4 / 18
拾った少年
しおりを挟む「えっ、精霊王?」
私は驚いて思わず聞き返した。
「うん、一応そういう存在だよ。土地に魔力を満たして、小精霊たちを生み出しているんだ」
魔力? 小精霊?
その言葉は聞いたことがなかったけれど、昔母さんに、この辺りに語り継がれているおとぎ話を聞いたことがある。
『この土地は精霊に守られている』
どうやらおとぎ話なんかではなく、実際に精霊というものがいて土地に魔力を満たしてくれていて、この人はその精霊たちの王様らしい。
やっぱり人間ではなかったのね。わかっていたけれど。
「けど、君が言うように、『戦争』というのが起こっているから、最近はなかなか土地に魔力が行き渡らなかったんだね」
「どういうこと?」
「僕は魔力を、つまり、自然が育つための力をこの辺りの土地に流しているんだ。でも、いつからだったかなぁ。うまく行き渡らなくなっちゃって。その『戦争』で、僕が流した魔力を掻き消してしまっているみたいだね。嫌になるなぁ」
ぷくっと頬を膨らませる彼がとても可愛い。精霊王にも私と同じように感情があるんだな、とおかしくなった。
「ねえ、私はアイリスっていうの。あなたの名前は?」
「名前?」
「うん。あなたのこと、なんて呼べばいい?」
「ああ、知恵のある生物たちが個を識別するために決めるそれぞれの記号のことだね。僕にはそんなものないよ。僕は精霊王で、『名前』を呼ばれることなんてないもの」
私は驚いて目を見開いた。感情があって話ができても、精霊王である彼はだいぶ人間とは感覚が違うらしい。
「でも私はあなたを名前で呼びたいから、何かつけてくれない? ずっと『精霊王』って呼ぶのも何か……」
「そう? じゃあ君がつけて。僕は人間の名前なんてわからないから」
精霊王はにこやかにそう言った。
えええ!? 精霊王の名前を私なんかがつけていいの!?
……でも、今のところこの人を呼ぶのは私だけだし、別にいいか、うん。
「うーんとね、じゃあ、シスイ、でどうかな? 響きが綺麗じゃない?」
「うん、それでいいよ」
「全然興味ないわね……」
苦笑しながらも、彼の名前を呼べることが嬉しい。
「じゃあ、握手ね」
「握手?」
「そうよ、『よろしくね』っていう挨拶よ。お互い右手を握り合うの」
シスイはぱちぱちと瞬きをした。
「残念だけど、僕には実体がないからそれは無理かなあ」
私の差し出した右手に触れるように出されたシスイの右手は、私の手をスイッと通り抜けた。
「わっ!?」
「ね?」
シスイはクスクスと笑っているけれど、私は驚いてしばらく動くことができなかった。
そんなシスイと話すのが楽しくて、私は毎日のように泉に通うようになった。
嫌なことがあっても、お腹が減って辛くても、シスイに会えたらそんなことはすっかり忘れて楽しい時間を過ごせた。
私はだんだんと、自分の中である気持ちが育ちつつあることに気づき始めていた。
シスイに会うようになってから半年が経とうとする時、村の入り口で、一人の見知らぬ男の子が倒れているのを見つけた。
「ちょっと、君! 大丈夫!?」
駆け寄って少年を抱き起こす。
その子は何日も食べていないみたいに痩せこけていて、薄茶色の髪は汚れていてパサパサだ。着ている服もぼろぼろで、どう見ても行き倒れに見える。
呼びかけるとその少年は少しだけまぶたを開いた。
よかった、どうやら意識はあるみたい。
「君、どうしたの? ご両親は? 一人なの?」
少年は十歳に満たないくらいの歳に見える。普通なら一人のはずはないだろう。
けれど、少年は弱々しく首を振った。そして、また目を閉じようとする。
「こら、諦めるな! まだ君は生きてるでしょう!」
私は少年を抱き上げて家に連れて帰った。
汚れた体を拭いて、残っていたクズ野菜のスープを飲ませ、私のベッドに寝かせてあげた。少年は無気力な様子だったけれど、大人しく言うことを聞いてくれた。
「ねえ、君、名前は?」
「……」
少年は何も言葉を話さなかった。次の日も、その次の日も。
