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第一章:面影

第一話:雨の日の横顔

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「こんな程度の雨で電車が遅れるとか……」

 所々出来ている 水溜まりをヒョイヒョイと避けながら、 半井なからいゼンジは学校へと急いでいた。

 自宅は大した雨模様でもなかったが、 路線先の 山間部で 土砂崩れがあったと車内放送があった。途中で下車し、迂回うかいルートを通って20分ほど遅れて高校へ向かっていた。

 他にも同じ 迂回うかいルートを使った学生が、ちらちらと傘の隙間から制服を覗かせている。

 高校はそこそこの進学校ではあったが、東京郊外特有の田舎感があった。どこかのんびりとしており、ギスギスした雰囲気がない。だからこんな事があっての遅れた登校でも、焦ってる生徒はいなかった。

 今日は制服業者が学校まで来るので、遅れてでも 登校とうこうする必要があった。ゼンジはこの一年でやたらと身長が伸びた。「ウチの家系は皆大きくなるからねえ」が母親の もっぱらの口癖だ。

 シャツは都度買い替えて来ていたので問題はなかったが、入学時にあつらえた制服は既にサイズが合わなくなっていた。今は夏服なのでジャケットの心配はせずに済んだが、ズボンがつんつるてんになっている。

 成人男性として完成されつつある美しい肉体に、本人は余りにも 無防備むぼうびであった。

 長い首筋
 引き締まった二の腕
 筋肉を感じさせる、広い背中

 肩に届くくらいにまで伸びた ゆるいくせっ毛は、ヘアゴムでオールバックに しばってあった。くりんとした前髪が一筋 ひとすじ、 ひたいに垂れてきている。

 如何いかにも女子生徒から人気が出そうなイケメン。
 それが半井なからいゼンジという男だった。

 手を頭の上に乗せて、後何センチくらい伸びるのかな……と思う。190cmくらいはいきそうな。

 ふと、登校する傘の群れの中をトボトボと歩く制服が目に入った。茶色いシミだらけのスカートとセーラー襟のシャツが嫌でも目立つ。

 すれ違いざまに顔をみて「ああ、やっぱりコイツか……」とゼンジは思う。

 隣のクラスの蓮波綾はすなみあやだった。

 彼女に関しては色々な噂が流れていた。両親からの虐待ぎゃくたいや中学時代のいじめ。頻繁に手首へ巻かれている包帯。

 確かに孤立こりつしているよなあと思う。実際、マトモに誰かといる所を見たことがない。
 ただ仮にも進学校において、陰口かげぐち以上の事をされているとも思えなかった。

 最初の頃は気にかけていた同級生も、何人か居たようだ。しかし彼女があまりにも心ここにあらずなため、最終的に腫れ物扱いになってしまった、と言うのが本当の所だった。

「かまってちゃんアピのメンヘラ」

 直接誰かが言った訳ではないが、それが学年中の共通認識になっていた。

 落窪おちくぼんだ目、不健康に痩せた体……包帯を今日はしてないのか。それでも腕の赤くひきつれた傷跡きずあとは、少しでも注視ちゅうしすればすぐにでもいくつか見つけることが出来るだろう。

 なんとなく見ていられなくなったゼンジは、かばんからスポーツタオルを取り出すとあやに向かって投げた。

 飛んできたタオルにビクッとして後ずさった彼女の足元が、完全に水溜みずたまりにかる。

「それやるよ。返さないでいいから」

「――……」

 無反応かよ。ま、反応があったら逆に怖いか。

 ゼンジには自分が話し下手だという自覚があった。だからと言って、似たように話をしない彼女へ共感を覚えたいとも思わなかった。ザーザーと降りしきる雨の中を、再び歩き出してゆく。

 校門に到着したゼンジは、傘を持ち上げて校舎を見上げた。空は朝からどんよりとした暗さで、どの教室にも照明がついている。
 
 2階の一番端にある自分のクラスを見上げると、望月もちづきというクラスメイトが頬杖ほおづえをつきながら、こちらを見ていた。

 あやはタオルを握りしめながら、ゼンジの後を無言のままくっついて歩いてきていた。
 
 そういう所が腫れ物扱いされる原因になってんじゃないのか。嫌悪感まではないけれど、関わりたいとも思えない。
 
 ゼンジはあやに気づかないフリをしながら、そのまま校舎に向かって歩きだそうとした。

 頬杖をついた望月もちづきはまんじりともせず、こちら側を眺めている。

 望月もちづきリク

 彼はもうこれ以上、自分が成長しない事を知っているかのような華奢きゃしゃな体つきと、女性のように美しい整った顔立ちをした少年だった。

 「望月もちづきだったらありだよなあ!」と本気なんだか冗談なんだか、理解に苦しむ発言をする男子生徒達がいるほどだ。そんなタチの悪い冗談を、彼はむしろ積極的に楽しんでいた。少なくとも傍目はためには。

