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第一章:面影

第六話:抱きしめたい

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 ザ――――……………………

 出しっぱなしのシャワーの蒸気が、脱衣所をおおいい尽くしていた。まるで、霧の中にでも迷い込んでしまったみたいだ。鏡はとうに、何も映さなくなっており、タイルの床には、どんどん水滴すいてきの丸いつぶが浮かび上がってくる。

「どうして、!」

 そう叫んだ望月もちづきリクは、半井なからいゼンジの首へしがみつくようにして唇を奪っていった。熱い舌が絡みついてくる。

 ゼンジは目の前で起きている出来事に、理解がまるで追いついていなかった。予兆を感じ取ってはいたが、あまりにも突然の出来事過ぎた。ただひたすらに狼狽うろたえて、愕然がくぜんとするしかなかった。力なく尻もちをつくような形で、座り込んでしまっている。

 そうしている間にもリクの舌は容赦なく、ゼンジの口腔こうくうを愛撫し続けた。呆然を開かれたままの口の中を、リクの熱い舌がい回る。吸い付いた唇が、クチュクチュとイヤらしい音を立て始めた。

「………………やっ……やめ……」

 どうにかして後ずさろうとするゼンジを、絶対に逃さないという強い意志を感じさせるリクの白い腕。舌はチロチロと上顎うわあごをなぞり始めていた。ザラリとした感触が、上顎うわあご突起とっき執拗しつように撫でてゆく。
 
 その度にヘタリこんでしまっているゼンジ身体が、ビクッと正直な反応をする。ゾクゾクとする感覚に腕の力が抜けてしまいそうだった。

 チュッ
 クチュチュッ

 ものすごい熱だ。
 何もかもが、熱い。

 リクはゼンジの舌を吸い込むと、まるで下半身を愛するかのように唇で吸い始めた。お互いの舌がもつれて絡み合う。踊り場での出来事が脳裏をよぎり、火花のような快感がまたたいてゆく。ゼンジは、おぼれて息が出来なくなりそうな感覚に囚われていた。

 助けてくれ。このままじゃ俺は……自分を止められなくなる。
 してしまう。

「………………ダメだ……」

 筋肉質の腕が頼りなく、リクの身体を押しのけようとする。
 
 瞬間、バランスを崩してしまったゼンジは、リクに押し倒されてしまった。手首を抑えている白くて細い指には、更に力がこめられていた。その力はある種の悲痛な叫びであった。それが分かるから、ゼンジも本気で振り払う事が出来ないでいた。

「行かないで」

 リクの今にも泣き出しそうな声がした。

 二人の唇が一瞬だけ離れ、目と目が合う。

 涙を浮かべたリクの左目には、ゼンジの顔が写っていた。
 同じようにゼンジの切れ長の黒い瞳にも、リクの姿が写っているのだろう。


 ザ――――……………………というシャワーの音だけが、その空間を支配していた。


 ゼンジは、吹っ飛びそうな理性をこらえるので精一杯だった。美しくも痛々しいリクの顔が近づいて来た時、ゼンジは反射的に顔を横にそむけた。

「一人にしないで」

 悲しい心の叫びを再び聞いた気がした。リクの顔が近づいて来るのを、どうやっても拒絶出来ない。

 ヌチュッ

「…………!」

 リクは、ゼンジの耳を愛撫し始めていた。薄い唇がその耳をおおい、舌が耳孔じこうを上下する。ねじ込まれては、抜けてゆく舌。その度に淫猥いんわいな音が、鼓膜をじかに刺激してくる。唾液が穴を伝ってくる感触。うねるような快感が、大波となって襲いかかってくる。

