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出会い

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 それから私は頻繁にこの不思議な泉を訪れるようになった。

 本当に不思議なことなのだけれど、森に入って「行きたい」と思えばあの歪みが現れるようになったのだ。
 そしてまた歪みから出れば、森の出口近くに出られる。

 ここは水は美味しいし、この場所にいると落ち着くし、完全に一人になれる。

 狭い村に住んでいるから、常に人の目はあるものなのだ。

 そして気づいてしまった事実。
 ここなら何を叫んでも処罰されない!!

 もう本当に、あいつらには言ってやりたいことが山ほどあるのだ。でもそれを口にすることさえ禁止されて。息苦しくて嫌になるけれど、この場所なら叫び放題よね!

 実際に口に出して悲しかったことを叫んだら、たまに涙もぼろぼろ出てきた。でも誰もいないし、気にせず泣きながら叫びまくる。

 しばらくそうやって怒りを発散させると、とてもスッキリするのだ。
 ここがどこだとか、どうして来られるようになったのかなんてどうでもいい。

 これだからここに来るのは止められないのだ。そうして、泉を見つけて早半年。



「あんたたちなんか泥水でもすすってろ、この腐れ外道ーーー!」

 わあーん、と今日もいつものように泣き叫ぶ。

 昨日、私に獲物の解体を教えてくれたおじいちゃんが亡くなった。食べ物がなくて、痩せ細って。私もたまに様子を見に行って食べ物を分けてあげたりしてたけど、毎日十分な食べ物をあげられるわけではない。

 残念なことに、こういうことは日常茶飯事なのだ。

「う、うっ……」

 なんで国は戦争を続けるんだろう。この戦争はアルバトリスタから仕掛けたものだと聞いている。領土を広げるためだとか、国をさらに豊かにするためだとか言っているけれど、豊かどころか畑を耕す民まで徴兵して土地は痩せ細っているし、今現在こんなに国民が苦しんでいるのに、バカじゃないの? ううん、バカとしか言いようがないわ、この大バカ!!

 今日は叫んでもなかなか涙が止まらない。
 おじいちゃん、助けてあげられなくてごめんね……。

「……何がそんなに悲しいの?」

 どこかから、いやすぐ近くから声が聞こえて、私は伏せていた顔をガバッと上げた。
この場所で誰かに会ったことなんてなかったのに、私以外にもここに来る人がいたのだろうか。

 顔を上げると、声の主はすぐに見つかった。

 その人は、泉の上に──立っていた。

 いや、きっと人ではないんだろう。泉の上に立っているのもおかしいし、何より顔が。顔が人間とは思えないほど美しいつくりをしている。

 見たこともない美しい銀色の髪は長くてサラサラと流れている。とても触り心地が良さそうだ。
 銀色の長いまつげに縁取られた優しげな二重の銀色の目は神秘的で吸い込まれそう。
 鼻筋はすっと通っていて、小さな口はどこか可愛らしい。白い布をくるくると巻いただけのような服を着ていて肌はあまり出ていないけれど、体格は男性のようだ。顔だけ見れば女性でも通りそうな美人。私とは比べるのもおこがましい、その辺の美女より上をいくかなりの美人である。なにこの存在?

「え、と、あの……」

 あれ、今私に話しかけた? 何て言ってたっけ?

「君、いつもここに来ては泣いたり叫んだりしているね。何がそんなに悲しいの?」

 きっと人間ではないその美しい男性は、親切にも再び同じことを聞いてきてくれた。

 ……ん? ちょっと待って。いつも、って言った?

「あ、あの、も、もしかして、私が何回もここに来て叫んでいたの、ずっと聞いていた、とか……?」

 お願いどうか否定してください、という願いを込めて口にした質問は、あっけなく肯定されるという結果に終わった。

「うん。いつも誰かの悪口ばかり言っていたね。でも最後にはスッキリしたような顔をして帰っていってたから放っておいたんだけど」

 ……土に埋まりたい!

 もうやだ! 誰か私を隠して! あんな罵詈雑言を見知らぬ人に半年もの間聞かせ続けていたなんて信じられない、いや信じたくない!

 せめてと両手で顔を隠すけれど、真っ赤になっていることすら隠せていないだろう。

 うああああ、と悶えていると、クスクスと笑う声が聞こえた。

「君は面白いねぇ、僕は人間に興味を持ったのは初めてだよ。ねえ、叫ぶくらい誰かに話を聞いてほしいなら、僕が聞くよ。教えて、君は何を悲しんでいるの?」

 そんな優しい言葉をかけられたのは久しぶりで、またぽろりと涙が出てきた。

 今はみんな疲弊していて、他人に優しくできる余裕なんてないのだ。家族には優しくするだろうけれど、私にはその家族はもういない。

 私が何を思っていて何に悲しんでいるのかなんて、興味を持って聞こうとしてくれる人なんていなかった。それなのに、会ったばかりのこの人は、悪口を散々聞かせていた私の話が聞きたいんだって。

 笑顔で話しかけられたのだって久しぶりなのに。

「わ、私の住む国のこと、知ってる? アルバトリスタっていうの……」
「ううん、人間の営みには興味がなかったから。でも確か国というのは、人間が区分けしている土地のこと、だったかな?」
「そう。そしてその国同士が今戦争中で、あ、戦争っていうのはね……」

 物を知らないその人に話すのは少し手間がかかったけれど、うん、うん、と真剣に聞いてくれるので全く苦痛ではなかった。

 むしろ、「そうなんだ、ひどいね」とか「そんなことがあったの? 悲しいね」と言って私に共感してくれるこの人に話をするたび、心が軽くなっていった。

「今日はもうお帰り。またいつでもおいで」

 そう言って私を送り出してくれる。

 本当にそう思ってくれているかな、迷惑じゃないかな、と心配になったけれど、その人はどこまでも優しい顔で私に手を振ってくれていた。

 帰る時、ふと思った。
 あそこで水浴びなんてしなくて本当によかった……。

 そうして、私は以前にも増して泉に通うようになるのだった。
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