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第3章

35話(悪魔視点)

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 空へ濃紺の幕が引かれ、森に夜が訪れる。
 身体を襲う苦しみの波がようやく引き、ヴィンスは一人洞窟の中でほっと息をついていた。
 静かな森の中。
 密やかな虫の鳴き声と、葉擦れの音が響く。

 そこへ、バサバサと鳥の羽音が割り込んできた。
 洞窟なせいで、やたらと音が反響して五月蝿い。
 ヴィンスは不快そうに眉を顰めた。

「我ガ主ながら……無様ですねぇ……」

「……五月蝿いぞ、ルシェ……」 

 それでなくても身体がだるいのだ。
 ルシェの相手などしていられない。
 
 ヴィンスは手元に黒い結晶を作り出すと、追い払うためにルシェに向かって投げつけようとした。
 
「良いのですか? せっかくアナタに情報を持ってきたのに」

 いつも通り小言を言いに来たのだと思ったのに。
 ルシェの思わぬ台詞に、結晶を握って今にも投げようとしていたヴィンスの手が止まる。

「なんだ」

 早く内容を言えと、短くルシェを促す。
 すると、ルシェは優雅な所作でこちらへ近づき、くちばしをこちらに突き出した。
 何かをくちばしで挟んでいるようだ。
 いちいちもったいぶるような仕草に腹が立つ。
 ヴィンスはルシェからそれをむしり取った。
 掴んだそれを見て、ヴィンスは目を見開く。

「これは……」

「聖女のお嬢サンが身につけていたリボン、ですよね?」

 ルシェの言うとおりだった。
 ヴィンスの手にあるのは、最後にリーナを抱いたあの日彼女を拘束したリボン。
 だが、リーナの身はきちんと整えて教会に返したはずだ。

(何故ルシェが持っている)

 嫌な予感がする。
 
「これを、どこで見つけたんだ」

 ヴィンスは低く脅すようにルシェを睨んだ。
 心臓がドクドクと脈打ち、柄にもなく不安になる。

「森のナカで」

「森の中……?」

 もしや、リーナは自分を探して森に来たのだろうか。
 何せあんな別れ方だ。
 彼女が訪ねてきてもおかしくはない……。

(そんなわけはない)

 同時に自分自身でその考えを否定する。
 そんな甘い夢のような幻想、あるわけはない。
 何故なら自分は、リーナを無理やり奪ったのだ。
 自分の欲望のために。
 彼女が欲しいがために。
 彼女の許可なく強引に、彼女を抱いた。攫った。
 その挙句、何も告げずに突き放した。
 自分勝手もいいところだ。
 
 もうリーナは、自分の顔など見たくないだろう。

「私は現場をミていないのですが、私の仲間がミておりましてね」 

「早く話せ」

 早く、早く、早く。
 イライラする。
 ヴィンスはぎゅ、とリーナのリボンを握りしめた。

「夕方頃、聖女のお嬢サンが森にハイり、教会関係者に……。例の桃色髪の少年に連れ去られたと」

「……なんだと?」

  例のあの少年?

(またあいつか!!)

 この数百年の間ヴィンスに付き纏ってくる、因縁の相手。
 ヴィンスと聖職者の契約も、あの少年が主導で行っており、実質の契約相手だ。
 前回の聖女のとき、少年は自身の口で「聖女は許嫁」だと言っていた。にも関わらず、別の日には躊躇いもなく聖女をこちらに贄として差し出してきたことをヴィンスは思い出す。
 あの時、こいつは頭がおかしいのではないかと強く思ったものだ。
  
 このままだとリーナが危ないかもしれない。
 あの少年は狂っている。
 この町の小さな教会なら害がないだろうと思っていたが、教会本部に攫われたとなると訳が違う。

 居てもたってもいられず、ヴィンスは洞窟を飛び出した。




 残されたルシェは、一羽かぁと鳴く。

「聖女はアナタを狂わす。イマも、ムカシも。深く関わると……ホラ、ロクなコトがナイ」

 カラスの悲しいつぶやきは誰も聞くものはなく、ただ夜闇に吸い込まれた。
 
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