 飲み込まれる。
 俺は……溺れてしまう。

 クチュッ
 ヌチッ、チュッ

「……………………ッンンッ……」

 ゼンジはついに声を漏らしてしまった。身体はとっくに限界だった。下半身が、痛みを感じるほどにれ上がってしまっている。

 ほんの少しでも触れられたら、俺は果ててしまうだろう。果てたが最後、俺はきっと自分の欲情を望月もちづきへぶつけ続ける、獣に成り下がってしまうに違いない。

 ダメだ。もう、もうダメだ。
 理性が…………

「………………ん……せい」

 耳をねぶりながら、リクがささやいていた。熱い吐息を吐きかけられ、ツンとくるような震えを覚える。ゼンジはゆっくりとリクの腕を押しやると、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 再び、目が合う。

 その瞬間、眼帯が外れてはらりと落ちてきた。
 
 なんなら黒味さえ帯びている、紫色をした右目のあざれ上がったその目からは、涙がポロポロとこぼれていた。

「…………先生……どうして、居なくなっちゃったの?」

 辛うじてそれだけ言うと、もうこれっぽっちの力も残っていなかったリクは、ゼンジの胸に倒れ込んで気を失ってしまった。




 ◆




 半井なからいゼンジは望月もちづきリクの身体をそっと抱き抱えると、ゆっくりと部屋に向かっていった。

 ベッドにリクを下ろし座らせる。ゼンジは自分の弟にでもするかのように、シャツを脱がせてやると、洗面所から持ってきたバスタオルでポフポフと拭いた。ビタビタに濡れた靴下も脱がせ、包むようにして拭いてやる。リクは意識を失ったままで、倒れ込まないようゼンジが支え続けていた。

 フッと意識を取り戻したリクは、周囲を見渡すと不思議な気持ちでその様子を眺めていた。

 なんで半井なからいがこんな所にいるんだ。
 俺は、何をしようとした?
 ハァハァ言ってる自分の呼吸にすら、いつからこうなっていたのかの記憶がない。

「ズボンは、自分で脱いで拭いて」

 そう言うと、ゼンジは立ち上がって部屋を出ていってしまった。ザ――――……………………という音が、浴室から聞こえてくる。

「ああ……」

 リクはそこでようやく、欠け落ちた記憶の答え合わせをすることが出来た。ところどころ、飛んだままだけれども。

 シャワーを浴びようとして、転んでしまったんだった。そこに半井なからいが来たんだ。

 シャワーの音が止む。バタンと扉を閉める音がして、部屋に近づいてきた足音は、そのまま台所の方へと行ってしまった。ズボンを脱ぎ捨て全裸になったリクは、カチカチになっている自分の下腹部を見て、ゼンジにセックスを迫った事を思い出した。

 なんでアイツは俺とヤらなかったんだ。
 俺の身体がそんなに気に入らないのかよ。
 
 理不尽極まりない怒りがこみ上げてくる。けれども今のリクには、それが理不尽であると理解するだけの余裕がなかった。

 身体が、熱くて仕方がない。

 痛い、熱い
 熱い、痛い

 リクはベッドに横たわり、熱くなりすぎた下腹部に手をやると、わざと乱暴にしごき始めた。何もかもがズキズキとして痛い。ヒリヒリするような熱さで、もうどうにかなってしまいそうだった。眉間にシワを寄せながら一心不乱にこすっていると、聞き慣れた声がした。

