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第一章 離宮の住人

初訪問

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 私はそう意気込んで、ゆっくりと離宮の扉を押した。
 
 ギイイ、と、古びた蝶番が嫌な音をたてる。
 ずいぶん長いこと、手入れがされていないようだ。
 
 やることが山積みだわ、とため息を吐きそうになりながら、離宮へ一歩足を踏み入れる。
 
「げほっ、ごほっ!」
 
 外観もひどかったが、当然のように中もひどいものだった。埃まみれで、空気はカビ臭く、クモの巣があちこちに張られている。こんなところに長時間いては、病気になりそうだ。
 
 ……本当に、こんなところで第二王子が暮らしているの?
 
 想像していたよりも、環境がひどすぎる。
 お世話係がいないのは知っていたけれど、まるでしばらく誰も立ち入っていないような状態なのはどうしてだろうか。食事はきちんと毎日運んでいたと聞いていたので、それならば全ての部屋とは言わずとも、ある程度は手入れされていると思っていたのに。
 
 どうやら、当番の人たちは本当に食事を運ぶことしかしていなかったらしい。
 
 こんな環境に長い間一人きりだなんて、第二王子が病気になっていやしないかと不安になったが、私はとりあえずキッチンを目指した。
 
 どうせ挨拶に行くのなら、朝食も用意して持って行った方がいいだろうと思ったのだ。
 
 この屋敷はそれほど広くはないし、どこの家も水場は似たような場所にある。思ったとおり、目当ての場所はすぐに見つかった。
 
 だが、やはりしばらく使われていなかったようで、そこには玄関よりもよほど分厚い埃が溜まっていた。けれど幸い、一般的な調理設備や器具などはある程度整っているようだ。
 
 水もきちんと出てきたので、私はホッと安堵の息を吐いた。
 
 今はあまり時間をかけられないので、本格的な清掃は後回しだ。
 使う箇所だけを軽く掃除すると、私は持ってきた食材で手早くサンドイッチを作る。
 さすが王宮の食材である。パンにハムや野菜などを色々と挟んだだけの簡単なものだが、とても美味しそうにできた。
 
 王子の好みがわからないので、数種類の飲み物と一緒に出来上がったサンドイッチをトレイに載せ、クローシュをかぶせると、二階へ向かう。
 
 聞いたところによると、主人が過ごしていると思われる私室は二階の突き当たりにあるらしい。
 サービスワゴンにトレイを載せると、それを押しつつ二階の廊下を進む。
 
「ケホッ、ごほっ」
 
 ここも全く掃除がされていないようで、歩く度に埃が舞って咳が出る。
 クローシュがあって、本当によかった。
 
 しかし、いくら決まった世話係がいなかったと言っても、食事は誰かが毎日届けていたと聞いていたのに、しばらく誰もここを歩いた人がいないように思えるのはなぜだろうか。本当に、ここに第二王子が住んでいるのだろうかと不安になる。
 
 私は首を傾げながらも、ようやく二階の突き当たりにある、大きめな扉の前に辿り着いた。
 
 きっとここが、第二王子の私室だろう。
 私は軽いノックの後、声をかけてみる。
 
「第二王子殿下、いらっしゃいますか?」
 
 少し待ってみたけれど、返事はなかった。
 
 だが、ゴソゴソと何かが動いたような物音が中から聞こえてきた。どうやら、彼は部屋の中にいて、すでに起きてもいるようだ。それなのに、返事は返ってこないし、ドアが開く気配もない。
 
 ……ええと、もしかして、怪しまれているのかしら?
 
 たらりと冷や汗がこめかみを流れる。
 通常であれば、身近に接する新しい使用人が入る場合、元々勤めている人から紹介を受けるものだ。なので、いきなりやってきた私を警戒するのも当然かもしれない。
 
 ……どうしよう!? でも、みんなに拒否されて、私を紹介しについてきてくれる人は誰もいなかったんだもの!
 
 食事を運ぶ当番でもないのに行きたくないと他のメイドたちは言ったし、今日から私が来ることになっていたので、今日からの当番はいないとも言われたのだ。みんな、どれほどここへ来るのが嫌なのだろうか。
 
 ……仕方ない。扉越しになるけれど、まずは自己紹介をするしかないわよね。
 
「あの、初めまして。わたくし、本日より第二王子殿下の身の回りの世話を仰せつかりました、リーシャ・ラフィストと申します。ただいま、そのご挨拶と共に、朝食をお持ちいたしました。よろしければ、お召し上がりくださいませ」
 
 扉の前でそう声をかけて、しばらく待ってみるも、やはり反応がない。
 どうやら、完全に警戒されてしまっているようだ。
 
 ……よく考えてみれば、紹介も受けていない使用人がいきなりやってきたら、警戒して当然かもしれないわ。ただでさえ、彼は冷遇されているんだもの。
 
 やはり、無理を言ってでも、せめて今日だけは誰かに一緒に来てもらうべきだったと後悔する。けれど、それも後の祭りだ。
 
「殿下、こちらの朝食は、このままここに置かせていただきますね。今日からはわたくしが殿下の食事を全てお持ちすることになりますので、少しでも召し上がっていただけますと幸いです。わたくしは一旦下がらせていただきますが、夕方まではこの離宮で掃除などしておりますので、ご用がございましたらいつでもお呼びくださいませ」
 
 無理にドアを開けてもらうこともないだろうと、私はワゴンごと朝食をそこに残し、踵を返してその場を後にしたのだった。
 
 
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