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第一章 離宮の住人
拒否
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第二王子のために頑張ろうと決めたからには、私にはやりたいことがたくさんある。
「殿下、もしよろしければ、本日はこちらのお部屋を掃除させていただきたいのですが」
彼はずっとここに籠もりきりだと聞いている。魔法を使えるということで、部屋が埃っぽいとか、汚れているとかではないが、本があちらこちらに置かれていてとても乱雑さを感じる。是非、整頓を行いたい。
「え……でも、別に汚れてないし……」
私の提案に、殿下は若干、拒否の姿勢を示した。けれど私は、すぐには引かなかった。部屋の整頓もしたいが、他にも理由があるのだ。
「殿下、いくら魔法で汚れを取ることができても、たまには換気やシーツのお洗濯をしたほうがいいと思うのです。それに、殿下も部屋に籠りっぱなしでは健康に良くないですもの。今日は日中、外へ出られてはいかがですか?」
勤務二日目の新参者が出しゃばりすぎかもしれないと思ったが、私はこの王子の味方になると決めたのだ。彼のために、できるだけ健やかな環境を整えて差し上げたい。
そのためには、唯々諾々と彼の希望に従っているわけにはいかないだろう。
「でも、僕は……」
それでも、彼は外へ出ることを渋った。視線を彷徨わせ、何と言って断ろうかと、言葉を探しているように見える。私がじっと言葉を待っていると、彼はゆっくりと話し始めた。
「僕は、部屋から出ない方がいいんだ」
そう言ってうなだれる殿下の悲しそうな顔を見れば、彼が本当はそれを望んでいないことがすぐにわかる。
「……なぜでしょう? 殿下がお嫌ではないのなら、少し外へ出るくらい、何も問題はないと思いますが……」
「違うんだ! だって、僕は、僕は……」
殿下が段々と取り乱し始めているように思えて、私が無理を言いすぎたかもしれないと思い始めた時。
「ううっ、ダメだ。リーシャ、僕から離れて!」
「殿下!?」
殿下が声を荒らげたと思うと、ユラリと彼から魔力が立ち昇った。マリッサのものより数段強力で膨大に見える魔力が、彼から放たれているのがわかる。
……嘘でしょう。まさか、部屋中に充満する量だなんて!
それどころか、部屋中に満ちた殿下の魔力は、私を圧迫するように通り抜けて部屋の外まで漏れていく。
「うぁ、ダメ、ダメだ。ダメなのに……!」
殿下が、震える手で自身をギュッと掻き抱く。
自分では止められない魔力暴走に、それを受ける私よりもよほど怯えた様子で、彼が膝をついた。
私は頭で考えるより先に、体を動かしていた。
「殿下、殿下! わたくしは大丈夫です。落ち着いてください」
殿下と同じように膝をついた私は、自身を抱きしめる彼の震える手に手を添えて、大丈夫だとなだめるように小さく撫でた。
強力な魔力を持つ者は、心が乱れることで意思とは関係なく魔力を暴走させてしまう。逆に言うと、落ち着きを取り戻しさえすれば、それは止められるものなのだ。私はそれをよく知っていた。
「……リーシャ? どうして……。リーシャは、平気なの……?」
驚いた表情で見上げてくる殿下に、私はにこりと微笑んでみせる。自分でも少し心配していたが、膨大な魔力を持つという彼の魔力暴走も、どうやら私は平気なようだ。特に息苦しさや圧迫感は感じない。
私が苦しんでいないことに対する驚きが、焦りや動揺を上回ったようだ。徐々に落ち着きを見せると、殿下は不思議なものを見る目で私を見上げる。
「大丈夫ですよ、殿下。わたくし、魔力暴走を受けることには慣れているのです。妹も、昔からよく癇癪を起こして、このような状態になっていましたから」
にこりと笑いかけるけれど、殿下は納得できないというように、怪訝な顔をした。
「な、慣れ……? でも、魔力暴走による身体への影響は、慣れるどころか回数を重ねるほどに負担が増すと言われているのに……」
どうやら殿下は、魔力暴走による影響の性質について無知というわけではないらしい。誤魔化し損ねた私は、眉を下げて苦笑を漏らした。
