49 / 51
第2章 聖女と聖獣
第49話 掃討2
しおりを挟む
エルヴインは目前に広がる敵兵の布陣を睨み付けていた。
そう『敵』なのだ。つい先程、正式にルーフェン国より宣戦布告が成された。そうなるのは時間の問題で、最早避けるべき道など無かったのだが、それでも歯痒さは残る。
奥歯を噛み締めて耐え敵の動向を注視する。数の上ではほぼ互角。こちらの増援はまだ到着していないが、それは敵も同じだった。
数が同数である以上、砦に籠る我々の方が有利になる。敵がこの砦を落とそうとするなら我々の倍以上の戦力が必要となるはずであり、数が揃う前に敵が攻撃してくるのであれば、こちらは籠城に徹していれば良い。
耐えていれば恐らく明日にはこちらの増援が到着するだろう。そうすれば一気に敵を押し返す事も、逆にこちらから打って出る事も可能になるだろう。大丈夫、これで問題無いはずだ。
そう思っていた。
哨戒兵が慌てふためいて報告に来るまでは...
「ほ、報告します。て、敵の増援一個師団が、ま、間も無く到着するとの事ですっ!」
...どうやらこちらの考えはお見通しらしい。
エルヴインは臍を噛む思いで自分の考えた見通しが甘かった事を悔やんだ。知らず自らの胸元に下がるロケットペンダントを握り締める。そこには愛する妻と産まれたばかりの息子の姿絵が収められていた。
(アリス、レオ、俺はここまでかも知れん。だが心配するな。お前達を守る為に一人でも多く敵を屠ってやる! 死んでも奴らを通さん!)
この砦を落とされる訳にはいかない。味方の到着まで文字通り死守しなければならない。エルヴインが悲壮な決意を固めたその時、上空を何かが通過して行った。
「へっ!?」
思わず間の抜けた声が漏れる。見上げた先には黒い竜の巨体があった。そしてその背中に乗っているのは、
「あれはリシャール!? それに聖女様!?」
目の前の光景に頭の理解が追い付かず呆然としていると、敵兵が慌てて撤退して行くのが見えた。逃げて行く敵を追い掛けるように飛び回る竜の姿も。その背中で弟が何故か高笑いしてるような姿も。その隣で聖女様が呆れたようにしている姿も。
「一体、何が起こっているんだ!?」
エルヴインの問いに答えてくれる者は誰も居なかった。
◇◇◇
「あっははは~! ほ~ら早く逃げないと食~べちゃうぞ~!」
「...リシャール、もういい加減止めようぜ~」
「あっははは~! ほ~ら見てご覧、セイラ。敵兵がゴミのようだよ~!」
ダメだこりゃ! どっかの空に浮かぶ城の悪役みたいになってる。過ぎた力を与えるとこうなっちゃうのか...人は地に足を付けないと生きていけないっていうのに...
諦観したセイラがふと後ろを振り返ると、砦の櫓の上に男の人が立っているのが見えた。良く見るとリシャールにどことなく似ている気がする。その男性はこちらに向かって何か叫んでいるようだ。
「リシャール、リシャール」
「あっはははっ!? ん? どうしたセイラ?」
セイラは黙って後ろを指差す。振り返ったリシャールは叫んでいる兄の姿を見て、いっぺんに酔いが醒め、やり過ぎたかも知れないと冷や汗を流した。
「せ、セイラ、そ、そろそろ戻ろうか...」
「さっきからそう言ってたが?」
セイラから氷点下の眼差しを向けられ、リシャールは恐縮するしかない。
「すいません...」
櫓に近付くに連れ、エルヴインの怒号が段々と聞こえて来る。
「リシャールっ! これは一体どういう事だっ!」
「あ、兄上、え、え~と、これはですね...」
クロウの背中で土下座しながら必死になって説明しているリシャールと、櫓の上に仁王立ちしているエルヴインを見ながらセイラは、一旦地面に降りた方がいいんじゃね? って他人事のように思っていた。
そう『敵』なのだ。つい先程、正式にルーフェン国より宣戦布告が成された。そうなるのは時間の問題で、最早避けるべき道など無かったのだが、それでも歯痒さは残る。
奥歯を噛み締めて耐え敵の動向を注視する。数の上ではほぼ互角。こちらの増援はまだ到着していないが、それは敵も同じだった。
数が同数である以上、砦に籠る我々の方が有利になる。敵がこの砦を落とそうとするなら我々の倍以上の戦力が必要となるはずであり、数が揃う前に敵が攻撃してくるのであれば、こちらは籠城に徹していれば良い。
耐えていれば恐らく明日にはこちらの増援が到着するだろう。そうすれば一気に敵を押し返す事も、逆にこちらから打って出る事も可能になるだろう。大丈夫、これで問題無いはずだ。
そう思っていた。
哨戒兵が慌てふためいて報告に来るまでは...
