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いつか

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「ヒロイン……?」
 
 つまり、彼女が主人公として動く物語の中で、私たちは存在していたというのだろうか。
 
「うん。ちなみに、メイン攻略対象はアルトゥール殿下だよ。俺も一応攻略対象だったんだけど、脳筋枠だったしそれほど人気はなかったんだよね」
 
 全く気にしていなさそうに、あはは、と自嘲するベルダ様。
 
「まぁとにかく、彼女は俺を攻略対象に選ばなかったみたいで、元々それほど親しくはなかったんだよ。ルナリアとの婚約破棄にあたって都合が良かったから俺から話しかけていただけで、特に何も接点はないから、これからは会うことさえないんじゃないかな」
「そう、なのですか……?」
 
 本当なのだろうか。
 正直、彼の言葉は突飛すぎて、どうしても素直に受け入れることができない。
 攻略対象とか、脳筋枠とか、彼が意味の分からない言葉ばかり話すのも原因かもしれない。
 
「もちろんだよ! 前世の記憶を取り戻した今は、ルナリアのことで頭がいっぱいだからね。他の女性のことなんて、考える隙間も時間もないから安心して!」
「ベルダ様……」
 
 それでも、未だに慣れない彼の人懐っこい笑顔は、嘘をついているようには全く見えない。そして困ったことに、彼の態度に心地良さを感じてしまっている自分のことも否定できない。

 私は、彼に絆されてきているのだろうか。

 なんだか気恥ずかしくて少し視線を下へ逸らすと、ベルダ様は突然おかしなことを言い始めた。
 
「はぁ~、ルナリアが可愛い。すっごく抱きしめたい……!」
「はいっ!?」
 
 ……いきなり何を言っているの!?
 
「だってルナリアが可愛すぎるから! 照れて目を逸らす仕草さえ上品で解釈一致しすぎてて辛い。目の前で手の届く距離にこんな可愛い婚約者がいたら、抱きしめたくなるのは当然でしょ?」
「な、なっ。こんなところで何を言い出すのですか!?」
「こんなところじゃなければいいんだ? じゃあまた今度、二人きりの時に言うね」
「……!」
 
 ニコニコと楽しそうに話すベルダ様に、開いた口が塞がらない。彼は本当に以前の彼と同一人物なのだろうか。前世を思い出したからといって、これほど変わるものなのだろうかと疑わしい気持ちになる。
 
「以前のベルダ様は、私をこんなふうにからかったりなさいませんでしたわ。あなたは、本当にベルダ様なのですか?」
「もちろんだよ。ただ、まだ十七歳なのにしっかりしている君とは違って、以前の俺の中身がまだ子供っぽかっただけ。今は前世で生きた年齢ぶん中身が成長したようなものだから、人が変わったように思えても仕方ないかもね」
 
 確かにそうだ。ベルダ様は前世を思い出してからというもの、外見は同じなのにどこか落ち着いたような、まるで年上のような雰囲気を纏うようになった。たまに意味のわからない言動をするので、逆に子供っぽく感じる時もあるけれど。
 
 私はどうしても気になって、ベルダ様を見上げながら質問した。
 
「……前世のベルダ様は、一体おいくつだったのですか?」
「おっとぉ、ヤブヘビだった。ルナリアの上目遣いは破壊的に可愛いし俺に興味を持ってくれるのはすごく嬉しいけど、引かれたくないから、できればそれは言いたくないなぁ……」
 
 引かれるほど年上だということだろうか。仕事ばかりしていたと言っていたので、恐らく年下ではないはずだ。一体何歳だったのだろう。気になる。
 
 でも、冷や汗をかきながら気まずそうに目を逸らす彼が何となく可愛く思えてしまったので、これ以上訊くのはやめておいてあげようかなと思う。
 
「わかりました。でも、いつか教えてくれたら嬉しいです」
「えっ、いつか?」
「はい。もっとお互いに歳を取ったら、前世の年齢なんて気にならなくなるかもしれないでしょう?」
「……うん。わかった」
 
 なぜか少し驚いたような顔で返事をした彼に若干首を傾げつつも、私は身を翻した。
 
「では、もう戻りましょう。授業中にあまり長く離れるのは良くありません」
「う、うん……」
「……なんですか?」
 
 やっぱりなんだか様子がおかしいベルダ様を訝しげに見つめると、彼はへにゃっとしただらしない笑みを浮かべながらこう言った。
 
「いや、そんなに歳を取るまでルナリアが一緒にいてくれるのかなぁと思ったら、嬉しくて」
「……!」
 
 完全に無意識だった。確かにあれでは、いつまでも共にいますと言っているのに等しい。
 
 恥ずかしくて、じわじわと頬に熱が集まってきてしまう。

「そ、そんな意味で言ったのではありませんわ!」
「うん、そうだよね。わかってるわかってる」
 
 とてもわかっているとは思えないほどにやけた表情で言われても、まるで説得力がない。
 
「~~っ」
 
 ジロリと睨んでみても、ベルダ様は「うわ、ルナリアに睨まれた。可愛い。ご褒美でしかない」とまた意味のわからないことを言って嬉しそうにしている。なぜ睨むとご褒美になるのか。感性が歪んでしまっているのではないだろうか。
 
「もういいです。先に戻ります!」
「あっ、待って待って。一緒に戻るから!」
 
 慌てた様子でベルダ様が追いかけてきたけれど、私は振り向かずに同級生たちのもとへと歩いていった。 
 
 まだ熱を持っている私の頬には、誰も気づきませんようにと願いながら。
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