29 / 85
第一章 離宮の住人
激高
しおりを挟む
「……えっ、殿下?」
焦ったように駆けつけてきた殿下が、私を背に庇うようにしてバッと少年との間に入った。
殿下が私との散歩以外で外に出たのは、私がここに来てから初めてかもしれない。なぜここにと思ったが、ここは殿下の部屋の窓の真下だ。恐らく、部屋にいた殿下が私と彼のやりとりを聞きつけたのだろう。
殿下が来たことで、私の腕を掴んでいた少年の手は、意外にもあっさりと放された。
「お前っ、リーシャに何をしているんだ!!」
「お、俺はただ……ぐっ……!」
殿下に睨みつけられた少年が、胸を押さえて苦しみ出した。魔力がユラユラと殿下から立ち昇っている。魔力暴走が始まってしまったようだ。
私より頭ひとつぶん以上も小さな殿下が、自分を守ろうとしてくれている。
それはとても嬉しいことだけれど、これはまずい状況だ。
「で、殿下! 落ち着いてください、わたくしは大丈夫ですから。魔力が暴走してしまっていますよ!」
「でもこいつは、リーシャを……!」
以前のように声をかけただけではすぐに感情を抑えることができないのか、殿下の魔力暴走は収まる気配を見せない。
彼は睨むような視線を、きつく少年へ向けたままだ。
「殿下!」
ついに膝をつき始めた少年を見て、私はとっさに、いつも妹をなだめる時のように彼を抱きしめた。
「なっ……!?」
「殿下、殿下。大丈夫ですよ、わたくし、何ともありません。落ち着いてください」
「……っ」
よしよし、と背中を叩いてあげると、殿下の体がビクリと震えた。少年が苦しそうに息を荒くしていたのが止まり、おもむろに顔を上げたのを見て、私は彼の魔力暴走が無事収まったことを知った。
「良かった、収まりましたね。妹もこうすると、すぐに落ち着いてくれるのですよ」
「……! 僕は、リーシャの妹なんかじゃない!」
私の言葉に、殿下が不機嫌そうに声を荒らげた。いつもは大人しい彼が不服を隠そうともせずバッと腕を突っ張り、私から距離をとる。
「え……あ、そうですよね。もちろん、殿下は尊いお方ですもの。妹と同じだなんて、恐れ多い発言でした。その、先ほどのわたくしの行動も、大変失礼なことでした。申し訳ございません」
「そっ、そうじゃなくて……!」
いつのまにか、彼に対して妹たちと同じような親しみを持ってしまっていたようだ。
魔力暴走を止めるためとはいえ、マリッサにいつもしていたように第二王子を抱きしめたのは、さすがにまずかった。
……殿下を不快な気持ちにさせてしまったみたい。反省しないと!
肩を落とす私を、殿下がなぜかもどかしそうな表情で見つめた。
やがて言いたいことを飲み込むように、殿下がため息を吐く。
「……もういいよ。あぁ、そこのあなた」
殿下に視線を向けられた少年が、恐怖に青ざめた顔で恐る恐る目を合わせる。それは、自分よりも幼く、小さな者を見る目では決してなかった。
「なぜここへ来たのか知りませんが、顔色が悪いので、今日はもうお帰りになられた方がいいかと。あと言っておきますが、次にまた彼女に何かしたら、僕が絶対に許しませんからね」
「えっ、あ、ちょっと、殿下!?」
そう言い放ち、殿下は私の手を取って、屋敷の入口へと向かった。その後、彼が少年を振り返ることは一切なかった。
焦ったように駆けつけてきた殿下が、私を背に庇うようにしてバッと少年との間に入った。
殿下が私との散歩以外で外に出たのは、私がここに来てから初めてかもしれない。なぜここにと思ったが、ここは殿下の部屋の窓の真下だ。恐らく、部屋にいた殿下が私と彼のやりとりを聞きつけたのだろう。
殿下が来たことで、私の腕を掴んでいた少年の手は、意外にもあっさりと放された。
「お前っ、リーシャに何をしているんだ!!」
「お、俺はただ……ぐっ……!」
殿下に睨みつけられた少年が、胸を押さえて苦しみ出した。魔力がユラユラと殿下から立ち昇っている。魔力暴走が始まってしまったようだ。
私より頭ひとつぶん以上も小さな殿下が、自分を守ろうとしてくれている。
それはとても嬉しいことだけれど、これはまずい状況だ。
「で、殿下! 落ち着いてください、わたくしは大丈夫ですから。魔力が暴走してしまっていますよ!」
「でもこいつは、リーシャを……!」
以前のように声をかけただけではすぐに感情を抑えることができないのか、殿下の魔力暴走は収まる気配を見せない。
彼は睨むような視線を、きつく少年へ向けたままだ。
「殿下!」
ついに膝をつき始めた少年を見て、私はとっさに、いつも妹をなだめる時のように彼を抱きしめた。
「なっ……!?」
「殿下、殿下。大丈夫ですよ、わたくし、何ともありません。落ち着いてください」
「……っ」
よしよし、と背中を叩いてあげると、殿下の体がビクリと震えた。少年が苦しそうに息を荒くしていたのが止まり、おもむろに顔を上げたのを見て、私は彼の魔力暴走が無事収まったことを知った。
「良かった、収まりましたね。妹もこうすると、すぐに落ち着いてくれるのですよ」
「……! 僕は、リーシャの妹なんかじゃない!」
私の言葉に、殿下が不機嫌そうに声を荒らげた。いつもは大人しい彼が不服を隠そうともせずバッと腕を突っ張り、私から距離をとる。
「え……あ、そうですよね。もちろん、殿下は尊いお方ですもの。妹と同じだなんて、恐れ多い発言でした。その、先ほどのわたくしの行動も、大変失礼なことでした。申し訳ございません」
「そっ、そうじゃなくて……!」
いつのまにか、彼に対して妹たちと同じような親しみを持ってしまっていたようだ。
魔力暴走を止めるためとはいえ、マリッサにいつもしていたように第二王子を抱きしめたのは、さすがにまずかった。
……殿下を不快な気持ちにさせてしまったみたい。反省しないと!
