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第1章*とんでもない専属メイド初日

16・侍従長と魔法使い(マクシミリアン視点)

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「……っ、危ない!」

 傾いだルーナの体を、マクシミリアンは咄嗟に受け止めた。 
 小さなルーナの体が思いのほか熱を放っていて、マクシミリアンはぎょっとする。
 先ほど額に触れたときよりも、明らかに熱が上がっている。

「ルーナさん、大丈夫ですか……!? ルーナさん!」

 何度呼びかけても返事が返ってこない。
 マクシミリアンの腕の中で、ルーナは身動ぎをする。
 吐く息が荒く、苦しそうだ。

 マクシミリアンがどうしたものかと内心焦っていると、ふらりと人影が現れた。

「……っ貴方は」

「やあ。さっきぶりだね、侍従長殿」

 廊下の影から音もなく現れたのは、先ほど別れたばかりのアステロッドだった。  

「なにか御用ですか、アステロッド様」

 警戒心を隠さずに、マクシミリアンが尋ねる。
 アステロッドはやれやれと肩を竦めた。

「はぁ……俺って信用ないなあ。俺の友だちは殿下だけか」

「馴れ馴れしい」

「だけど、殿下は俺に優しくしてくれるよ?」

「……ちっ」

 マクシミリアンは言い返す言葉が見当たらなくて、小さく舌打ちをした。
 アステロッドの言葉は確かに事実だった。
 
 ハイリ殿下は、何故か得体の知れないこの魔法使いのことを気に入っている。

 そのことを、マクシミリアンはあまり良しとしていなかった。
 正直、この魔法使いと関わってもろくなことにはならないだろう。マクシミリアンの経験と勘が告げている。

「ルーナさんに妙な薬を飲ませたのは、貴方ですね」

 問いかけではなく確信をもって、マクシミリアンはアステロッドに言った。
 ルーナが妙な状態になったのは、アステロッドのせいにほかならないだろう。
 何故ならば、彼女はこの男と会ったあとに今のようなことになったのだから。マクシミリアンはじろりと冷たい視線を送った。
 しかし、アステロッドは意に介した素振りもなく、にこりと笑う。

「だったら?」

「中和薬を出しなさい」

 ダメもとでアステロッドに言ってみる。
 案の定、アステロッドははっと鼻で笑った。
 人を小馬鹿にしたような態度がマクシミリアンの鼻につく。

「中和薬なんて、あるわけないだろ」

「な……っ」

 アステロッドの言葉にマクシミリアンは驚きを隠せない。
 中和薬がなければどうすればいいのか。
 腕の中で苦しんでいるルーナを見捨てられるほど、マクシミリアンは冷酷な人間ではなかった。
 第一、彼女は同僚になった人間で。しかも、マクシミリアンにとって好感の持てる相手だった。

「ルーナを助ける方法はたったひとつだけ。ルーナを愛することだけだ」

「……?」

 何を言っているのか、すぐには理解ができない。
 マクシミリアンは眉をひそめる。

「彼女にキスをして、柔肌を撫でて、その可憐な花びらを開く。求めてくる彼女に、男の欲望を注ぐ」

「……っ!?」

 そこまで言われて言葉の意味を理解したマクシミリアンは、瞬時に顔を赤く染めた。
 ルーナの言っていた、媚薬の効果が切れる条件と重なる。

「俺がルーナを慰める予定だったんだから、返してくれない?」

「……それは拒否させていただきます」

 考えるまでもない。
 この男にルーナを引き渡すと、ルーナが可哀想なことになるのは目に見えていた。
 マクシミリアンは温室で、ルーナがアステロッドのことを嫌がっているのを見てしまっている。
 それよりかは、まだハイリ殿下にルーナを引き渡した方がマシだろう。
 殿下は、ルーナのことを気に入っている様子だったから。
 
「ふぅん? このままじゃルーナは、一時間と持たないけど?」

「どういうことです」

 放たれた不吉な言葉に、マクシミリアンは逃がすまいとアステロッドを睨み据えた。

「言葉通りさ。このまま放っておくと、熱に侵されて動けなくなって、そのうち死ぬ」

「……っ貴方という人は!!」

 本当にろくでもない。

 1時間しか持たない?
 それならば、殿下に引き渡すわけにもいかないではないか。
 彼は、あと2時間は晩餐会に拘束される。

「ほら、分かったなら早く俺にルーナを返して。俺だって死なせるつもりはないんだから」

「……返しません」

 はっきりと答えたマクシミリアンに、アステロッドは目を見開いた。
 アステロッドの紫の瞳が怪しく光る。

「へぇ、ルーナを殺す気? それは俺も黙ってられないんだけど?」

「違います」

 もしルーナがアステロッドに抱かれてもいいと思っているのなら、マクシミリアンが温室に入ったときに、あれほどまでに救われたような顔はしなかっただろう。
 自分を見てルーナがほっとした表情をしたことを、マクシミリアンは忘れられない。

「……その媚薬を中和する方法は、誰でもいいんですか?」

 答えてくれるか怪しいと感じながらも、マクシミリアンは静かに問うた。
 アステロッドはにやりと口元を引き上げる。
 
「ああ、誰でも。俺だろうと、殿下だろうと。……もちろん、お前でも」

 アステロッドの言葉に、マクシミリアンは少しだけルーナを抱く手に力を入れた。

「そうですか。それでは、失礼致します」

「あ、おい!」

 マクシミリアンはルーナを横抱きに抱えあげると、足早その場を後にした。
 アステロッドは声を上げるものの、追っては来ない。
 もしかしたら、すべてを察しているのかもしれない。

(彼女は、嫌がるだろうか)

 そんなことは当然だと思いながら、マクシミリアンは考える。
 
(私だって、恋人でもない女性を抱くなんて……)

 だけど、彼女のことを嫌いとは思わない。
 むしろ、きちんと自分の意思を持った、好感の持てる女性だ。 

(……これは、人命救助だ)

 他に意味なんてない。
 アステロッドに任せるわけにはいかなくて、殿下に頼むこともできない状況。
 こうなれば、自分がやるしかないのだ。

 マクシミリアンはすれ違った使用人に声をかけた。

「……申し訳ありません、ルーナさんが体調を崩したようで。少々席を外しますと、殿下にお伝え下さいますか」

 ……ギリギリ嘘ではない。

「はっ、マクシミリアン様? か、かしこまりました」

 使用人が少し訝しげな顔をしたが、マクシミリアンの腕の中にいるぐったりとしたルーナを見て納得したようだった。  
 慌てたように駆けていく使用人を見送りながら、マクシミリアンはふと思った。

 彼女は、可哀想だと。

 殿下にも、アステロッドにも気に入られ、不運極まりない。
 極めつけにこの後……。

(私のような、出会ったばかりの人間に抱かれるのだから)

 せめて、優しくしよう。
 上手くできるかは分からないけれど。
 とびきり優しく。

 マクシミリアンはルーナを抱え直した。
 
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