死験場

紅羽 もみじ

文字の大きさ
上 下
10 / 13

10話 疑惑

しおりを挟む
10話 疑惑
 僕は、回答時間の間に久美さんが話したこと、優子さんが弁明していたことについて、布団の中で考えを巡らせていた。

(久美さんが死の間際に嘘をつくとは思えない…、でも、優子さんの言うとおり、もし久美さんが試験官とつながっていて、部屋が暗くなった時に部屋から出られるようになっていたのなら、僕たちを混乱させるために嘘をついたと考えてもおかしくはない…。)

 堂々巡りの考えに、僕の頭はだんだん疲れを感じていた。もう、考えるのは明日の配給後にしようか…と考えたその時。

(…朝の、配給…。そういえば優子さんが一度、朝の配給が来るのを待つために早起きしていたことがあった。時計もなくて、時間感覚も失いそうになる中で、配給のために早めに起きるって、そんなこと、できるのか…?)

 ここに入るまでのところで、僕らが持っていたものは全てなくなっていた。それこそ、スマートフォンから腕時計まで全て、だ。

(…明日、もう一度話し合おう。優子さんを疑うようなことはしたくない、けど…。久美さんの話と、僕が今思いついた疑念は、晴らしておきたい…。)

 僕は思考に限界が訪れたのか、だんだんと眠気に襲われ、いつの間にか深い睡眠に入っていった。
 朝、起きるとすでに恭子さんが起きていた。優子さんは、まだ寝入っているようだ。

「…おはよう、恭子さん。」
「しっ!…優子が起きる。」
「ああ、ごめん…。」

 僕は声をひそめて恭子さんに謝る。恭子さんは、優子さんを警戒するような目でチラチラみながら、僕に小声で話しかけてきた。

「…優子のことなんだけど。私、少し気になることがあるの。久美が話した内容はともかく、ここにきてから、優子の様子にちょっと違和感を感じてて…」

 恭子さんは、不安気な顔で僕をみながら話す。

「違和感…っていうと?」
「平川にいじめた内容を思い出そうって話になった時、河原に携帯電話を投げ込んだこともある、って話したことあったでしょ。確かに、それは事実。優子に言われるまで思い出せなかったけど…。でも、やっぱりおかしいの。優子があのこと、知ってるはずないのよ。」
「…何で、そう言い切れるの?」

 恭子さんが事の真相を話そうとし始めた時、優子さんが目を覚ました。

「…あら、おはよう。2人とも、早起きね。」
「あ、あぁ…。おはよう。優子さん。」

 恭子さんは、目を覚ました優子さんをみて、決心したように優子さんに居直った。

「…優子。本当は、あんたを疑いたくなんてない。でも、昨日の久美の一件から、やっぱり引っかかることがあるの。だから、私の話を聞いて、説明してほしい。」
「どうしたの、急に改まって…。」

 恭子さんの決心に呼応するように、僕も優子さんに昨日の夜抱いた疑念を問いかけることを心の中で決めた。

「…優子さん、僕も君の話したことについて、気になることがあるんだ。だから、僕からもお願いするよ。」
「佐々木くんまで…。」
「優子。あんた、私が平川の携帯電話を、河原に投げ込んで捨てたことを知ってたわよね。私があんたに話したから知ってた、って言ってたけど、それはおかしいのよ。」
「おかしい?」
「そう。携帯電話の一件があった当時、優子はインフルエンザで休んでたのよ。丁度初日だった。そこから1週間、あんたは学校に来てなかった。その間に、平川は携帯電話を新調してた。壊してやったのに、もう新しいもの買ってるとか、ムカつくとかは話したかもしれない。けど、どうやって壊したかは優子に話してないの。」
「……」
「だって、どうやって壊したか、なんて優子は興味を持ってなかったの。あんま、バレないようにやりなさいよね、くらいしか言ってこなかった。…ねぇ、教えて。どうして、私と久美、平川しか知らないことを、優子も知ってたの?」

