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第2章*専属メイドのお仕事?

23・専属メイドへすてっぷあーっぷ(嬉しくはない)

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「あ、あの……私、専属メイドの仕事内容を知りたいんですけど……。今ご都合が良ければ教えていただきたいなって……」

 ルーナはどうにか声を絞り出して、一番聞きたいことを切り出す。
 なにより、早く話を変えないと、この部屋に漂う妙に甘酸っぱい雰囲気を破れそうにないと思った。

「具体的に、私は何をすればいいのですか?」

 あのゲームでは、実際の主人公・ルーナがしていた仕事内容など、王子のルートだと夜の相手ばかりだった(身も蓋もない)。ほか二人のルートだと、そもそも仕事の描写自体が少ない。
 きっと普通の仕事もしていたであろうに。描写されていなかっただけに違いない。
 そう感じたからこそ、ルーナはマクシミリアンに尋ねていた。
 仕事の直接的な指示は、その場の取りまとめ役……つまり今の専属メイドというルーナの立場からすれば、マクシミリアンに聞かなくてはならない。

「ああ……そうでしたね。まだ説明しておりませんでした」

 マクシミリアンは手にしていた書類を机の上に置いた。
 しばらく握って固まっていたせいか、持っていた部分に跡がついて少しよれてしまっている。

(……あの書類、重要なものじゃないといいな)

 ルーナとて、マクシミリアンの仕事の邪魔をするつもりはないのだ。

「今は別に急ぎの仕事はありませんし、説明致します。むしろ申し訳ありません、昨日は晩餐会でそれどころではなくて……」

 ルーナの異動を命じたのは国王陛下であるから、仕事の正式な説明が遅れてもマクシミリアンのせいでもなんでもない。 
 昨日は晩餐会の準備や王子の付き添いなどで、マクシミリアンは忙しかったに違いない。

「い、いえ……」

 マクシミリアンの言葉にルーナはほっとする。
 今急ぎの仕事がないのならなおのこと。
 何せ、マクシミリアンはゲーム内でも常日頃から忙しそうにしていた。
 それこそ、「このキャラいつ寝ているんだろう。過労死しないだろうか」と、プレイヤー側が無駄な心配をしてしまうくらいに。

「ありがとうございます」

 ルーナはぺこりと頭を下げた。

(そういえば……)

 ついうっかり前世のときの癖で、敬称も付けずに「マクシミリアン」と呼び捨ててしまっていたが、大丈夫なのだろうか。

 ……怒っていないだろうか。

 小さな不安がルーナの胸に生じる。
 アステロッドに嫌がらせをされていた危機的状況をヒーローのように助けられたものだから、あのときルーナはつい「マクシミリアン」と呼んでしまった。
 一度名前で呼んでしまったから、引っ込みがつかなくなってしまって今に至る。
 
(……マクシミリアンが何も言ってくれないから)

 だから、余計に困ってしまう。
 普通に考えて、上司の名前を呼び捨てなんておかしいはずなのに。
 どうして注意してくれないのだと、ルーナは逆に疑問に思う。
 
 だが、さすがに上司へ敬語は使わないとまずいだろうと中途半端に敬語を使ってしまったせいで、ルーナの違和感がさらに増す。
 タメ口か敬語かどちらかに寄せろよ、と。そんな気分になる。
 
(何も言ってこないけど……)

 それは、気にしていない、ということだろうか。

「別に……礼は必要ありません。これは上司として当然のことですから」

 そう言ったマクシミリアンの顔色は、もういつも通りだった。
 顔色も、声色も、何もかもいつも通り。
  いつも通りの……感情の読めない無表情。

(……ちょっと、残念)

 さっきの照れた顔、可愛かったのに。
 
 ルーナは前世で画面越しにマクシミリアンを見ていた時と、まったく同じ感想を抱いてしまった。

(というか、私……辞退したいって思ってたはずなのにな)

 ふと、ルーナは心の中で苦笑する。
 
 専属メイドの話を、辞退できるものなら辞退したいと、命じられてすぐの時は思っていた。
 だけど。

 根が真面目な性分は、日本とまったく違う異世界に生まれ変わろうとも変わらなかったらしい。

 自分一人がわがままを言ってこの世界の実家や周囲に迷惑をかけるくらいなら、専属メイドを引き受けた上でゲームの展開にならないように動く方が気分的にマシだ。
 
(そうよ、やってやろうじゃない)

 世界や状況の流れ、出会う人物がいかに『MRL』とそっくりそのままでも、主人公の中身が違うのだ。

 本来の『MRL』ヒロイン、ルーナは野心を持った強い女性だった。
 というか彼女はそもそも、この城にきた段階で成り上がることを目論んでいた。
 そのために、男を堕とすいろはを習得し、色仕掛けなんてお手のもの。処女なんてとっくの昔に捨てていた。

(だけど、私はそうじゃない)

 なり上がろうなんて露ほども思わないし、男を堕とす色仕掛けなんて出来やしない。
 愛梨の記憶をもつルーナが望むのは、身分不相応にのし上がっていくことではない。
 ただの、平凡な生活だ。
 
(私に野心なんかないもんね!)

 大きな望みや企みがあるとするなら、せいぜい極度に平和を望むということくらいだろう。

(こんな平凡な私がルーナヒロインなら、あんな最高に倒錯的なゲームのような展開になるわけないじゃん! なんで気づかなかったの、私!)

 昨夜の出来事は、ただ単にアステロッドがすべて悪い。あの魔法使いの気まぐれがすべての原因だ。それだけだ!
 ゲームの雰囲気にいつの間にか寄っていったとかでは決してない。

 そのはずだと、ルーナは信じたかった。
 
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