上 下
17 / 85
第一章 離宮の住人

お菓子で釣ろう大作戦

しおりを挟む
 昨日の殿下は、とても可愛らしかった。
 
 彼は私が食事を持って部屋を訪れる度に、目を輝かせて出迎えてくれた。そして、美味しそうに表情を緩めながら、パクパクと私が用意した食事を全て平らげるのだ。作りがいがあるというものである。
 
 私が帰宅の挨拶をすると、彼はとても残念そうに肩を落とした。
 「また明日、早朝に参りますね」と声をかけると、「うん、待ってるね」と言ってはにかんだ表情の可愛さといったら、うちの妹たちに匹敵する。
 
 次の日の早朝、そんな殿下の姿を思い浮かべながら離宮へ向かっていると、つい頬が緩んでしまっていた。
 
 頬を押さえつつ、見えてきた離宮を見上げると、ある窓から見えるカーテンがかすかに揺れた気がした。
 
 ……あそこは、殿下のお部屋? まさか、もう起きていらっしゃるのかしら?
 
 まだ日が差し始めたばかりの早朝だ。こんな時間に、まだ幼い彼が起きているとは考えにくい。
 
 気のせいかなと思いながら、私は離宮の扉を開いた。
 
 今日も朝からパンを焼いて、スープやハムエッグ、サラダと共にお出しする。今日はコーンパンを焼いてみた。気に入ってくれるだろうか。
 
 ワゴンを押して殿下の部屋の前まで来た私がノックをしようとすると、その前にガチャリと内側からドアが開いた。
 
「えっ?」
 
「あ、お、おはよう。リーシャ」
 
「お、おはようございます、殿下。もう起きていらしたのですね。それに、よくわたくしが来たことがおわかりになりましたね」
 
 出勤時、この部屋のカーテンが少し揺れていたことが思い出された。やはり、彼は私がここへ来た早朝にはもう起きていたのだろうか。
 驚いて目を瞬かせていると、殿下は少し恥ずかしそうに視線を逸らした。
 
「う、うん。ワゴンの音が聞こえたから……」
 
「そうでしたか。もしかして、うるさかったでしょうか?」
 
「ううん、そんなことないよ。今日も来てくれてありがとう、リーシャ」
 
 仕事だから来るのは当然なのに、お礼を言われて私は少し驚いた。そう言って笑う殿下はやはりとても可愛らしかったが、何というか、彼はとても私に気を遣っているような気がする。どこか怯えているというか、言いたいことを我慢しているというか。
 
 単に人見知りなのかもしれないけれど、私は彼の唯一のお世話係なのだ。出来る限りのことをして差し上げたいと思っているし、もう少し気楽にしてほしいとも思ってしまう。
 
 ……何とかして、もう少し仲良くなれないかしら?
 
 そんなことを考えながら、殿下に朝食をお出しすると、彼は今日も美味しそうに食べてくれた。
 
 そんな姿を見て、あることを思いついた。
 
「殿下、お菓子はお好きですか?」
 
「お菓子?」
 
 コーンパンを両手で持ちながら、殿下が首を傾げる。
 
「……お菓子って、甘いもののこと?」
 
「え? はい、そうですね。だいたいは甘いものです。ケーキやクッキーは、お好きではないですか?」
 
 もしかしなくても、殿下はしばらくお菓子を食べることがなかったのではないだろうかと、今さら気づく。
 ポカンとした殿下の表情が、その推測を確信に近づけた。
 
「僕……甘いもの、好きだよ」
 
 照れたように、少しうつむいた殿下がそう呟いた。その目が何だか期待に輝いているように見える。これはいけるかもしれない。
 
「では、今日何かお作りいたしますね。ご希望はございますか?」
 
 ……名づけて、お菓子で釣ろう大作戦よ!
 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」 絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。 だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。 ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。 なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!? 「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」 書き溜めがある内は、1日1~話更新します それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります *仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。 *ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。 *コメディ強めです。 *hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!

