上 下
5 / 18

ルトの問いかけ

しおりを挟む
 ようやく少年が落ち着いてきたので、椅子に座らせ、お水をコップに入れて渡す。

 私も向かいの椅子に腰掛けて、一口お水を飲んだ。

「声、出るようになったんだね」

 そう言うと、少年はこくりと頷いた。

「名前は、なんていうの?」
「……ルト」

 少年はとても小さな声でそう答えた。頬が赤くなっていて、目を合わせられないのか斜め下をずっと見ている。

 もしかしたら、あれだけ号泣してしまったのが恥ずかしいのかもしれない。

「そっか、私はアイリスだよ! 十七歳。ルトは?」
「……十二歳……」

 私は少し驚いてルトを凝視してしまった。てっきり十歳もいっていないと思っていた。
 ……それだけ、食べる物がなかったってことなんだよね。

 ルトは痩せこけていて、健康に育っている状態とはとても言えない。……私も人のことは言えないけれど。
 こんな何の罪もない子供がちゃんと大人になることもできない世の中なんて絶対に間違っているのに、どうして偉い立場の人たちは気がつかないのだろうか。もう本当にバカ。

「ルトは、これからどうしたい? ここを出て知っている人のところへ行くとか、元々目指してるところがあったの?」

 そう聞くと、ルトは真っ青になって震え始めた。

「お、俺……やっぱり、迷惑? 追い出す?」

 私は慌てて付け加えた。

「ううん、ルトが行くところがなくて、ここにいたいならいてもいいよ! 私も一人だったから、ルトがいてくれると嬉しいよ」

 本当は私一人でも食べていくのに苦労しているけれど、こんな状態のルトを見捨てるなんてできない。まあ、両親の使ってた部屋が余ってるし、一人くらい増えたってきっとなんとかなる!

 私がそう言うと、ルトは安心したようにホッと息を吐いた。

「俺……どこにも行くところがない。何でもお手伝いするから、ここに置いてほしい……」
「うん、わかった! これからよろしくね、ルト」

 不安気に言ったルトに、私は明るく笑顔を返した。


 ルトはそれから、本当に一生懸命お手伝いをしてくれた。
 畑仕事はすぐに覚えてほとんど一人でやってくれるようになったし、初めはできなかったけれど、料理も覚えて上手になった。

 狩り用の罠も作れるようになって、二人で一緒に仕掛けに行ったりした。

 初めて獲物を解体する時にも、ルトは顔色一つ変えずに淡々と作業を覚えていった。私の時とは大違いだ。

 そしてルトは字や計算も覚えたがった。戦争になる前は母さんが教師をしていたので、学校に行けなくても私は読み書きや計算がある程度できた。ルトは全く知らなかったので一からだったけれど、教えてあげたら少し怖いくらい貪欲に知識を吸収していった。


 ──そして四年が経つ頃には、私たちはすっかり『家族』になっていた。

「ルト、ちょっと出かけてくるね!」
「……また、『シスイさん』のところ?」

 だいぶ年相応に成長したルトが不機嫌な様子で問いかけてくる。ルトももう十六歳なのに、シスイのところへ行くって言うと、私がシスイへの想いを隠していないからか、いつも子供のように拗ねるんだよね。ルトもそろそろ姉離れした方がいいと思う。

「ルトも好きな人が出来たらわかるわよ。いつも会いたくて仕方ないって思うから!」
「…………」

 不機嫌な顔でルトがこちらを見てくるけれど、シスイに会うのをやめられるわけがない。彼がいるから、私はいつも頑張れるんだもん!

「……ねえ、いい加減にその人、紹介してよ。村の誰に聞いてもそんな人知らないって言うし、そもそもまともな成人男性が徴兵に出てないなんておかしいでしょ。本当にシスイさんなんているの?」
「い・る・の! でも紹介するのは無理。ちょっと変わった人だから」

 それどころか人間じゃないから。

「……」

 ルトが不満を全く隠さない顔で見てくるけれど、無理なものは無理。たとえ家族ルトであっても、あそこは私とシスイだけの秘密の場所だもん!

