親指エレジー  

コブシ

文字の大きさ
上 下
24 / 35

<再び、本気モード!> <2>

しおりを挟む
入ってくるなり、Sさんは私と女性スタッフを値踏みするように見つめていた。

(あー、やっぱイヤやな・・・)

普通、カップルのお客様が来られたら、極力、同性のスタッフをつけるようにしていた。

でも、Sさんカップルの場合、うるさそうなのは女性の方だった。

 「私がいきましょうか?」

 「お、お願いします・・・。」

 先程の電話のやり取りで、女性客の方が、口うるさそうというのがわかっていたので、女性スタッフもすがるような顔で、私に訴えかけていた。

 Sさんは、いかにも金持ちというオーラを体から発し、口うるさそうだった。

と、ここで私のスイッチがオン!

 昔からそうなんだけど、強い相手になるほど、「上等だよ!やってやるよ!」と、ハングリー精神に火が着く性格だった。

 普通だったら、誰かの指名客だから、当たり障りなくマッサージしていた。

 何故なら、自信があるわけじゃないけど、本気でやって、指名を変えられたら気まずいからだ。

けど、Sさんは「アンタ、どんだけやれんの?」みたいな視線で私を見ていた。

そんな態度が、私のスイッチをオンにした。

 Kさんに入る時は、いつも90分だった。

けど、様子見なのか今日は60分コースだった。

そんな事も、私の気持ちに拍車をかけたのかもしれない。

ベッドに横になってもらい、戦闘開始!

だいたい、始まって数分したら力加減を聞く。

この最初のやり取りが肝心だった。

ファーストインプレッション。

 触られた感覚。


 最初に、なんかイヤ!みたいに思われると、その印象をひっくり返すのは並大抵な事ではない。

 「S様、力加減は如何でしょうか?」

 「うん、今のところはいいわ。」

 「今のところ」が少し気にはなったけど、まぁ、よしとしよう。

 不安がないと言えばウソになる。

うつ伏せが終わり、横向きになってもらう。

 私は、骨盤矯正と首の矯正が一番得意。

だけど、マッサージに関して言えば、私がもっとも得意とする技。

それが、横向きでの肩甲骨剥がし。

 名付けて!

 「どんだけ硬い肩甲骨も、ぐるんぐるん回す!」

ちと長すぎか。(笑)

矯正と「どんだけ硬い肩甲・・・(以下同文)」で、私の指名客が飛躍的に増えた。

 Sさんを横向きにする。

そして、「どんだけ・・・(以下同文)」を実行!

 「コブシさんでしたっけ?このあと予約入ってます?もし、入ってなかったら延長できないかしら?」

 残り後30分。

お連れさんは、頼りなさそうな女性スタッフを見て、Sさんが「アンタは45分にしなさい!」と言われていた。

 私が女性スタッフの立場だったら相当イヤだったろう。

その日は平日で、全体的にお客様は少なく、私も指名客の予約はなかった。

 普通のお客様なら喜んで、延長を受け入れていた。

 「お連れさんもいらっしゃいますし、肩甲骨相当硬いですけど、時間内で大丈夫です。」

 施術者の矜持というか、私が偏屈なだけかもしれない。

 結局、60分で押し通した。

 「コブシさんって何曜日出勤してるんですか?名刺いただけないかしら?」

 Sさんは、終わって会計処理が終わった私にそう言った。

 「スミマセン、僕、不定期に週に2日出勤しています。また、機会があれば宜しくお願いします。」

 結局、名刺は渡さなかった。

 「ゴメン、なんかNo.1に挑みたくて!本気出しちゃった!」

 「もう!コブシさんキライ!」

 仕事終わり、私とSさんの一連のやり取りを聞いていたKさんが、私に笑いながら言った。

ここだけの話、Sさんがタイプやったら名刺渡してたかな。

 施術者の矜持!(笑)
しおりを挟む

処理中です...