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第二章 魔塔の魔法使い
父と子
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ふぅ……。
私は、ずっと息を止めていたかのような息苦しさを和らげようと、深く息を吐いた。
……とんでもない結果になったわね。まさか、王妃様が捕らえられるなんて……。
それも、ノラード様のお母様である側妃を殺した咎である。国王の態度からしても、厳罰は避けられないだろう。
初めは私を人質にして第二王子を暗殺しようとした事件の犯人を暴く流れだったのに、九年前に亡くなった側妃様が殺されていたことまで発覚してしまった。
……まさか側妃様が、病気ではなく王妃様の手にかかっていたなんて。
私は心配になって、ノラード様をちらりと見上げた。きっと彼は、私とは比べ物にならないほどショックを受けているに違いない。彼の心中を思うと、私まで胸が痛くなる。
けれど、彼は寂しげな表情はしていたものの、それほどショックを受けたような様子はなかった。私はそのことに驚いて、目を瞬く。
「ノラード様。もしかして、ご存知だったのですか?」
私がそう尋ねれば、彼は苦笑した。
「僕も、知ったのはつい最近だけどね。……彼が教えてくれたんだよ」
そう言って、王太子の方へちらりと視線を向けた。
彼もまた、母親の罪を自ら暴くという重大な決意をして、実際に行動へ移したのだ。辛そうに目を伏せる姿は痛ましいものだった。
一体いつの間に交流を持っていたのか、王太子が自身の母親が犯した罪を知り、ノラード様へ謝罪に訪れたらしい。
そしてその後、二人は共に王妃の罪を暴こうと決めたのだという。
側妃殺害の罪を実際に暴露したのは王妃の側近だったが、王太子が持ってきた証拠でノラード様暗殺未遂等の罪を彼女が認めないようなら、公爵家に咲く白い花の毒を証拠に、側妃の件を公表する算段もつけていたらしい。
「王太子殿下……」
彼の決断は、相当勇気のいるものだったに違いない。
すでに立太子しているとはいえ、母親が罪人となってしまえば、彼の立場も危うくなることは必然だろう。実家から毒を入手していたのであれば、後ろ盾である公爵家も処分は免れないはずだ。
つまり彼は、自分の身を切る覚悟で罪を告発したのだ。
私が気遣わしげな顔を王太子へ向けると、彼はフッと自嘲した。
「……そんな顔をするな、リーシャ。もし俺が黙っていれば、いつかこのことが発覚した時に俺も黙認していたと罪を問われることになったかもしれない。それにそんなことをすれば、弟に一生顔向けできそうになかったからな。俺は自分にとっても、そして王太子としても、最善の選択をしたと思っている」
そう言って、彼は前を見据えた。
「あとは、父上次第だな」
王太子の視線を追って国王を見ると、彼はやり切れない様子で項垂れていた。しかし、すぐに手早く指示を出し始める。
「王妃の側近たちを全員捕らえよ。王妃の暴挙に手を貸した者、見て見ぬふりをしていた者、全て許し難い。徹底的に調査するのだ」
「はっ!」
「へ、陛下! わたくしたちは何も知らなかったのです。どうかお許しください……!」
侍女たちが青ざめた顔で抵抗しているが、国王は無慈悲にその訴えを一蹴する。
「そなたらのそばで主がこれだけのことをしていて、全く知らなかったで済まされると思うな。万が一知らなかったとしたら、それは側近という仕事に対してよほど怠慢だったのであろうな。私は王妃の悪行に関与した者を誰一人逃すつもりはないから、覚悟しておけ」
国王の宣告に、王妃の側近たちは全員悲愴な表情を浮かべて、騎士たちに捕らえられていった。
その様子をじっと見つめるノラード様の表情はほとんど無表情で、私にその胸の内を窺い知ることは難しかった。
王妃の側近たちが全員外へ連れ出されると、謁見の間に静けさが戻ってくる。
しばらく沈黙が満ちた場で、国王が静かに口を開いた。
「……セオラド、それからノラード」
名前を呼ばれただけなのに、二人は大きく目を見張った。ノラード様はお会いすること自体が久しぶりだから無理もないが、王太子も名前で呼ばれることは少ないのかもしれない。
「しばらく見ない内に……いや、私が何も見ないように目を逸らしていた間に、本当に大きく、立派に成長したな。まさか、お前たちに事の真相を教えられるとは思わなかった。私は本当に情けない……」
側妃様のことを思い浮かべているのか、国王が眉間にシワを寄せ、目頭を押さえた。そしてドサッと玉座へ体を預けると、頭を抱えて黙り込んでしまった。
誰もが言葉を発することを躊躇う空気の中、口を開いたのはノラード様だった。
「陛下は、本当に母上のことを愛していらっしゃるのだろうと、私は幼い頃から思っておりました。当時は私に目を向けない陛下へ不満を抱いたこともありましたが、今は少しだけ、陛下のお気持ちが理解できるつもりです。私を大切にしないことで、第一王子を王太子にしたい王妃から、母上と私を守りたかったのではないかと」
国王が、驚いたようにノラード様を見た。
否定しないということは、間違いではないということだろうか。
「無論、母上が亡くなった後の私への対応からして、陛下にとっては母上が全てであり、所詮私は母上の付属品でしかなかったのでしょうが」
少しだけ批難の色を含んだノラード様の視線に、陛下は申し訳なさそうに目を伏せた。
しかし次の瞬間、ノラード様はそんな陛下に、清々しいほど爽やかな笑みを見せた。
「ですが、別に陛下を恨んではおりません。あの時期があったおかげで、私は自分の生涯をかけて愛する人に出会えましたから」
そう言ってノラード様は私の肩を抱き、自分のそばへ引き寄せた。
……え? 今、何て言ったの?
私は、ずっと息を止めていたかのような息苦しさを和らげようと、深く息を吐いた。
……とんでもない結果になったわね。まさか、王妃様が捕らえられるなんて……。
それも、ノラード様のお母様である側妃を殺した咎である。国王の態度からしても、厳罰は避けられないだろう。
初めは私を人質にして第二王子を暗殺しようとした事件の犯人を暴く流れだったのに、九年前に亡くなった側妃様が殺されていたことまで発覚してしまった。
……まさか側妃様が、病気ではなく王妃様の手にかかっていたなんて。
私は心配になって、ノラード様をちらりと見上げた。きっと彼は、私とは比べ物にならないほどショックを受けているに違いない。彼の心中を思うと、私まで胸が痛くなる。
けれど、彼は寂しげな表情はしていたものの、それほどショックを受けたような様子はなかった。私はそのことに驚いて、目を瞬く。
「ノラード様。もしかして、ご存知だったのですか?」
私がそう尋ねれば、彼は苦笑した。
「僕も、知ったのはつい最近だけどね。……彼が教えてくれたんだよ」
そう言って、王太子の方へちらりと視線を向けた。
彼もまた、母親の罪を自ら暴くという重大な決意をして、実際に行動へ移したのだ。辛そうに目を伏せる姿は痛ましいものだった。
一体いつの間に交流を持っていたのか、王太子が自身の母親が犯した罪を知り、ノラード様へ謝罪に訪れたらしい。
そしてその後、二人は共に王妃の罪を暴こうと決めたのだという。
側妃殺害の罪を実際に暴露したのは王妃の側近だったが、王太子が持ってきた証拠でノラード様暗殺未遂等の罪を彼女が認めないようなら、公爵家に咲く白い花の毒を証拠に、側妃の件を公表する算段もつけていたらしい。
「王太子殿下……」
彼の決断は、相当勇気のいるものだったに違いない。
すでに立太子しているとはいえ、母親が罪人となってしまえば、彼の立場も危うくなることは必然だろう。実家から毒を入手していたのであれば、後ろ盾である公爵家も処分は免れないはずだ。
つまり彼は、自分の身を切る覚悟で罪を告発したのだ。
私が気遣わしげな顔を王太子へ向けると、彼はフッと自嘲した。
「……そんな顔をするな、リーシャ。もし俺が黙っていれば、いつかこのことが発覚した時に俺も黙認していたと罪を問われることになったかもしれない。それにそんなことをすれば、弟に一生顔向けできそうになかったからな。俺は自分にとっても、そして王太子としても、最善の選択をしたと思っている」
そう言って、彼は前を見据えた。
「あとは、父上次第だな」
王太子の視線を追って国王を見ると、彼はやり切れない様子で項垂れていた。しかし、すぐに手早く指示を出し始める。
「王妃の側近たちを全員捕らえよ。王妃の暴挙に手を貸した者、見て見ぬふりをしていた者、全て許し難い。徹底的に調査するのだ」
「はっ!」
「へ、陛下! わたくしたちは何も知らなかったのです。どうかお許しください……!」
侍女たちが青ざめた顔で抵抗しているが、国王は無慈悲にその訴えを一蹴する。
「そなたらのそばで主がこれだけのことをしていて、全く知らなかったで済まされると思うな。万が一知らなかったとしたら、それは側近という仕事に対してよほど怠慢だったのであろうな。私は王妃の悪行に関与した者を誰一人逃すつもりはないから、覚悟しておけ」
国王の宣告に、王妃の側近たちは全員悲愴な表情を浮かべて、騎士たちに捕らえられていった。
その様子をじっと見つめるノラード様の表情はほとんど無表情で、私にその胸の内を窺い知ることは難しかった。
王妃の側近たちが全員外へ連れ出されると、謁見の間に静けさが戻ってくる。
しばらく沈黙が満ちた場で、国王が静かに口を開いた。
「……セオラド、それからノラード」
名前を呼ばれただけなのに、二人は大きく目を見張った。ノラード様はお会いすること自体が久しぶりだから無理もないが、王太子も名前で呼ばれることは少ないのかもしれない。
「しばらく見ない内に……いや、私が何も見ないように目を逸らしていた間に、本当に大きく、立派に成長したな。まさか、お前たちに事の真相を教えられるとは思わなかった。私は本当に情けない……」
側妃様のことを思い浮かべているのか、国王が眉間にシワを寄せ、目頭を押さえた。そしてドサッと玉座へ体を預けると、頭を抱えて黙り込んでしまった。
誰もが言葉を発することを躊躇う空気の中、口を開いたのはノラード様だった。
「陛下は、本当に母上のことを愛していらっしゃるのだろうと、私は幼い頃から思っておりました。当時は私に目を向けない陛下へ不満を抱いたこともありましたが、今は少しだけ、陛下のお気持ちが理解できるつもりです。私を大切にしないことで、第一王子を王太子にしたい王妃から、母上と私を守りたかったのではないかと」
国王が、驚いたようにノラード様を見た。
否定しないということは、間違いではないということだろうか。
「無論、母上が亡くなった後の私への対応からして、陛下にとっては母上が全てであり、所詮私は母上の付属品でしかなかったのでしょうが」
少しだけ批難の色を含んだノラード様の視線に、陛下は申し訳なさそうに目を伏せた。
しかし次の瞬間、ノラード様はそんな陛下に、清々しいほど爽やかな笑みを見せた。
「ですが、別に陛下を恨んではおりません。あの時期があったおかげで、私は自分の生涯をかけて愛する人に出会えましたから」
そう言ってノラード様は私の肩を抱き、自分のそばへ引き寄せた。
……え? 今、何て言ったの?
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