「じゃあ、夕方には帰ってくるから!」
「……はいはい」

 今日は五日ぶりにシスイに会える。私ははしゃぎすぎて、ルトがこっそりついてきていることに、全く気づかなかった。

「シスイ!」

 歪みをくぐり、泉に向かって呼びかけるとキラキラと光が集まってきてシスイの形を象っていく。こういうのを見ると、やっぱり人間じゃないんだな、と思うけれど、そんなことはどうでもいいのだ。シスイが何者であれ、私はシスイが好きだ。結婚なんて一生できなくても構わない。

「やあ、アイリス。今日はお客さんを連れてきたの?」
「は?」

 シスイの言葉を理解した瞬間、もしや、と思いぐるんと後ろを振り返る。

 ──そこには、呆然と立ちすくむルトがいた。

「る、ルト!?」
「……あなたが、『シスイ』?」
「そうだね、アイリスはそう呼んでるよ。初めまして、僕は精霊王だ」

 シスイがにっこり笑って自己紹介すると、ルトは完全に動きを止めた。


「もう、後をつけてくるなんて信じられない!」

 自分の迂闊さを棚に上げて、私はルトに文句を言った。

「……ごめん。でも、どうしても気になって……」
「アイリス、いいじゃない。ルト、いつもアイリスから話は聞いているよ。たくさんお手伝いをしてくれるいい子だって」
「わー! シスイっ、余計なことは言わなくていいから!」

 悪口を言っていたわけではないけれど、私が言ったことを本人に伝えられるのは恥ずかしい。

「…………」
「ルト? どうしたの?」

 様子がおかしい。シスイが美人すぎて言葉もないとか? まさかルトもシスイを好きになったりしてないよね!?

「あの……あなたは、人間ではないのですよね?」
「そうだよ」

 シスイはにこやかに返事をしたけれど、私の心臓は少し嫌な音を立てている。なんとなく、ルトが何を聞きたいのかわかったような気がして。

「あなたは、アイリスのことをどう思っているんですか?」
「ルト!」

 私はルトとシスイの間に入り、二人の会話を止めようとした。

「シスイ、ごめん。今日は帰るね。また来るから!」

 そう言って無理やりルトを連れて出ようとするけれど、ルトは動いてくれない。もう私はとっくに彼に力では敵わなくなっていた。

「ルト……!」
「答えて、ください」

 ルトの目は真剣で、引くつもりはないことがはっきりわかる。

 やめて、私は想いを返してほしいなんて思ってないのに。ただ、たまにここに来て、二人で話ができればそれでいいのに。

 シスイは少し首を傾げて質問の意味を考えてから、口を開いた。

「アイリスは頑張り屋のいい子だよね。アイリスと話すのはとても楽しいと思っているよ」

「……そうではなくて、アイリスをどうするつもりなのかということです。あなたは、人間になって彼女と結ばれることはできるんですか?」
「ルトッ!」

 私はルトの胸ぐらを掴んで無理やりこちらを向かせようとしたけれど、ルトはびくともしない。

「……っ」

 どうしてそんなことを聞くの、私は今のままでいいのに。
 精霊王であるシスイと結婚できるだなんて思っていない。そんなことはわかっているけれど、直接言葉で聞きたくなんてないのに。

 なのに、シスイは私にあっけなく引導を渡した。

「結ばれる、とは、つがいになるということかな? それは無理だね、僕には実体がないから、人間と番うことは出来ないよ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

【完結】あわよくば好きになって欲しい(短編集)

野村にれ
恋愛
番(つがい)の物語。 ※短編集となります。時代背景や国が違うこともあります。 ※定期的に番(つがい)の話を書きたくなるのですが、 どうしても溺愛ハッピーエンドにはならないことが多いです。

【R18】今夜、私は義父に抱かれる

umi
恋愛
封じられた初恋が、時を経て三人の男女の運命を狂わせる。メリバ好きさんにおくる、禁断のエロスファンタジー。 一章 初夜:幸せな若妻に迫る義父の魔手。夫が留守のある夜、とうとう義父が牙を剥き──。悲劇の始まりの、ある夜のお話。 二章 接吻:悪夢の一夜が明け、義父は嫁を手元に囲った。が、事の最中に戻ったかに思われた娘の幼少時代の記憶は、夜が明けるとまた元通りに封じられていた。若妻の心が夫に戻ってしまったことを知って絶望した義父は、再び力づくで娘を手に入れようと──。 【共通】 *中世欧州風ファンタジー。 *立派なお屋敷に使用人が何人もいるようなおうちです。旦那様、奥様、若旦那様、若奥様、みたいな。国、服装、髪や目の色などは、お好きな設定で読んでください。 *女性向け。女の子至上主義の切ないエロスを目指してます。 *一章、二章とも、途中で無理矢理→溺愛→に豹変します。二章はその後闇落ち展開。思ってたのとちがう(スン)…な場合はそっ閉じでスルーいただけると幸いです。 *ムーンライトノベルズ様にも旧バージョンで投稿しています。 ※同タイトルの過去作『今夜、私は義父に抱かれる』を改編しました。2021/12/25

【R18】エリートビジネスマンの裏の顔

白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます​─​──​。 私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。 同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが…… この生活に果たして救いはあるのか。 ※サムネにAI生成画像を使用しています

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...