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 次の日の夜。エリオットは準備をしていた。
 クローゼットからあの日に買った黒色のロングパーカーを取り出すと着替える。
 このまま外に出てしまえば全身真っ黒の不審者になるが、カツラと丸眼鏡を取ってしまうから大丈夫だろう。
 カツラと丸眼鏡を取ると身だしなみを確認するため、くるりと鏡の前で回る。
 何処もおかしいところはないことを確認するとクローゼットを閉じ、窓へ向かう。
 本来なら普通に外出許可証を出すのだが、この時間帯になると外出届けではなく外泊許可証になってしまう。
 となると、何処に泊まるのかも書かなくてはならない。
 今回は泊まりではなく、ただ行きたい場所があるだけなので、強行手段として窓から出ることにしたのであった。
 窓を開け予めに置いてあった靴を履くと、誰にも姿を見られないために消えろと念じる。
 そして、そのまま九階から飛び降りた。
 風圧で服がバタバタと音を立てる。
 地面まで残り数十メートル。
 まだだ、まだ、後もう少し……。

「アンヴォルトアっ!!」

  残り五メートルを差し掛かった時、魔法を発動させると風が体を包み込み、ふわりとまるで綿毛のようにふわふわと空中を漂う。
 そのままの状態で門へと向かい、気付かれないように学園を後にする。
 もしかしたら魔法を感知する魔道具でもあるのではと思っていたが、考え過ぎのようだった。
 だがもし何者かに襲撃に遭う可能性を考えると、警備体制を考え直した方がいいと思うが……。

「よしっ、目的地へ向かうか!」

 王都へ辿り着くと物陰に隠れ、姿を消す魔法を解くと軽い足取りで夜の王都を散策しに行く。
 この見た目ならば、もし知り合いに会ったとしても気付かれることはないだろう。

「にしても、やっぱり人はあまりいないな」

 現在は夜の十時を指していた。夜が深くなるこの時間帯では宿や酒屋には人の気配はするが、それ以外の店には人影さえなく、人通りも少ない。
 ふと、二人組みの女性が此方を見ていることに気が付く。
 露出が高い服に、若干厚化粧に感じられるこの女性たちは、もしかしたら夜の店で働いている人だろうか。
 もしそうなのであれば、年齢的にも捕まってしまったら面倒事になってしまう。
 エリオットは足早にこの場を立ち去る。
 一応、この時間帯に王都に出たのは目的がある。
 それはギルドに赴くことだ。
 昔はギルドで活動していたこともあり、どうしても一度覗いて見たかったのだ。
 そのギルドがあるのは一区、五区であるここからでは少し時間が掛かってしまう。面倒事に巻き込まれる前に、辿り着けばいいのだが……。
 その不安とは裏腹に、案外何の問題に巻き込まれることもなくギルドに辿り着いた。
 懐かしさを感じる建物を仰ぐと中に入る。
 夜深い時間帯だというのに、中はガヤガヤと人でごった返していた。受付嬢と話している者や、酒を飲みながら談笑している者。依頼の掲示板を眺めている人に、大きな武器を手入れしている者。
 前世の記憶と同じ光景に感動し、鼓動が脈動した。
 久しぶりだ。この空気、この光景。
 キョロキョロと周りを見ながらギルド内を歩く。

「ん? こんな時間に子供がどうしたんだ?」

 突如後ろから声をかけられ、エリオットは振り向くが、目の前の人物を見て制止した。
 まるで時が止まったかのようだった。けれど、自身の心臓はドクドクと音色を奏でていた。

「……エヴァン……ジークフレッド?」

 昔、一緒に旅をした一人が目の前に存在していた。

「え? エヴァン……? 君、俺らジークフレッド家のことを知っているのか?」
「え、あ……その」
「まあ、そうだよな。本に載ってたりしてるからなぁ」

 ——そうだ。何勘違いしているんだ。あの時代の人間が今も尚生きているわけがない。生きていたらある意味大問題だろう。
 しかし、子孫がいるということは……あいつもしかしてアンナに告白出来たということか!?
 うわぁー、その現場見てみたかったなぁ。きっと顔を真っ赤にして、所々噛み噛みで不審な行動をしながら告白したんだろうなぁ。で、何年か後に酒を酌み交わしながら笑い話として話すんだ。
 …………あの戦いで命さえ落とさなければ、俺も誰かと結婚していたのかな。

「君、どうかしたのか? いきなり黙って……」
「あっ、いや。別に何でもないですっ」
「そうか。まぁしっているかもしれないが、俺の名前はアディル・ジークフレッドだ」

 アディルは手を差し伸べてくる。
 エリオットはそれを掴むと、口を開いた。

「俺の名前は——」

 その時だった。

「兄貴、誰と話して——」

 言葉を遮るように耳に届いた声。それは聞き間違えるはずがなかった。学園で何度も耳にした声で、一番関わりたくない人物。
 心臓が大きく脈打ち、額には冷や汗が浮かび上がる。
 ……いや、声だって似ているだけのそっくりさんかもしれないし? 全くの別人かもしれないし?
 無意識に表情は引き攣り、ギギギと首をゆっくり動かした。そこには————

「アランじゃないか。珍しいな」

 紛れもなく、本物のレーヴァリウス学園の生徒会長アランがいた。
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