 この学校には珍しい垢抜あかぬけた雰囲気は、男女問わず人気があった。如才じょさいなさは教師達から好かれた。

 しかしゼンジは正直な所、嫌悪感を抱いていた。

 単純にあの如才なさが受け付けないんだろうなとは思う。もっと言えば、どこか他人を小馬鹿にして喜んでいる様が、態度の端々から透けて見えて不快になるのだ。

 望月もちづきと目が合う。なんだ、まだ見てたのか。
 上から目線で偉そうに。

「――あの……」

 突然、後ろから声をかけられゼンジはギョッとして振り返った。タオルを濡らさぬよう、大事に抱えたあやが真後ろに立っていた。

「……やっぱりコレ、お返しします」

「え、なんでだよ。やるっつったんだから良いよ」

「――……」

 ビックリするくらい近付いてきたかと思えば、またダンマリ。一体、何なんだ。会話が出来ないなら、話しかけないで欲しい。

「――あの……私、こういうのどうしたら良いか分からなくて……」

 蚊の消え入るような声を聞きながら、ゼンジは面倒くさくなっていた。要らないなら捨てればいいじゃないか。やっぱりこんなワケの分からないやつと、関わるんじゃなかった。

 ただ、それきり知らん顔と言うのも気分は良くない。ゼンジは舌打ちしたくなる気分を抑えながら、努めて優しい口調で彼女を諭した。

「いらねーなら、テキトーに捨てて。それ、どっちにしろ捨てようと思ってたから」

 刺さるような視線を感じて傘越しに教室を見ると、相変わらず頬杖ほおづえをついたままの望月もちづきが俺たち二人を見ていた。あからさまに表情がこわばっている。

 珍しいな、あんな奴でも怒る事があんのか。

 でも。一体、誰に?

「ほらー、早く入れー」

 玄関から生活担当の声が聞こえる。
 
 どうせきっと直ぐに忘れてしまう事だ。そう思いながら、ゼンジは校舎の中へと入って行った。



 -----遡《さかのぼ》る事、30分前-----



「ウィーッス」

 朝からどんよりとした雨模様あまもようだった。望月もちづきリクは、教室にいたクラスメイトと形だけの挨拶をして、いつもの席についた。

 一番後ろの窓際の席

 席替えがある度に、上手いこと言い含めたり、ジュースや昼食で買収してその席を死守してきた。湿気で体がベタベタする。ただでさえ茶色い髪はこの雨のせいで、赤茶色なっていた。

 教室は、時間にしては空席が目立った。リクはスマホを取り出すと電車の運行状況を調べた。青梅線おうめせんが土砂崩れのため、迂回うかい運行中。

 リクは髪をかきあげると頬杖ほおづえをついて、校庭を眺めだした。ホームルームが始まるまでのこの時間が、一番好きだ。

 ありの群れが、どんどん校舎に吸い込まれてゆく。

 学校にいる間中、演技をしていなきゃならない。きっとこれが、普通の高校生なんだっていうのを。キャラ設定と世界観。そういった創作をリアルに持ち込む事は、リクにとっての日常だった。

 正直、どいつもこいつもバカだと思う。まるでありそのものだ。

 ただ、生きて
 生殖行為をして
 そして、死んでゆくんだ

 アイツは今日もちゃんと学校に来てるんだろうか。

 この高校で唯一の……共犯者。

 監視をするために近づいた。引っ越すことになって、姓が変わった事。それからあの事件の事。アイツが気づいてるとは思えないけれども、家族や学校関係者は知ってる。噂はどこから広まるか分からない。高校であの話が蒸し返されるのは、御免こうむりたかった。

 けれど元より監視や口止めをする必要もなかったらしい。学校では孤立していたし、何よりアイツは俺と自分を同一視どういつししていた。普通じゃない、ただそれだけの接点で。

 違う、お前が受けてきたそれとは違うんだ。
 あの時、俺は好きで先生に抱かれていたんだよ。

 




 ◆




 中学3年になったばかりの頃だった。新任しんにんの男性教師が、俺の初体験の相手だった。体育祭の準備にかこつけて、用具室ようぐしつでキスを迫ったのはこちらから。切れ長の瞳が特徴的な、長身ちょうしんの男だった。

 口の中に先生の舌が入ってきた時、俺はこの人のモノを吸ってみたいと思った。だから、そうするみたいに先生の舌を吸ってみた。

 チュ
 クチュッ

 手首を掴まれて、身体を壁に押し付けられる。いつの間にかリードされて、大人のキスをされるがままになっていた。

 なんだ、ゲイだったのかと思った事をよく覚えている。何故か、少しがっかりした事も。

 けれど、そんな些細ささいな事などすぐに吹っ飛んで消えてしまうくらいには、初めてのキスは気持ちが良かった。下半身が痛くなってくる。

 我慢出来なくて、硬くなった自分のアレをズボン越しに触ってたら、その手をでるようにしてすくわれた。先生は慣れた感じで俺の指を1本1本、小指から丁寧に舐めていった。

 ジュッ
 ジュプッ

 先生はこんな顔して、いつもフェラしてるんだって思った。じっと、相手の目を見ながら。それって、すっげえエロい。指と指の間をチロチロと舌が這う度に、身体がビクッと反応して止められなかった。

