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第11話 第三者視点 精霊王の祠 その1

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 アルベルトは苛立っていた。


 肝試しの実行委員という立場を利用して、ミナとペアを組もうと画策していたのに、同じ実行委員である婚約者のシャロンに阻まれたからだ。

 シャロン曰く「私だって我慢しているのにアルベルト様だけ抜け駆けなんて許しませんわ」とのこと。抜け駆けしてるのはどっちだ! と叫びたいがグッと堪える。

 そもそもこの旅行中、ミナとはほとんど絡めなかった。王族という立場上、こういった催し物があった場合は、何かと責任のある役割を押し付けられる。今回の実行委員もまた然り。オマケに男と女という違いもあり、シャロンのように大胆なスキンシップも出来ない。

 要するににミナ成分が足りないのだ。昼間の様子も気になるし、なんとかミナと接触したいと思ってたんだが...堂々と接触しているシャロンが羨ましくて仕方無い。

 しかもよりによってシルベスターがミナとペアになるなんて...昼間、あの怯えきったミナの姿を見た時には怒りが湧いた。ミナは必死に否定していたが、アルベルトはまだ疑っている。なにせシルベスターには前科があるのだから。

 次に何かあったら今度こそ容赦しない! アルベルトが力を込めていると、何やら前方が騒がしくなった。なんだろう? アルベルトが訝しんでいると、つい先程ミナと出発したはずのシルベスターが慌てた様子で戻って来てこう叫んだ。

「たたた大変ですっ! み。ミナがミナがミナがぁぁぁっ!」

 アルベルトは急いで駆け寄るとシルベスターの胸倉を掴み叫んだ。

「ミナに何があったっ!?」


◇◇◇


 ミナは悪夢に魘されていた。


 それは前世の最後の記憶。小学校の校門。いつもの朝の光景。「先生、おはようございます」と挨拶する子供達に「おはよう」と応える。穏やかな一齣。何も変わらない日常。

 そこへ...挙動のおかしいトラックが走って来る。右に左に蛇行しながら。運転席を見ると運転手が居眠りしている。

 危ないっ! そう叫んでミナはトラックの前に飛び出そうとする。子供達を助けなきゃ! だが足は地面に張り付いたように動かない。

 なんでっ!? トラックが子供達に迫る。動けっ! 動けってばっ! なんで動かないの!? トラックが更に迫る。子供達を助けるんだっ! お願い動いてっ! なんで動いてくれないのよぉ! そしてついにトラックが子供達を...


「イャァァァッーーー!!!」


 そこで目が覚めた。全身が脂汗塗れになってガタガタと震えている。怖い、怖くて堪らない。誰か、誰か助けて。お願い、お願いだから...

 目覚めたばかりの意識が少しずつ覚醒してくる。

「ここは...どこ?...」

 真っ暗で何も見えない。どうやら自分は冷たい石畳のような物の上に寝ているようだが、自分の姿さえ確認出来ない。

 手は動く、足も動く。ゆっくりと起き上がる。少しずつ目が慣れてくる。

「ここは...洞窟?」

 ぼんやりとだが、剥き出しの岩肌が見える。どのくらいの広さがあるのか分からないが、狭苦しさは感じない。息苦しさも感じないので少し落ち着いて考える。

「なんでこんな所に? 確か肝試しをしてたはず...そうだ! シルベスターは?」

 周りを見渡すがシルベスターの姿はどこにも見えない。途方に暮れていると、前方に赤い光が薄らと見えた。なんだろう? と目を凝らして見ると、その赤い光が人の顔を取り始める。

「ひぃぃっ!」

 思わず悲鳴が漏れる。吊り上がった赤い目に、裂けたように広がる赤い口元。闇の中に浮かび上がるそれは、言い知れぬ恐怖を与える存在。

 悪魔!? 頭に真っ先に浮かんだのはそれだった。その赤い口元が歪み、

「目覚めたか」

 それは声というより頭の中に直接響いてくるような感覚だった。

「...ここはどこなの? アンタ誰よ?」

「我は闇を司る精霊プルートー。ここはあの世とこの世の狭間、煉獄と呼ばれる所よ」

 それを聞いた瞬間、ミナの頭の中で全てが繋がった。ゲームの中で『煉獄の王』は1000年前に封印された邪悪なる者という設定だった。闇の精霊が『煉獄の王』の正体ということか。