「薬だけ……飲んでからにしろ」

 ゼンジは洗面器とコンビニの袋を抱えながら、リクを見下ろしていた。

 ゼンジに言われても、リクは行為を止めなかった。先端をいじりながら、あふれてくる液体を指で絡ませる。

「俺……ハァ……男が好きなんだ」

 半井なからいは何も言わない。
 こうなったのは当然だろ?俺とヤらなかったお前が悪いんだ。
 
 持ってきた物を下ろし、その場に座り込んでうつむいてしまったゼンジを見ていたリクは、今度は言いようのない不安に駆られていた。

「あれ?……ハァ……半井なからい知ってたっけ?えへえ……何でだろ」

 自分でも、支離滅裂な事を言ってると思う。俺がゲイだとかそうじゃないとかは、今は全く関係のない話だ。多分。
 
 ただ、俺が望んだ事をしなかった。
 俺、知ってるんだ。お前が毎朝、俺の事をコッソリ見てるの。

 なのに、どうして逃げた。

 半井なからいだってあの時、めちゃくちゃに興奮してたじゃないか。射精した後だって、しばらく収まってなかったじゃないか。
 
 俺はお前みたいな男が大嫌いだよ、半井なからい
 この期に及んで、まだ偽善者ぶろうとしている。
 
 リクはタラタラとあふれる液体を見ながら、上唇うわくちびるを舐めた。アイツはでくの坊みたいに座り込んだままだ。

 しばらくして立ち上がって動き出す気配を感じたリクは、泣き叫びたい衝動に駆られていた。もう、滅茶苦茶だ。

 また、逃げるんだろ。どうせ。
 俺を一人にするんだ。

 ゼンジはリクを一人にはしなかった。
 代わりに唇を重ねた。




 ゼンジの吐息と一緒に、冷えたスポーツドリンクが喉を流れていった。薬のようなものを飲み込んだ時、ようやく少し冷静になったリクは「解熱剤げねつざい……」と思っていた。

 それから何往復しただろう。幾度いくどとなく口にスポーツドリンクを含んだゼンジは、いつくしむようにリクを抱き寄せると、唇を重ねて優しく飲ませてやる。

「ハァ……弟にも……こんな事してんの?」
「しない」

 リクの唇を塞ぐ。
 下腹部から離そうとしなかった手は、いつの間にかゼンジの首元に絡みついていた。

 リクはまるで、保護者を求める子供のようだった。

 言ってることとやってる事が、まるっきりチグハグな子供。
 火照《ほて》った身体で涙ぐみながら「んー!」と、必死に何かを訴えている。

 何が自分をそうさせているのかの、自覚もないのだろう。しがみつくようにして抱きつき、離れようとしない。

 ゼンジはリクを抱きしめると、ポンポンとその頭を撫でた。

 リクがようやく寝息ねいきを立て、荒かった呼吸が落ち着いたのを確認したゼンジは、絞ったタオルで身体を丁寧に拭いてやった。置いてあったTシャツと短パンに着替えさせる。

 酷く腫れ上がった右目には、アイシングを施した。
 ぐったりとした疲れを感じたゼンジは、寝室の壁にもたれて座り込んだ。
 
 何もかもが勢いだったら。
 それで済ませてしまえたら、どんなにか気が楽だったろう。


「…………先生……どうして、居なくなっちゃったの?」


 あの時、確かに望月もちづきはそう言った。新宿で見かけたアレは、そういう事だったんだ。胸の詰まるような苦しい感覚が押し寄せて来て、圧倒されてしまいそうだった。

 言葉に出来ない想いを、俺にはどうする事も出来ない。
 ベットに近寄ると、眠るリクの唇にそっと唇を重ねた。

 そして手のひらを頬にあてると、熱くなっている手のひらにもキスをした。
 何故だろう、分からない。
 とめどなく涙がこぼれてくるのを、ゼンジは止められずにいた。


 
 その時だった。リクのかばんから、見慣れた柄のタオルが飛び出している事に気づいたのは。涙をシャツの袖で拭いながら、かばんに手を伸ばす。

 それは紛れもなく、自分が蓮波はすなみにあげた筈のタオルだった。




 ◆




 半井なからい君が、望月もちづき君を連れて行っちゃうなんて…………

 職員室の前で蓮波はすなみあやは、呆然と立ち尽くしていた。私は、望月もちづき君の後を追いかけなきゃいけない。
 
 なのに
 足が凍りついたようになってしまって、最初の一歩がどうしても出ない。


「好き、大好きだよ。けど……伝わらないの。もう何も聞こえない所にお姉ちゃん、行っちゃったかもしれない」


 どうして私はあの日の彼女の言葉なんか、思い出したりしているの?

 あやは混乱と無力感の狭間はざま眩暈めまいを覚えながら、ようやくヨタヨタと歩き出した。

 私は、選んでしまったのかもしれない。
 自分が、これからどうなっていきたいのかを。

 望月もちづき君。
 私、どうしたらいいの? 
 