 優子さんは、恭子さんの問いに対して押し黙ったままだった。次いで、僕が聞きたいことを聞くことにした。

「…僕は、優子さんのある時の朝の配給の行動のことが気になってるんだ。その時優子さんも言ってたけど、時計もスマートフォンもない。時間がわからない状態だ。でも、朝の配給を見計らって、早起きしてたって言ってたよね。朝の配給を待って寝なかったの?って聞いても、そんなことしない、思考力が鈍るから、って言ってたし、実際寝なかったっていう様子もなかった。どうやって朝の配給を見計らうために起きたの?」
「…それについてもあたしも気になってた。優子、早起きなんてできるタイプじゃないの。朝が弱くて、高校時代はよく、私と久美であんたのこと叩き起こしに行ってたじゃない。あの時は、自分の命に関わることだから、できたことなのかって納得させてたけど…。今じゃ、それも違和感の一つよ。ねぇ、優子。私を友達だと思ってくれてるなら、教えて。」

 優子さんは、押し黙ったままだったが、急にふふっと笑い声を上げた。瑞稀さんが正気を失ってしまった、あの時のような、不気味な笑い声。

「ふふっはははははは!…あーあ、話しすぎちゃったか。久美も、天然面して鋭いとこ突いてくるもんだから、もう逃れようがないわね。」

 僕と恭子さんは、今までとは違う優子さんの様子に、背筋が凍るような寒気を感じた。

「試験官、もういいわ。私を出してくれる?」

 優子さんがそう言うと、どこかでカチン、と鍵が開くような音が聞こえた。その音を合図に、優子さんは部屋のドアから出ていった。

「優子!?どこに行くのよ、ちゃんと説明しなさいよ!!」

 恭子さんは、優子さんの背中に向かって叫ぶが、そのまま部屋を出てしまった。

「何よ、どう言うこと…?優子は、私たちを裏切ってたの…??」
「恭子さん、落ち着いて!…部屋の前を、誰かが歩いてる音がする。」

 少しすると、タイマーの置かれた部屋の中心に優子さんが現れた。その表情には、不敵な笑みを浮かべていて、恭子さんや僕を励ましてくれていた、優しい雰囲気は消え去ってしまっていた。

「…優子、あんた…、私たちを、裏切ってたの!?」
「裏切る?私は、あなたの知る優子じゃないわよ。…私、平川よ。平川頼子よ。」
「…は?でも、外見は…」
「ああ。これは、優子さんになれるように顔を整形したの。声は、お医者様に声帯の形を見てもらったら、形状が似てるから、似せて話せばバレないって言われたの。それに、人間の印象は視覚情報でほとんど決まるわ。顔をほぼそっくりにしてしまえば、声が多少違っていても、案外気付かれないものなのよ。」
「…君は…、優子さんじゃなくて、平川、さん、なのか…。」
「そうよ。まぁ、細かいネタばらしは後にしましょうか。…まだ、試験は終わってないんだから。」

 僕と恭子さんは、平川さんが優子さんになり変わっていた、という事実が受け入れられないまま、次の試験を迎えることになってしまった。スピーカーからは、音声がつながったことを示す雑音が響く。

「皆様、おはようございます。これより、5回目の試験を開始いたします。」
「平川…、あんた!」
「言っておくけど、私の正体を暴くことが試験じゃないからね。ちゃんと答えてもらうわよ。…あんたたちが、今まで私にやってきたことを、覚えていればだけどね。」

 優子さん…、いや、平川さんは不気味な笑い声をあげ、スピーカーからは無機質な声で試験の開始、そして、次いの回答者は、恭子さんであることを宣言した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