悪役令嬢は攻略対象者を早く卒業させたい

砂山一座
恋愛
公爵令嬢イザベラは学園の風紀委員として君臨している。 風紀委員の隠された役割とは、生徒の共通の敵として立ちふさがること。 イザベラの敵は男爵令嬢、王子、宰相の息子、騎士に、魔術師。 一人で立ち向かうには荷が重いと国から貸し出された魔族とともに、悪役令嬢を務めあげる。 強欲悪役令嬢ストーリー(笑) 二万字くらいで六話完結。完結まで毎日更新です。

男に間違えられる私は女嫌いの冷徹若社長に溺愛される

山口三
恋愛
「俺と結婚してほしい」  出会ってまだ何時間も経っていない相手から沙耶(さや)は告白された・・・のでは無く契約結婚の提案だった。旅先で危ない所を助けられた沙耶は契約結婚を申し出られたのだ。相手は五瀬馨(いつせかおる)彼は国内でも有数の巨大企業、五瀬グループの若き社長だった。沙耶は自分の夢を追いかける資金を得る為、養女として窮屈な暮らしを強いられている今の家から脱出する為にもこの提案を受ける事にする。  冷酷で女嫌いの社長とお人好しの沙耶。二人の契約結婚の行方は?  

【完結】もう一度やり直したいんです〜すれ違い契約夫婦は異国で再スタートする〜

四片霞彩
恋愛
「貴女の残りの命を私に下さい。貴女の命を有益に使います」 度重なる上司からのパワーハラスメントに耐え切れなくなった日向小春(ひなたこはる)が橋の上から身投げしようとした時、止めてくれたのは弁護士の若佐楓(わかさかえで)だった。 事情を知った楓に会社を訴えるように勧められるが、裁判費用が無い事を理由に小春は裁判を断り、再び身を投げようとする。 しかし追いかけてきた楓に再度止められると、裁判を無償で引き受ける条件として、契約結婚を提案されたのだった。 楓は所属している事務所の所長から、孫娘との結婚を勧められて困っており、 それを断る為にも、一時的に結婚してくれる相手が必要であった。 その代わり、もし小春が相手役を引き受けてくれるなら、裁判に必要な費用を貰わずに、無償で引き受けるとも。 ただ死ぬくらいなら、最後くらい、誰かの役に立ってから死のうと考えた小春は、楓と契約結婚をする事になったのだった。 その後、楓の結婚は回避するが、小春が会社を訴えた裁判は敗訴し、退職を余儀なくされた。 敗訴した事をきっかけに、裁判を引き受けてくれた楓との仲がすれ違うようになり、やがて国際弁護士になる為、楓は一人でニューヨークに旅立ったのだった。 それから、3年が経ったある日。 日本にいた小春の元に、突然楓から離婚届が送られてくる。 「私は若佐先生の事を何も知らない」 このまま離婚していいのか悩んだ小春は、荷物をまとめると、ニューヨーク行きの飛行機に乗る。 目的を果たした後も、契約結婚を解消しなかった楓の真意を知る為にもーー。 ❄︎ ※他サイトにも掲載しています。

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。

ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。 即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。 そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。 国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。 ⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎ ※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!

不憫な侯爵令嬢は、王子様に溺愛される。

猫宮乾
恋愛
 再婚した父の元、継母に幽閉じみた生活を強いられていたマリーローズ(私)は、父が没した事を契機に、結婚して出ていくように迫られる。皆よりも遅く夜会デビューし、結婚相手を探していると、第一王子のフェンネル殿下が政略結婚の話を持ちかけてくる。他に行く場所もない上、自分の未来を切り開くべく、同意したマリーローズは、その後後宮入りし、正妃になるまでは婚約者として過ごす事に。その内に、フェンネルの優しさに触れ、溺愛され、幸せを見つけていく。※pixivにも掲載しております(あちらで完結済み)。

二度目の結婚は異世界で。~誰とも出会わずひっそり一人で生きたかったのに!!~

すずなり。
恋愛
夫から暴力を振るわれていた『小坂井 紗菜』は、ある日、夫の怒りを買って殺されてしまう。 そして目を開けた時、そこには知らない世界が広がっていて赤ちゃんの姿に・・・! 赤ちゃんの紗菜を拾ってくれた老婆に聞いたこの世界は『魔法』が存在する世界だった。 「お前の瞳は金色だろ?それはとても珍しいものなんだ。誰かに会うときはその色を変えるように。」 そう言われていたのに森でばったり人に出会ってしまってーーーー!? 「一生大事にする。だから俺と・・・・」 ※お話は全て想像の世界です。現実世界と何の関係もございません。 ※小説大賞に出すために書き始めた作品になります。貯文字は全くありませんので気長に更新を待っていただけたら幸いです。(完結までの道筋はできてるので完結はすると思います。) ※メンタルが薄氷の為、コメントを受け付けることができません。ご了承くださいませ。 ただただすずなり。の世界を楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...