上 下
74 / 75
終章

しおりを挟む

 1ヶ月後。
 数日の休暇を終えたルーナたちは、いつも通りの慌ただしい日々に戻ってきていた。

「なあお前、本当に仕事を続ける気なの?」

 王子の部屋に紅茶を持ってきたルーナに対して、王子は執務机に頬杖をついて言った。

「だから、辞める気はないって言っているじゃないですか」

 王子の前にティーカップを置きながら、ルーナは何度目かの返答を王子に返す。
 何度も繰り返し答えていると言うのに、納得してくれないらしい。

「でも結婚したんだろう? マクシミリアンと」
 
 ルーナがマクシミリアンと結婚したのは、1ヶ月も前のことだ。
 お互いの仕事が王子の専属の使用人であるために忙しすぎて、式はまだ挙げられていないが……。
 一応準備は進めている。

「あいつは僕の専属としての給金もあるし、あれでも貴族だ。お前が仕事なんてしなくても、暮らしていけるだろう」

 確かにそれは、王子の言う通りなのだろう。
 第3王子の専属使用人という仕事は、仕事量が多い分給金も良い。マクシミリアンの給料だけで、十分に二人暮らしていける額をいただいている。
 
「……僕なら、お前にそんなことはさせないのに」

 王子はルーナから視線を逸らしたまま、ティーカップを手に取った。
 飲むでもなく、ただゆらめく琥珀の波を見つめている。
 
「……私が働きたいんですよ」

 ルーナは苦笑しながら小さく告げた。

 王子の専属メイドの仕事を続けたいと言ったルーナに、マクシミリアンは「あなたがしたいように」と特に咎めることもなく認めてくれた。
 
 (この王子様は、きっと心配してくれているんだろう)

 Sな一面こそあれど、彼は根が優しいから。
 親しくなった人間に、意地の悪いことができない素直な人だ。
 一応マクシミリアンにもルーナが働くことへの了承を得ているから、王子が心配する必要はないのだが……。そういうふうに、主から気にかけてもらえるのは存外嬉しいものだ。

「それに、私がいなくなったら王子も寂しいでしょう?」

 冗談めかして言ったが、ルーナは王子が自分にかなり気を許してくれていることを知っていた。
 策謀の渦巻く貴族社会で生きる王子が、自分がそばにいることで少しでも落ち着けるのなら。
 微力ながらマクシミリアンと共に王子を支えていきたいと、ルーナは思っていた。
 それくらいには、王子のことを主君として慕っている。

 (専属メイドになった時は、『専属メイドなんて辞退したい』『平和な人生を望む』って思ってたのにな)

 人生、何があるか分からないものだ。
 
 ルーナがイタズラっぽく笑うと、王子もふっと笑みをこぼした。
 
「それもそうだな」

 一口紅茶を口に含むと、王子は静かにティーカップをソーサーの上に置く。
 ゆっくりと顔を上げた王子は、先ほどよりはすっきりとした表情をしていた。

「……どうか、未来永劫僕に仕えてくれ。……夫婦共々」

「はい」


 ◇◇◇◇◇◇


「やっとおわった……」

 王子に紅茶を届けた後、ルーナは使用人控え室に戻りひたすら書類仕事をしていた。
 専属の仕事というのは、一般的な使用人の仕事のほかに王子に関する事務作業も行う。いわゆる王子の補佐的な役割がある。
 今は、次の夜会に招待する予定の貴族の方々を一覧にしてまとめていたところだ。
 普段なら、この手の作業はマクシミリアンがしている。だが、今回ほかにしなければならない仕事がある、ということでルーナに任されたのだった。

 (信頼して任せてもらえるのはうれしいけど、こういう頭を使う作業は苦手なんだよね)

 まあ、どうにか終わったのだからよしとしよう。
 ルーナが机に散らばった書類を片付けようと手を伸ばす。
 そのとき、使用人控え室の入り口が開かれた。
 音にハッと顔をあげれば、そこにいたのはマクシミリアンだった。
 
「ルーナさん、お疲れ様です」

「お疲れ様……!」

 ルーナは席から立ち上がるとマクシミリアンの方へと駆け寄った。

「頼んで仕事は終わりました?」

「うん。マクシミリアンの方の仕事は終わったの?」

「ええ。……あなたさえ良ければ、一緒に帰りませんか?」

「え、いいの? 嬉しい!」

 結婚前は、ルーナもマクシミリアンも王城の一角にある部屋で寝起きをしていた。
 だが、今は少しだけ違う。
 1ヶ月前、2人で暮らす用にと城にほど近い家を借りたのだ。

 ただここ最近はお互い仕事で忙しくしていたこともあり、こうして2人揃って一緒に帰宅するのは久しぶりになる。
 ルーナは急いで帰る支度をすることにした。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

異世界転生したら悪役令嬢じゃなくイケメン達に囲まれちゃいましたっ!!

杏仁豆腐
恋愛
17歳の女子高生が交通事故で即死。その後女神に天国か地獄か、それとも異世界に転生するかの選択肢を与えられたので、異世界を選択したら……イケメンだらけの世界に来ちゃいました。それも私って悪役令嬢!? いやそれはバッドエンドになるから勘弁してほしいわっ! 逆ハーレム生活をエンジョイしたいのっ!! ※不定期更新で申し訳ないです。順調に進めばアップしていく予定です。設定めちゃめちゃかもしれません……本当に御免なさい。とにかく考え付いたお話を書いていくつもりです。宜しくお願い致します。 ※タイトル変更しました。3/31

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

女性の少ない異世界に生まれ変わったら

Azuki
恋愛
高校に登校している途中、道路に飛び出した子供を助ける形でトラックに轢かれてそのまま意識を失った私。 目を覚ますと、私はベッドに寝ていて、目の前にも周りにもイケメン、イケメン、イケメンだらけーーー!? なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!! ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!! そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!? これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

処理中です...