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第一章 離宮の住人
お菓子で釣ろう大作戦
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昨日の殿下は、とても可愛らしかった。
彼は私が食事を持って部屋を訪れる度に、目を輝かせて出迎えてくれた。そして、美味しそうに表情を緩めながら、パクパクと私が用意した食事を全て平らげるのだ。作りがいがあるというものである。
私が帰宅の挨拶をすると、彼はとても残念そうに肩を落とした。
「また明日、早朝に参りますね」と声をかけると、「うん、待ってるね」と言ってはにかんだ表情の可愛さといったら、うちの妹たちに匹敵する。
次の日の早朝、そんな殿下の姿を思い浮かべながら離宮へ向かっていると、つい頬が緩んでしまっていた。
頬を押さえつつ、見えてきた離宮を見上げると、ある窓から見えるカーテンがかすかに揺れた気がした。
……あそこは、殿下のお部屋? まさか、もう起きていらっしゃるのかしら?
まだ日が差し始めたばかりの早朝だ。こんな時間に、まだ幼い彼が起きているとは考えにくい。
気のせいかなと思いながら、私は離宮の扉を開いた。
今日も朝からパンを焼いて、スープやハムエッグ、サラダと共にお出しする。今日はコーンパンを焼いてみた。気に入ってくれるだろうか。
ワゴンを押して殿下の部屋の前まで来た私がノックをしようとすると、その前にガチャリと内側からドアが開いた。
「えっ?」
「あ、お、おはよう。リーシャ」
「お、おはようございます、殿下。もう起きていらしたのですね。それに、よくわたくしが来たことがおわかりになりましたね」
出勤時、この部屋のカーテンが少し揺れていたことが思い出された。やはり、彼は私がここへ来た早朝にはもう起きていたのだろうか。
驚いて目を瞬かせていると、殿下は少し恥ずかしそうに視線を逸らした。
「う、うん。ワゴンの音が聞こえたから……」
「そうでしたか。もしかして、うるさかったでしょうか?」
「ううん、そんなことないよ。今日も来てくれてありがとう、リーシャ」
仕事だから来るのは当然なのに、お礼を言われて私は少し驚いた。そう言って笑う殿下はやはりとても可愛らしかったが、何というか、彼はとても私に気を遣っているような気がする。どこか怯えているというか、言いたいことを我慢しているというか。
単に人見知りなのかもしれないけれど、私は彼の唯一のお世話係なのだ。出来る限りのことをして差し上げたいと思っているし、もう少し気楽にしてほしいとも思ってしまう。
……何とかして、もう少し仲良くなれないかしら?
そんなことを考えながら、殿下に朝食をお出しすると、彼は今日も美味しそうに食べてくれた。
そんな姿を見て、あることを思いついた。
「殿下、お菓子はお好きですか?」
「お菓子?」
コーンパンを両手で持ちながら、殿下が首を傾げる。
「……お菓子って、甘いもののこと?」
「え? はい、そうですね。だいたいは甘いものです。ケーキやクッキーは、お好きではないですか?」
もしかしなくても、殿下はしばらくお菓子を食べることがなかったのではないだろうかと、今さら気づく。
ポカンとした殿下の表情が、その推測を確信に近づけた。
「僕……甘いもの、好きだよ」
照れたように、少しうつむいた殿下がそう呟いた。その目が何だか期待に輝いているように見える。これはいけるかもしれない。
「では、今日何かお作りいたしますね。ご希望はございますか?」
……名づけて、お菓子で釣ろう大作戦よ!
彼は私が食事を持って部屋を訪れる度に、目を輝かせて出迎えてくれた。そして、美味しそうに表情を緩めながら、パクパクと私が用意した食事を全て平らげるのだ。作りがいがあるというものである。
私が帰宅の挨拶をすると、彼はとても残念そうに肩を落とした。
「また明日、早朝に参りますね」と声をかけると、「うん、待ってるね」と言ってはにかんだ表情の可愛さといったら、うちの妹たちに匹敵する。
次の日の早朝、そんな殿下の姿を思い浮かべながら離宮へ向かっていると、つい頬が緩んでしまっていた。
頬を押さえつつ、見えてきた離宮を見上げると、ある窓から見えるカーテンがかすかに揺れた気がした。
……あそこは、殿下のお部屋? まさか、もう起きていらっしゃるのかしら?
まだ日が差し始めたばかりの早朝だ。こんな時間に、まだ幼い彼が起きているとは考えにくい。
気のせいかなと思いながら、私は離宮の扉を開いた。
今日も朝からパンを焼いて、スープやハムエッグ、サラダと共にお出しする。今日はコーンパンを焼いてみた。気に入ってくれるだろうか。
ワゴンを押して殿下の部屋の前まで来た私がノックをしようとすると、その前にガチャリと内側からドアが開いた。
「えっ?」
「あ、お、おはよう。リーシャ」
「お、おはようございます、殿下。もう起きていらしたのですね。それに、よくわたくしが来たことがおわかりになりましたね」
出勤時、この部屋のカーテンが少し揺れていたことが思い出された。やはり、彼は私がここへ来た早朝にはもう起きていたのだろうか。
驚いて目を瞬かせていると、殿下は少し恥ずかしそうに視線を逸らした。
「う、うん。ワゴンの音が聞こえたから……」
「そうでしたか。もしかして、うるさかったでしょうか?」
「ううん、そんなことないよ。今日も来てくれてありがとう、リーシャ」
仕事だから来るのは当然なのに、お礼を言われて私は少し驚いた。そう言って笑う殿下はやはりとても可愛らしかったが、何というか、彼はとても私に気を遣っているような気がする。どこか怯えているというか、言いたいことを我慢しているというか。
単に人見知りなのかもしれないけれど、私は彼の唯一のお世話係なのだ。出来る限りのことをして差し上げたいと思っているし、もう少し気楽にしてほしいとも思ってしまう。
……何とかして、もう少し仲良くなれないかしら?
そんなことを考えながら、殿下に朝食をお出しすると、彼は今日も美味しそうに食べてくれた。
そんな姿を見て、あることを思いついた。
「殿下、お菓子はお好きですか?」
「お菓子?」
コーンパンを両手で持ちながら、殿下が首を傾げる。
「……お菓子って、甘いもののこと?」
「え? はい、そうですね。だいたいは甘いものです。ケーキやクッキーは、お好きではないですか?」
もしかしなくても、殿下はしばらくお菓子を食べることがなかったのではないだろうかと、今さら気づく。
ポカンとした殿下の表情が、その推測を確信に近づけた。
「僕……甘いもの、好きだよ」
照れたように、少しうつむいた殿下がそう呟いた。その目が何だか期待に輝いているように見える。これはいけるかもしれない。
「では、今日何かお作りいたしますね。ご希望はございますか?」
……名づけて、お菓子で釣ろう大作戦よ!
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