けれど、私が出すものはきちんと食べるし、片付けもする。これで体を拭いてね、とタオルと水桶を渡すと、一人できちんと拭いていた。
声が出ないのかもしれない。
名前を字で書いてもらおうとしたけれど、少年は字が書けないらしく、ふるふると首を振られた。
今は話せないけれど、いつか急に声を出せるようになるかもしれないし、彼も反応はしてくれるので私は毎日彼に話しかけるようにした。
四日目には、私の畑仕事を手伝ってくれようとしているのか、作業道具を持って一生懸命主張してきた。彼はとてもいい子のようだ。
「ありがとう」
頭を撫でてあげると、少し頬を赤くしていた。
一週間ぶりにシスイのいる泉にやってきた。
少年の様子が落ち着かないのでしばらく来れていなかったけれど、急に来なくなってシスイは心配していないだろうか。
「やあアイリス」
いつもと全く変わらない笑顔を見せるシスイに、少しだけ肩を落とした。
そうだよね、私と会えなくてもシスイは別に寂しくなんてないよね……。
「しばらく来れなかったけど、シスイは変わりない?」
「しばらく? ついさっき会ったじゃない」
「……ええ?」
どうやら精霊王とは時間の感覚も違うものらしい。
「シスイって何歳なの」と聞いたら「どういう意味?」だって。
どうやら相当長く生きている……というか存在しているようで、歳を数える概念がないらしい。そりゃあ一週間なんてあっという間だよね。
私はこの一週間話せなかった分、たくさんシスイと話をした。
拾った少年のことを話すとシスイは悲しそうな顔をして、少年がだいぶ自発的に動くようになったのだと話すと、「アイリスは偉いね」と笑ってくれた。
私はもうこの時には、すでに引き返せないほど、人間ではないこの人に恋をしてしまっていた。
名残惜しい気持ちに蓋をしてシスイに別れを告げ、村へ帰ってきた。
家のドアを開けると、前からどんっという強い衝撃が私を襲った。
大して強い衝撃ではなかったけれど、驚いて転びそうになったのをなんとか踏ん張って堪える。
一体なに、と衝撃の正体を確認すると、それはなんと拾った少年だった。
私の胴体に手を回し、ぎゅうっと力いっぱい抱きついてきているようだけれど、そんなに力は強くない。まだ行き倒れて回復したばかりだもんね。
「どうしたの?」
頭を撫でながら聞いてみた。家を出る時に「ちょっと出かけてくる」って声はかけたんだけどな。
「う、う……うわあぁぁぁぁー……」
「えええ!?」
少年はぼろぼろと大粒の涙をこぼしながら、震える手で私の服を握りしめている。
初めて声を出したことにも驚いたけれど、どうしていきなり号泣!? 何があったの!?
「もう、帰って、こないのかって、思って……」
「………」
誰かを失う恐怖を、思い出させてしまったのかもしれない。
ぎゅうっと私の体にしがみつくようにして泣き続ける少年を、私は落ち着くまでぎゅっと抱きしめてあげた。
0
お気に入りに追加
144
あなたにおすすめの小説
冷徹女王の中身はモノグサ少女でした ~魔女に呪われ国を奪われた私ですが、復讐とか面倒なのでのんびりセカンドライフを目指します~
日之影ソラ
ファンタジー
タイトル統一しました!
小説家になろうにて先行公開中
https://ncode.syosetu.com/n5925iz/
残虐非道の鬼女王。若くして女王になったアリエルは、自国を導き反映させるため、あらゆる手段を尽くした。時に非道とも言える手段を使ったことから、一部の人間からは情の通じない王として恐れられている。しかし彼女のおかげで王国は繁栄し、王国の人々に支持されていた。
だが、そんな彼女の内心は、女王になんてなりたくなかったと嘆いている。前世では一般人だった彼女は、ぐーたらと自由に生きることが夢だった。そんな夢は叶わず、人々に求められるまま女王として振る舞う。
そんなある日、目が覚めると彼女は少女になっていた。
実の姉が魔女と結託し、アリエルを陥れようとしたのだ。女王の地位を奪われたアリエルは復讐を決意……なーんてするわけもなく!