肩を落とす私を、殿下がなぜかもどかしそうな表情で見つめた。
やがて言いたいことを飲み込むように、殿下がため息を吐く。
「……もういいよ。あぁ、そこのあなた」
殿下に視線を向けられた少年が、恐怖に青ざめた顔で恐る恐る目を合わせる。それは、自分よりも幼く、小さな者を見る目では決してなかった。
「なぜここへ来たのか知りませんが、顔色が悪いので、今日はもうお帰りになられた方がいいかと。あと言っておきますが、次にまた彼女に何かしたら、僕が絶対に許しませんからね」
「えっ、あ、ちょっと、殿下!?」
そう言い放ち、殿下は私の手を取って、屋敷の入口へと向かった。その後、彼が少年を振り返ることは一切なかった。
10
お気に入りに追加
211
あなたにおすすめの小説
「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~
卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」
絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。
だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。
ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。
なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!?
「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」
書き溜めがある内は、1日1~話更新します
それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります
*仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。
*ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。
*コメディ強めです。
*hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!
男に間違えられる私は女嫌いの冷徹若社長に溺愛される
山口三
恋愛
「俺と結婚してほしい」
出会ってまだ何時間も経っていない相手から沙耶(さや)は告白された・・・のでは無く契約結婚の提案だった。旅先で危ない所を助けられた沙耶は契約結婚を申し出られたのだ。相手は五瀬馨(いつせかおる)彼は国内でも有数の巨大企業、五瀬グループの若き社長だった。沙耶は自分の夢を追いかける資金を得る為、養女として窮屈な暮らしを強いられている今の家から脱出する為にもこの提案を受ける事にする。
冷酷で女嫌いの社長とお人好しの沙耶。二人の契約結婚の行方は?
キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。
新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、
【完結】もう一度やり直したいんです〜すれ違い契約夫婦は異国で再スタートする〜
四片霞彩
恋愛
「貴女の残りの命を私に下さい。貴女の命を有益に使います」
度重なる上司からのパワーハラスメントに耐え切れなくなった日向小春(ひなたこはる)が橋の上から身投げしようとした時、止めてくれたのは弁護士の若佐楓(わかさかえで)だった。
事情を知った楓に会社を訴えるように勧められるが、裁判費用が無い事を理由に小春は裁判を断り、再び身を投げようとする。
しかし追いかけてきた楓に再度止められると、裁判を無償で引き受ける条件として、契約結婚を提案されたのだった。
楓は所属している事務所の所長から、孫娘との結婚を勧められて困っており、 それを断る為にも、一時的に結婚してくれる相手が必要であった。
その代わり、もし小春が相手役を引き受けてくれるなら、裁判に必要な費用を貰わずに、無償で引き受けるとも。
ただ死ぬくらいなら、最後くらい、誰かの役に立ってから死のうと考えた小春は、楓と契約結婚をする事になったのだった。
その後、楓の結婚は回避するが、小春が会社を訴えた裁判は敗訴し、退職を余儀なくされた。
敗訴した事をきっかけに、裁判を引き受けてくれた楓との仲がすれ違うようになり、やがて国際弁護士になる為、楓は一人でニューヨークに旅立ったのだった。
それから、3年が経ったある日。
日本にいた小春の元に、突然楓から離婚届が送られてくる。
「私は若佐先生の事を何も知らない」
このまま離婚していいのか悩んだ小春は、荷物をまとめると、ニューヨーク行きの飛行機に乗る。
目的を果たした後も、契約結婚を解消しなかった楓の真意を知る為にもーー。
❄︎
※他サイトにも掲載しています。
呪われ姫の絶唱
朝露ココア
ファンタジー
――呪われ姫には近づくな。
伯爵令嬢のエレオノーラは、他人を恐怖させてしまう呪いを持っている。
『呪われ姫』と呼ばれて恐れられる彼女は、屋敷の離れでひっそりと人目につかないように暮らしていた。
ある日、エレオノーラのもとに一人の客人が訪れる。
なぜか呪いが効かない公爵令息と出会い、エレオノーラは呪いを抑える方法を発見。
そして彼に導かれ、屋敷の外へ飛び出す。
自らの呪いを解明するため、エレオノーラは貴族が通う学園へと入学するのだった。
迷子の会社員、異世界で契約取ったら騎士さまに溺愛されました!?
ふゆ
恋愛
気づいたら見知らぬ土地にいた。
衣食住を得るため偽の婚約者として契約獲得!
だけど……?
※過去作の改稿・完全版です。
内容が一部大幅に変更されたため、新規投稿しています。保管用。
国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。
ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。
即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。
そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。
国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。
⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎
※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!
身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~
湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。
「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」
夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。
公爵である夫とから啖呵を切られたが。
翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。
地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。
「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。
一度、言った言葉を撤回するのは難しい。
そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。
徐々に距離を詰めていきましょう。
全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。
第二章から口説きまくり。
第四章で完結です。
第五章に番外編を追加しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる