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第1章*とんでもない専属メイド初日
14・救いの主はまた侍従長
しおりを挟む「急にいなくなったと思ったら……。今度はアステロッド様と密会ですか」
「ち、違……っ」
密会だなんてとんでもない。
否定しようとしたルーナの声は、聞く耳を持たないマクシミリアンに遮られた。
「ハイリ殿下があなたをお探しです。戻りますよ」
マクシミリアンはつかつかと二人に近寄ると、へたり込んでいたルーナの腕を掴み、ぐいっと引っ張りあげる。
「……っぁ」
今の媚薬が効いた状態に触れられると、変に反応してしまう。
びくりと身を竦めたルーナに、マクシミリアンは訝しげな顔をした。
「……なに、妙な声をだしているんです」
「な、なんでもありません」
王子が呼んでいるらしいのもまずいが、アステロッドに妙な薬を一服盛られたということがマクシミリアンにバレることもまずい。
とにかくこの場を誤魔化さなくては。
(お願いだから気づかないで!)
「なんでもないことはないだろう、ルーナ」
(げっ!)
アステロッドが何か余計なことを言いそうだ。
これ以上温室にいても、ろくなことにならないだろう。
というか、アステロッドに関わってもろくなことにならない。
「は、早く王子のところにいきましょう、マクシミリアン!」
アステロッドが何かよからぬことを口にする前に逃げなくては。
ルーナは、強引にマクシミリアンの背を押して温室を出た。
幸い白蛇も、アステロッドも追ってこない。
庭を早足で通り抜け、マクシミリアンが室内に繋がる扉を開ける。
ようやくアステロッドから離れることが出来て、ルーナはほっと息をついた。
壁にかけられた橙色のランプが、城の廊下を優しく照らしている。
(助かった……)
「は、ぁ……」
床に敷かれた赤い絨毯を踏んで、ルーナはようやく安堵する。
だが。正直、身体が熱っぽくて動くのも辛い。
このまま王子のところ、というより晩餐会会場に戻っても大丈夫だろうか。ルーナ自身不安だ。
(適当に嘘をついて、今日はもう上がらせてもらえないかな……)
それが一番いいのではないだろうか。
「あの、マクシミリア……っ!?」
言おうとしたルーナの言葉は、マクシミリアンの名を呼びかけたところで止まった。
……マクシミリアンが、ルーナの顔を覗き込んだから。
それでなくとも好みの顔立ちなのだ。
急に近づいてくるなんて、心臓に悪いからやめてほしい。
それに、今は……。
「……大丈夫ですか? 顔が赤いですけど」
「ゃ……っ、これ、は……っ」
「瞳も潤んでいますし、熱でも?」
マクシミリアンの手が、そっとルーナの額に触れる。
「……っや……!」
媚薬のせいで、わずかな触れ合いにも過度に反応してしまった。
マクシミリアンが驚いたように、少しだけ目を見開く。
(しまった)
「これは、なんでもなくて……っ」
特製だという、アステロッドの作ったこの媚薬。最悪だ。
時間が経てば経つほど、強くなっている気がする。
ルーナは勝手に熱くなる身体を守るように抱きしめた。
マクシミリアンは、ふむと指を軽く顎に当てて考え込む素振りを見せる。
「……。会場までのあなたに、体調が悪そうな様子はありませんでした」
「……っ、は」
マクシミリアンが、ルーナの頬におもむろに触れる。
その指の感触を敏感に感じ取ってしまって、ルーナは耐えるようにぎゅっと目を瞑った。
「……何か、盛られましたね?」
「っどうして……」
(すごい! 正解!)
だけど、盛られたものがものなので知られたくはなかった。
「毒ではないでしょうね? 一応医務室に……」
(げ……っ! 医務室は勘弁して!)
「ど、毒ではないです……!」
このままでは医務室に運ばれてしまう。
病気でもないのに医者の元に運ばれるわけにはいかない。
だいたいこれは、アステロッドの媚薬のせいだ。医務室に行ったところで治るわけがない。
気遣うようなマクシミリアンの言葉を、ルーナは即座に止めた。
「では何を?」
間髪入れずにマクミリアンが尋ねてくる。
「……っ」
すぐには答えることができない。
黙ってしまったルーナを、マクシミリアンはじっと見据えた。
実直な瞳が静かに責めるように見つめてきて、ルーナは泣きたくなる。
おかしな薬を飲まされて、情緒不安定になっているのかもしれない。
「失礼」
マクシミリアンがすっと腕を伸ばして、ブラウスの上からルーナの胸を撫でた。
胸の先端はすでに痛いほど尖っていて、マクシミリアンが撫でてくるせいで服が擦れて、妙な気持ちがルーナの中に膨れ上がる。
「や、ぁ……っ」
ルーナはマクシミリアンの指から逃れようと身をよじった。
マクシミリアンはすぐにルーナから手を離す。
「……媚薬、ですか?」
「……っ!」
思わず肩を揺らしてしまう。
ルーナのその反応を、マクシミリアンは見逃さなかった。
「鎌をかけたんですが……。否定、しないんですね」
(鎌!?)
やられた。
しかし、後悔しても時すでに遅し。
「専属メイド就任早々にこれですか……。厄介なことを……」
(いや、ほんとにね!!)
初日にどれだけ事件が起こしているんだ。
こめかみを抑えて深くため息をつくマクシミリアンに、ルーナは全力で同意したい。
「誰かが触れただけで反応されては、仕事になりません。薬の効果がいつ頃切れるかは分かりますか?」
「え、えーと……」
効果がいつまで続くか、アステロッドから聞いてはいる。
だが、言いにくい。
男を受け入れるまで。すなわち誰かと性交渉をするまで効果が切れない、など。
「何を黙っているんです。早く教えなさい」
「……だから、その……」
もごもご。
口に出すのが恥ずかしくて、ルーナは口の中で呟いた。
一応ルーナにも羞恥心はあるのだ。
(恥ずかしい……!)
「はっきりと」
焦れたようにマクシミリアンが催促してくる。
(ええい! もうどうにでもなれ!)
「……誰かに、抱かれるまで……です」
半ばやけになりながら、それでも恥ずかしいから小声で。
ルーナの放った言葉に、マクシミリアンが目を丸くした。
遅れて意味を理解したのか、マクシミリアンの顔が瞬時に赤く染まる。
「な、何を言っているのですかあなたは! はしたない!」
「そんなこと言われても、事実なんですから、ぁ……!」
あんまり声を出させないで欲しい。
自分の声が響くのですら、今のルーナには刺激につながってしまう。
ふるりと震えるルーナから、マクシミリアンはさっと視線を逸らした。
「が、我慢なさい」
「……」
(なんか無茶なこと言われてない?)
だが、同時に安心する。
ここは大人向け乙女ゲームの世界だ。
こんなシチュエーション、すぐにでも手を出されてもおかしくないというのに(事実アステロッドは危なかった)、マクシミリアンは普通の感性を持っている。
恋人でもなんでもない、専属になったばかりのメイドを襲おうとした王子様とは大違いだ!
「もしくは……殿下に慰めて貰うのが1番早いのでは?」
(やっぱ普通じゃないわ)
その選択肢を普通に上げてくるあたり、マクシミリアンも普通じゃなかった。
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