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 身の回りを快適に改造したエリスは、一旦街に戻った。

 鍋などの台所用品や寝具などの家具を買い揃える為である。一通り買い終えた品を全てストレージに収納すると、その足でこの街の町長を訪ねた。

 50代くらいの誠実そうな印象の町長は、いきなり訪れたエリスに嫌な顔一つせず応対してくれた。この人は信用出来そうだと判断したエリスは、自分が子爵令嬢であること、結婚したのにクズ夫が屋敷の中に入る前に追い出したということを事細かに全て伝えた。

 最初、驚いていた町長は、話が進むにつれ次第に怒りを顔に浮かべた。

「そうですか、そんなことが...あの豚はどこまで腐っているんでしょうかね...辺境伯夫人にもご迷惑をお掛けして大変申し訳ありません...この地に住む者として心よりお詫び申し上げます...」

「頭を上げて下さい。町長さんが頭を下げる謂れはありません。悪いのはあのクズなんですから」

「そう言って頂けますと救われます...」

「それよりも確認したいのは、この現状を国に訴えましたか? 税金は有り得ない高さに設定し、ツケも払わす飲み食いする、気に入った娘を誘拐同然に屋敷に連れ去るなどなど、どれを取っても許されざる暴挙ですが?」

「もちろんです。町民の訴えを纏めて国に送り、何とかして欲しいと懇願しました。ですが...」

「黙殺されたと?」

「仰る通りです...国にとっては我々僻地の住民がどうなろうと知ったことじゃないんでしょうね...」

 そう言って町長は自嘲したように、あるいは諦めたように、苦笑した。

「やはりそうでしたか。そんなことだと思ってました」

 そこでエリスは出された紅茶を一口飲み、町長に改めて向き直る。

「町長さん、私の実家は子爵家ですが、国にもある程度口が利きます。ここの現状を手紙で伝えましたから、今度は国も動くはずてす」

「本当ですか!?」

 町長が身を乗り出す。

「えぇ、ただし、ここは王都から遠いですから、私の実家が国を動かして、実際に役人がやって来るまでには、最短でも二ヶ月は掛かることでしょう。その間、あのクズを野放しにしておくのは私が耐えられません。なので少し懲らしめてやることにしました。町長さんにも協力をお願いしたいのですが如何でしょうか?」

「私に出来ることならなんでも協力させて頂きます」

 良し、言質を取った。エリスは内心でほくそ笑んだ。

「ではまず、あのクズの屋敷で異変が起こっていることをご存知ですか?」

「えぇ、なんでもタチの悪い病気に罹ったとかなんとか噂で聞きましたが」

「あれは病気じゃありません。『ツツガノムシ』というダニの一種によるものです。このダニに噛まれると耐え難い痒みに襲われます。恐らく屋敷中の人間が苦しんでいることでしょう」

「そんなことが...いやしかし、どうして辺境伯夫人がそのことをご存知なのですか?」

「エリスでいいですよ。私が屋敷に忍び込んでバラ撒いたからです」

 町長はビックリして腰を浮かしかけた。

「落ち着いて下さい。特効薬も予防薬もありますから、この街の人達に広がる恐れは無いですよ」

 それを聞いて町長は安心したように腰を下ろした。

「それでお願いというのはですね、そろそろ屋敷に仕える使用人達が逃げ出す頃だと思うんですよ。その人達が街に助けを求めて来たら、街に入れる前にこれを」

 あれから三日経った。そろそろ限界を迎える者が出るだろう。エリスはスプレータイプの噴霧器を出した。

「これは?」

「殺虫剤です。服を脱がせて裸にしてから全身に吹き掛けて下さい。後、着ていた服は焼却して下さい」

「なるほど...分かりました。警備員に伝えておきましょう」

「それとこれは痒み止めです。街に入れた後に飲ませて下さい」

 エリスは錠剤を取り出した。

「了解しました。しかしここまで親切にしてやる必要ありますかね?」

「まぁ、クズを懲らしめる一環に巻き込んでしまった負い目がほんの少しありますし、元々は街で暮らしていた人達なんですよね? あんまり虐めるのもどうかと思って」

「いいえ、今あの屋敷に仕えているのは、ほとんどが他の土地から来た者達です。先代様の時代から仕えているのは家令くらいのものです。あのクズは使用人のほとんどをクビにして、自分に都合の良い者ばかりを金で集めていましたから」

「まぁ、それじゃあ助けなくてもいいですかね?」

 そう言ってエリスは怪しく微笑んだ。

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