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第二章 魔塔の魔法使い
ある男の半生
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「……何ですって?」
王妃が縛られている男を睨む。
ビクリと、青ざめた男が体を強張らせた。
「さぁ、昨日私に教えてくれたように、全て話してください。黙っていても、彼女は助けてくれませんよ。むしろ証拠を隠滅しようと、全ての責任を擦りつけて、あなたを処刑に追い込むでしょうね」
「……!」
ノラード様に耳打ちされた男が、ぶるぶると震えだす。
「わ、私は……!」
「陛下、犯罪者の言葉に耳を傾ける必要などありませんわ。さっさと処刑してしまえばよろしいではありませんか」
王妃の言葉に、男が目を剥く。
「な、何を……!? 王妃様、私を捨て駒になさるおつもりですか? 私は、いつもあなたに従順だったではありませんか! 言われた通りに動いていたただけなのに、それはあんまりです!」
「何を言うのですか。わたくしはあなたのような犯罪者には会ったこともございません。陛下、これはきっとそこにいる第二王子の陰謀です。彼がわたくしを排するべく、濡れ衣を着せようとしているのですわ」
冷たい眼差しで、王妃は男を切り捨てた。
男は絶望したような表情で、懇願するように王妃を見つめているが、彼女がそれに応えることは決してないだろう。
「陛下、まさかわたくしよりも、そこにいる犯罪者の言葉を信用なさるわけではありませんわよね?」
私はグッと唇を噛んだ。
王妃が否定してしまえば、身元も定かではない男の証言など、何の証拠にもならないに違いない。ノラード様は、一体どうなさるおつもりなのだろう。
私はちらりと彼に視線を向けた。すると、なんと彼は未だに表情を変えることなく、笑みを浮かべていた。
「濡れ衣とは、おかしなことをおっしゃいますね。私はただ、『彼をご存知ですよね』とお聞きしただけなのですが……」
そう言って、ノラード様はオラムへ目配せをする。するとオラムは、数枚の書類をサッと彼へ手渡した。とても優秀な執事である。
ノラード様は書類を受け取ると、それを滑らかに読み上げる。
「ウード・タイラー、三十五歳。そう、彼は王妃様の乳母であるタイラー夫人の息子であり、あなたの乳兄弟ではありませんか。それなのに、彼を知らないはずがありませんよね?」
王妃はハッとあざ笑うような声を出した。
「何を言っているのかしら? わたくしの乳兄弟はローディ・タイラーただ一人よ。そこにいる男がタイラー性なはずがないわ!」
王妃がまくしたてるようにそう言い放つ。
けれどノラード様は、あくまで冷静だった。
「確かに、彼は生来から親戚のエルドラ性を名乗っていました。妊娠した乳母に休暇を与えなければならなくなったことに腹を立てたあなたの命令で、産まれた子供から性を奪ったのですよね? 乳母と同じタイラー性を名乗ることは許さないと言って。そして、彼が幼い頃からずっと、まるで小間使いのような扱いをしてきた」
「……」
男が自分の生い立ちを語られ、辛そうに目を閉じている。王妃は血走った目で男を睨んでいた。そんなことまで話したのかと、激怒しているようだ。
「それでも実際に、彼は現在タイラー性を名乗っています。それが何を意味するのかわかりますか?」
「……」
王妃は答えない。
「タイラー夫人が、こっそりと息子を自分の元へ戻したのですよ。彼女も辛かったでしょうね、主の命令とはいえ、息子を息子として扱えず、虐げられているのを黙って見ていることしかできなかったのですから。しかし、仕事を引退した際、もう十分だと思ったのでしょう。愛する息子を手元に戻したようです。あなたには何も言わずにね。それ以降も、あなたは彼を小間使いのごとく扱っていたようですが」
「……そんな男は知らないと言っています。これ以上無礼な発言を重ねるなら、わたくしにも考えがございましてよ」
凍えてしまいそうなほど冷たい王妃の声が響く。
私は背筋に走った悪寒に、ふるりと体を震わせた。
しかし、ノラード様は微塵も動揺するような気配もなく、挑戦的な笑みさえ浮かべつつ王妃を見据えた。
「なるほど。まぁ、彼の証言だけで認めることはないだろうと、元より思っていました。ではこれから、より明確な証拠をお見せしましょうか」
