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大賢者の本音

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 私は固まって動けなくなっていた。

 師匠が私の手をベッドに縫い付けるみたいに押し倒しているので、動こうとしても動けたかどうかはわからないけれど。

 師匠の綺麗な顔があり得ないくらい近くにある。私が少し顔を上げたら、唇同士がくっついてしまいそうだ。

 本当に? 本当に師匠も、私と同じ気持ちなの?

 感動と困惑で目がまわりそう。
 だっていきなりすぎて展開についていけないよ!

 いつまでも返事をせず戸惑ったような私の様子を見て勘違いしたのか、師匠は自嘲するようにふっと息を漏らし、私からスッと身を引き私に背を向けてベッドに腰かけた。

「やっぱりな。安心しろ、予想はしてたから、俺は……」
「わーっ! 違います違います!」

 そんな簡単に身を引かないでください、師匠!

 私は真面目で頑固で鈍感で少しヘタレな師匠にはっきり気持ちを伝えるため、師匠の肩を引っ掴んでこちらを向かせ、無理やり唇を重ね合わせた。

「っ!」
「~~っ!?」

 ……ったぁ!

 勢いが良すぎたようで、がつんとお互いの歯が当たってしまった。
 なにこれ、こんなことあるの!?

 思わず両手で口を押さえながら師匠を見ると、師匠も痛そうに口元を押さえている。
 ど、どうしよう、怒ったかな。

「ご、ごめんなさいししょ……」

 師匠の顔が近づいてきて、気がついた時にはまだ痛む唇を師匠の唇で塞がれていた。

 驚いたけれど、師匠からしてくれたキスは優しくて、柔らかくて気持ち良くて、痛いのなんてあっという間になくなってしまった。

 ちゅっと音を立てて、唇が離れた。

 ……もっとして欲しかったのにな、と無意識に思ってしまい、そのことに気づいて顔に熱が集まってきた。

 わああ! 私、何考えてるの! ていうかさっき、自分から師匠に……!

 恥ずかしさに思わずパッとうつむくと、師匠が両手で私の頬を押さえて上を向かせ、再び唇を合わせてきた。

「……!」

 ぎゃーっ! いきなり積極的すぎませんか師匠! ときめきすぎて死にそうです!

 ゆっくり離れた師匠の顔は、見たことがない表情をしていた。やばい。ドキドキしすぎて胸が痛い。こんな顔を他の人に見られたら、その人たちは全員師匠を好きになっちゃうよ。

「……もう、嫌だっつっても逃がしてやらねえからな」

 力強く抱きしめられて、嬉しくて倒れそうだ。
 それに、いつもより少し口調が荒くなっていませんか。本当はそれが素なんですか。

「い、嫌だなんて言うわけないじゃないですか! 師匠こそ、もう他の人とお見合いしろなんて言わないでくださいよ!」
「……悪かった」

 あれ、珍しく素直だ。まあ、あれにはかなり傷つきましたからね。

「あいつは賢者としてのお前じゃなくお前自身を気に入ってるみたいだったし、何より年が近い。それに王族ではないが、身分も高いし」
「もう、世界一の魔術師が一体何を言っているんですか! あの人には悪いですけど、私はあの人のこと覚えてすらいませんでしたから。写真見て『あれ、見たことあるかも?』くらいですよ! 私が一緒にいたいのは、年が近い人でも身分が高い人でもなく、師匠だけなんですからね!」
「……っ、本当、お前は! 俺の理性を試してんのか!?」
「え? 理性?」

 ……何の話?

「正直、二年くらい前からいつ襲っちまうか気が気じゃなくて、出来るだけ家ではお前のこと見ないようにしてたくらいなんだぞこっちは! お前が成人したら絶対すぐに結婚だからな、文句は聞かん!」

 師匠が照れたように視線を逸らしながらやけくそという感じでそう言った。

 意外な事実に目を瞬く。私を避けていたのがそんな理由だったなんて。
 私の胸がぶわりと喜びで満たされていく。
 今の言葉は全然プロポーズっぽくないけれど、師匠と結婚できるなんて嬉しすぎてそんなことは全く気にならない。

「はい、師匠! それであの、ひとつお願いがあるんですけど」
「……なんだ」

 ……そんなに嫌そうな顔をしなくてもいいのに。別に変なこと言わないよ?

「名前で呼んでもいいですか?」
「駄目だ」

 若干被せぎみに返ってきた答えに唖然とする。

「なんでですか! 私たちは結婚するんじゃないんですか!?」
「うるさい。結婚したらいくらでも呼べばいいが、それまでは我慢しろ。次名前で呼んだら本当に襲うからな」
「……」

 どうやら師匠は、名前で呼ばれると襲いたくなるらしい。あまり私の名前を呼ばなくなったのも、もしかしてそれが原因だろうか。

 結婚前にそんなことになるのはさすがにまずいと思うので口をつぐむ。

「……わかりました。でも、せめて師匠からも、“好き”の一言くらいあってもよくないですか」

 師匠は“離したくない”と言っただけで、私ばっかり好きと言わされている。これで名前も呼べないんじゃ、やっと関係が変わったというのに実感が湧かない。

 師匠はものすごく嫌そうに顔をしかめたけれど、私は諦めきれずにじっと師匠を見つめた。

「……ふー」

 すると師匠はぐっと眉を寄せながら、心の準備をするかのように深呼吸した。

 ……魔物の大群に一人で向かって行く時だって、そんなに緊張してなかったじゃないですか、師匠。

 そしてたっぷり時間をかけたあとようやく私に向き直ったと思うと、顔を寄せて、私の耳元で小さく囁いた。

「……愛してるよ。アリアベル」
「!!」

 そう言って、師匠は再び私に唇を落とした。
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みんなの感想(3件)

淡雪
2021.02.20 淡雪

師匠~!!も~、カッコよすぎです。短編じゃなくて、長編で、師匠を堪能したかったです。

侑子
2021.02.20 侑子

淡雪様、こちらのお話も読んで頂き、感想をくださり嬉しいです!
短編を書きたいと思っていたので短くしましたが、わたしもお気に入りのお話です(*^^*)

解除
2020.10.05 ユーザー名の登録がありません

退会済ユーザのコメントです

侑子
2020.10.05 侑子

maroさん、感想ありがとうございますー!!(///∇///)
キャラクター褒めてもらえると自分のこと褒められるより嬉しいです!( *´艸`)
読んでくださりありがとうございました♪♪

解除
キナタ
2020.09.21 キナタ

はぁ〜〜ん
コレツボ!師匠のタイプ私のツボなんです
ごちそうさまでしたー

侑子
2020.09.21 侑子

お楽しみ頂けたようで何よりです!
お読みくださりありがとうございました(*^^*)

解除

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