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第3章*パーティーと気持ちの行方

36・パーティーと何かの始まり

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 あの日以降、マクシミリアンに避けられる日々が続き……。
 ルーナはほとほと困り果てていた。 
 
(なんで避けられなくちゃならないの)

 もう本当に嫌になる。
 あの告白はきっと、気の迷いだったのだろう。
 ルーナはそんなふうに思い始めていた。
 
(きっと……。あの夜の責任を取らないとって思ったからに違いない)

 マクシミリアンは真面目だから。
 事情があったとはいえ、恋人でもなんでもないルーナと体を重ねたことを気にしていたのだろう。
 きっと、それに惑わされたのだ。
 王子の前から連れ去ってくれたのも、困っていたルーナを助けようと思っただけ。
 王子に引き寄せられたルーナを『耐えられない』と言ってくれたのも、全部、全部。
 気の迷いからの言葉……?

(やだ……な)

 心が痛い。
 
 ルーナは一人、胸を押さえる。
 
 好きだと言われて舞い上がって。
 今はこんなに、泣きたいほど胸が苦しい。

「……っ」

(泣いたらダメ……)

 泣いたら余計に辛くなる。
 こぼれかけた涙を、ルーナはぐっと目元を押さえて止めた。


****


 そうして、気づけば王子主催のパーティー当日。

(ははは……。もういい加減どうにかして欲しい)

 マクシミリアンとは同僚なのだ。
 こんな気まずい状態のままで仕事をしなくてはならないこちらの身にもなって欲しい。
 ルーナは壁際でパーティーの様子を見守りながら、誰にも気づかれないように小さくため息を吐き出した。
 マクシミリアンはといえば、パーティー会場となっている大広間の中を慌ただしく動き回っている。
 
「ハイリ様……ご招待頂けて嬉しいですわ」

「ハイリ様、ごきげんよう!」 

「ああ、来てくれて嬉しいよ」 

 ハイリ王子はいつも通りだ。
 いつも通り、パーティーの招待客に愛想を振りまいていた。

 きらきらきらきら。
 ハイリ王子の爽やかな笑みは、離れているにも関わらず強力な威力を放ち、招待客すべてを虜にしていた。
 それも男女問わず。

(凄いな)

 そのカリスマ性には敬意を表するしかない。

(……良く考えれば、私……王子に告白されたんだよね)

 正直、まったく実感が湧かない。
 マクシミリアンに告白もどきをされたことよりも、もっと現実味がない。

(あれから特に何も言われないけど……)

 蒸し返すのもなんなので、向こうが触れてこないのならこのまま放置しておく方が無難だろうか。
 じっとハイリ王子を見つめていると……。
 
(……っ)

 ふいに王子と目が合った。
 まさか視線が合うなど思っていなくて、ルーナはどきりとしてしまう。

 視線が合ったのはたった一瞬。
 だけどその一瞬、王子は作り笑いではない微笑みを見せた。そんな気がした。


****


(…………疲れた)

 ルーナは大広間のバルコニーの手すりへ、ぐったりと寄りかかった。
 ようやくパーティーが終わった。
 王子の専属として給仕をしたり、見守ったり、案内をしたり……。
 大変な一日だった。ようやく終えることが出来てほっとする。

「……お疲れ様です」

「……っマクシミリアン!」

 後ろから低い声が降ってきて、ルーナの心臓が跳ねる。
 はっと振り向けば、マクシミリアンがバルコニーの扉を開けてルーナの方へやって来ていた。
 まさかマクシミリアンから声をかけてくれるとは思わなくて、ルーナは驚いてしまう。 

「……殿下がお呼びです。中へ」

「……はい」

(ですよねーー)

 予想通りといえば予想通り。
 マクシミリアンの言葉に、ルーナはがくりと項垂れた。

「…………」

(……あれ?)

 だけど変だ。
 マクシミリアンはその場から動かない。
 てっきりマクシミリアンも行くのだと思ったのに。
 見上げると、マクシミリアンは感情の読めない顔をしたままルーナを見下ろしていた。
 あえて言葉に表すなら、なんと言うべきか言葉を探しているような、そんな顔。

「……あの、ルーナさん」

「は、はい……っ?」

 マクシミリアンが恐る恐ると言った調子で口を開く。
 何を言われるのかと、内心びくびくしながらルーナはマクシミリアンを見つめた。
 ルーナの視線に、マクシミリアンは少しだけ言葉を詰まらせる。

「この間は――……」

「ルーナ、何をしているの。僕が呼んでいるの、分からない?」

 マクシミリアンの言葉は、爽やかな声によって遮られた。
 はっと顔をあげれば、バルコニーの出入口にハイリ王子が立っていた。

「……っ、王子!」

「ルーナ、行くよ。お前は僕の専属ものだろ」

 王子はおかしなことを言う。
 専属なのはルーナだけではなく、マクシミリアンもなのに。

「ちょ、ちょっと!?」

 王子はつかつかとルーナに歩み寄ると、強引にルーナの腕を掴んだ。
 そのままバルコニーから出ていこうとする。
 
(なんなの!?)

「!?」

 さらに驚くべきなのは、王子が掴む腕とは反対のルーナの腕を、マクシミリアンが掴んだことだ。

「な、なな……っ」
 
 混乱しすぎて、もはやルーナの口からは意味をなさない言葉しか出ない。
 マクシミリアンを振り仰ぐと、彼は唇を固く引き結んでいた。

「へえ。マクシミリアン、僕に逆らう気?」

 王子があの日のように、マクシミリアンを挑発するような言葉を口にする。

「この間言ったよな。お前がルーナを好きでないなら、ルーナは僕が貰うと」

「…………」

 マクシミリアンは何も言わない。 
 決してルーナの腕から手を離さずに、ただ王子の言葉を聞いている。 

「別に恋人ってわけでもないんだろ? お前に邪魔される筋合いはないと思うけど?」

「……」

(ねえ、何か言ってよ)

 この際、好きでも嫌いでもなんでもいい。
 中途半端な態度ばかりされても困ってしまうのだ。
  はっきりして欲しい。
 
(お願いだから、無駄に気を持たせないで)

 マクシミリアンの顔を見ることが出来なくて、ルーナはぎゅっと目を瞑った。
 
「……恋人でなくても、ダメです。私がルーナさんのことを好きですから」

(…………え)

「申し訳ありませんが、たとえ殿下であってもお譲りすることは出来そうにありません」

(な……)

 マクシミリアンは、何を言っているのだろう。 
 彼の言っている言葉を、すぐに理解することが出来ない。
 ルーナはぽかんとしたままマクシミリアンを見上げてしまう。

「……へぇ」

 ルーナの腕を掴む王子の手が、わずかに緩められた。
 その隙に、マクシミリアンは自身の方へルーナを引き寄せる。
 マクシミリアンの胸に頬が当たって、ルーナはようやく我に返った。

「え、え、え……」

「ルーナさん、部屋までお送り致します」

(え、ちょ、一体何が起こっているの)

 まったく理解が追いつかない。
 マクシミリアンは王子をバルコニーに残したまま、ルーナの腕を引いていく。
 これではまるで、あの日の再来のようだ。
 告白もどきをされたときと、同じ。

 だけど、違うことが一つ。

(……好き? マクシミリアンが、私を?)
 
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