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第1章

第17話

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「お待たせしました修也さん!」

しばらくして朝食を終えた蒼芽が再び修也の部屋にやってきたようだ。
部屋の外から修也を呼ぶ声が聞こえてきた。

「早いな? もうちょっとゆっくり食べても良かったんじゃない? 早食いは体に悪いぞ?」
「あはは……早く修也さんとショッピングモールに行きたくて、気が急いてしまいまして……」
「そんなに急いだところでショッピングモールまだ開いてないんじゃね?」
「あ……」

時刻はまだ8時前。24時間営業のコンビニとかならともかく大抵の店は9時か10時開店だ。
そのことをすっかり忘れていた蒼芽は言葉を詰まらせる。

「地下の食料品売り場は9時開店ですけど、他は10時です……」
「だと思ったよ。今出ても1時間以上待つことになるな」
「あ、それだったら昨日雨で行けなかった公園を回ってから行きましょう! 今なら人も少ないですし、1周すればいい時間になりますよ!」
「ああ、それは良いかもな」

蒼芽の提案に頷いた修也は、ショルダーバッグを掴んで部屋を出る。
部屋の外で待っていた蒼芽は、先程までは七分袖の白いカットソーに紺色の膝上丈のスカートという恰好だったが、今はそれに薄い水色のカーディガンのような上着を羽織っている。
そして左手には小さな手提げ鞄を持っていた。

「蒼芽ちゃんはもう準備万端って感じだな」
「はい。さっきも言った通り早くお出かけしたくて……」
「はは、じゃあ行こうか」
「はいっ!」

修也の言葉に笑顔で頷いた蒼芽は、修也と横に並んで階段を降りた。

「あら、もう出かけるの?」

玄関で靴を履いていると、紅音が見送りにやってきた。

「ええ、ショッピングモールに行く前に昨日行けなかった公園を回ろうということになりまして」
「ふふ、それ、大方待ちきれなかった蒼芽が時間を考えずに修也さんを連れ出そうとして考えた理由でしょう?」
「な、なななな何言ってるの? そそそそんなわけないじゃない!」

物凄くピンポイントに図星を突く紅音。
蒼芽は物凄く分かりやすく慌てている。

「それだけ慌ててたら肯定しているようなものよ。で、お昼はどうするの?」
「それなんですけど、ショッピングモールにレストランとか食べられる所ってあるんですか?」
「ええ、何軒かありますよ」
「じゃあそこで食べてこようかって考えてます」
「では夜は?」
「夜までには流石に帰ってきますよ」
「え?」

修也の言葉に意外そうな顔をする紅音。

「いやそこで意外そうな顔しないでくださいよ」
「いえ、今日は土曜日ですし、てっきり泊まりがけかと」
「お母さん!? ショッピングモールを案内するだけなのに何で泊まりがけなのよ!」
「そもそもショッピングモールに宿泊施設なんて……」
「ありますよ?」
「え?」

今度は修也が意外な顔をする番だった。

「流石にショッピングモールの中ではありませんけど、出張に来たサラリーマン向けのカプセルホテルが近くにあるんですよ」
「へぇー……」
「……って、カプセルホテルじゃあ泊まる意味ないじゃない!」
「まぁ確かに宿泊旅行の醍醐味ってホテルの食事とか観光だもんなぁ。近距離の素泊まりだったらわざわざ泊まる意味無いよな」
「えっ?」
「え?」

修也の呟きに意外そうな顔をして修也の方に振り返る蒼芽。
そしてそんなリアクションに意外そうな顔をして蒼芽を見る修也。

「あらあら、蒼芽ったらお泊まりデートで何を考えてたのかしらね?」
「~~~~!!」

ニヤニヤしながらの紅音の指摘に顔を真っ赤にさせる蒼芽。

「も、もう知らないっ! 修也さん、行きましょ!!」
「お、おう。じゃあ行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい」

頬を膨らませて修也の手を引っ張る蒼芽と蒼芽の勢いに押されながら玄関を出る修也。
紅音はそんな二人を微笑ましいものを見るかのような目で見送った。



「全くもう、お母さんったら……」

舞原家を出てしばらくしてからも怒りが収まらないのか、蒼芽は頬を膨らませたままだった。

「……なあ蒼芽ちゃん」
「はい、何でしょう? ……って、すみません!」

だが修也が呼びかけるとすぐにいつもの表情に戻る蒼芽。
……と思ったらいきなり謝ってきた。

「え、何が?」
「ここまで勢いのまま引っ張って来てしまいまして……」
「いや別に、それは良いんだけど」
「あ、良いんですね。じゃあもうちょっとこのままで……」

そう言って手を握り直す蒼芽。

(あれ、そっちの事?)

修也は『勢いのまま引っ張り出されたこと』を別に良いと言ったのだが、蒼芽は『修也の手をずっと握っていた事』を別に良いと捉えた様だ。

(まぁ別に困る事がある訳でも無いしそのままでいっか)

だが指摘して訂正するとややこしい事になりそうな気がしたのと、別に修也に不利益は出ない事から、特に指摘はせずそのまま蒼芽と手を繋いでおくことにした。

「それで、何ですか修也さん?」
「いや、大したことじゃないんだけど、蒼芽ちゃんは『デート』の定義をどう考える?」
「と言いますと?」
「不破さんや紅音さんにデートって言われたけどさ、正直なところどこからがデートで、どこまでがただ遊びに行く事なのかの線引がよく分からなくてさ」
「うーん……そう言われると結構曖昧ですね……」

そう言って蒼芽は視線を宙に彷徨わせる。

「男女で何処かに行けばデート……ですかね? 男同士や女同士ならまずデートなんて言いませんし」
「でもそれだけだと例えば俺が紅音さんの買い物に荷物持ちとしてついて行ってもデートになるぞ」
「あ、それもそうですね……では、二人の関係で決めてみては? 恋人同士以上ならデートで、それ未満ならただ遊びに行くだけ、とか」
「おお、なるほど……」
「あ、やっぱり今の無しです」

納得しかけた修也だが、即座に蒼芽自身から自分の意見を取り消した。

「え、なんで?」
「私は経験無いんですけど、とりあえずお互いの事を知るためにお試しでデートしてみましょ、っていうのもあるらしいんですよ」
「確かにそれだとほぼ他人なのにデートになるわな」
「だから関係よりも目的じゃないですかね?」
「お互いを知る為、親交を深める為、か。後は行動だな。さっきの例みたいに荷物持ちだとデートにはならんだろ」
「だったら、遊びにどこかへ行くというのはどうですか?」
「お、それっぽくなってきた。でも最近はおうちデートとかいう言葉もあるしなぁ」
「そんな最近でもないですけどね。だとしたら……『遊ぶ』と言うのがキーポイントですかね?」
「なるほど。じゃあ纏めると『男女で遊んで親交を深める』のがデートの定義ってことかな」
「じゃあ今私と修也さんはデートしてるって事で良いですか?」
「ああ、そうなるな。男女で、ショッピングモールの案内だけど実質遊びで、親交を深めようとしてる訳だし」
「そうですか……えへへ……修也さんとデート……えへへ……」

自分で言葉にして改めて実感したのか、蒼芽はさっきまでとはうってかわって嬉しそうに修也と手を繋ぎながら歩く。

(……とりあえず、嫌そうなそぶりは見せてない……かな?)

修也は修也で、蒼芽が『デート』と称したことに嫌そうな印象を持っていなさそうなことに内心胸を撫で下ろすのであった。
手を繋ぐどころか腕組んだり相合傘までしているのに嫌われていないかどうかを気にする必要なんて無さそうではあるが、長年に渡って培ってきた価値観はそう簡単には変わらないのである。



「はいっ、公園に着きました!」
「昨日も見たけど、やっぱ大きい公園だなぁ」

二人は昨日と同じ公園の入口までやってきた。
昨日は入ろうとしたところで雨が降ってきたので引き返したが、今日は快晴だ。雨の心配はまず無い。

「入園料とかは無いよな?」
「はい。駐車場はお金がかかりますけど、入園料はありません」
「昨日は季節の花が植えられてるって聞いたけど、他に何かあるの?」
「子供向けのアスレチックとか、中の池にはボートとかがありますね。芝生広場もあって色んな世代の人が遊びに来てますよ」
「へぇー……」
「後は舞台とか物見櫓とかもありますね」
「え、それ公園に必要? 特に物見櫓」
「小学生の男の子とかよく登ってますよ?」
「あー……それくらいの子ってよく高い所に登りたがるよな……」
「秘密基地みたいで楽しいって、結構人気ですよ」
「うん、気持ちは分かる」
「そうなんですか? 修也さんもやっぱり男の子ですねぇ」

そう言って蒼芽はクスクス笑う。

「で、舞台って何よ。こんな所で演劇とかやるわけ?」

修也は次の気になった設備について聞いてみる。

「正確には演劇の練習ですね。客席もあるので本番前の予行演習にはうってつけなんですって」
「ああ、そういう事」
「うちの学校の演劇部やダンス部とかもよく利用してますよ」
「へぇ、そんな部活があるんだ」
「修也さんは何か部活やるつもりはあるんですか?」
「いや、今は特には考えてないかな」
「何かやるんでしたら応援しますよ?」
「帰宅部でも?」
「はい。一緒に帰ってあげますよ」
「それ蒼芽ちゃんが一緒に帰りたいだけじゃあ……?」
「あ、バレました?」

冗談っぽく笑いながら言う蒼芽。

「やるかどうかはさておいて、蒼芽ちゃんは俺には何の部活が合ってると思う?」
「そうですねぇ……野球やサッカーをしてる修也さんも見てみたいですが、ここはやはり武道系ですかね?」
「でも俺がやってるのって、合気道の真似事だぞ?」
「それであれだけ動けるんですから、ちゃんと習えば凄いことになりそうですけど」
「何にせよ『力』の事もあるし、何より居候の身だし、気軽にやるとは言えないよ」
「そうですか……修也さんのかっこいい所見たかったですけど、無理強いはできませんね」
「む……」

可愛い女の子にそんな事言われたら心動かされそうになるが、こればっかりは仕方がない。
何よりも気にしてるのはやはり『力』の事だ。
皆が皆蒼芽や紅音みたいな人とは限らない。
むしろ二人は少数派だと修也は考えている。
修也は思わず『力』を使ってしまった場合の周りの反応はやはりまだ怖いのだ。
絶対に味方だと言ってくれた蒼芽を疑う訳では無いが、今までの事を考えると無理も無い話である。

「まぁそもそも高校の部活で武道系なんてそう無いだろ。あっても柔道とか剣道くらいじゃね?」
「え? 格闘技クラブってありますよ?それに柔道部は無いんですよ」
「え、あるの? 柔道部が無いのに?」

妙な話だと修也は首を傾げる。
柔道と剣道は高校の部活でも割とメジャーな方だと思う。前の学校でも存在した。
なのに校則のほぼ無い、自由を重視する今の学校で柔道部が無いと言うのは何か不自然な気がする。
単に入部希望者がいなかったとかそういう話だろうか? 

「まぁ別に柔道はやる気無いからどうでも良いけど」

自分には関係無い話だ、と修也は気にしないことにした。

「蒼芽ちゃんはやらないの? 部活」
「私ですか? 『修也さんのお世話部』ってのがあれば迷わず入りますよ?」
「ある訳ねぇだろそんな限定的な部活」
「あ、無いなら自分で立ち上げるという手も」
「承認がおりる訳ねぇだろそんなもん」

いくら自由がウリの学校とはいえ、そんな部活の設立に許可が出るとはとても思えない。
自由にも限度があるのだ。

「そもそも部活でやることじゃないだろうに」
「言われてみれば、改めて部活でやることじゃないですね」

そんな取り留めもない話をしながら二人は公園の散歩コースをのんびり歩くのであった。
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