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戦場の出来事(sideとある魔術師)

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 もうダメだ。
 俺はそう思った。

 嫌々戦争に駆り出されれば、なぜか魔術は発動せず、今、空からは降り注ぐ無数の矢が見える。
 魔術を当てにしていたので大した装備も持たされていない。

 たまたま魔力を得ることができて、たまたま魔力の扱いが他の人より上手かったというだけで、俺の人生は一変した。

 ただの平民で戦争に怯えながらびくびくと過ごす日々が、あっという間にすごいだの天才だのと持ち上げられて魔術師団に入団してしまったのが間違いだったんだ。

 今回だって、戦争に行くのは本当に嫌だった。

 だけど、国に属する魔術師団に所属している以上、命令ならば行くしかない。

 混乱の中聞こえた声。

『やっぱり使者様の言っていたことは本当だったんだ! この力は戦争には利用できないって、言っていたじゃないか!』

 ……聞いてねえよ。

 くそっ、あの国王は本当に頭にウジでも沸いてんじゃねえのか!
 国民を何だと思ってやがる!
 あんなクソ国王のせいでこんなところで死ぬなんて、ふざけんな馬鹿野郎!

 死んだら絶対呪ってやるからなああああ!


《──みんなを守って!》

 ゴオッと、上空にいきなり突風が吹いた。

 自分たちの元に落ちてくるはずだった矢は一本残らず巻き上げられ、ふわりふわりと二つの軍の間に落ちて行く。

 ……何があった?
 どうなってやがる? 

 ざわざわと両軍から戸惑いの声が聞こえる。

 まだ生きてる。
 防ぐ手段もなく、自分の命を奪うはずだった大量の矢は一本もこちらに落ちては来なかった。

 ……奇跡か?

「待ってください! お願いです!」

 どこからか聞こえてきた少女の……いや、女性の声。
 どこだ、と探していると、「上だ!」と誰かが叫んだ。

 なんと、自軍の後方上空から、一人の女性が空を飛んで来ていた。

 ……え?
 なんであの人空を飛んでるんだ?
 この不思議な力を使えるようになってから、空を飛びたいと思った奴は俺だけではない。

 でも、教えてもらった呪文の中に、空を飛ぶための呪文はなかったのだ。
 そう、ないはずだ。

 空を飛んできた女性は、両軍の間にすとんと降り立ち、敵国に向かって声を張り上げた。
 みんな呆然としていたので、その声はよく通った。

「申し訳ございません! 戦争を仕掛けたこと、この国の民としてお詫び致します。今後このようなことがないよう私が国王を説得してみせますから、どうか矛を収めていただけませんか!」

 敵国の将は驚いて目を見開き、スッと前に出てきた。

 なんだあいつ。将のくせに二枚目って、世の中ってのは本当に不公平にできてるよ。

「先ほどの妖術には驚かされたが、そなたの言葉にはさらに驚かされるな。そなたのような女性に、国王が説得できると?」
「はい。一年前、この力で戦争を止めさせたのも私でした。これ以上は攻撃させませんし、そちらに怪我人がいらっしゃるならば私が出来る限り治療致します。ですから今日のところは、どうか休戦とさせてください」

 敵国の将である男は面白そうにニヤリと笑った。

「攻撃させませんと言うが、そちらは攻撃の手段が始めからなかったようだが? こちらが攻撃を止める道理はないように思える。そなたが来なければ今頃そちらの軍は壊滅に近い状態になっていたはずだ」

 男がそう言ったことで、ぞくりと背筋が凍った。
 その通りだと思ったからだ。

「確かに私が来なければそうなっていたかもしれません。でも私は来ました。そして、そちらが引く道理はあります。私がここにいるからです」
「……どういう意味だ?」

 向こうの将が眉をひそめた。
 女性が自信満々に言った言葉の意味がわからないのは俺も同じだった。

 どういう意味だ?

「私はこの国に魔術をもたらした精霊王の使い。後ろにいる魔術師たちとは少し違うのです。精霊は戦争が嫌いなのでただの魔術師たちに力は貸しませんが、私は別です。私も戦争は大嫌いなのであなた方に攻撃するつもりはありませんが、全力で抗います」

 ……精霊王の使い!?

 この女……いや、この方が!?
 俺が住んでいたのは田舎だったから、魔力を解放する頃にはもう精霊王の使いの姿はなかった。

 国王が情報を広げたがらず、魔術をもたらした精霊の使いの情報は見た奴にこっそり教えてもらうしかなかったが、確かにそれと一致している。

 二十歳そこそこの女性、蜂蜜色の髪、緑の目……。
 この方が!

「……ほう。では、そなたの言うとおり、こちらの負傷兵の治療をしてもらおうか」

 将の男がそう言うと、ざわりと両軍から様々な声が上がる。
 向こうにはそれを諌めるような声もあるが、将の男はそれを軽くあしらっているようだ。

「はい、もちろんです」

 使者様はゆっくりと向こうへ歩を進めようとする。
 危険すぎる!

「あの、危険です! お待ちください……!」

 思わず声が出た。すると使者様は心安らぐような優しい微笑みを俺に向けてくださった。

「大丈夫ですよ。ありがとうございます」

 ……天使だ。地獄の戦場に、天使が舞い降りたんだ。

 天使は大丈夫だと言うが、将の男はニヤリと何かを企んでいるような悪い笑みを浮かべている。

 いやいや、あいつ絶対ヤバいって! 
 近づいたら絶対殺されるか捕虜にされてひどい目に遭わされるってー!!

 しかし、天使はあいつらの手が届く位置まで進むことはなかった。

「……?」

 ある程度の距離を詰めると、天使は何事か呪文のようなものを呟いた。

《魔力をあげる。みんなの怪我を治して》

 金色の光がキラキラと空を舞い、敵軍に降り注いだ。

 ……え? 事前呪文は? ていうか、何あの規模?

 話には聞いていた。使者様は、我々が束になっても敵わない魔力と技術をお持ちだと。

 初めて会った精霊王の使者とは、戦場の天使であり、とびきりすごい魔術師でもあったのだ。
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