「...それで? その闇の精霊が私に何の用なの?」

「なに簡単なことよ。我の復活までまだしばし時間が掛かる。邪魔をする者がおるのでな。それまで我の眷族を一人でも多く増やそうと思っておる。喜べ、貴様を我の眷族に加えてやろう」

「お断りよ! 誰がアンタみたいな得体の知れない者の眷族になんかなるもんですか! 大体、なんで私なのよ!」

「我の声が聞こえておったであろう? 2つの魂を持つ珍しい娘よ」

「あ、あれはアンタがっ!?」

「我の存在を知覚出来る者を探しておったのだ」

 ミナはこの地に来てから度々感じていた不調の原因はこれか、と確信した。それと2つの魂を持つ者とプルートーは言った。ミナが転生者であることに気付いている。底知れぬ恐怖を感じた。

「とにかくお断りよっ! ここから出してよっ! 元の場所に戻してっ!」

 皆きっと心配してる。特にシルベスターは責任を感じてるはず。一刻も早く戻らないと。ミナはプルートーを睨み付ける。

「なあに、心配いらんよ。心が壊れてしまえば戻りたいなどと思うこともなくなるでな」

「...それ、どういう意味よ?」

「悪魔を見たじゃろう? あれは貴様が一番見たくないものを見せておったのだ」

「あれもアンタがっ!?」

「貴様は何度目で心が壊れるか楽しみじゃの」

 ミナは戦慄した。あの悪夢をもう一度? それも何度も? 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だぁ! もう二度と見たくないっ!

「では夢の世界へ」
 
「イャァァァッーーー!!!」

 ミナの絶叫と共に再び闇が全てを呑み込んで行った。


◇◇◇


「ここかっ? ここでミナが居なくなったのかっ?」

 アルベルト達はシルベスターの案内でミナの消えた場所に急行した。アルベルトが得意の火魔法で辺りを照らす。

「は、はいっ! ここで急にミナの足元から濃い闇が広がって来たと思ったら、あっという間にミナの姿が消えて....」

 シルベスターの説明は最後の方が尻窄みになった。

「殿下っ! カンテラが落ちてます。ここで何かあったのは間違い無いようです」

 エリオットが苦し気に言う。ミナの身に危険が迫ってるかと思うと気が気ではない。

「アルッ! 何か変よ! この辺りに空間の捻れみたいなものを感じるわっ!」

 シャロンが叫ぶ。風魔法が得意な彼女は空間認知能力に長けている。ちなみにアルベルトを無意識に愛称呼びしていることには気付いてない。

「本当かっ? シャロン、それを辿れるか?」

「ちょっと待って...あっちよ!」

 すかさずアルベルトが火球を空に打ち上げ、照明弾のように辺りを照らす。シャロンの指差した方にあるのは湖。その更に先の方にあるのは...

「浮島? シャロン、あそこで間違いないか?」

「えぇっ! 間違いないわっ! 空間の捻れはあの浮島に向かってるっ!」

 アルベルトは辺りを見回す。残念なことにボート乗り場はちょうど湖の対岸だ。ここから湖を周り込んで行ったら相当時間が掛かる。どうするか...

「任せて下さいっ!」

 するとエリオットが湖の岸辺に近付き、得意の水魔法を展開する。

『アイスロード』

 瞬く間に湖の水が凍りつき、浮島まで一本の氷の道が湖の上に出現した。

「あまり長くは持ちませんっ! 急いで渡りましょう! 滑り易いから気を付けて!」

「それならこれでっ!」

『グランドステップ』

 今度はシルベスターがエリオットの魔法の上に重ね掛けする。土魔法で氷の上に土を敷く。

「よし、行くぞっ!」

 アルベルトの号令の元、四人は浮島に向かって走り出した。

 必ずミナを助ける! その思いを胸に。


 
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