 二人ぼっちで生きていくって約束したのに。
 



 -----十日前-----



「大丈夫?怪我、してない?」
「……すっすみません……」

 階段から滑り落ちたあやに、佐伯さえきが声を掛けていた。あやには、自分はにぶいという自覚があった。中学時代、最初にからかわれたのがこの鈍さだった。あっと言う間に、凄惨な虐めへとエスカレートしていったけれども。

「手、りむいちゃったね」

 佐伯さえきあやの手のひらを取ると、困ったような顔をして笑っていた。あやは未だに他人の笑顔が怖かった。

 いじめ
 偽物の神様
 
 
 ずっと悪意のある笑顔しか見てこなかった。だから自分に笑顔を向けられると、軽いパニックに陥ってしまう。この時もそうだった。ビクビクとした口調で、目を逸しながら立ち上がる。
 
「下田先生に見てもらうから……平気……」

「下田先生、今日は午前中までだって。私、保健委員やってるの。消毒と絆創膏くらいなら出来るから」

 と、佐伯さえきはやっぱり困ったような顔をして笑った。その笑顔に不思議と恐怖感を覚えなかったあやは、それ以上の拒否はせず、大人しく保健室までついて行く事にした。

 佐伯さえきの笑い方は、どこか母親の笑い方と似ていた。
 まだ、父親が生きていて幸せだった頃の原風景。

 誰もいない保健室で、手のひらのり傷を消毒して貰った。5限目はとうに始まっている。授業出なくて大丈夫なのかな……あやは思ったが、口にすることが出来ずにいた。

 テキパキと佐伯さえきが処置をする。手馴れていて上手だったので、思わず
「上手なんだね」
 と、思った事をそのまま口にしてしまった。

「ありがとう」

 佐伯さえきは照れた表情を浮かべるとそれを隠そうとして、あやの腕の包帯を外し始めた。

「こっちも、ついでだから消毒しておくね」

 お母さんと似ているからかな。怖かったのは最初だけだった。この人は、私に危害を加えたくて、こうやって一緒にいるんじゃない。それだけは分かる。

 それに。この人との沈黙は、心地いい。

 手際よく消毒を済ませ、新しいガーゼに変えて包帯を巻く佐伯さえきを見ていたあやは、つい好奇心で聞いてしまった。
 
「見ていて、嫌じゃないの?」
 
 包帯を巻く手が一瞬止まる。が、すぐにまた手を動かしながら、佐伯さえきは困ったような笑顔を浮かべながら答えた。

「お姉ちゃんがね。やっぱりこうやって、自分を傷つけちゃって。慣れちゃったのかも」

 あやは、その笑顔の意味をようやく理解したような気がした。
 悲しくて、悲しすぎるから、そういう笑い方をするしかないんだ。

「お姉ちゃんは、今でもこういう事してるの?」
「ううん、今は入院してる。ご飯が、食べられなくなっちゃって」

「…………佐伯さえきさん」
「ん?」

「お姉ちゃんの事、好き?」

 沈黙が流れる。佐伯さえきの目から、ポロっと大粒の涙がこぼれた。

「好き、大好きだよ。けど……伝わらないの。もう何も聞こえない所にお姉ちゃん、行っちゃったかもしれない」

 そう言うと、手で顔をおおって泣き始めた。あやは手を伸ばすといつもリクにしているように、優しく佐伯さえきの頭を撫でた。彼女に母親の姿が重ねたあやもまた、泣きだしたい感情に駆られていた。

 ただこうしていたいだけなのに。
 どうして、お母さんと私はすれ違い続けるんだろう。
 
 私には、よく分からない事が多い。望月もちづき君は、二人だけで生きていこうって言ってくれた。私はそれだけで良かった。ずっと一人ぼっちだったから。二人だけでいられたら、後はどうでも良かった。

 たとえそれが、二人で死ぬって意味だとしても。

 けれど
 それって、本当に正解なの?

