構わない。

俺が包丁を手にして璃妃に近付いても、誰も気付かない。護衛と思しき男たちも。


悪魔の仕業なら、感謝しよう。俺は春人の仇が討てる。









俺は包丁を璃妃目掛けて何度も振り下ろした。








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