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第一章 離宮の住人

お菓子作り

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 今のところ、食べることは好きそうなので、私が得意な分野で殿下の警戒心を解そうというわけである。
 
「作る? ……リーシャ、お菓子を作れるの?」
 
 ものすごく驚いたように、殿下が目を見開いた。
 
「はい。恥ずかしながら、我が家は貴族ではありますが料理人を雇う余裕がなかったので、食事もお菓子も自分たちで作っておりました。もちろん宮廷料理人の方々ほどの腕はありませんが、ある程度は作れますよ!」
 
 お任せください、と胸に手を当てると、殿下が目を輝かせた。その中には尊敬の光が混ざっているように見えて、なんだか照れてしまう。
 
「僕、作るところを見ていてもいい?」
 
「えっ?」
 
 まさか、そう来るとは思わなかった。厨房なんて、王族が入るところではない。いや、そんなことを言ったら私も貴族だし、貴族が入るところでもないのだけれど。
 
 断るべきだろうか、と少し悩んだが、殿下のキラキラとした期待に溢れた表情を見た私は、すぐさま自分の負けを認めるしかなかった。
 
「……殿下がお望みなのでしたら」
 
「うん! ありがとう!」
 
 ……自分から部屋を出ると言ってくれたんだし、まぁ、いいわよね?
 
 結局、昨日は殿下を部屋の外へ連れ出すことはできなかった。私が平気だったとはいえ、魔力暴走を起こしてしまった直後では、私もあれ以上勧めることはできなかったのだ。
 
 ……そうよ。離宮の中とはいえ、部屋の外へ出てくださるんだから、進歩だわ!
 
 殿下の前向きな心の変化を嬉しく思いながら、私は朝食を食べ進める彼を見つめていた。
 
 
 ◇
 
 殿下の朝食後、食器を片付けようとしたら、殿下も一緒に厨房へやってきた。よほどお菓子を楽しみにしているらしい。
 
「殿下、クッキーとパウンドケーキ、プリンの中ではどれがお好きですか?」
 
 今日はお菓子を作る予定ではなかったので、製菓用の食材は持ってきていない。今ある材料で出来るのはこれくらいなのだが、大丈夫だろうか。
 
「僕、なんでもいいよ」
 
 殿下が遠慮がちな笑みを浮かべてそう言った。もしかしたら、本当は好きなものがあるのかもしれない。
 
「では、クッキーを作りましょうか?」
 
「うん」
 
 笑みを崩さないまま、殿下がかすかに頷く。
 
 ……この反応は、違う気がするわ。
 
「でも、パウンドケーキもいいですよね」
 
「そうだね」
 
 殿下の表情は先ほどと変わらない。
 
 ……これも違うのかな?
 
「うーん。やっぱり、今日はプリンにしましょうか?」
 
「っ、うん」

 殿下の声色が、先ほどよりも明らかに嬉しそうだ。心なしか目もキラキラと輝いている。
 
 ……うん。きっとプリンが正解ね!
 
 プリンを作ることに決めて、殿下と二人で顔を見合わせ、ふふっと笑った。
 
「では、始めますね。初めにお砂糖を煮詰めて、カラメルを作ります」
 
「へぇ、カラメルって砂糖で出来るんだね」
 
「はい。ちょうどいいとろみに調整するのが少し難しいのですけれど」
 
 カラメルが出来れば、容器へ入れて冷ましておく。この離宮は寂れているけれど、食器類はたくさん残っているので、ちょうどいい容器はすぐに見つかった。
 一つぶんなどの少量を作るのは難しいので、四つぶんだ。
 
 ……後で私も食べようっと。
 
 それが終われば、次は卵液を作る。
 卵と砂糖を混ぜ合わせ、牛乳をゆっくりと加えていき、漉し器にくぐらせれば出来上がりだ。バニラオイルや生クリームもあればより風味や口当たりが良くなるのだけれど、今はないので仕方ない。今日のところはこれで良しとしよう。
 
 私の作業中、ずっと殿下の視線が痛いほど飛んできていて少しやりづらかったけれど、たぶん上手く出来たと思う。
 
「これで、固まるまで蒸せば出来上がりです。でも、冷やさないといけないので、食べるのは昼食後ですよ」
 
 そう説明すると、殿下はすっかり感動したような口調でこう言った。
 
「うん、わかった。リーシャはすごいね。手際が良くて、僕、まるで魔法を見ているみたいだったよ」
 
「え……」
 
 私は魔法が全く使えない。
 でも、自分も家族と同じように使えるようになりたくて、今まで何度も試しては、落胆してを繰り返してきた。
 
 ……それなのに、魔法を見ているみたいだなんて。
 
 尊敬の籠った殿下の目は、彼がただ純粋にそう思ったのだろうと伝えてくる。
 
「……ありがとうございます、殿下」
 
 私は嬉しくなって、自然と笑みがこぼれた。それを見た殿下も、嬉しそうに頬を緩めた。
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