そう言ってノラード様がオラムへ合図を出すと、再び扉が開いた。
王妃が縛られている男を睨む。
ビクリと、青ざめた男が体を強張らせた。
「さぁ、昨日私に教えてくれたように、全て話してください。黙っていても、彼女は助けてくれませんよ。むしろ証拠を隠滅しようと、全ての責任を擦りつけて、あなたを処刑に追い込むでしょうね」
「……!」
ノラード様に耳打ちされた男が、ぶるぶると震えだす。
「わ、私は……!」
「陛下、犯罪者の言葉に耳を傾ける必要などありませんわ。さっさと処刑してしまえばよろしいではありませんか」
王妃の言葉に、男が目を剥く。
「な、何を……!? 王妃様、私を捨て駒になさるおつもりですか? 私は、いつもあなたに従順だったではありませんか! 言われた通りに動いていたただけなのに、それはあんまりです!」
「何を言うのですか。わたくしはあなたのような犯罪者には会ったこともございません。陛下、これはきっとそこにいる第二王子の陰謀です。彼がわたくしを排するべく、濡れ衣を着せようとしているのですわ」
冷たい眼差しで、王妃は男を切り捨てた。
男は絶望したような表情で、懇願するように王妃を見つめているが、彼女がそれに応えることは決してないだろう。
「陛下、まさかわたくしよりも、そこにいる犯罪者の言葉を信用なさるわけではありませんわよね?」
私はグッと唇を噛んだ。
王妃が否定してしまえば、身元も定かではない男の証言など、何の証拠にもならないに違いない。ノラード様は、一体どうなさるおつもりなのだろう。
私はちらりと彼に視線を向けた。すると、なんと彼は未だに表情を変えることなく、笑みを浮かべていた。
「濡れ衣とは、おかしなことをおっしゃいますね。私はただ、『彼をご存知ですよね』とお聞きしただけなのですが……」
そう言って、ノラード様はオラムへ目配せをする。するとオラムは、数枚の書類をサッと彼へ手渡した。とても優秀な執事である。
ノラード様は書類を受け取ると、それを滑らかに読み上げる。
「ウード・タイラー、三十五歳。そう、彼は王妃様の乳母であるタイラー夫人の息子であり、あなたの乳兄弟ではありませんか。それなのに、彼を知らないはずがありませんよね?」
王妃はハッとあざ笑うような声を出した。
「何を言っているのかしら? わたくしの乳兄弟はローディ・タイラーただ一人よ。そこにいる男がタイラー性なはずがないわ!」
王妃がまくしたてるようにそう言い放つ。
けれどノラード様は、あくまで冷静だった。
「確かに、彼は生来から親戚のエルドラ性を名乗っていました。妊娠した乳母に休暇を与えなければならなくなったことに腹を立てたあなたの命令で、産まれた子供から性を奪ったのですよね? 乳母と同じタイラー性を名乗ることは許さないと言って。そして、彼が幼い頃からずっと、まるで小間使いのような扱いをしてきた」
「……」
男が自分の生い立ちを語られ、辛そうに目を閉じている。王妃は血走った目で男を睨んでいた。そんなことまで話したのかと、激怒しているようだ。
「それでも実際に、彼は現在タイラー性を名乗っています。それが何を意味するのかわかりますか?」
「……」
王妃は答えない。
「タイラー夫人が、こっそりと息子を自分の元へ戻したのですよ。彼女も辛かったでしょうね、主の命令とはいえ、息子を息子として扱えず、虐げられているのを黙って見ていることしかできなかったのですから。しかし、仕事を引退した際、もう十分だと思ったのでしょう。愛する息子を手元に戻したようです。あなたには何も言わずにね。それ以降も、あなたは彼を小間使いのごとく扱っていたようですが」
「……そんな男は知らないと言っています。これ以上無礼な発言を重ねるなら、わたくしにも考えがございましてよ」
凍えてしまいそうなほど冷たい王妃の声が響く。
私は背筋に走った悪寒に、ふるりと体を震わせた。
しかし、ノラード様は微塵も動揺するような気配もなく、挑戦的な笑みさえ浮かべつつ王妃を見据えた。
「なるほど。まぁ、彼の証言だけで認めることはないだろうと、元より思っていました。ではこれから、より明確な証拠をお見せしましょうか」
そう言ってノラード様がオラムへ合図を出すと、再び扉が開いた。
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