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第3章*パーティーと気持ちの行方

30・マクシミリアンルートのイベントをください(切実)

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 ルーナがその話を聞いたのは、マクシミリアンに『二人の時は敬語を使わなくてもいい』と言われた夜から二日後のことだった。

「え? 王子主催のパーティー……?」

 使用人控え室で朝の打ち合わせ中。
 突然のマクシミリアンの言葉に、ルーナは思わず聞き返してしまった。マクシミリアンは静かに頷いた。

「ええ、開催する予定です。しばらく仕事が増えるということを、貴女にもお伝えしておこうと思いまして」

(これは、まずい)

 マクシミリアンの言葉さえ、ルーナの耳を右から左へ抜けていく。
 王子主催のパーティーなど、とんでもない。 
 なぜならそれは、王子ルートのイベントなのだから。

(ねぇ、待ってよ待って。私、王子ルートを目指してなんかないんだけど?)

 むしろルーナが入りたいのは、今目の前で書類を片手にこちらを見ているマクシミリアンのルートなのに。 

(いやいや待て待て。まだ王子ルートに入ったと決まったわけじゃない。だってほら、他のイベントは起こしてないもん)

 本来のゲーム『MRL』では、どのキャラのルートであっても、主人公ルーナは身体を使ってのし上がろうとする。
 つまり、どのルートであっても色仕掛けをしているというわけだ。

(でも私はしてないもんね)
 
 ある意味個別ルートに入る必須条件であると思われる身体を重ねるという行為は、何故か王子ではなくマクシミリアンとしてしまった。
 それも、アステロッドのせいで。

 だが、マクシミリアンルートに入っているのかと言われれば、ルーナはそれにも首を捻らざるを得ない。
 王子ルートに似たイベントばかり発生するのに、マクシミリアンのイベントが発生してくれないのは何故だ。

(どうやったら、マクシミリアンは私を見てくれるのよ)

 今のルーナにとって、これはゲームではなく現実だと分かっている。
 それでも納得いかなかった。
 嫌われてはいなくても、異性として好かれている自信がない。

(……好きなのに)

 好きな人のルートに入れないのは何故だ。
 現実とは、かくも上手くいかない。

「ルーナさん、聞いていますか?」

「あっ! はい! 聞いています!」

 不審げなマクシミリアンの声に、ルーナははっと我に返る。
 慌てて返事をしたルーナに、マクシミリアンは少しだけ不満そうな顔をした。

(……?)

「マクシミリアン? どうかしたの? ……ですか」

(……敬語使わないのって、今更だと逆に難しい) 

 本当は「どうかしたの?」と聞くつもりだった。
 だが、どうにも勇気が出ない。
 中途半端に「ですか」と付け加えてしまって、ルーナ自身違和感を感じる。
 言われたマクシミリアンは、ルーナよりも違和感を感じているだろう。

「……敬語は使わなくてもいいと申しましたが」

 案の定、ほんの少しだけ不満そうな色を滲ませたマクシミリアンにそう言われてしまう。
 その表情が可愛く見えてしまって、ルーナは誤魔化すように苦笑した。

「はは……つい、うっかり癖で……」

「いえ、すみません。別に強制するつもりは無いのです。わがままを言って、申し訳ありません」

「えっ! いやいやいや!!」

 マクシミリアンが落ち込んだように言う。
 ルーナはマクシミリアンの言葉を否定するように慌ててぶんぶんと手を振った。

「わがままなんかじゃないですよ! むしろ仲良くなれたみたいで嬉しいです!」

 何もかもを忘れてしまうくらい、マクシミリアンの言葉ひとつに舞い上がってしまう。
 控え室に誰もいないことをいいことに、ルーナは素直に気持ちを打ち明けた。

 何を思ってマクシミリアンがそんなことを言ってきたのか、ルーナには分からない。
 だけど、マクシミリアンに「敬語を使わなくてもいい」と言って貰えたことは、どうしようもないほど嬉しい。
 まるで、気を許して貰えたような気がしてしまう。

(あ、しまった。また敬語使っちゃった)

 今世で、マクシミリアンの部下として彼に接することに慣れてしまったせいか、なかなか敬語が抜けそうにない。
 
「……っ貴女は」

 ルーナの言葉に、マクシミリアンは片手で口元を押さえて目を逸らした。
 マクシミリアンの耳が赤く染まっていることに気づいてしまい、ルーナにまで伝染うつって顔が熱くなってくる。

(そういえば私、いつからこんなにマクシミリアンの表情を読めるようになったんだろう)

 ベースが無表情だから、些細な表情の変化などわかりにくいはずなのに。
 なのに、以前よりもマクシミリアンの表情が読めるようになった気がした。
 
(もしかして、私が読めるようになったんじゃなくて)

 マクシミリアンのほうが感情豊かになったのかもしれない。
 そう思いながら、ルーナは照れているマクシミリアンを見つめ続けた。

「あまり……見ないでください」

「ご、ごめんなさい!」

 マクシミリアンは書類を机に置くと、椅子から立ち上がる。
 これは合図だ。
 専属としての仕事をはじめる、合図。

「殿下がそろそろお目覚めでしょう。行きますよ、ルーナさん」

 そう告げたマクシミリアンの頬の赤みは、既に引いていた。

(耳、まだ赤いけど)

 ほんのりとまだ朱に染っているマクシミリアンの耳に、ルーナの期待が勝手に募っていく。
 
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