「よくご存知なのですね、殿下。そうです、わたくしが平気なのは、実は慣れではありません。……これは、わたくしの体質が理由なのではないかと思われます」
「体質……?」
「殿下、もしよろしければ、本日はこちらのお部屋を掃除させていただきたいのですが」
彼はずっとここに籠もりきりだと聞いている。魔法を使えるということで、部屋が埃っぽいとか、汚れているとかではないが、本があちらこちらに置かれていてとても乱雑さを感じる。是非、整頓を行いたい。
「え……でも、別に汚れてないし……」
私の提案に、殿下は若干、拒否の姿勢を示した。けれど私は、すぐには引かなかった。部屋の整頓もしたいが、他にも理由があるのだ。
「殿下、いくら魔法で汚れを取ることができても、たまには換気やシーツのお洗濯をしたほうがいいと思うのです。それに、殿下も部屋に籠りっぱなしでは健康に良くないですもの。今日は日中、外へ出られてはいかがですか?」
勤務二日目の新参者が出しゃばりすぎかもしれないと思ったが、私はこの王子の味方になると決めたのだ。彼のために、できるだけ健やかな環境を整えて差し上げたい。
そのためには、唯々諾々と彼の希望に従っているわけにはいかないだろう。
「でも、僕は……」
それでも、彼は外へ出ることを渋った。視線を彷徨わせ、何と言って断ろうかと、言葉を探しているように見える。私がじっと言葉を待っていると、彼はゆっくりと話し始めた。
「僕は、部屋から出ない方がいいんだ」
そう言ってうなだれる殿下の悲しそうな顔を見れば、彼が本当はそれを望んでいないことがすぐにわかる。
「……なぜでしょう? 殿下がお嫌ではないのなら、少し外へ出るくらい、何も問題はないと思いますが……」
「違うんだ! だって、僕は、僕は……」
殿下が段々と取り乱し始めているように思えて、私が無理を言いすぎたかもしれないと思い始めた時。
「ううっ、ダメだ。リーシャ、僕から離れて!」
「殿下!?」
殿下が声を荒らげたと思うと、ユラリと彼から魔力が立ち昇った。マリッサのものより数段強力で膨大に見える魔力が、彼から放たれているのがわかる。
……嘘でしょう。まさか、部屋中に充満する量だなんて!
それどころか、部屋中に満ちた殿下の魔力は、私を圧迫するように通り抜けて部屋の外まで漏れていく。
「うぁ、ダメ、ダメだ。ダメなのに……!」
殿下が、震える手で自身をギュッと掻き抱く。
自分では止められない魔力暴走に、それを受ける私よりもよほど怯えた様子で、彼が膝をついた。
私は頭で考えるより先に、体を動かしていた。
「殿下、殿下! わたくしは大丈夫です。落ち着いてください」
殿下と同じように膝をついた私は、自身を抱きしめる彼の震える手に手を添えて、大丈夫だとなだめるように小さく撫でた。
強力な魔力を持つ者は、心が乱れることで意思とは関係なく魔力を暴走させてしまう。逆に言うと、落ち着きを取り戻しさえすれば、それは止められるものなのだ。私はそれをよく知っていた。
「……リーシャ? どうして……。リーシャは、平気なの……?」
驚いた表情で見上げてくる殿下に、私はにこりと微笑んでみせる。自分でも少し心配していたが、膨大な魔力を持つという彼の魔力暴走も、どうやら私は平気なようだ。特に息苦しさや圧迫感は感じない。
私が苦しんでいないことに対する驚きが、焦りや動揺を上回ったようだ。徐々に落ち着きを見せると、殿下は不思議なものを見る目で私を見上げる。
「大丈夫ですよ、殿下。わたくし、魔力暴走を受けることには慣れているのです。妹も、昔からよく癇癪を起こして、このような状態になっていましたから」
にこりと笑いかけるけれど、殿下は納得できないというように、怪訝な顔をした。
「な、慣れ……? でも、魔力暴走による身体への影響は、慣れるどころか回数を重ねるほどに負担が増すと言われているのに……」
どうやら殿下は、魔力暴走による影響の性質について無知というわけではないらしい。誤魔化し損ねた私は、眉を下げて苦笑を漏らした。
「よくご存知なのですね、殿下。そうです、わたくしが平気なのは、実は慣れではありません。……これは、わたくしの体質が理由なのではないかと思われます」
「体質……?」
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