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第一章 離宮の住人

激高

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「……えっ、殿下?」
 
 焦ったように駆けつけてきた殿下が、私を背に庇うようにしてバッと少年との間に入った。
 
 殿下が私との散歩以外で外に出たのは、私がここに来てから初めてかもしれない。なぜここにと思ったが、ここは殿下の部屋の窓の真下だ。恐らく、部屋にいた殿下が私と彼のやりとりを聞きつけたのだろう。
 
 殿下が来たことで、私の腕を掴んでいた少年の手は、意外にもあっさりと放された。
 
「お前っ、リーシャに何をしているんだ!!」
 
「お、俺はただ……ぐっ……!」
 
 殿下に睨みつけられた少年が、胸を押さえて苦しみ出した。魔力がユラユラと殿下から立ち昇っている。魔力暴走が始まってしまったようだ。
 
 私より頭ひとつぶん以上も小さな殿下が、自分を守ろうとしてくれている。
 それはとても嬉しいことだけれど、これはまずい状況だ。
 
「で、殿下! 落ち着いてください、わたくしは大丈夫ですから。魔力が暴走してしまっていますよ!」
 
「でもこいつは、リーシャを……!」
 
 以前のように声をかけただけではすぐに感情を抑えることができないのか、殿下の魔力暴走は収まる気配を見せない。
 彼は睨むような視線を、きつく少年へ向けたままだ。

「殿下!」
 
 ついに膝をつき始めた少年を見て、私はとっさに、いつも妹をなだめる時のように彼を抱きしめた。
 
「なっ……!?」

「殿下、殿下。大丈夫ですよ、わたくし、何ともありません。落ち着いてください」
 
「……っ」
 
 よしよし、と背中を叩いてあげると、殿下の体がビクリと震えた。少年が苦しそうに息を荒くしていたのが止まり、おもむろに顔を上げたのを見て、私は彼の魔力暴走が無事収まったことを知った。
 
「良かった、収まりましたね。妹もこうすると、すぐに落ち着いてくれるのですよ」

「……! 僕は、リーシャの妹なんかじゃない!」
 
 私の言葉に、殿下が不機嫌そうに声を荒らげた。いつもは大人しい彼が不服を隠そうともせずバッと腕を突っ張り、私から距離をとる。
 
「え……あ、そうですよね。もちろん、殿下は尊いお方ですもの。妹と同じだなんて、恐れ多い発言でした。その、先ほどのわたくしの行動も、大変失礼なことでした。申し訳ございません」
 
「そっ、そうじゃなくて……!」
 
 いつのまにか、彼に対して妹たちと同じような親しみを持ってしまっていたようだ。
 魔力暴走を止めるためとはいえ、マリッサにいつもしていたように第二王子を抱きしめたのは、さすがにまずかった。

 ……殿下を不快な気持ちにさせてしまったみたい。反省しないと!

 肩を落とす私を、殿下がなぜかもどかしそうな表情で見つめた。
 
 やがて言いたいことを飲み込むように、殿下がため息を吐く。
 
「……もういいよ。あぁ、そこのあなた」
 
 殿下に視線を向けられた少年が、恐怖に青ざめた顔で恐る恐る目を合わせる。それは、自分よりも幼く、小さな者を見る目では決してなかった。
 
「なぜここへ来たのか知りませんが、顔色が悪いので、今日はもうお帰りになられた方がいいかと。あと言っておきますが、次にまた彼女に何かしたら、僕が絶対に許しませんからね」
 
「えっ、あ、ちょっと、殿下!?」
 
 そう言い放ち、殿下は私の手を取って、屋敷の入口へと向かった。その後、彼が少年を振り返ることは一切なかった。
 
 
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