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 エリスの実家であるカートライト子爵家は、武に長けた一族である。

 その昔、他国との戦争で武勲を上げた先祖が、時の国王から爵位を授けられた所から歴史が始まる。領地は肥沃な大地に恵まれ、農耕が盛んで、近年は気候にも恵まれ豊作続きで、子爵家としては裕福な財産を築き上げることが出来た。ヘタな伯爵家よりも財産は上だろう。

 エリスはそんな家に末っ子として生を享けた。上の二人は兄だったので、初めて産まれた女の子を両親は溺愛した。少々お転婆な所もあったが、そんな所も可愛いと直されることもなかった。

 すくすくと成長したエリスは、その血筋故かドレスよりも乗馬服を、刺繍よりも剣を、お茶会よりも魔獣狩りを好むようになった。とんだ山猿令嬢だが、それでも両親や二人の兄は変わらず優しく見守っていた。


 そんなエリスも15歳になり、デビュタントを迎える頃になると、さすがに両親もエリスに淑女教育を施すようになった。嫌々ながらもエリスは淑女らしく振る舞い始めた

 日に焼けて真っ黒だった肌が淑女らしく白い肌に生まれ変わった頃、エリスは貴族子息達から熱い目を向けられるようになる。艶やかな黒い髪につぶらな碧い瞳、儚げで守ってあげたくなるような整った容姿、そして何よりドレスから溢れんばかりにたわわに実った豊かな胸、男の目を釘付けにするには十分だった。

 当然、我先にとばかりに若い貴族子息達から言い寄られるが、外見は変わってもエリスの本質は変わらず、恋愛よりも野山を駆け回りたい気持ちの方が強かったので、丁寧にお断りしていた。胸ばかりジロジロ見られるのが耐え難かったというのもあった。男の欲望丸出しの視線には嫌悪しか感じなかった。


 そんなある日、事件が起こった。とある夜会にて以前、エリスに言い寄ってすげなく断られたことを根に持ったある若い伯爵子息が、酔った勢いで再びエリスに言い寄った。またも断られると腹を立てたその男は、エリスの手を強引に引いて暗がりに引き込み、そこで無理矢理力づくで事に及ぼうとした。

 エリスは当然の如く男を返り討ちにして無事だったが、場所が悪かった。男に抵抗した際、ドレスを破られたのもマズかった。夜会の他の参加者にその姿を見られてしまい、噂は瞬く間に広がってしまった。

 何もされなかったと主張しても誰も聞いてくれなかった。それまで散々エリスに言い寄っていた男達は、フラれた腹いせか、手の平を返すようにある事無い事を吹聴して回った。

 曰く「娼婦のような格好で自分から男を誘った」だの「清純そうに見えて実は男好きな淫売だ」果ては「街で男を金で買っている所を見た」なんていう、あり得ない噂話まであった。

 ホトホト嫌気が差したエリスは、領地に引きこもることにした。ここまで瑕疵が付いた自分にまともな縁談は来ないだろう。両親や兄達はエリスのことを信じてくれて「一生お嫁に行かなくていいよ」と言ってくれた。嬉しくて涙が出た。そんな時だった。

「私に縁談ですか?」

「あぁ、辺境伯家からの打診だ。もっとも向こうさんが欲しいのは、ウチの金だろうがな」

 父親が苦々し気に呟く。

「でも断れないんですよね?」

「いや、お前が嫌ならたとえ辺境伯でも断ってみせるぞ? 我が家の評判は知ってるだろう?」

 確かに我が家は王家からの覚えはめでたいが、なんだかんだ言っても相手は辺境伯家だ。所詮は子爵家であるウチが断るのは結構大変だろう。エリスは両親にあまり無理をさせたくなかった。

「お受けします」

「いいのか? 無理してないか?」

「大丈夫です。無理はしてません。それに辺境の地に興味があります。一度行ってみたいと思ってたんです」

「済まんな...エリス、嫌になったらいつでも帰って来ていいんだからな?」

「ありがとうございます、お父様」

 こうしてエリスは辺境伯マルクの元へ嫁ぐことになった。

 まさかあんな仕打ちを受けることになるなんて思いもしないまま...
 

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