磯村家の呪いと愛しのグランパ

しまおか
ミステリー
資産運用専門会社への就職希望の須藤大貴は、大学の同じクラスの山内楓と目黒絵美の会話を耳にし、楓が資産家である母方の祖母から十三歳の時に多額の遺産を受け取ったと知り興味を持つ。一人娘の母が亡くなり、代襲相続したからだ。そこで話に入り詳細を聞いた所、血の繋がりは無いけれど幼い頃から彼女を育てた、二人目の祖父が失踪していると聞く。また不仲な父と再婚相手に遺産を使わせないよう、祖母の遺言で楓が成人するまで祖父が弁護士を通じ遺産管理しているという。さらに祖父は、田舎の家の建物部分と一千万の現金だけ受け取り、残りは楓に渡した上で姻族終了届を出して死後離婚し、姿を消したと言うのだ。彼女は大学に無事入学したのを機に、愛しのグランパを探したいと考えていた。そこでかつて住んでいたN県の村に秘密があると思い、同じ県出身でしかも近い場所に実家がある絵美に相談していたのだ。また祖父を見つけるだけでなく、何故失踪までしたかを探らなければ解決できないと考えていた。四十年近く前に十年で磯村家とその親族が八人亡くなり、一人失踪しているという。内訳は五人が病死、三人が事故死だ。祖母の最初の夫の真之介が滑落死、その弟の光二朗も滑落死、二人の前に光二朗の妻が幼子を残し、事故死していた。複雑な経緯を聞いた大貴は、専門家に調査依頼することを提案。そこで泊という調査員に、彼女の祖父の居場所を突き止めて貰った。すると彼は多額の借金を抱え、三か所で働いていると判明。まだ過去の謎が明らかになっていない為、大貴達と泊で調査を勧めつつ様々な問題を解決しようと動く。そこから驚くべき事実が発覚する。楓とグランパの関係はどうなっていくのか!?

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

マクデブルクの半球

ナコイトオル
ミステリー
ある夜、電話がかかってきた。ただそれだけの、はずだった。 高校時代、自分と折り合いの付かなかった優等生からの唐突な電話。それが全てのはじまりだった。 電話をかけたのとほぼ同時刻、何者かに突き落とされ意識不明となった青年コウと、そんな彼と昔折り合いを付けることが出来なかった、容疑者となった女、ユキ。どうしてこうなったのかを調べていく内に、コウを突き落とした容疑者はどんどんと増えてきてしまう─── 「犯人を探そう。出来れば、彼が目を覚ますまでに」 自他共に認める在宅ストーカーを相棒に、誰かのために進む、犯人探し。

事故現場・観光パンフレット

山口かずなり
ミステリー
事故現場・観光パンフレット。 こんにちわ 「あなた」 五十音順に名前を持つ子どもたちの死の舞台を観光する前に、パンフレットを贈ります。 約束の時代、時刻にお待ちしております。 (事故現場観光パンフレットは、不幸でしあわせな子どもたちという小説の続編です)

さんざめく左手 ― よろず屋・月翔 散冴 ―

流々(るる)
ミステリー
【この男の冷たい左手が胸騒ぎを呼び寄せる。アウトローなヒーロー、登場】 どんな依頼でもお受けします。それがあなたにとっての正義なら 企業が表向きには処理できない事案を引き受けるという「よろず屋」月翔 散冴(つきかけ さんざ)。ある依頼をきっかけに大きな渦へと巻き込まれていく。彼にとっての正義とは。 サスペンスあり、ハードボイルドあり、ミステリーありの痛快エンターテイメント! ※さんざめく:さざめく=胸騒ぎがする(精選版 日本国語大辞典より)、の音変化。 ※この作品はフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。

リモート刑事 笹本翔

雨垂 一滴
ミステリー
 『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。  主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。  それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。  物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。  翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?  翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!

人体実験の被験者に課せられた難問

昆布海胆
ミステリー
とある研究所で開発されたウィルスの人体実験。 それの被験者に問題の成績が低い人間が選ばれることとなった。 俺は問題を解いていく…

特殊捜査官・天城宿禰の事件簿~乙女の告発

斑鳩陽菜
ミステリー
 K県警捜査一課特殊捜査室――、そこにたった一人だけ特殊捜査官の肩書をもつ男、天城宿禰が在籍している。  遺留品や現場にある物が残留思念を読み取り、犯人を導くという。  そんな県警管轄内で、美術評論家が何者かに殺害された。  遺体の周りには、大量のガラス片が飛散。  臨場した天城は、さっそく残留思念を読み取るのだが――。

処理中です...