 私はこんなにもお母さんを求めているのに?
 
 私はお母さんから抱きしめられたい。
 頭をでてもらいながら、泣きたい。

 望月もちづき君だって、本当は私じゃなく別の誰かを求めて…………

 ハッとしたあやは、屋上で自分に言い聞かせた事を思い出して、頭を振った。ダメ。それを決めるのは、私じゃない。すると今度はゼンジの顔が脳裏をよぎってゆく。

 半井なからい君の大きな、優しい手。

 私、迷い始めてる。
 
 望月もちづき君の望む全てを受け入れようって誓ったのに。
 二人だけで生きていく約束をしたはずなのに。
 
 こうして、また知らない誰かに興味を持ったりしてる。

「ちょっと優しくされた位ですぐに勘違かんちがいしちゃう所、おばさんにそっくりだよね。やっぱり親子なんだな」

 幾度となくあやの中で鳴り響いてはその心を傷つけていったリクの言葉が、再び聞こえたような気がした。
 
 望月もちづき君、その通りだよ。
 私、優しくされたい。


佐伯さえきさん」
「ごめんね、いつまでも泣いちゃって」

 佐伯さえきが泣き笑いしながら、ハンカチで目を拭った。

「下の名前、聞いても良い?」
「私は、佐伯さえきはるかって言うの。蓮波はすなみさんは下の名前、あやって言うんだよね」

はるか……良い名前なんだね」
「え?そうかな。ありがとう」

「いつか、お姉ちゃんの名前も教えてね」

 あやがそう言うと、佐伯さえきは頷きながら再び泣き始めた。保健室には二人きり。静かな時間がゆっくりと流れてゆく。今ここにある傷は、いずれ時間と共にふさががってゆくだろう。

 私たちの中にある開いたままの傷にも、いつかふさがる日が訪れるんだろうか。

 あやは遠くを見つめながら、いつまでも佐伯さえきの頭をで続けていた。




 ◆




 先生の夢を、ずっと見ていた。
 まとまりのない夢だった。バラバラに飛び散った先生の欠片を拾い集めているのに、拾った先からどんどん崩れ落ちてゆく。

 切れ長の黒目
 緩めのくせ毛
 引き締まった、筋肉質の長身ちょうしん

 先生と半井なからいゼンジの面影が重なる。
 けれど
 先生はどんな風に俺を見つめていた?

 俺は、一番大切だった事を忘れかけている。




 ゆっくりと起き上がったリクは、右目に被せてあった濡れタオルを取った。半井なからい、ずっと看病してたのか。まだほんのりと冷たいタオルの感触が残ってる。望月もちづきリクは、立ち上がって玄関へと向かった。

 ダイニングのサッシから外を見ると、もうすっかり夜もふけていた。雨が止んで、久しぶりに月が出ている。

 月明かりを頼りに玄関まで歩く。ドアを開けると、外に晩御飯が置いてあった。時期もあって、既にコバエが集り始めている。食事はここに来た初日から、ずっと玄関の外に置かれていた。誰が作って運んで来ているのかを、リクは知らなかった。

 お盆を引き上げると食事を全てゴミ箱に捨てる。茶碗を台所の水につけてから、冷蔵庫を開けてゼリーを取り出す。ここまでが日課。




 部屋に戻るとゼンジが壁にもたれたまま、ぐっすりと眠り込んでいた。余程、疲れたのだろうか。腕を組んだまま、リクが音を立ててもピクリともしない。

 しばらくの間、リクは立ったままその姿を眺めていた。このまま、永遠に時間が流れなくて良いような気がする。流れてほしくない。俺は、永遠の作り方を1つしか知らないのだけれど。

 しゃがんで、ゼンジの顔を覗き込む。
 鼻を近づけると、胸がうずくような汗の匂いがした。

 月明かりがダイニングから寝室まで伸びてきて、二人の姿を照らし始めた。

 リクはゼンジにそっと近づくと、優しく唇を重ねた。
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