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第一章 離宮の住人
味方
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「ううん。僕はお風呂に入らなくても、自分で綺麗にできるから大丈夫だよ」
「え?」
どういうことだろう、と私が首を傾げると、殿下はおもむろに目を閉じた。
室内なのにふわりと風を感じたと思うと、次の瞬間、仕事の邪魔にならないよう留めていた髪が、サラリと私の頬を流れた。整髪料をつけていたはずなのに、それはまるで洗いたてのように滑らかな感触だった。
「えっ、あれ?」
「これ、魔法。まだたくさんのことはできないけど、浄化の魔法くらいなら、使えるんだ。その、本に書いてあったから……」
なんと、彼はまだ幼いのに、自分で魔法を使い、身の回りを綺麗にしていたらしい。言われてみれば、この部屋は本をはじめ物が散乱してはいるが、玄関や廊下などとは違って埃っぽさは感じない。彼自身も、淡い金の髪はサラサラで、汚れた様子はまるでなかった。
「す、すごいです殿下! 本で読んだだけで、魔法をちゃんと使えるようになるなんて! 殿下はきっと、魔法の天才なのですね!!」
「え……」
私は尊敬の眼差しで殿下を見つめた。
魔力があっても、魔法を使うのは難しくてセンスがいるものだと、家族からよく聞いている。マリッサも両親からいくつか魔法を教わっていたが、魔力が豊富な彼女でもひとつひとつの魔法を覚えるのにとても苦労していた。
それを本で学んだだけで完璧に扱えるのだから、彼はきっとすごい才能の持ち主なのだろう。
そう思い素直に褒めると、彼はまたしても、なぜか戸惑った様子を見せた。
「そ、そんなことない……よ」
彼はおろおろした様子で視線を彷徨わせていたが、次第にワゴンの上の朝食のところで、それはピタリと止まった。
「あっ、申し訳ございません! すぐにお出しいたしますね」
彼はどうやらお腹が空いているらしい。
様子がおかしいのもそのせいかもしれない。私はすぐに机に朝食を並べ始めた。
「……美味しそう。こんなパン、初めて見た。これ、リーシャが作ったの?」
「えっと、はい。そうです」
……初めて見たのね。もしかして王城の料理人たちは、惣菜パンは作らないのかしら? ソーセージにパンを巻いて焼くなんて、見た目的に王族の食事には相応しくないとか?
無難にホットドッグとかにしておけば良かったかもしれない。そう少し不安に思ったが、目を輝かせた第二王子がソーセージパンを手に取り、よほど空腹だったのか食前の挨拶もせずにすぐさまパクッと口に入れた。
その瞬間、王子の目がキラキラと輝いた。
どうやら口に合ったようで、私はホッと安堵の息を吐いた。王子はスープやジュースも次々と手に取り、用意した朝食はみるみるなくなっていく。
……ルディオがいつも食べる量と同じくらいを用意したつもりだったけど、もしかして足りなかったかしら?
あまりの勢いに驚きつつ、王子の食事を見守る。全てをあっという間にたいらげると、彼は私をパッと見上げた。
「リーシャ、あの……」
「は、はい」
第二王子が、何やら言いにくそうにしている。
やはり、量が足りなかったのだろうか。
そう思ったが、後に続いた言葉は、私の予想とは違うものだった。
「その……美味しかった。ありがとう」
「……!」
そう言って、殿下がぎこちないながらも初めて笑みを見せてくれた。
それは、まるで必中の矢のように私の胸を貫いた。
……なんて可愛らしいのかしら!
彼は、こんな状況に置かれていても、こんなに素直に使用人に向かってお礼が言えるのだ。私はもうそれだけで、彼にとても好感を持てた。
周囲がどれだけこの王子を悪く言おうと、自分だけは味方でいようと思った、私の勤務二日目だった。
「え?」
どういうことだろう、と私が首を傾げると、殿下はおもむろに目を閉じた。
室内なのにふわりと風を感じたと思うと、次の瞬間、仕事の邪魔にならないよう留めていた髪が、サラリと私の頬を流れた。整髪料をつけていたはずなのに、それはまるで洗いたてのように滑らかな感触だった。
「えっ、あれ?」
「これ、魔法。まだたくさんのことはできないけど、浄化の魔法くらいなら、使えるんだ。その、本に書いてあったから……」
なんと、彼はまだ幼いのに、自分で魔法を使い、身の回りを綺麗にしていたらしい。言われてみれば、この部屋は本をはじめ物が散乱してはいるが、玄関や廊下などとは違って埃っぽさは感じない。彼自身も、淡い金の髪はサラサラで、汚れた様子はまるでなかった。
「す、すごいです殿下! 本で読んだだけで、魔法をちゃんと使えるようになるなんて! 殿下はきっと、魔法の天才なのですね!!」
「え……」
私は尊敬の眼差しで殿下を見つめた。
魔力があっても、魔法を使うのは難しくてセンスがいるものだと、家族からよく聞いている。マリッサも両親からいくつか魔法を教わっていたが、魔力が豊富な彼女でもひとつひとつの魔法を覚えるのにとても苦労していた。
それを本で学んだだけで完璧に扱えるのだから、彼はきっとすごい才能の持ち主なのだろう。
そう思い素直に褒めると、彼はまたしても、なぜか戸惑った様子を見せた。
「そ、そんなことない……よ」
彼はおろおろした様子で視線を彷徨わせていたが、次第にワゴンの上の朝食のところで、それはピタリと止まった。
「あっ、申し訳ございません! すぐにお出しいたしますね」
彼はどうやらお腹が空いているらしい。
様子がおかしいのもそのせいかもしれない。私はすぐに机に朝食を並べ始めた。
「……美味しそう。こんなパン、初めて見た。これ、リーシャが作ったの?」
「えっと、はい。そうです」
……初めて見たのね。もしかして王城の料理人たちは、惣菜パンは作らないのかしら? ソーセージにパンを巻いて焼くなんて、見た目的に王族の食事には相応しくないとか?
無難にホットドッグとかにしておけば良かったかもしれない。そう少し不安に思ったが、目を輝かせた第二王子がソーセージパンを手に取り、よほど空腹だったのか食前の挨拶もせずにすぐさまパクッと口に入れた。
その瞬間、王子の目がキラキラと輝いた。
どうやら口に合ったようで、私はホッと安堵の息を吐いた。王子はスープやジュースも次々と手に取り、用意した朝食はみるみるなくなっていく。
……ルディオがいつも食べる量と同じくらいを用意したつもりだったけど、もしかして足りなかったかしら?
あまりの勢いに驚きつつ、王子の食事を見守る。全てをあっという間にたいらげると、彼は私をパッと見上げた。
「リーシャ、あの……」
「は、はい」
第二王子が、何やら言いにくそうにしている。
やはり、量が足りなかったのだろうか。
そう思ったが、後に続いた言葉は、私の予想とは違うものだった。
「その……美味しかった。ありがとう」
「……!」
そう言って、殿下がぎこちないながらも初めて笑みを見せてくれた。
それは、まるで必中の矢のように私の胸を貫いた。
……なんて可愛らしいのかしら!
彼は、こんな状況に置かれていても、こんなに素直に使用人に向かってお礼が言えるのだ。私はもうそれだけで、彼にとても好感を持てた。
周囲がどれだけこの王子を悪く言おうと、自分だけは味方でいようと思った、私の勤務二日目だった。
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