「ああ……」

 ひざがガクガクする。気持ち良すぎて体に力が入らない。

「先生、俺にもやらせて」

 教師のくせしやがって、愛情の欠片もないような悪い顔になってるのが良かった。最初からフェラさせようとして、俺の指を舐めたって言うのが分かったのも、最低の男っぽくて堪らなかった。先生はズボンのチャックを下ろすと、硬くて大きくなったアレを取り出して笑った。

 ジュッ
 ジュルル

「……うっ」

 息遣いが荒くなって、切なげに眉をしかめる顔を上目遣いに見ているだけで、ボクサーが濡れてきてるのを感じた。興奮した先生は髪をつかむと、そのまま俺の口をまるで場末ばすえの売春婦みたいに扱った。

 息ができない。喉の奥を突かれて何度もえづく。けれど乱暴にされればされるほど、満たされた。言葉では形容しがたい、快感。

 俺もズボンの中に手を突っ込んで、ひたすら自分のモノをしごきまくった。

「口、開けて」

 言われるまま、口を開けて舌を出す。

「出すぞ、受け止めろよ」

 白い液体が顔に飛び散った瞬間、俺も射精した。

 すぐにフェラだけじゃ我慢しきれなくなって、下をせがんだ。先生はその時も人でなしみたいな表情を浮かべて、俺の身体をオナホにみたいに愛してくれた。

 SEXとはたまらない快楽なのだと知った。

 ホテルでもしたけれど、そこまで良くなかった。人目が気になる学校でするのが、一番興奮した。

 あれが恋とか愛だったのかって聞かれると、今でも分からなくなる。

 そのうち先生は、俺を恋人みたいに扱い始めた。コンドームをつけたり、ローションを使おうとした。そういう心遣いみたいなものは要らない。優しく触られると吐き気がする。鳥肌が立って、気持ちが悪いと思ってしまう。

 俺は、場末の売春婦でいたかった。

 もっと痛めつけて欲しかった。そっちの方が気持ちいいから。だから手錠で縛ってもらったり、首を締めてくれってお願いするようになった。殴ってくれって言ったこともある。

 先生は、嫌がっていたけれど。

 痛めつけられれば痛めつけられるほど、下半身が反応して仕方なかった。射精が止まらなくなって、目の前でチカチカと電流が流れている瞬間が一番好き。

 その日も用具室で散々やって、中のモノを掻き出して着替えを済ませ、外に出ようとしていた。
 その時だった。
 トイレの水でもぶっかけられたのか、酷い匂いをさせた蓮波はすなみが入って来たのは。

 蓮波はすなみは、もはや中学で知らない人はいない、有名ないじめられっ子だった。家庭でも虐待されてるって噂があった。母親の頭がおかしいって言ってるやつもいた。俺は先生にそんな話を聞くほど、蓮波はすなみに興味がなかった。

 ポタポタと包帯からしたたる水が、徐々に朱色しゅいろに変わっていった。彼女はそれが当たり前のような顔をしていた。俺を見ても、幽霊みたいに突っ立ったまんま。

 血の色と匂いが、興奮を誘う。
 俺はあんだけヤった後なのに、ガチガチに勃起ぼっきしていた。

 多分、笑っていたと思う。

 蓮波はすなみに近寄って、乱暴に包帯を外した。そこでようやく俺の存在に気づいたみたいで、急に怯えだしたから余計に興奮した。
 
 腕の傷痕きずあとを舐めながら、あふれてくる血をすすり、アレをしごいた。彼女はいつの間にか無表情になっていて、俺がケツに指をツッコミ始めても、ただじっと見ているだけだった。

 これが蓮波はすなみと俺との出会い、そして二人の間に出来た最初の秘密だ。

 しかし二回目が訪れる事はなく、間もなく俺と先生の関係は学校関係者に露呈ろていした。家が金で揉み消して、全てをうやむやにした。

 その後、先生は学校を辞めさせられた。

 我ながら、壊れてると思う。

 しかし、そんな人生も嫌いじゃない。高校さえ卒業して家から出てしまえば、もっと大っぴらにSEXが出来る。後数年の辛抱しんぼうだと思えば、なんて事はない。

 窓からありの群れを眺めつつ、あんなことやこんな事をしてやるんだ…と空想にふけるのも好きだ。

 だけど
 今日は邪魔が入った。

 確か……アイツは同じクラスの半井なからい
 それがなんで、蓮波はすなみと話したりしてるんだ。

 急にチリチリするような苛立ちが押し寄せてきて、顔がこわばってくるのを感じた。

 その瞬間だった、半井なからいゼンジと目が合ったのは。



 一旦、小降りになった雨は、またその雨足を強め始めていた。
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