ちょうどいい機会だし、このままセカンドライフを送ろう!
彼女はむしろ喜んだ。
どん底貧乏伯爵令嬢の再起劇。愛と友情が向こうからやってきた。溺愛偽弟と推活友人と一緒にやり遂げた復讐物語
buchi
恋愛
借金だらけの貧乏伯爵家のシエナは貴族学校に入学したものの、着ていく服もなければ、家に食べ物もない状態。挙げ句の果てに婚約者には家の借金を黙っていたと婚約破棄される。困り果てたシエナへ、ある日突然救いの手が。アッシュフォード子爵の名で次々と送り届けられるドレスや生活必需品。そのうちに執事や侍女までがやって来た!アッシュフォード子爵って、誰?同時に、シエナはお忍びでやって来た隣国の王太子の通訳を勤めることに。クールイケメン溺愛偽弟とチャラ男系あざとかわいい王太子殿下の二人に挟まれたシエナはどうする? 同時に進む姉リリアスの復讐劇と、友人令嬢方の推し活混ぜ混ぜの長編です……ぜひ読んでくださいませ!
鋼の殻に閉じ込められたことで心が解放された少女
ジャン・幸田
大衆娯楽
引きこもりの少女の私を治すために見た目はロボットにされてしまったのよ! そうでもしないと人の社会に戻れないということで無理やり!
そんなことで治らないと思っていたけど、ロボットに認識されるようになって心を開いていく気がするわね、この頃は。
誕生日当日、親友に裏切られて婚約破棄された勢いでヤケ酒をしましたら
Rohdea
恋愛
───酔っ払って人を踏みつけたら……いつしか恋になりました!?
政略結婚で王子を婚約者に持つ侯爵令嬢のガーネット。
十八歳の誕生日、開かれていたパーティーで親友に裏切られて冤罪を着せられてしまう。
さらにその場で王子から婚約破棄をされた挙句、その親友に王子の婚約者の座も奪われることに。
(───よくも、やってくれたわね?)
親友と婚約者に復讐を誓いながらも、嵌められた苛立ちが止まらず、
パーティーで浴びるようにヤケ酒をし続けたガーネット。
そんな中、熱を冷まそうと出た庭先で、
(邪魔よっ!)
目の前に転がっていた“邪魔な何か”を思いっきり踏みつけた。
しかし、その“邪魔な何か”は、物ではなく────……
★リクエストの多かった、~踏まれて始まる恋~
『結婚式当日、婚約者と姉に裏切られて惨めに捨てられた花嫁ですが』
こちらの話のヒーローの父と母の馴れ初め話です。
【短編集】ゴム服に魅せられラバーフェチになったというの?
ジャン・幸田
大衆娯楽
ゴムで出来た衣服などに関係した人間たちの短編集。ラバーフェチなどの作品集です。フェチな作品ですので18禁とさせていただきます。
【ラバーファーマは幼馴染】 工員の「僕」は毎日仕事の行き帰りに田畑が広がるところを自転車を使っていた。ある日の事、雨が降るなかを農作業する人が異様な姿をしていた。
その人の形をしたなにかは、いわゆるゴム服を着ていた。なんでラバーフェティシズムな奴が、しかも女らしかった。「僕」がそいつと接触したことで・・・トンデモないことが始まった!彼女によって僕はゴムの世界へと引き込まれてしまうのか? それにしてもなんでそんな恰好をしているんだ?
(なろうさんとカクヨムさんなど他のサイトでも掲載しています場合があります。単独の短編としてアップされています)
婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた
cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。
お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。
婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。
過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。
ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。
婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。
明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。
「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。
そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。
茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。
幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。
「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?!
★↑例の如く恐ろしく省略してます。
★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。
★コメントの返信は遅いです。
★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる