35 / 75
35
しおりを挟む次の日の夜。エリオットは準備をしていた。
クローゼットからあの日に買った黒色のロングパーカーを取り出すと着替える。
このまま外に出てしまえば全身真っ黒の不審者になるが、カツラと丸眼鏡を取ってしまうから大丈夫だろう。
カツラと丸眼鏡を取ると身だしなみを確認するため、くるりと鏡の前で回る。
何処もおかしいところはないことを確認するとクローゼットを閉じ、窓へ向かう。
本来なら普通に外出許可証を出すのだが、この時間帯になると外出届けではなく外泊許可証になってしまう。
となると、何処に泊まるのかも書かなくてはならない。
今回は泊まりではなく、ただ行きたい場所があるだけなので、強行手段として窓から出ることにしたのであった。
窓を開け予めに置いてあった靴を履くと、誰にも姿を見られないために消えろと念じる。
そして、そのまま九階から飛び降りた。
風圧で服がバタバタと音を立てる。
地面まで残り数十メートル。
まだだ、まだ、後もう少し……。
「アンヴォルトアっ!!」
残り五メートルを差し掛かった時、魔法を発動させると風が体を包み込み、ふわりとまるで綿毛のようにふわふわと空中を漂う。
そのままの状態で門へと向かい、気付かれないように学園を後にする。
もしかしたら魔法を感知する魔道具でもあるのではと思っていたが、考え過ぎのようだった。
だがもし何者かに襲撃に遭う可能性を考えると、警備体制を考え直した方がいいと思うが……。
「よしっ、目的地へ向かうか!」
王都へ辿り着くと物陰に隠れ、姿を消す魔法を解くと軽い足取りで夜の王都を散策しに行く。
この見た目ならば、もし知り合いに会ったとしても気付かれることはないだろう。
「にしても、やっぱり人はあまりいないな」
現在は夜の十時を指していた。夜が深くなるこの時間帯では宿や酒屋には人の気配はするが、それ以外の店には人影さえなく、人通りも少ない。
ふと、二人組みの女性が此方を見ていることに気が付く。
露出が高い服に、若干厚化粧に感じられるこの女性たちは、もしかしたら夜の店で働いている人だろうか。
もしそうなのであれば、年齢的にも捕まってしまったら面倒事になってしまう。
エリオットは足早にこの場を立ち去る。
一応、この時間帯に王都に出たのは目的がある。
それはギルドに赴くことだ。
昔はギルドで活動していたこともあり、どうしても一度覗いて見たかったのだ。
そのギルドがあるのは一区、五区であるここからでは少し時間が掛かってしまう。面倒事に巻き込まれる前に、辿り着けばいいのだが……。
その不安とは裏腹に、案外何の問題に巻き込まれることもなくギルドに辿り着いた。
懐かしさを感じる建物を仰ぐと中に入る。
夜深い時間帯だというのに、中はガヤガヤと人でごった返していた。受付嬢と話している者や、酒を飲みながら談笑している者。依頼の掲示板を眺めている人に、大きな武器を手入れしている者。
前世の記憶と同じ光景に感動し、鼓動が脈動した。
久しぶりだ。この空気、この光景。
キョロキョロと周りを見ながらギルド内を歩く。
「ん? こんな時間に子供がどうしたんだ?」
突如後ろから声をかけられ、エリオットは振り向くが、目の前の人物を見て制止した。
まるで時が止まったかのようだった。けれど、自身の心臓はドクドクと音色を奏でていた。
「……エヴァン……ジークフレッド?」
昔、一緒に旅をした一人が目の前に存在していた。
「え? エヴァン……? 君、俺らジークフレッド家のことを知っているのか?」
「え、あ……その」
「まあ、そうだよな。本に載ってたりしてるからなぁ」
——そうだ。何勘違いしているんだ。あの時代の人間が今も尚生きているわけがない。生きていたらある意味大問題だろう。
しかし、子孫がいるということは……あいつもしかしてアンナに告白出来たということか!?
うわぁー、その現場見てみたかったなぁ。きっと顔を真っ赤にして、所々噛み噛みで不審な行動をしながら告白したんだろうなぁ。で、何年か後に酒を酌み交わしながら笑い話として話すんだ。
…………あの戦いで命さえ落とさなければ、俺も誰かと結婚していたのかな。
「君、どうかしたのか? いきなり黙って……」
「あっ、いや。別に何でもないですっ」
「そうか。まぁしっているかもしれないが、俺の名前はアディル・ジークフレッドだ」
アディルは手を差し伸べてくる。
エリオットはそれを掴むと、口を開いた。
「俺の名前は——」
その時だった。
「兄貴、誰と話して——」
言葉を遮るように耳に届いた声。それは聞き間違えるはずがなかった。学園で何度も耳にした声で、一番関わりたくない人物。
心臓が大きく脈打ち、額には冷や汗が浮かび上がる。
……いや、声だって似ているだけのそっくりさんかもしれないし? 全くの別人かもしれないし?
無意識に表情は引き攣り、ギギギと首をゆっくり動かした。そこには————
「アランじゃないか。珍しいな」
紛れもなく、本物のレーヴァリウス学園の生徒会長アランがいた。
31
お気に入りに追加
731
あなたにおすすめの小説
侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
弟枠でも一番近くにいられるならまあいいか……なんて思っていた時期もありました
大森deばふ
BL
ユランは、幼馴染みのエイダールが小さい頃から大好き。 保護者気分のエイダール(六歳年上)に彼の恋心は届くのか。
基本は思い込み空回り系コメディ。
他の男にかっ攫われそうになったり、事件に巻き込まれたりしつつ、のろのろと愛を育んで……濃密なあれやこれやは、行間を読むしか。←
魔法ありのゆるゆる異世界、設定も勿論ゆるゆる。
長くなったので短編から長編に表示変更、R18は行方をくらましたのでR15に。
メインキャラ達の様子がおかしい件について
白鳩 唯斗
BL
前世で遊んでいた乙女ゲームの世界に転生した。
サポートキャラとして、攻略対象キャラたちと過ごしていたフィンレーだが・・・・・・。
どうも攻略対象キャラ達の様子がおかしい。
ヒロインが登場しても、興味を示されないのだ。
世界を救うためにも、僕としては皆さん仲良くされて欲しいのですが・・・。
どうして僕の周りにメインキャラ達が集まるんですかっ!!
主人公が老若男女問わず好かれる話です。
登場キャラは全員闇を抱えています。
精神的に重めの描写、残酷な描写などがあります。
BL作品ですが、舞台が乙女ゲームなので、女性キャラも登場します。
恋愛というよりも、執着や依存といった重めの感情を主人公が向けられる作品となっております。
私のバラ色ではない人生
野村にれ
恋愛
ララシャ・ロアンスラー公爵令嬢は、クロンデール王国の王太子殿下の婚約者だった。
だが、隣国であるピデム王国の第二王子に見初められて、婚約が解消になってしまった。
そして、後任にされたのが妹であるソアリス・ロアンスラーである。
ソアリスは王太子妃になりたくもなければ、王太子妃にも相応しくないと自負していた。
だが、ロアンスラー公爵家としても責任を取らなければならず、
既に高位貴族の令嬢たちは婚約者がいたり、結婚している。
ソアリスは不本意ながらも嫁ぐことになってしまう。
継母の心得
トール
恋愛
【本編第一部完結済、2023/10〜第二部スタート ☆書籍化 2024/11/22ノベル5巻、コミックス1巻同時刊行予定☆】
※継母というテーマですが、ドロドロではありません。ほっこり可愛いを中心に展開されるお話ですので、ドロドロ重い、が苦手の方にもお読みいただけます。
山崎 美咲(35)は、癌治療で子供の作れない身体となった。生涯独身だと諦めていたが、やはり子供は欲しかったとじわじわ後悔が募っていく。
治療の甲斐なくこの世を去った美咲が目を覚ますと、なんと生前読んでいたマンガの世界に転生していた。
不遇な幼少期を過ごした主人公が、ライバルである皇太子とヒロインを巡り争い、最後は見事ヒロインを射止めるというテンプレもののマンガ。その不遇な幼少期で主人公を虐待する悪辣な継母がまさかの私!?
前世の記憶を取り戻したのは、主人公の父親との結婚式前日だった!
突然3才児の母親になった主人公が、良い継母になれるよう子育てに奮闘していたら、いつの間にか父子に溺愛されて……。
オタクの知識を使って、子育て頑張ります!!
子育てに関する道具が揃っていない世界で、玩具や食器、子供用品を作り出していく、オタクが行う異世界育児ファンタジー開幕です!
番外編は10/7〜別ページに移動いたしました。
聖女なので公爵子息と結婚しました。でも彼には好きな人がいるそうです。
MIRICO
恋愛
癒しの力を持つ聖女、エヴリーヌ。彼女は聖女の嫁ぎ制度により、公爵子息であるカリス・ヴォルテールに嫁ぐことになった。しかしカリスは、ブラシェーロ公爵子息に嫁ぐ聖女、アティを愛していたのだ。
カリスはエヴリーヌに二年後の離婚を願う。王の命令で結婚することになったが、愛する人がいるためエヴリーヌを幸せにできないからだ。
勝手に決められた結婚なのに、二年で離婚!?
アティを愛していても、他の公爵子息の妻となったアティと結婚するわけにもいかない。離婚した後は独身のまま、後継者も親戚の子に渡すことを辞さない。そんなカリスの切実な純情の前に、エヴリーヌは二年後の離婚を承諾した。
なんてやつ。そうは思ったけれど、カリスは心優しく、二年後の離婚が決まってもエヴリーヌを蔑ろにしない、誠実な男だった。
やめて、優しくしないで。私が好きになっちゃうから!!
ブックマーク・いいね・ご感想等、ありがとうございます。
ご感想お返事ネタバレになりそうなので控えさせていただきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる