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第2章
第17話
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「……では、修也さんも詩歌と連絡先交換できたんですね」
「ああ、成り行きでな」
その日の晩の舞原家の食卓で、修也と蒼芽は詩歌が新しくスマホを買ったことについて話していた。
「ああ、引っ越す前は親の連絡先しか入ってなかったアドレス帳に潤いが……!」
「……もう突っ込みませんよ?」
「ほぼ蒼芽ちゃんとの連絡専用だった俺のスマホに他の使い道が……」
「……そ、それはそれでなんだか魅力的な響きですね……私専用の修也さん……」
「蒼芽ちゃん、『スマホ』が抜けてる、『スマホ』が」
「あ、すみません。つい……」
「つい……で俺の人権抹消しないでくれるかな?」
「あ、あはは……」
「あら、蒼芽は修也さんを独占したかったの?」
「……いや、流石にそれはわがまま過ぎるでしょ」
台所から食卓に来た紅音の言葉に、冷静に返す蒼芽。
「あらあら、蒼芽も冷静に返せるようになってきたわね」
「何回もやられたらいい加減慣れるよ……」
「もう少しで蒼芽もゾルディアス流会話術の使い手ね」
「まだ続くんですかそれ」
「ちなみに修也さんはもう免許皆伝です。教えることは何もありません」
「それはどうも……」
修也は適当に相槌を打ちながら夕食を進める。
「ところで修也さん、その修也さんのスマホのアドレス帳の潤いに、私も協力させてもらえませんか?」
「え?」
「はい、これが私の連絡先です」
そう言って紅音が修也に連絡先が表示された画面を見せる。
「え? 良いんですか?」
「もちろんです。今後修也さんと直接連絡を取る機会が無いとは言い切れませんからね」
「確かにそうですね」
「それに、これで蒼芽には内緒でお話することもできますよ」
「いや、何話す気ですか……」
「そうですねぇ……中学時代の蒼芽のエピソードとか……」
「あ、意外と普通。それに普通に興味あるなぁ、蒼芽ちゃんの中学時代」
「え、そうですか? 興味持ってくれるのは嬉しいですけどちょっと恥ずかしくもありますね……」
そう言って蒼芽はちょっとはにかむ。
「……よし、登録完了。家族以外の連絡先が増えるなんて、以前の俺だったら考えられなかったなぁ」
紅音の連絡先を登録し終えた修也がしみじみと呟く。
「あら、ということは私と蒼芽はそのうち『家族以外の連絡先』から外れちゃいますね」
「え?」
「だってそうでしょう? 蒼芽とはいずれ家族になるでしょうし、それに伴って私も家族に……」
「お、お母さん!?」
紅音の言葉の意味を察した蒼芽が声を荒げて椅子から立ち上がる。
「……やはり蒼芽にはまだ早かった様ね、ゾルディアス流会話術の会得は。これくらいで動揺してたらまだまだよ?」
「そんなのいらないよ……」
ただ揶揄われていただけだということに気づいた蒼芽は、力なく椅子に座りなおした。
「で、修也さん。詩歌に何かメッセージを送ったんですか?」
気を取り直した蒼芽が修也に問う。
「いや、まだ何も」
「……え? 送らなくて良いんですか?」
「いや、特に用事が無いのに送るのもどうなんだ?」
修也としては、特に何の用事も無いのにメッセージを送ることに少し抵抗がある。
それが詩歌みたいに女の子相手となると尚更だ。
「馴れ馴れしく距離を詰めてくるキモい奴とか思われて引かれたりしないか?」
「それは流石にないでしょ……むしろ逆ですよ。せっかく連絡先交換したのに何もメッセージ送ってくれないの? と私なら思いますね」
「そんなもんなのか……人間関係の距離感って難しいんだよなぁ。蒼芽ちゃんのことも『蒼芽ちゃん』とちゃん付けで良かったのかと今でも時々思うし」
「じゃあ今からでも呼び捨てに変えますか? 私はちゃん付けも結構気に入ってますけど」
「あー……まぁ、気に入ってるなら良いや。というか選択肢呼び捨てしか無いのか」
「ありませんねぇ」
「えぇ……まぁ良いや、とりあえずその問題は置いとこう。で、そもそも何て送れば良いんだ?」
「いえ、普通に挨拶だけでも送っても良いと思うんですけど」
「そうなの? 今までそんな事したことないからよく分かんないや」
「え……? あ、あぁー……」
事情を察した蒼芽が曖昧に言葉を濁す。
「とりあえず夕飯終わったら送ってみるか」
「それが良いですよ」
そこで話が纏まったので、修也はまだ残っている夕食を食べ進めていった。
●
「……さて、じゃあ送ってみるか」
夕飯後、修也はリビングでスマホを取り出し、詩歌にメッセージを送るためにアプリを立ち上げる。
ちなみに蒼芽は隣に座って様子を見ている。
その距離は膝が触れそうなほど近い。
(小さいスマホの画面を見る為だし、これだけ近くても違和感無い……よね? だ、大丈夫……きっと、大丈夫……!)
表面上は平静を保っているが、内心は緊張で冷や汗ダラダラの蒼芽。
(なんか、蒼芽ちゃんが近い気がする……傘の時もそうだったけど、蒼芽ちゃんってパーソナルスペース狭いよなぁ。まあ今回は小さいスマホ画面見るためだから、自然とそうなるか)
一方の修也は、蒼芽がそんな心情であるなどとは露知らず、そんな感想を抱く。
別に一緒に画面を見る必要性は全く無いとは思ったのだが、可愛い女の子が至近距離で、しかも自分にやや寄りかかるような体勢なのだ。
役得以外の何物でもない。止める理由もない。
「ふふふ……」
そんな2人の様子を微笑ましい物でも見るかのような表情の紅音。
(蒼芽ったら、修也さんが他の子からも目をつけられ始めたからって、焦ってるわねぇ)
訂正。面白い物を見るかのような表情だった。
「えーと……書き出しは……」
それぞれの思惑はさておいて、修也は十数秒考えた後、メッセージを打ち込む。
「まずは、『こんばんは』……」
「ストップストップ! 修也さん、文章が固いですよ!」
普通に挨拶を入力したところで、横から見てた蒼芽に止められた。
「え? でも挨拶は大事だろ。蒼芽ちゃんもさっき挨拶だけでも送っても良いって言ってたし」
「それは面と向かって話をする時ですよ。それに挨拶ってそう言う定型文的な意味じゃないです。こういうメッセージアプリだと変に固くなっちゃいますよ」
「いやぁ、こういう『力』を持ってるとついつい……」
「絶対関係無いですよねそれ!? とにかく定型的な挨拶は省略しても問題ありません」
「そう言うもんか……」
蒼芽に指摘され、修也は打ち込んだ文章を削除する。
「……にしても、『力』の事を話のネタにできる日が来るとはなぁ……引っ越す前までは考えられなかったよ」
「そもそも他の人には秘密にしていた事ですからね」
「変に気を張らなくて良いってのがこんなに楽だとはなぁ」
「気を張り続けたら誰だって疲れますよ……」
そんな雑談をしながら修也はメッセージを打ち込む。
「『調子はどうだ? 慣れるまで大変かもしれないけど頑張れよ。応援してるから』……こんな感じでどう?」
「うん、良いと思いますよ。ちょっと味気ないですけど」
「絵文字とかで飾るのは流石にキャラじゃないなぁ……」
「そこはまぁ人それぞれですから無理強いはしませんよ」
「まぁ問題無いようなら送信、と」
そう言って修也は送信ボタンを押す。
しばらくして、『既読』のマークがついた。
●
「さぁ詩歌! 連絡先をゲットしたなら、早速土神君にコンタクトを取るのよ!」
一方その頃米崎家では、爽香が詩歌に次なる指令を出していた。
「えっ……えぇ!? な、なんで……」
「何の為に連絡先交換したのよ? 連絡を取り合う為でしょ?」
「だ、だからって急にそんな、迷惑になるよ……!」
「大丈夫よしいちゃん。確かに電話だったら時間を考えないとダメだけど、メッセージなら向こうも好きなタイミングで見れるから迷惑にならないわ」
「で、でも……なんて書けば……」
「そんなの『これからよろしくお願いします』位で良いのよ」
「え……いきなりそんな、失礼にならないかな……?」
「別にどこも失礼じゃないと思うわよ?」
そんな言い合いを母娘3人でやっていると……
「……? 何か通知が来た……」
詩歌のスマホに通知がやって来た。
詩歌は話を中断し、画面を開く。
「っ!? せ、せせせせせ先輩から、めめめメッセージがっ…………!?」
通知を確認してみると、それは修也からのメッセージが送られてきたことを知らせるものだった。
それに気づいた詩歌は驚いてスマホを落としそうになる。
「え、何なに? どんなメッセージ送ってきたの!? 開けてみてしいちゃん!」
「な、なんだろ……私、何か先輩の機嫌を損ねる様な事しちゃったかな……?」
母親に急かされ、恐る恐るメッセージを開き始める詩歌。
蒼芽の時と同様、ネガティブな思考が第一に働くのは性分らしい。
「『調子はどうだ? 慣れるまで大変かもしれないけど頑張れよ。応援してるから』……良かった……先輩、別に怒ってるわけじゃなかったんだ……」
メッセージがネガティブなものではなかったことに詩歌は安堵のため息を吐く。
「そりゃそうでしょ。何をどうやったらそんな考えになるのよ」
「だ、だって……」
「しいちゃん、それよりも返事は良いの?」
「……あ、そ、そうだ……返事を書かないと……!」
修也がメッセージを送ってくれたということの感動の余韻に浸っていた詩歌だが、母親に言われ、返事を書かないといけないことに気づいた。
「えっと…………し、失礼の無いように……!」
ぷるぷると震える指で何度かタップミスやフリックミスをやりながらもなんとか返事を書き上げる詩歌。
出来上がった文章を何度も読み返し、誤字脱字が無い事をしっかり確認してから送信した。
「お、送っちゃった……! だ、大丈夫だよね……? おかしい所、何も無いよね……!?」
何度も確認したというのに、送った後も詩歌はそわそわしっぱなしだった。
落ち着かない状態のまましばらく画面を見つめていると、通知と共に、蒼芽の物とは違う何かのキャラクターが丸印を作っているスタンプが表示された。
「あ……よ、良かった…………おかしい所、何も無かったみたい……」
そこで詩歌はようやく緊張が解け、大きく息を吐いた。
「そんなちょっとの誤字脱字位で土神君が怒る訳無いでしょうに」
「そ、そういう問題じゃないよう……」
「アレよね、しいちゃんは土神君にカッコ悪いとこを見せたくないのよね?」
「ま、まぁ……そんなところ……」
母親と爽香に茶々を入れられつつも、修也にメッセージを送るという、本人的にはかなり大きなことを成し遂げた詩歌の心は達成感でいっぱいだった。
●
「あ、返事が返ってきた」
修也が詩歌へメッセージを送信してからしばらくした後、修也のスマホに通知が届いた。
早速開いて見てみると、『ありがとうございます、頑張ります』と書かれていた。
絵文字などの装飾は一切ない、ただそれだけの文なのだが、詩歌が一生懸命打ち込んでいる様子が想像できて、なんだかほっこりした。
とりあえず修也はスタンプで返事の返事を送る。
「……うん、こういう文章でのやり取りってあんまりやったことないけど結構楽しいもんだな」
「じゃあ私ともやりますか?」
「いや、蒼芽ちゃんの場合は文章以前にこうやって直接やり取りできるだろ」
「それもそうなんですけど……あえて文章でやる、みたいな」
「あー……まぁ、気持ちは分からんでもない」
「修也さん、蒼芽とお楽しみ中のところをすみません。ちょっと良いですか?」
修也と蒼芽が雑談しているところに、紅音がやってきた。
「いやお楽しみって何ですか」
「だってさっきからずっとその体勢ですし」
「え?」
紅音に指摘されて、改めて今の体勢を確認する修也。
修也自身は普通にリビングのソファーに座ってるだけなのだが、蒼芽が修也に寄りかかるようにして座っている。
最初は膝が触れそう……という距離だったのに、いつの間にか完全にお互いの膝がくっつく距離にまで縮まっていた。
修也のスマホを覗き込んでいるうちにそうなったようだ。
「いつの間に……あまりにも自然で気が付かなかった」
「……あ! す、すみません修也さん! 重かったですよね?」
「いや、そんなことは全然……」
慌てて寄りかかるのをやめた蒼芽だが、やめたのは寄りかかることだけだった。
距離を開けなおす気は無いらしい。
「あらあら、あの修也さんが気づかないなんて、蒼芽はゾルディアス流隠密術の素質あり、かしらね」
「また増えた……」
「本当にすみません修也さん。あまりに居心地が良くてつい……」
「それ言い訳になってるか? それに、そんな良いもんでもないだろ」
「そんなことないですよ! 何だったらそのまま寝れるくらいです!」
「いやその表現は意味が分からん。で、紅音さん、何でしょうか?」
話が変な方向に脱線しそうだったので、修也は軌道修正のために紅音に尋ねる。
「ああそうそう、修也さんに見てもらいたいものがあるんです」
「見てもらいたいもの?」
「ええ、WebサイトなのでURLを送りますね」
そう言って紅音は自分のスマホから修也にメッセージを送る。
「これは……ブログですか?」
送られてきたサイトにアクセスすると、ブログらしきデザインのページが表示された。
「どうやら個人でやってるニュースブログみたいですね」
修也のスマホを覗き込んでブログの詳細を調べる蒼芽。
再び修也に寄りかかる形になったが、今はそれを指摘するよりも気になることが修也にはあった。
「ニュースブログってことは、まさか……」
「ええ、先日の学校への不法侵入事件について書かれている記事があったんです」
修也の懸念に、紅音は頷いて肯定するのであった。
「ああ、成り行きでな」
その日の晩の舞原家の食卓で、修也と蒼芽は詩歌が新しくスマホを買ったことについて話していた。
「ああ、引っ越す前は親の連絡先しか入ってなかったアドレス帳に潤いが……!」
「……もう突っ込みませんよ?」
「ほぼ蒼芽ちゃんとの連絡専用だった俺のスマホに他の使い道が……」
「……そ、それはそれでなんだか魅力的な響きですね……私専用の修也さん……」
「蒼芽ちゃん、『スマホ』が抜けてる、『スマホ』が」
「あ、すみません。つい……」
「つい……で俺の人権抹消しないでくれるかな?」
「あ、あはは……」
「あら、蒼芽は修也さんを独占したかったの?」
「……いや、流石にそれはわがまま過ぎるでしょ」
台所から食卓に来た紅音の言葉に、冷静に返す蒼芽。
「あらあら、蒼芽も冷静に返せるようになってきたわね」
「何回もやられたらいい加減慣れるよ……」
「もう少しで蒼芽もゾルディアス流会話術の使い手ね」
「まだ続くんですかそれ」
「ちなみに修也さんはもう免許皆伝です。教えることは何もありません」
「それはどうも……」
修也は適当に相槌を打ちながら夕食を進める。
「ところで修也さん、その修也さんのスマホのアドレス帳の潤いに、私も協力させてもらえませんか?」
「え?」
「はい、これが私の連絡先です」
そう言って紅音が修也に連絡先が表示された画面を見せる。
「え? 良いんですか?」
「もちろんです。今後修也さんと直接連絡を取る機会が無いとは言い切れませんからね」
「確かにそうですね」
「それに、これで蒼芽には内緒でお話することもできますよ」
「いや、何話す気ですか……」
「そうですねぇ……中学時代の蒼芽のエピソードとか……」
「あ、意外と普通。それに普通に興味あるなぁ、蒼芽ちゃんの中学時代」
「え、そうですか? 興味持ってくれるのは嬉しいですけどちょっと恥ずかしくもありますね……」
そう言って蒼芽はちょっとはにかむ。
「……よし、登録完了。家族以外の連絡先が増えるなんて、以前の俺だったら考えられなかったなぁ」
紅音の連絡先を登録し終えた修也がしみじみと呟く。
「あら、ということは私と蒼芽はそのうち『家族以外の連絡先』から外れちゃいますね」
「え?」
「だってそうでしょう? 蒼芽とはいずれ家族になるでしょうし、それに伴って私も家族に……」
「お、お母さん!?」
紅音の言葉の意味を察した蒼芽が声を荒げて椅子から立ち上がる。
「……やはり蒼芽にはまだ早かった様ね、ゾルディアス流会話術の会得は。これくらいで動揺してたらまだまだよ?」
「そんなのいらないよ……」
ただ揶揄われていただけだということに気づいた蒼芽は、力なく椅子に座りなおした。
「で、修也さん。詩歌に何かメッセージを送ったんですか?」
気を取り直した蒼芽が修也に問う。
「いや、まだ何も」
「……え? 送らなくて良いんですか?」
「いや、特に用事が無いのに送るのもどうなんだ?」
修也としては、特に何の用事も無いのにメッセージを送ることに少し抵抗がある。
それが詩歌みたいに女の子相手となると尚更だ。
「馴れ馴れしく距離を詰めてくるキモい奴とか思われて引かれたりしないか?」
「それは流石にないでしょ……むしろ逆ですよ。せっかく連絡先交換したのに何もメッセージ送ってくれないの? と私なら思いますね」
「そんなもんなのか……人間関係の距離感って難しいんだよなぁ。蒼芽ちゃんのことも『蒼芽ちゃん』とちゃん付けで良かったのかと今でも時々思うし」
「じゃあ今からでも呼び捨てに変えますか? 私はちゃん付けも結構気に入ってますけど」
「あー……まぁ、気に入ってるなら良いや。というか選択肢呼び捨てしか無いのか」
「ありませんねぇ」
「えぇ……まぁ良いや、とりあえずその問題は置いとこう。で、そもそも何て送れば良いんだ?」
「いえ、普通に挨拶だけでも送っても良いと思うんですけど」
「そうなの? 今までそんな事したことないからよく分かんないや」
「え……? あ、あぁー……」
事情を察した蒼芽が曖昧に言葉を濁す。
「とりあえず夕飯終わったら送ってみるか」
「それが良いですよ」
そこで話が纏まったので、修也はまだ残っている夕食を食べ進めていった。
●
「……さて、じゃあ送ってみるか」
夕飯後、修也はリビングでスマホを取り出し、詩歌にメッセージを送るためにアプリを立ち上げる。
ちなみに蒼芽は隣に座って様子を見ている。
その距離は膝が触れそうなほど近い。
(小さいスマホの画面を見る為だし、これだけ近くても違和感無い……よね? だ、大丈夫……きっと、大丈夫……!)
表面上は平静を保っているが、内心は緊張で冷や汗ダラダラの蒼芽。
(なんか、蒼芽ちゃんが近い気がする……傘の時もそうだったけど、蒼芽ちゃんってパーソナルスペース狭いよなぁ。まあ今回は小さいスマホ画面見るためだから、自然とそうなるか)
一方の修也は、蒼芽がそんな心情であるなどとは露知らず、そんな感想を抱く。
別に一緒に画面を見る必要性は全く無いとは思ったのだが、可愛い女の子が至近距離で、しかも自分にやや寄りかかるような体勢なのだ。
役得以外の何物でもない。止める理由もない。
「ふふふ……」
そんな2人の様子を微笑ましい物でも見るかのような表情の紅音。
(蒼芽ったら、修也さんが他の子からも目をつけられ始めたからって、焦ってるわねぇ)
訂正。面白い物を見るかのような表情だった。
「えーと……書き出しは……」
それぞれの思惑はさておいて、修也は十数秒考えた後、メッセージを打ち込む。
「まずは、『こんばんは』……」
「ストップストップ! 修也さん、文章が固いですよ!」
普通に挨拶を入力したところで、横から見てた蒼芽に止められた。
「え? でも挨拶は大事だろ。蒼芽ちゃんもさっき挨拶だけでも送っても良いって言ってたし」
「それは面と向かって話をする時ですよ。それに挨拶ってそう言う定型文的な意味じゃないです。こういうメッセージアプリだと変に固くなっちゃいますよ」
「いやぁ、こういう『力』を持ってるとついつい……」
「絶対関係無いですよねそれ!? とにかく定型的な挨拶は省略しても問題ありません」
「そう言うもんか……」
蒼芽に指摘され、修也は打ち込んだ文章を削除する。
「……にしても、『力』の事を話のネタにできる日が来るとはなぁ……引っ越す前までは考えられなかったよ」
「そもそも他の人には秘密にしていた事ですからね」
「変に気を張らなくて良いってのがこんなに楽だとはなぁ」
「気を張り続けたら誰だって疲れますよ……」
そんな雑談をしながら修也はメッセージを打ち込む。
「『調子はどうだ? 慣れるまで大変かもしれないけど頑張れよ。応援してるから』……こんな感じでどう?」
「うん、良いと思いますよ。ちょっと味気ないですけど」
「絵文字とかで飾るのは流石にキャラじゃないなぁ……」
「そこはまぁ人それぞれですから無理強いはしませんよ」
「まぁ問題無いようなら送信、と」
そう言って修也は送信ボタンを押す。
しばらくして、『既読』のマークがついた。
●
「さぁ詩歌! 連絡先をゲットしたなら、早速土神君にコンタクトを取るのよ!」
一方その頃米崎家では、爽香が詩歌に次なる指令を出していた。
「えっ……えぇ!? な、なんで……」
「何の為に連絡先交換したのよ? 連絡を取り合う為でしょ?」
「だ、だからって急にそんな、迷惑になるよ……!」
「大丈夫よしいちゃん。確かに電話だったら時間を考えないとダメだけど、メッセージなら向こうも好きなタイミングで見れるから迷惑にならないわ」
「で、でも……なんて書けば……」
「そんなの『これからよろしくお願いします』位で良いのよ」
「え……いきなりそんな、失礼にならないかな……?」
「別にどこも失礼じゃないと思うわよ?」
そんな言い合いを母娘3人でやっていると……
「……? 何か通知が来た……」
詩歌のスマホに通知がやって来た。
詩歌は話を中断し、画面を開く。
「っ!? せ、せせせせせ先輩から、めめめメッセージがっ…………!?」
通知を確認してみると、それは修也からのメッセージが送られてきたことを知らせるものだった。
それに気づいた詩歌は驚いてスマホを落としそうになる。
「え、何なに? どんなメッセージ送ってきたの!? 開けてみてしいちゃん!」
「な、なんだろ……私、何か先輩の機嫌を損ねる様な事しちゃったかな……?」
母親に急かされ、恐る恐るメッセージを開き始める詩歌。
蒼芽の時と同様、ネガティブな思考が第一に働くのは性分らしい。
「『調子はどうだ? 慣れるまで大変かもしれないけど頑張れよ。応援してるから』……良かった……先輩、別に怒ってるわけじゃなかったんだ……」
メッセージがネガティブなものではなかったことに詩歌は安堵のため息を吐く。
「そりゃそうでしょ。何をどうやったらそんな考えになるのよ」
「だ、だって……」
「しいちゃん、それよりも返事は良いの?」
「……あ、そ、そうだ……返事を書かないと……!」
修也がメッセージを送ってくれたということの感動の余韻に浸っていた詩歌だが、母親に言われ、返事を書かないといけないことに気づいた。
「えっと…………し、失礼の無いように……!」
ぷるぷると震える指で何度かタップミスやフリックミスをやりながらもなんとか返事を書き上げる詩歌。
出来上がった文章を何度も読み返し、誤字脱字が無い事をしっかり確認してから送信した。
「お、送っちゃった……! だ、大丈夫だよね……? おかしい所、何も無いよね……!?」
何度も確認したというのに、送った後も詩歌はそわそわしっぱなしだった。
落ち着かない状態のまましばらく画面を見つめていると、通知と共に、蒼芽の物とは違う何かのキャラクターが丸印を作っているスタンプが表示された。
「あ……よ、良かった…………おかしい所、何も無かったみたい……」
そこで詩歌はようやく緊張が解け、大きく息を吐いた。
「そんなちょっとの誤字脱字位で土神君が怒る訳無いでしょうに」
「そ、そういう問題じゃないよう……」
「アレよね、しいちゃんは土神君にカッコ悪いとこを見せたくないのよね?」
「ま、まぁ……そんなところ……」
母親と爽香に茶々を入れられつつも、修也にメッセージを送るという、本人的にはかなり大きなことを成し遂げた詩歌の心は達成感でいっぱいだった。
●
「あ、返事が返ってきた」
修也が詩歌へメッセージを送信してからしばらくした後、修也のスマホに通知が届いた。
早速開いて見てみると、『ありがとうございます、頑張ります』と書かれていた。
絵文字などの装飾は一切ない、ただそれだけの文なのだが、詩歌が一生懸命打ち込んでいる様子が想像できて、なんだかほっこりした。
とりあえず修也はスタンプで返事の返事を送る。
「……うん、こういう文章でのやり取りってあんまりやったことないけど結構楽しいもんだな」
「じゃあ私ともやりますか?」
「いや、蒼芽ちゃんの場合は文章以前にこうやって直接やり取りできるだろ」
「それもそうなんですけど……あえて文章でやる、みたいな」
「あー……まぁ、気持ちは分からんでもない」
「修也さん、蒼芽とお楽しみ中のところをすみません。ちょっと良いですか?」
修也と蒼芽が雑談しているところに、紅音がやってきた。
「いやお楽しみって何ですか」
「だってさっきからずっとその体勢ですし」
「え?」
紅音に指摘されて、改めて今の体勢を確認する修也。
修也自身は普通にリビングのソファーに座ってるだけなのだが、蒼芽が修也に寄りかかるようにして座っている。
最初は膝が触れそう……という距離だったのに、いつの間にか完全にお互いの膝がくっつく距離にまで縮まっていた。
修也のスマホを覗き込んでいるうちにそうなったようだ。
「いつの間に……あまりにも自然で気が付かなかった」
「……あ! す、すみません修也さん! 重かったですよね?」
「いや、そんなことは全然……」
慌てて寄りかかるのをやめた蒼芽だが、やめたのは寄りかかることだけだった。
距離を開けなおす気は無いらしい。
「あらあら、あの修也さんが気づかないなんて、蒼芽はゾルディアス流隠密術の素質あり、かしらね」
「また増えた……」
「本当にすみません修也さん。あまりに居心地が良くてつい……」
「それ言い訳になってるか? それに、そんな良いもんでもないだろ」
「そんなことないですよ! 何だったらそのまま寝れるくらいです!」
「いやその表現は意味が分からん。で、紅音さん、何でしょうか?」
話が変な方向に脱線しそうだったので、修也は軌道修正のために紅音に尋ねる。
「ああそうそう、修也さんに見てもらいたいものがあるんです」
「見てもらいたいもの?」
「ええ、WebサイトなのでURLを送りますね」
そう言って紅音は自分のスマホから修也にメッセージを送る。
「これは……ブログですか?」
送られてきたサイトにアクセスすると、ブログらしきデザインのページが表示された。
「どうやら個人でやってるニュースブログみたいですね」
修也のスマホを覗き込んでブログの詳細を調べる蒼芽。
再び修也に寄りかかる形になったが、今はそれを指摘するよりも気になることが修也にはあった。
「ニュースブログってことは、まさか……」
「ええ、先日の学校への不法侵入事件について書かれている記事があったんです」
修也の懸念に、紅音は頷いて肯定するのであった。
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