「ほ、報告します。て、敵の増援一個師団が、ま、間も無く到着するとの事ですっ!」
...どうやらこちらの考えはお見通しらしい。
エルヴインは臍を噛む思いで自分の考えた見通しが甘かった事を悔やんだ。知らず自らの胸元に下がるロケットペンダントを握り締める。そこには愛する妻と産まれたばかりの息子の姿絵が収められていた。
(アリス、レオ、俺はここまでかも知れん。だが心配するな。お前達を守る為に一人でも多く敵を屠ってやる! 死んでも奴らを通さん!)
この砦を落とされる訳にはいかない。味方の到着まで文字通り死守しなければならない。エルヴインが悲壮な決意を固めたその時、上空を何かが通過して行った。
「へっ!?」
思わず間の抜けた声が漏れる。見上げた先には黒い竜の巨体があった。そしてその背中に乗っているのは、
「あれはリシャール!? それに聖女様!?」
目の前の光景に頭の理解が追い付かず呆然としていると、敵兵が慌てて撤退して行くのが見えた。逃げて行く敵を追い掛けるように飛び回る竜の姿も。その背中で弟が何故か高笑いしてるような姿も。その隣で聖女様が呆れたようにしている姿も。
「一体、何が起こっているんだ!?」
エルヴインの問いに答えてくれる者は誰も居なかった。
◇◇◇
「あっははは~! ほ~ら早く逃げないと食~べちゃうぞ~!」
「...リシャール、もういい加減止めようぜ~」
「あっははは~! ほ~ら見てご覧、セイラ。敵兵がゴミのようだよ~!」
ダメだこりゃ! どっかの空に浮かぶ城の悪役みたいになってる。過ぎた力を与えるとこうなっちゃうのか...人は地に足を付けないと生きていけないっていうのに...
諦観したセイラがふと後ろを振り返ると、砦の櫓の上に男の人が立っているのが見えた。良く見るとリシャールにどことなく似ている気がする。その男性はこちらに向かって何か叫んでいるようだ。
「リシャール、リシャール」
「あっはははっ!? ん? どうしたセイラ?」
セイラは黙って後ろを指差す。振り返ったリシャールは叫んでいる兄の姿を見て、いっぺんに酔いが醒め、やり過ぎたかも知れないと冷や汗を流した。
「せ、セイラ、そ、そろそろ戻ろうか...」
「さっきからそう言ってたが?」
セイラから氷点下の眼差しを向けられ、リシャールは恐縮するしかない。
「すいません...」
櫓に近付くに連れ、エルヴインの怒号が段々と聞こえて来る。
「リシャールっ! これは一体どういう事だっ!」
「あ、兄上、え、え~と、これはですね...」
クロウの背中で土下座しながら必死になって説明しているリシャールと、櫓の上に仁王立ちしているエルヴインを見ながらセイラは、一旦地面に降りた方がいいんじゃね? って他人事のように思っていた。
0
お気に入りに追加
294
あなたにおすすめの小説
島アルビノの恋
藤森馨髏 (ふじもりけいろ)
恋愛
「あのなメガンサ。ライラお兄ちゃんを嫁入り先まで連れていくのはワガママだ。だいたい実の兄貴でもないのに何でそんなに引っ付いているんだ。離れろ、離れろ。ライラにも嫁が必要なんだぞ」
「嫌だ。ライラは私のものだ。何処でも一緒だ。死ぬまで一緒だ」
「お前に本気で好きな人ができたらライラは眼中になくなるさ」
「僕はメガンサのものだよ。何処でも行くよ」
此の作品は、自作作品『毒舌アルビノとカナンデラ・ザカリーの事件簿』の沖縄版二次作品です。是非、元作品と共にお楽しみくださいね。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
もう悪役令嬢じゃないんで、婚約破棄してください!
猫の恋唄
恋愛
目が覚めたら、冷酷無情の悪役令嬢だった。
しかも舞台は、主人公が異世界から来た少女って設定の乙女ゲーム。彼女は、この国の王太子殿下と結ばれてハッピーエンドになるはず。
て、ことは。
このままじゃ……現在婚約者のアタシは、破棄されて国外追放になる、ということ。
普通なら焦るし、困るだろう。
けど、アタシには願ったり叶ったりだった。
だって、そもそも……好きな人は、王太子殿下じゃないもの。
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
攻略対象の王子様は放置されました
白生荼汰
恋愛
……前回と違う。
お茶会で公爵令嬢の不在に、前回と前世を思い出した王子様。
今回の公爵令嬢は、どうも婚約を避けたい様子だ。
小説家になろうにも投稿してます。
【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?
雨宮羽那
恋愛
元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。
◇◇◇◇
名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。
自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。
運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!
なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!?
◇◇◇◇
お気に入り登録、エールありがとうございます♡
※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。
※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。
※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる