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第一章 離宮の住人

決意

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 彼は野心家ではないと私は思っているが、自身の志のために、国王になりたいと思うことはあるかもしれない。
 
 そう思い問いかけると、彼は真剣な表情で私を見返した。
 
「リーシャは、どうしてほしい?」
 
「え……」
 
 私を見つめ続ける彼の眼差しが、この質問が軽いものではないと伝えてくる。
 
 まさか、自分の答えで彼の意志が変わるとは思えないが、私はなんだか答えるのを少し躊躇ってしまった。
 
「……そうですね。殿下にはその才覚がおありになると思っていますが……今でも尊い身分なのに、国王様となると、さらに遠い存在になってしまいます。そうしたら、わたくしは少し寂しいかもしれません」
 
 将来は殿下の結婚相手の侍女になるのも良いなと思ったが、殿下が国王になればその相手は王妃である。さすがに私の身分では、王妃の侍女にはなれないだろう。
 
 そう思い正直に答えれば、殿下はなぜか嬉しそうな、満面の笑みを浮かべた。
 
「そっか。じゃあ僕、国王にはならない」
 
「え!?」
 
 まさか、本当に私の答えで彼は将来の道という重大なものを決めてしまったのだろうか。
 
 寂しいと思ったのは事実だが、王座を目指すかどうかは、ただの世話係である私一人の、そんな気持ちだけで左右されていいものではない。
 
 私は背中に冷や汗が流れるのを感じたが、きっと私の意見がたまたま彼の意思と一致しただけだろう。そうに違いない。

「でも、このままじゃいけないのは確かだよね……。僕、今の状況を変えたい」
 
 王座は望まないが、やはりこの状況はなんとかしなければならない。そのために行動を起こすべきだと、彼は言う。
 
「でも、どうしたらいいのでしょう? 殿下のお父上である国王陛下へお願いしようにも、謁見が許可されるとは限りませんし……」
 
 というか、許可が下りるとは到底思えない。国王は人嫌いで、王妃や第一王子でさえ滅多に会えないのだと聞いたことがある。国王としての仕事以外で、彼が人に会うことはほとんどないらしい。
 
 それに、殿下の現在の状況を知らないはずがないのに放置しているということからしても、彼に期待しても恐らく無駄だろう。
 
「……少し、考えがあるんだ。うまくいくかはわからないけど、僕、やってみるよ」
 
 そう言って前を向いた彼の、長い前髪の隙間から見える赤い目がキラキラと輝く。私は素直に、綺麗だなと思った。
 
「いつも思っていましたが、殿下の赤い、夕焼けのような色の目はとても綺麗ですよね。大変なことを決意された今は、なんだか輝いているようで、さらに素敵に見えます。御髪でよく見えないのが少し残念なくらい」
 
「えっ……」
 
 カァッと、殿下の顔が一気に赤く染まった。目の色と同じくらい真っ赤だ。
 ストレートに褒めすぎたのかもしれないと思いながらも、私は微笑ましい気持ちになった。
 
 殿下が、何かを考えるように自身の前髪をいじる。
 
「じゃあ……僕の髪、リーシャが切ってくれる?」
 
「え!?」
 
 突然何を言い出すのだろうか。
 王族の髪を切るのは、王族御用達の理髪師の仕事だ。素人の私に務まるとは、とても思えない。
 
「い、いえいえ、わたくしが殿下の御髪を切るなんて、恐れ多いです! 散髪をお望みでしたら、わたくしが理髪師を呼んで……」
 
「僕のところへ来たがる理髪師なんて誰もいないよ。それに、リーシャにやってもらいたいんだ。以前、妹や弟の髪を切っていると言っていたし、できないわけじゃないよね? 別に、失敗しても構わないから」
 
 ……そんなことを言われても、失敗なんてできるわけがないじゃないですか!
 
 私は思わず泣きそうになった。こんなことになるならば、殿下に妹や弟の髪を切っているなんて言うのではなかったと後悔する。
 
 そもそも、なぜそんな話を彼にしたのだっただろうか。
 そう、あれは確か、食材を切る手つきが器用だよねと褒められて、つい調子に乗って、話してしまったのだ。実は、妹や弟の髪はわたくしが切っているのですよ、と。
 殿下と食事を一緒に摂るようになった影響が、こんなところで出てくるなんて。
 
 確かにルディオたちの髪は私が切っているが、それは節約のために仕方なくであって、切り方はあくまで理髪師の見よう見まねだ。専門的なことを学んだわけでもないのに、王族の髪を切るなんて荷が重すぎる。
 
「で、殿下……」
 
 やっぱり断ろうと口を開いた私を、殿下がキラキラと期待を込めた眼差しで見つめている。この瞳を曇らせることなど、私にはとてもできない。
 
 それに実際、この離宮に宮廷理髪師を連れて来るのはかなりの難題だった。第二王子の離宮へ来たがらないのは、きっと彼らも同じだろう。
 
「か、かしこまりました……。でも本当に、失敗しても怒らないでくださいね?」
 
「うん! やった。ありがとうリーシャ!」
 
 無邪気に笑う殿下に、私は苦笑を返したのだった。
 

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